『Water Lily palace』…この劇場はかつて様々なコンサートやミュージカル、さらにはお笑いライブやマジックショーまで行われており、町の人々にも馴染み深い場所であった。だが、この町にショッピングモールを誘致する建設計画が決定し、劇場は取り壊しが決まってしまった。というのも、最近では町の人口が著しく減少しており、いくら一過性のあるイベントを企画しても限界があるという結論の元、惜しまれつつも取り壊しという形になったのである。そして、この劇場が取り壊される最後の催し物としてフェスタのアイドルである『睡蓮寺 小夜』のライブが開催さることとなったのである。ライブ当日、知り合いである宗麟と付き添いでヴィヴィルも会場にやって来ていた。
宗麟「さすがメジャーアイドルの小夜だ。すごい客の入りだぜ。」
ヴィヴィル「ふふ、こんなにたくさんの人が楽しみにしてるなんて…どんなライブか今から楽しみになってきたわ。」
しかし、舞台裏の小夜は予想以上の人の集まりに緊張していた。人前で歌うことは初めてではないがやはり少し引っ込み思案な性格があってか不安に駆られていたのである。いよいよ出番が差し迫る中、衣装を取りに行く小夜。すると、控え室の壁に今日の衣装がすでにかかっていた。さらに、メイクの道具も一通り揃えられており、飲み物やファンからの差し入れも綺麗に整理されていた。
小夜「あれ…いつの間に?どなたがやってくれたのでしょう?」
その後も『歌う時は腹から頭へ声を抜くように出すといい』、『緊張する時は始まる前に何か身体を動かすといい。足踏みするとかでも構わない』などアドバイスのメモがいつの間にか舞台袖の壁に貼られていたり、小夜のライブ中にもまるで何人もの凄腕の裏方のスタッフがいるような照明やエフェクトの演出があり、ライブは大成功に終わった。小夜はライブが終わった後、周りのスタッフにお礼を言いにいくが皆、一様に「そこまでやった覚えはない」と返すのであった。
小夜「今日の私のライブを陰ながら支えてくれたのは誰なんでしょうか?」
控え室に戻ってきた小夜。その時、控え室の扉が音もなく開いた。そこから現れたのは顔を白い仮面で覆った燕尾服姿の男性であった。
ファントム「こんばんは、睡蓮寺小夜。私のことは…『ファントム』とでも呼んでくれ。」
小夜「きゃっ…あの…貴方は?」
彼はファントムというらしい。話によるとファントムはリハーサルの時に聞いた小夜の歌に感動し、それを聞かせてくれた礼として小夜のライブをサポートしたのだと言う。一方的にだが。そして、ファントムは小夜と同じ目線に跪き、こう言った。
ファントム「もしよければ、明日、私の前で一曲歌ってくれないか?何、明日はここは貸し切り状態だ。君が歌ってくれたら私は満足だから。」
最初は小夜も迷っていたものの、ファントムに頼み込まれて約束してしまった。
その翌日、たまたま宗麟は町で小夜を見かけたので声をかけた。小夜から事情を聞いた宗麟はハッと気づく。
宗麟「そういえばクシナさんからこんな話を聞いたことがあるな…『オペラ座の怪人』って小説があるんだが、なんかそいつってその物語に出てくる怪人みたいだな。」
小夜「でも、悪い人ではないと思いますよ。」
しかし、宗麟はそのことが引っかかり、護衛も兼ねて小夜に同行することにした。すると、劇場から悲鳴と爆音が鳴り響いた。
作業員「た、助けてくれー!ショベルカーが暴走してる!」
宗麟「それは大変だ!早く止めないと!」
小夜「でも、どうしてそんなことが?」
急いで劇場に駆けつけると劇場の駐車場にはたくさんの重機や作業道具などが並べられていた。その中の一台のショベルカーが作業員を襲っていたのである。そのショベルカーを操縦していたのは…
小夜「ファントムさん…どうしてこんなことを…!?」
宗麟「あいつがそうなのか!?だけど、この状況は見過ごせない!DraGO!リントヴルム!」
宗麟はリントヴルムに変身し、まずは作業員を逃した。そして、ショベルカーを操るファントムの前に立ちはだかる。
宗麟「どういうつもりだお前!」
ファントム「私はただ約束を果たそうとしただけだ。なのに今日いきなり取り壊しが始まった…私はそれが許せなかった。私はあの娘の歌う場所を守る!」
ファントムはリントヴルムの制止も聞かず、ショベルカーで突進してくる。だが、リントヴルムも負けじとファフニールフォームにチェンジし、持ち前のパワーで押し戻し、反撃にバルムソードの一撃でアームを斬り落とした。不利を悟ったファントムはショベルカーから降り、今度は近くにあったスコップで殴りかかってきた。リントヴルムもスコップを剣で受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。しばらく拮抗状態だったがリントヴルムがファントムに左ストレートを浴びせて吹っ飛ばした。もんどりうって転がるファントムは痛みに耐えながら今度はクレーン車に乗ってリントヴルムにぶつかろうとするが…
小夜「もうやめてください…!」
小夜の必死な声に一瞬を気を取られたファントム。だが、ハンドル操作を誤り、クレーン車があろうことか小夜のいる場所に一直線に向かい始めた。小夜は声も出せずにその場に蹲る。
宗麟「危ない、小夜!DraGO、change!ジャバウォック!」
瞬時にジャバウォックフォームにチェンジしたリントヴルムは必殺技の『ドラグーンストライクキャノン』でクレーン車を大きく吹っ飛ばす。クレーン車はファントムを乗せたまま宙を舞い、100m先で大爆発を起こした。やがて粉々になったクレーン車の中からヨタヨタとスーツがボロボロになったファントムが出てきた。リントヴルムは変身を解除し、ファントムに詰め寄る。
宗麟「おかしいと思ったんだ。そんな状態になっても生きてる…いや、スコップでファフニールフォームと互角に渡り合えるなんて…お前は人間じゃないな?」
ファントム「ふふ…ご名答だよ。私は…僕はもう死んでいる…この劇場に彷徨う地縛霊さ。」
すると、ファントムの仮面が砕けた。その素顔は傷だらけだった。
ファントム「僕の本当の名前は『滝口 正樹』。舞台俳優をやっていた。」
ファントムこと正樹はこの劇場が舞台俳優としてデビューした思い出の場所らしい。だが、正樹はその後、交通事故で帰らぬ人となってしまった。しかし、未練の残る正樹は劇場に『オペラ座の怪人』を真似て、怪我をした部分を仮面で隠し、『ファントム』と名乗っていた。
ファントム「僕は小夜…君の歌に感動した。だから、僕もライブが楽しみで手伝ったのさ。でも、僕はこの劇場が壊される前に小夜の歌をこの思い出の場所でもう一度聞きたかった…」
宗麟「だけど取り壊しが早く始まってそれにお前は怒ったってのか。」
すると泣き崩れる正樹に小夜は優しく肩に手を置き…そのまま歌い始めた。
【♪こどもの頃に 聞かせてくれた
母(あなた)のウタが いつも心に響いていて
真似て歌った そのウタを
父(あなた)が いつも 褒めてくれた
そんな笑顔が好きだから いつもわたしは声をあげる
あの日のように 笑顔の花が咲きますように、と
百万光年、離れても
わたしはウタを歌いましょう
皆で紡ぐアンサンブル
夜空に星が浮かぶように、きっとあなたを照らすから】
ファントム「これは…僕に…?」
【♪大人になって 思い出す
「歌ってほしい」と 誰かに言われたこと
悲しい時で とてもそんな気持ちにはなれなかったけど
それでも願い(ウタ)がここにあって 俯くわたしを前へと向かせた
そんな祈りに応えたくて わたしは今日も声をあげる
いつかのように 笑顔の星が浮かぶように、と
百万光年、その先に
ウタを想う 誰かがいるから
一緒に紡ごうアンサンブル
想いの調は夜空を越えて きっとあなたに届くから】
正樹の目から涙が零れる。これだ、これこそ自分が求めていた歌だと胸が熱くなっていた。
【♪希望の朝に 暗い夜
一期一会の人生で 別れはいつも突然だけど
それでも私はウタを歌う
抱いたユメは 心(ここ)に在るから
百万光年、離れても
わたしはウタを歌いましょう
皆で紡ぐアンサンブル
夜空に星が浮かぶように、きっとあなたを照らすから
百万光年、その先に
ウタを想う 誰かがいるから
一緒に紡ごうアンサンブル
想いの調は夜空を越えて きっとあなたに届くから
その心に幻想(ユメ)がある限り ウタはいつも貴方の傍に…】
正樹の身体が光り輝き始める。正樹は小夜に頭を下げ、笑顔を向けて消えていった。小夜の歌で未練が取り除かれて成仏したようである。
小夜「良かった…ファントム、いや、正樹さん。乱暴なのは嫌でしたけど…私の歌にここまで感動してくれた。」
宗麟「小夜、すごいな。俺はどう頑張っても死人だけは救えない。でも、君はリントヴルムにはできないことをやってのけた。それは誇りに思っていいぞ。」
宗麟と小夜は2人で正樹が消えた場所を見つめる。劇場がまた少しだけ広くなった気がしたのであった。
翌日、小夜は次のライブ会場に行こうとしていた。そこで再び宗麟に出会った。しかし、宗麟はなぜか元気がない。
小夜「一体どうしたのですか?」
宗麟「実はな…昨日、建設会社から…俺が壊した重機の請求が来た…」
どうやらアームを斬り飛ばしたショベルカーとドラグーンストライクキャノンで粉々にしたクレーン車を弁償しろと九頭龍研究所に請求が来た。もちろん宗麟は九頭龍博士にこっぴどく怒られ、向こう半年タダ働きになってしまったという。
宗麟「小夜…もし良かったら…お金貸してくんない?」
小夜「えっと…ごめんなさい。」
だよなぁ…と肩を落とす宗麟であった。
(完)