(ただ俺が書きたいだけ、キャラ情報はキャラシで大体完結させています)
「花冠が、よく似合う人だった。」
ただ一言で言い表すなら。きっとこうだろう。
あの時の光景を、ずっと覚えている。
小さな花畑に連れて行ってくれたあの子は、無邪気に笑っていた。自分に向けて、その柔らかく小さな手を差し伸べてくれたのを覚えている。手持ちの小さな得物を振る練習ばかりしていた自分にとって、"花"という存在はとても儚く、脆いものだと思っていた。
当然、自分とは無縁なものとも。
『ついて来て、京花!!』
『ずっと痛いもの振り回していても楽しくないでしょ。』
滑らかな金髪を舞い上がらせ、彼女はずっと笑っていた。
『いや、俺の身を守るためだ、仕方がないんだよ。』
『あと"俺"って言うのはなんで?京花、あたしと一緒なのに。』
『……舐められないためだ。子どもだからって、甘く見られたら困るから。』
白浜市に秩序ある礎が築かれる前は、都市の端から端まで無秩序だった。
小さく、弱いものは強くて大きな人に無造作に扱われ、無惨な最期を遂げる。自分と同じ年齢か、同じような体格の子がどんな目に遭ったのかを見たことが何度もあった。そうならないため……というと何かが違う気もするが、こうしないと生きられなかった。少しでも自立する必要があった。ふらつく足は必要なく、刺してでも震えを止める必要があった。ただ"生きたい"という意志と、ほんの少し自分を支える身近で手頃な武器が一つあれば、どれだけ傷だらけになっても明日を越せると信じていた。事実、そうだった。
『甘く見られてるのがどうかは分からないけど…よく可愛がってもらえるよ?』
『小さいうちの特権なのかもね!』
楽観的に笑う彼女は、自分が受けている仕打ちのことをあまり知らないのだろうか。大人たちに頭を撫でられ、笑っている彼女は毎晩、どこかに姿をくらます。その行方を聞いたことはなかった。聞かない方がいいことは、勇気なのだろうか。愚弄なのだろうか。事実特権なのかもしれない。大人になれば、甘やかすことしかできなくなるのかもしれない。
『それは……おまえの特権だろう。俺の特権じゃない。』
『あ!また"お前"って言った!』
『なっ……別にいいだろう!?俺がなんて呼ぼうが……』
『あたしには"風華"っていう立派な名前があるの!風華って呼んで!!』
この子どもらしい駄々の捏ね方も、彼女に許されたものだったのかもしれない。あるいは自分にもあったのかもしれないが……
『分かった、分かった……風華。』
『んふふ、それでよし。』
……これはきっと彼女だからこそ許されているのかもしれない、と目を閉じた。
『京花、人を"お前"とかって呼んじゃダメだからね。』
『……こいつは、敬意を持てない。風華に襲い掛かった連中など信用できない。』
『だからって頭にハサミを刺していい理由にはならないからね!!』
彼女が指さす先には、脳天に一本の鋏が刺さり、見事に絶命した男が倒れこんでいた。
『…………いくら風華が自衛できたとしても、俺が許せなかった。』
『てことは……え、あたしのためにやったの?』
『ああ。』
『それは……嬉しいけど、こんなにやっちゃってよかったの?』
『構わない。生かしておけなかった。』
『……』
風華は、いい家に生まれた(と本人が豪語していた)がこの白浜市に置いて行かれたのだと笑っていた。それを聞いた時点で概ねを邪推してしまったが、これまた当人に聞けなかった。自分に勇気がないだけなのかもしれないが、あまり踏み込めないとも思った。自分にできないことは、他者にもしてやれない。
『……分かったけど、あたしと約束して。』
『…………約束?内容による。』
『あたしのお願いは全部聞くこと。どう?』
『それは困る。全部を風華には渡せない。』
『うーん……じゃあ、あたしが"助けて"って言ったら助けて。これでどう?』
『だが……………………分かった。じゃあ俺からも一つ。』
『?』
『嫌だって思ったら必ず助けてって俺に言え。いいな?』
『分かった!でも……嫌ってどういう時に思うの?』
『……』
彼女は、好き嫌いのうちの「嫌い」がよく分からない人だった。されて嫌なことを嫌と認識できないから、今まで助けを求めてこれなかったのだと思っている。自分が焦がしたパンを辛そうに食べていたにも拘らず、嫌とは言わなかった。大人に腕をきつく掴まれていても、それを"痛い"と言っても"嫌"とは言わなかった。言えなかったのかもしれない。今となっては、もう聞けた質問ではなくなってしまったが。
FHは、烏合の衆と揶揄されたりする。事実、秩序なき集団はどこまでもゴミ箱を漁り、落ちているものに群がることしかできない。統率が取れていても、誰も彼もが幼いならば意味がなかった。右も左も分からない子が助けを求めるたびに、自分は小さな鋏を振るった。
それしか、できなかった。
守るためには、それしか。
『京花さん、たすけて……』
『京花ちゃん、お願い、助けて!!』
小さな鋏は得物として使うにはあまりにもリーチが短い。手のひらと変わらないサイズの刃渡りをどれだけ器用に扱えるか。確かに、他の武器だってたくさんあった。風華の力を借りて、特大の武器を作ってもらうのも良かったかもしれないし、あるいはその辺に落ちている鉄パイプだって、使う人が使えば剣にだってなるだろう。だがどうしても最初に、咄嗟に掴んだこの鋏は……一生手放せないものになっていた。
『京花って……どうしてその鋏を使っているの?』
『なんで……だろうな。』
ワンピースをふわりと舞わせながら、彼女は軽やかに後ろから声をかけてくる。
『分からない。』
『えー!京花はわかんないばっかり!!』
『だって……バットを持ってもナイフを持ってもパッとしなかったんだ……』
『えー。ナイフ持った京花かっこよかったよ?』
『…………』
『シュバッ!って感じで!』
『…………ぐぬぬ……いや、いやでも!!俺はこれがいいんだ!!』
ただの鋏だ。
布を切ることも、髪を切るのも一苦労の、やや錆びた鋏。
裁断鋏よりも、散髪用の鋏よりも、随分と劣る鋏。
だがどうしても手放せなかった。
【視点:"ダブルクロス"】
https://mimemo.io/m/Mzm71lmKJEGKLYj
『……で、それが言い訳?』
気だるそうに、そして嘲笑いながら青年が足を机に置いて組んだ。
『言い訳じゃない。俺がここに来た理由だ。』
『うちは安楽死サービスやってないんだけどねぇ。』
机の傍にはすっかり血の乾いた生首が転がっている。
『……で?今までに散々死者を出して、そしてついにUGN日本支部の入口から堂々と来たあの"マスターリース"さんが言うには「殺してくれ」だって?クックック、笑えるねぇ。』
『……』
『バカにするのも大概にしなよ。』
前髪でその顔の半分は見えなかった。口元は絶えず笑っているが、声色は何一つとして笑っていなかった。
『何のつもりで来たか知ったこっちゃないけど……死にたいならその辺彷徨って死ねば?』
『なら……誰が"マスターリース"を殺してくれるんだ?』
『はぁ、強者の言い訳?』
『いや、誰が"マスターリース(あれ)"を殺してくれるのか。俺には見当もつかん。』
『………一番"名声"とか、そういうのが好きなヤツなら飛びついただろうねぇ。』
その人の目線は、静かに生首へと向けられていた。
『………私がこの審問をわざわざ取ったのは。』
『別に彼のためとかじゃないけど。』
『バカで、役立たずで、みっともないし、女には鼻伸ばしてばっかりだし。』
『……』
『………はぁ。この話はおしまい。』
『気が変わった。私が君を殺してあげる。』
両手を組む。
『復讐ごっこも悪くないだろうからねぇ。』
足を下ろす。
『………で、何がしたくてここまで来たわけ?』
『……あの都市の皆を、守ってほしい。』
『俺がいなくなればいいと、そう話を聞いたから。』
『……そしてこいつは俺の大事な人を無惨に弄び、殺めた。』
『だから首を取った。そしてここまで来た。』
『………これ以上に言うものはあるか?』
『はぁ、そういうことねぇ。』
『………バカバカしい、君一人の命で救えるものはたかが知れてるでしょ。』
『それとも何?自分の命とその他大勢が釣り合うとでも?』
『頭お花畑。』
『……だろうな。』
『ずっと、花畑を夢見てる。』
『………………』
『あっきれた。ここまでバカなのは初めて聞いた。』
青年は笑う。先ほどの怒りや罵声は何処へやら。
『……私はバカが嫌いじゃない。』
『だけどまずUGNに話をしたいなら、君がこちらの郷に来ないと意味がないでしょ?』
『……確かに、そうかもしれない。』
『だから私がその辺の書類を書いてあげる。』
『………は?』
『まぁ、その"肩書き"を置いて行くことになるだろうけどねぇ。一生。』
『………………要は記憶をなくす代わりに、UGNに?』
『待て、だとしたら白浜市はどうなる。』
『あそこにはまだ……俺の持ってきた問題は何一つ解決していない。』
『………十年もあればいい感じじゃない?知らないけど。』
『よせ、だって俺は………』
『………………』
『まあ、五分あげる。断ったら────まあ、お望み通り殺してあげる。』
『言っておくけど、最初に死にたいって言ったのはそっちだから。』
『新しく生きる道探すか、ここでくたばるかくらいは選ばせてあげる。』
『……なぜ殺さなかったんだ。』
『なんでだろうねぇ?UGNの方針とか関係ない。私がそうしたかっただけ。』
『…………』
『………………分かった。信じて、みることにする。』
『ふーん?』
『俺は"どっちも救う"。あいつも、市に住む皆も。』
『そのために邪魔なものは全て刈り……生きている。』
『…………最後に何か言いたいことある?』
『え?』
『殺さないからそんな顔しないで。やりづらい。』
『私"根に持つ"タイプだから。』
『…………じゃあ、頼みがある。』
『白浜市のことを記録していてくれないか。俺が忘れてしまう代わりに。』
『……………覚えたらしといたげる。私記録が世界一面倒で嫌いなわけ。』
『ありがとう。それ以外には……特にない。』
『"自我(ねがい)"とかないわけ?』
『……さっきのが"祈り(ねがい)"じゃないのか。』
『はぁ……聞いた私がバカだった。あと少ししたらホワイトハンドが来るから。後はその人達に聞いて。んじゃ。』
「"モズ"……この日記は何だ?一週間ごとに…色々書いているが。」
「………………」
"モズ"と呼ばれた前髪の長い青年は大きなため息をつく。
「別に……趣味だけど。何?君って人の趣味に口出しできるわけ?」
「いや…すまない。そういうわけではないんだ。」
「……ただ、"頼まれた"だけ。」
「……何か言ったか?」
「別に。さっさとついてきて。私の机を見るのが今日の仕事じゃないから。」
「……じゃあ何を?」
「上着買ったげる。ちゃんとフォーマルなヤツ。君持ってないでしょ?」
「……………た、確かに。その…ありがとう。」
「はぁ…さっさとついてきて。少しでも遅れたら首から上ブッ通すから。」