今日は爽やかな晴れ。街路樹が陽の光を受け、キラキラと輝く道を自転車で駆け抜ける心羽。
今朝の分でエウィグの餌を切らしてしまい、買い出しに向かう。
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精肉店“こめだのおにく”に着き、自転車を停める心羽。
米なのかお肉なのか紛らわしい店名は店主の米田さんによるもの。ユーモア溢れる米田さんのことだから狙ってやっているのかもしれない。
「やぁいらっしゃい、心羽ちゃん!」
米田さんが威勢のいい声で出迎える。
「こんにちは〜」
「そろそろ来ると思って、ウズラを仕入れておいたよ」
米田さんは心羽がフクロウを飼っていることを知っていて、エウィグの餌となるウズラ肉を心羽のためだけに調達してくれる。
それだけでなく、さばくのが苦手な心羽のためにいつも小さくカットしたものを売ってくれる。
心羽はその厚意にとても救われている。
「ありがとうございます!いつも助かってます」
「いいってことよ」
気さくな応答で元気な笑顔を見せる米田さん。
エウィグと共同生活を送る心羽にとって、米田さんはなくてはならない存在。
心羽はいつも調達された分を全て買っていくが、エウィグはウズラが大好物なのでこれだけあっても2週間で食べ尽くしてしまう。
他にも心羽が食べるための鶏ももや牛などを買い、心羽は店を後にする。
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買ったお肉を買い物用のマイバッグに入れ、自転車のカゴに積んでまた走り出す。
このマイバッグは収納魔法がかかった特別仕様で、入れたものは次第に小さく軽くなっていく。
もちろんバッグから出せば元の状態に戻る上、急激に小さくなるわけではないので入れる瞬間を誰かに見られてしまっても大丈夫な安心設計。
心羽お手製のマストアイテムである。
次は八百屋さんに向かう予定だったが、ケーキ屋さん“コフレ”からただよう甘い匂いにつられて自転車を止めてしまう。
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“コフレ”に入店する心羽。ドアについたベルがカランコロンと鳴る。
「こんにちは〜!」
「心羽ちゃんいらっしゃい!元気してた?」
奥からパティシエの柏木さんが顔を覗かせる。
柏木さんは一人でこの店を経営しており、ショーウィンドウに並ぶケーキはどれも柏木さんの手作り。
「そういえば、このキーホルダー心羽ちゃんのじゃない?」
そういって柏木さんがレジ横から取り出したのは、星のキーホルダー。
「えっ、どうしてここに?!」
星のキーホルダーは心羽の魔法道具。他の人が持っているなんてありえないはず。
「前に心羽ちゃんが来てくれた日の午後に、カウンターに落ちてるのを見つけて…」
「私のってどうしてわかったんですか?」
「だって心羽ちゃん星座とか好きでしょ!この前だって星座の話になったじゃない」
そういえば…この前、二人の好きな宇宙や星をモチーフにお菓子を作ろう、という話で盛り上がった心羽と柏木さんは、イメージをデッサンに描き残そうとした。
その際に店の奥からペンを持って来ようとした柏木さんを「星座は私が描くし、ペン貸しますよ」と引き留めた心羽は、そのまま取り出したペンをコフレに忘れて帰っていたらしい。
″魔法のキーホルダーを変化させていたペン″を…当然、時間が経てばペンは元のキーホルダーに戻ってしまう。今のところ柏木さんは気付いていなさそうだけど…
「大切なものだったらいけないなって思って、預かっておいたの」
その言葉と柏木さんの親切心に心羽はホッと胸をなで下ろしつつ、嬉しくなった。
「そうそう、そのキーホルダー、夜になるとぼんやり光ってて綺麗だったんだよね〜、今度どこで売ってるか教えてよ!」
その様子を思い出し、目をキラキラさせる柏木さん。
「実はこれ、私のハンドメイドなんですよ!」
「えっそれ手作りなの!?すごーい!」
二人の距離感は『店員と客』というより『同じ部の先輩と後輩』というような関係に近く、好きな話題で盛り上がれる柏木さんの存在は心羽にとって貴重だった。
「さてと、今日は何のお買い物だっけ?」
逸れに逸れまくった話題を元に戻す柏木さん。
「あっそうだった…」
ケーキの甘い匂いにつられたのは事実だが、心羽のお目当てはケーキではなく、レジ前に置いてあるチョコチップクッキー。
ケーキの材料の余りで作っているらしくお手頃価格だが、柏木さんの丁寧な焼き加減がイイ感じのサクサク感を生み出しており、心羽のお気に入り。
「これひとつください!」
ひと袋8個入り。
「はーい!心羽ちゃんそれ好きだね〜」
「えへへ…」
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思わず長居してしまったが、失くしたキーホルダーが返ってくるというサプライズもあって満足気な心羽。
人の親切心に触れ、心なしかポカポカした気分になる。今朝のやり取りを思い出しながら、将来は米田さんや柏木さんのような、暖かさと優しさで人々の営みを支える人になりたいなぁ、とか思いながら坂道を下ってゆく。
次の目的地は八百屋さんの“花守青果”。今度こそ寄り道せずまっすぐに自転車を走らせる。
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“花守青果”は公園の角を曲がり、小さな商店街に入ってすぐのところにある。この辺りはいつも買い物客で賑わっていて、車はおろか自転車ですら通行は困難を極める。
心羽は公園の駐輪場に自転車を停め、そこからは歩いて向かう。幸いそう遠くはない。
店に入るとすぐに店主の花守さんが迎えてくれた。花守さんは奥さんと夫婦で店を構えており、お店の二階に子どもの亮太と3人で住んでいる。
「今日はりょうたくんお出かけですか?」
いつもはお手伝いで表にいるはずの亮太が見当たらない。普段なら心羽が気付く前に亮太の方から元気よく声をかけてくれるから、今日はそれがなくてちょっと残念。
「それが、最近ちょっと元気ないみたいで…」
そういって顔をしかめる花守さん。
「えっ具合悪いんですか…?」
ここに来る理由の半分は亮太が居るからといっても過言ではなく、心羽にとっては彼も大切な友達。
「いえ、身体はいたって健康です。でもなにか落ち込むことがあったみたいで、昨晩から部屋に篭もりっきりです」
そこへ裏にいた奥さんがやってくる。
「燎星さんいらっしゃい。いつも亮太と遊んでくれてるのにごめんなさいね。あの子、私が理由を聞いても答えてくれなくて…」
「そうなんですか…」
普段の亮太しか知らない心羽にとって、彼の落ち込む姿は想像がつかない。
「あの、私が呼んでるってりょうたくんに伝えてもらってもいいですか?」
「いいわね、亮太も燎星さんが来てるとわかれば部屋から出てくるかも。私呼んでくるわ」
そうと決まると、奥さんはさっそく店の奥の階段を上がり、亮太を呼びに行く。
心羽はその間に買い物を済ませることにした。
人参、玉ねぎ、じゃがいも……足りない野菜を思い出しながら、並べられた野菜を手に取っていく。
彼に何があったんだろう。それは親にも話せないことなのかな…。もし親子関係の問題だったら、私が口を挟むべきではないかもしれない。でも、親じゃないからこそ話しやすいってこともあるかも。
そんなことを考えながら、レジに戻った花守さんのところへカゴを持っていき、会計を待っていると奥さんがバツの悪そうな表情で戻ってきた。
「ごめんなさい燎星さん。部屋の外から呼んでみたけど、返事もしてくれなかったわ」
「そうですか…」
普段の穏やかな親子関係を知っているからこそ、返事すらしない今の状況が心羽には異質に思えた。