無題2

紫煙の君に祝福を

————————

ただただかんかん照りと呼ぶに相応しい夏真っ盛り。外に出るのも中々億劫になる今日だが、皆さんいかがお過ごしだろうか。
俺は付けられた渾名に違わず、公園の木陰の下にてクソみたいな暑さを紛らわそうと煙草に火を付ける。

————————

仕事というものは俺の気分に関係なくズカズカ入り込んでくるもので、こんな雲ひとつない晴天でも駆り出されるのは嫌になる。浮かぶ紫煙も精々が気休め程度。数ミリの影が作れるか否かと消えゆくそれを、肺の中から吐き出して。
暑いなら休める所にいればいい、と言葉を漏らす諸君もいることだろう。俺もそう思った。そうやって何かが囁いた気もした。

「…そんな甘ったるいこと言ってられねーし…」

何せ待ち合わせは"ココ"である。あのアホ毛野郎後で殺す、と悪態を一つついてはこれからの動きをシミュレーションする。こういうルーティーンが組み上がっているのも、なんとなくアイツの所為にしたい気分だった。

どう転ぼうと、俺の仕事は「人殺し」だ。
と、言った所で仕事は仕事。そこに私怨や私情は一切含まれていないことをまずは把握してもらいたい。
それに、俺は殺人快楽者だとか、そんな頭のおかしいものではない。仕事だからやってるに過ぎないのであって、やりたくてやっている訳ではないのだ。
しかし、だからと言って罪が軽くなるとも思っていない。殺した人間の数だけ俺は咎を背負ってゆくし、泣かせた人間の数だけ俺は心を殺している。
案外、俺は生きる死体のようなものである。
そんな依頼は今日も今日とて変わり映えしない。夏だからか、ヤケに多い気もするが。別に俺に実害があるわけでもないのでどうでもいい。殺される側の人間も、それだけの事をしたと考えれば特に興味もなくなるものだ。
ただ、その罪は。
その血は。
その、汚れきった両手は。
俺が人を殺している事を、ひしひしと伝わせてくるのであった。

————————

「…………おッッッッッッッッそ…………」

暑さで目眩がしてきた。自販機で買ったコーラを一気に呷る。ばちばち弾ける炭酸と甘ったるいコーラの味。頬を伝う滴を手の甲で拭えば、微かに感じる涼しさにいくらか気持ちが救われた。
とっくに待ち合わせの時間は過ぎている、具体的に言えば2時間ほど。もう待つのも限界だ、今日こそ蜂の巣にしてやる。
日差し避けでフードを被り直して、煙草をサンダルで揉み消した。

「それ、よくないんじゃないの?」

少女だ。

小さな少女が、こちらに声をかけてきた。

「ね、ポイ捨てはよくないんだよ?」
「……もう火ィ付いてないし」
「なら捨てれるでしょ?へんなの」

気味の悪い笑顔を満面に湛え、しゃがみこんで俺を見てくる。清々しい程にトーンの高い水色の髪は風に靡いて揺れていた。

「……分かったよ」

土の付いたフィルターを拾い上げる。別に誰も彼もがやっている事だ。ましてや子供にとやかく言われる筋合いはない。
ないのだが、流石に見られているとなんとなくむず痒い。
ゴミ箱に叩きつけるが如く捨ててやって相手を見る。両手を合わせて頷く様を認めてやれば、再びアホ毛野郎の所へと足を歩ませる。
どんな方法で殴ってやろうか、苛々の募った脳味噌ではそんな事しか考えられなかった。
彼女が。
彼女が、一切笑みを崩さなかったことに。
俺は気づく由もなく、ただ感情のままに進んでゆく。

————————

「………お兄さん、どこ行くの?」
「ぅ゛わ゛ッッ!??び、ビックリした………」

羽ばたくワンピースを目にした時には、もう大分歩いた頃だった。
目に宝石でも埋め込んであるかの様に目を瞬かせるのを見て、好奇心の塊なんてものじゃないと理解する。墓地へと続く道にも怯えずついてきたということは、かなり肝が据わっているらしい。最近の子供にしては、ヤケに落ち着いたヤツだった。

「どこ行くの?」
「知り合いの場所」
「……知り合いさん、死んじゃったの?」

確かに墓地にいるなら死んでると思われても仕方ないし、俺も正直死んでていい、なんて思ってしまう。
そんな俺の意思を知っているのかいないのか、縁起でもなくくすくす笑う。何を考えてるのか想像もつかないが、子供とはそういうものなのだろう。だから俺はキライなんだよ。頭を掻きつつ、しゃがんで彼女に目線を合わせる。

「いいか?ここから先は子供が入れないんだよ」
「なんで?」
「……オバケに連れてかれるから」
「ウソ!オバケなんていないもん」

そりゃそうだ。
幽霊なんていたら、俺は呪い殺されるに決まっている。我ながら嘘がヘタクソだなあ。内心独りごちつつ、どうにか追い返そうとさらに声をかける。

「じゃあお菓子買ってやる。後で。だから帰って」
「知らない人にお菓子貰っちゃダメって」
「………知らない人についていくなって言われなかった?」
「そんなの知らない」
「…………………」

教育がそこまでしっかりしているなら、もうちょっと踏み込んだ話ぐらいしといてくれよな!いや、知らないフリをしているのかも知れないが。
彼女のハッキリした口調から、帰る気はさらさらないと分かった。仕方ないので、このまま連れて行くことにする。不本意ながら。本当に、不本意ながら。
はぐれで行方不明になる、ってのも困るので、しっかりついてくる様に促してやる。嬉しそうに返事をする少女が輝いて見えたのは秘密である。

「お兄さんはなんて名前なの?」
「佐奈」
「下の名前は?」
「……………煙草」
「へ〜、たばこ吸ってたもんね〜」

歩幅が小さいので、無理にでもペースを落としてついてやらねばならないのがまたイライラする。
自分もなぜ素直に性を名乗ったのか分からなくて、せめて名前だけでも隠そうとよく呼ばれている名を名乗る。子供ながらに素直に信じてくれるのが俺にとってはありがたい。
ごめんよ、俺の名前はもっと普通なんだ。

「お前の名前は」
「あたし?宙!」
「そら」
「うん!宇宙のちゅうで、宙!」

誇らしげに見つめてくる彼女、もとい宙が眩しく感じる。いい名前だねと心にもなく一言言ってやれば、そうでしょうと胸を張る。どうやらかなりお気に入りの様子だ。
俗に言うキラキラネームに近いものも感じるが、まあ本人が気に入っているのならそれで俺はいいと思う。

「……たばこおにーさんは、知り合いさんに会いにきたんだよね?」
「そうだよ」
「ふーん…」

他愛のない会話が、こんな風にちらちらと続いてゆく。おかげで退屈することはなかったが、ちょっと考えるのが面倒くさかった。
俺は、佐奈煙草という名前で、知り合いが死んだ、煙草好きのお兄さんになったらしい。
彼女自体も兄が煙草をよく吸い、煙草の匂いは好きなそうだ。どうでもいいが。だから俺についてきたのかと問えば、寂しそうだったから、なんて責任もクソもない答えが帰ってくる。そんな発想ができるのは子供だからかなんなのか、それは分からないがともかく怪しまれてはいないようで、それが俺にとって一番安心できる出来事だった。こんなガキのお守りをして、ブタ箱行きなんて堪ったもんじゃないし。

廃ビルから近道をするのが早いとすずめが溢していた。多分、この廃墟、だと思う。
見るからに「壊れました」と言わんばかりの見た目をしたそのビルは、取り壊しも出来なかったのか古びたままに聳え立っている。窓ガラスが至るところに落ちていて、正直刺さらないか心配だ。
おそらく中を通ればすぐに墓地に着くだろう。意を決して中に入る。肝心の彼女は、ガラスの破片を靴で割りながらきゃっきゃと無邪気にはしゃいでいた。この調子なら問題はないだろう。
やはり中身も埃が積もっていて、人なんて暫く通ったことのない様な、そもそも人何かを営んでいたのかさえ怪しくなってくる程にそれは異形と化していた。
フロアの半分あたりが瓦礫で埋まっている。出口なんて一切見えない。大方、ビルを間違えたかすずめが嘘をついていたのか、そんなところだろうと踵を返す。

「……たばこお兄さん、階段あるよ?」

宙の呼び止める声に振り向けば、確かにそこに階段はあった。上からの光が差し込んでいるあたり、しっかり繋がっていることも把握できる。おそらく、数階上がって降りれば近道になる、という事だろうか。
役に立つじゃんと内心思ったが、なんだか褒めるのも癪に触る。行くぞと一言声をかけて階段の砂を踏み鳴らして登っていく。
二階も同じように、部屋の大部分が瓦礫で分断されていた。幸いにも階段だけは通じているようで助かった。どこかで下に降りる階段も見つけられる筈だ。残骸の中にある僅かな人の面影を肌に感じつつ、さらに階段を登っていく。
登る。登る。登る。登る。
終わりが見えないのが正直嫌だ。本当にこれ近道なのか、と息切れしつつ一段上がる。少女も変わり映えしない景色に飽きた模様で、面倒そうに俺の前を上がっていた。

「あ、たばこお兄さん!向こうに階段あるよ!!」

一際嬉しそうな声を聞くに、どうやら一応の終点に着いたらしい。長かった不安が晴れて溜飲が下がる。休憩してから行かないかと呼び掛ければ、彼女も大人しくそれに従って、とりあえず窓付近で息を整えることにした。

「いっぱい登ったね〜」
「そーだな」

下を眺めれば、先程までいた狭い通路が見下ろせる形になっている。高さから見て5〜6階辺りだろう、もう数えるのさえ嫌になっていた。夏場には中々キツい運動だが、幸い屋根があったお陰で、思ったより涼しい登りだった。
墓地も、角度でよく見えないが僅かに視界の端を陣取っている。この真下の階段を降りればすぐ着く距離だ。ビルを通らないならかなりの遠回りが予想されるので、強ち近道というのも間違ってはいないらしい。…階段はキツいが。
ここからの流れはもう簡単だ。すずめを呼び戻して、公園まで行って、親御さんにこのうるさいガキを返す。何か言われれば、まあ、なんとか誤魔化しは効くだろう。
それで仕事して、終わり。
仕事の内容を考えるのも放棄して、今日のディナーに想いを馳せる。
長いようで意外に短い探険譚は、俺の人生に比べれば他愛もないただの「日常」であった。

「……うし、行くぞ」
「はーい!」

元気の有り余っている宙と正直ちょっと疲れた俺は、出口側の階段を降りていく。先々に行く彼女の急かす声を気にすることなく、自分のペースで降りていく事にした。

かつ。かつ。はやくー。かつ。かつん。かつ。
かつ。はやくしてよー。かつ。かつん。
かつ。かつん。

が た ん 。

轟音と共に、体が冷える。
宙に浮かぶ感覚が、本能で死ぬかもしれないと理解する。
落ちる。
墜ちる。
掴まれるものなど何もない。
ただ、ただただ落ちていく。
その最中、下の階に居る筈の彼女の方を見る。響く瓦礫の音以外には静かなのに、どうしようも無い不安を感じたからだ。

青い髪は、落ちている訳でもなければ揺れる訳でもなく、ただそこに笑顔を湛えて鎮座していた。

「______え」

そうして、意識は途切れる。

————————

「起きた〜〜??起きたよね?ね?オハヨ!☆」

脳髄に響く甲高い声。
全身に重くのしかかる固い物。
額を流れる、何度も何度も踏みにじってきた赤い色。

俺は、ビルの下敷きになっている。

「どうだった?楽しかったでしょ、探険!久しぶりにこんな事できて楽しかった〜!!そうでしょ?ねぇ」

その声色は先程までのあどけなさと打って変わり、どこか得体の知れない物を孕んでいる。
目の前が真っ暗で何も見えない。おそらく、被っていたフードが落ちた拍子に前に垂れてきたのだろう。その暗闇が未知への恐怖心を煽り立てる。悲鳴を漏らしてしまいそうだったが、腹も胸も押し潰されて、今のところは使い物になりそうになかった。

「あたしの演技も中々じゃな〜い?わかんなかったでしょ!そんなのじゃまだまだ甘いぞ〜?シナリオが来るまで、しっかりあたしが教育してあげる!☆ま、放任主義なんだけどね〜〜!!面白!キャハハ!」

笑い声が、世界を震わせているような気もした。土がぱらぱらと落ちてきて、未だに崩壊の余韻を残しているからだろうか。
それとも、彼女は______
彼女は、なんだ?

「何?あ、ゴメン重くて声出なかった?ちょっとしたサプライズなんだけど〜!!☆祝福が受けれないってのも悪くないでしょ?それもこれも、ぜ~~んぶあたしって神様のおかげ!感謝しなさいよね!」

サプライズ?神様?なんだそれ。
ビルが崩れるのが、俺が巻き込まれるのが、予定調和だったと言うのか?
ますます分からない。その霧は一向に晴れる気配はなく、思考は目の前にいる筈の「なにか」の声でぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。
明らかに、運が悪いとかそういう次元じゃない。
現実と考えることさえ、俺には到底できなかった。
もしこれが現実だとするのなら。
これは全部、俺が生んだことだって、言うのかよ。
そんな疑念に答える様に、声は投げかけられる。

「楽しかったでしょ〜?ス、ぺ……………」

視界が晴れた。
先ほどより5年10年成長したような彼女が、張り付いた笑顔でこちらを覗き込んでいる。丁度初めて会った時のようにしゃがみこんで、今度は上から。
瞳の中には宇宙がある。
星が瞬いて、煌めいて、蠢いて、まるでそこに宇宙があるような、いや、実際あるのかもしれないと思わせるほどに、その瞳は闇と光とを湛えて存在していた。
俺の顔を見たっきりに、1μも動く事なく、笑顔を絶やすわけでもなく、ただそこに鎮座している。
それが彼女にとってのなんの感情なのか、俺には理解できなかった。

「…………アイツじゃ、ないの?」

何の話かは分からないが、とりあえず頭を振っておく。
数秒ラグがあったのちに、あちゃーと苦笑いをする彼女が見えた。
まるで、ちょっとしたミスをやらかしたように。
本当にちょっとした、ただの取り返せるミスを。
立ち上がって、どうしようか、なんて悠長にリカバリーを考え始めた。もう息も絶え絶えだってのに、そのわざとらしい顔が腹立たしい。
俺はそっと瓦礫の中で腕を動かす。傷口に石だか砂だかが入ってきて激痛が走るが、そんな事はどうでもいい。
コイツを、殺さないと。
脊髄反射でそう思った。「この世」にいてはならない存在だ。
きっといつか、世界はコイツに殺される。
その前に、俺が、殺さなければ。
贖罪じゃない。
俺のためだ。
ポケットに手を突っ込めば、そこには護身用のナイフが入っている。日の目を浴びることができる、絶好の機会だ。これを使えば足ぐらいは切りつけることができるだろう。
彼女が、こちらに足を進めてきた時を、その時を。

今だ。
銀色に光るナイフを足の甲目掛けて振り下ろす。俺にできる最後の抵抗が、これだった。これで地面に倒れてくれれば、這い上がる時間ができるだろう。
そうして、殺す。
___変われないとは、理解していた。
俺は。
俺のために。
命を、奪うのだ。
永遠に、罪を償うことなどない。
俺は、一生生きながらの死体のままだ。

神は、そんなに甘くない。

入った筈の刃は、何故だか地面に突き刺さっている。こちらに気味の悪い笑顔を見せて「あ、刺せると思った?」なんて煽り立てる様に一言話すのを、俺は呆然と見ることしかできなかった。

「やるじゃーん!そんなとこまで今回のスペランザにそっくり!☆あたし浮気しちゃおっかなァ?なーんて、流石にそれはないないない…」

目線は宙に向いている。こちらを認める事はなく、独り言の様に、俺なんていない様に。
彼女が「俺に」話をしてはいないことを、ゆっくりと、ゆっくりと理解し始める。
捨てられたような、絶望感。
落ちていくような、浮遊感。

目の前の光は、ゆらりゆらりと白を湛えてそこにいた。

「ね、君、一回だけチャンスをあげる」

相も変わらず張り付いた笑顔で、こちらに声を掛ける。

「生きたいなら、あたしが助けてあげる!」

笑顔で、こちらに手を差し出す。

「だから手を貸して、rb:君のために>・・・・・」

何もかもを包み込めそうな翼に、手を伸ばす。
そして、

「あたしが恩寵を授けましょう」

真っ白な光に、俺は一つ瞬きをする。

————————

かんかん照りと呼ぶに相応しい夏真っ盛り。外に出るのも中々億劫になる今日だが、皆さんいかがお過ごしだろうか。
俺は付けられた渾名に違わず、公園の木陰の下にてクソみたいな暑さを紛らわそうと煙草に火を付ける。

「あ〜待ったァ煙草く〜〜ん!!」

公園の入り口からバタバタと、慌てた様子で駆けてくるのが見える。
仕事相手、もとい待ち合わせをしていたのはコイツすずめ、間違えたアホ毛である。

「待ったし…暑さで変なもん見た気がする」
「ごめんね〜?じゃあ行こっか!今日も元気にオシゴトオシゴト!」
「誰のせいで元気がなくなったんデショウネ………」
「誰だろうね〜〜!」

暑苦しいから離せと引っ張られる手を払う。酷いよ、と泣き言を言う様に縮こまる彼が妙に腹立たしくて、とりあえず1発げんこつを喰らわせてやった。
思ったより俺の腕が痛くなったのは秘密だ。

夏の紫煙は、青空と蝉の鳴き声に消えていく。
そこに彼は何を見たのか、何を知ったのか、そして、
何を覚えているのか。

それは、神様だけが知っている。

煙草/佐奈 文斗

8/29

「………って事があってね〜、ホント大変だった!」
「そんなちょっかい出すから悪りィと思うんだけど」

ショッピングモール。
男女が一つのテーブルに座って、何やら談笑をしている模様。
女は透き通る様な水色の髪を真っ直ぐに下ろし、夏にしては見ていて暑いボブヘアーをしている。服装自体は涼しげで、現在はテーブルに伏せて、忘れ去られていたであろう抹茶タピオカを手に取った。
男は焦茶の前髪を長く伸ばして、ジーンズとサンダルにTシャツの、一切遠慮を感じさせない服装だ。指先が薄く黄ばんでいることから、タバコを吸う人間であると予想できる。ペットボトルのコーラはもう半分飲まれており、今も更に彼が一口飲んで、机に勢いよく叩き込まれた。

「早く帰れ」
「え〜〜〜元はと言えば責任あんのはス」
「うるせーどう考えてもオマエだろがよ!!!!!!!さっさと帰れクソが!!!!」

かなり荒っぽい口調で捲し立てられれば、はいはいと仕方ない様に立ち上がり、右手にカップを持ち、もう片方の手で男に手を振る。明るいまたねの挨拶は、かなり建物内に響いた事だろう。
男はそちらを見るわけでもなく、また声を返すわけでもなく、中指を立てて返事代わりとしていた。中々に嫌われている様だ、カップルという訳ではあるまい。
女の姿は遠くに消える。そんな事気にする訳でもなく、男はひとり、足を組んではコーラを呷る。

涼しげな空気は、彼の髪をそっと揺らす。
青い瞳は何を想うのか、何を望むのか。
それは、

「カミサマだって、わかんねェよな♡」

勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

首下で揺れる十字架は、光を映して輝いた。

————————

END

Close