0 無題(未完) みんなに公開

空高く、高く、星は真蒼に輝いていた。

「きれいだろう」

少女は、一つ瞬きをする。

「はい」

その瞳に映るのは。

星か。
男か。

それとも、


喧嘩した、と言う4文字で、今の俺の状態は表すことができる。

「(だーーからいつもいつもいつもいつも無駄遣いするなってあれ程言ったのに1日で溶かしたなんて馬鹿すぎるだろ!!!!!)」

いやもう、これは俺も怒っていい。アイツは馬鹿だ。間違いない。そう思いながらエンターキーを怒りと共に押し込んでやる。
今日も今日とて、寒空の下。
俺こと瑛佳麗はカフェオレを飲み込んで咽せるのであった。

一体全体どうして、馬鹿な人間が多すぎる。
店員に怒鳴ってもなんの益もありゃしないし、
愛を育みあったところで行き着く先は別れだけだ。
結局誰しも金なのだ、という教訓はその熱いお二人の前では溶け消えてしまう。これだから女なんて信じちゃいけない、と俺は心ばかりに彼らを睨みつけてやる。
ああ、女なんて。
というより、社会なんて。
型に当てはめるだけのつまらない思考は、誰がなんと言ったって時代遅れにも程がある。
…こういう俺も、大概馬鹿だ。
怒りに感けて他のところにまで飛び火してちゃあ、意味がない。冷静さを取り戻そうとまたカフェオレを嚥下する。…苦いものは嫌いなんだ、そこはブラックだろとかそういうのは止してくれ。
冬の空気は指先が冷えてたまったもんじゃない。だが頭は冷えに冷え切った。勢いで外に出てきたのが間違いだった、と今思えば納得できる。仕事もろくに進まないし、考えもあんまり纏まらない。カフェインと糖分と脊髄反射でようやくメールが返せてるぐらいだ。
帰りたい。
帰りたい。

「……謝るのもなあ」

家出なんて初めてだから。
悶々、悶々、悶々。

刻々と時間だけが過ぎていく。
かこ、かこ、かこ。

カフェ店内は足音で満杯だ。
かた、かた、かた。

「やあ」

だから、徐に掛けられたその声に俺は腰を抜かしてしまった。

「だ、だ、誰だ!?」
「誰でもないさ、初めましてだからね」

こういう、招かれざる客ってのは人を驚かさないと生きていけないのか?


「…………誰なんですか?」
「誰でもない、……んー、不便かい?」
「不便です」
「なら"海湾"とでも呼んでくれ」

海湾なんて奇妙奇天烈な名を名乗った男は、真っ白な髪を揺らして笑う。間からうすらと見える色は海よりも深い。どことなくその碧に神父を重ねて見てしまって、バツが悪いような、そんな気がしてしまって、俺はただ下を向くばかりである。

「…その、海湾さんは何をしにきたんですか?」
「そう、少し頼み事があってね」
「初対面の俺でいいんすか………」
「別に誰でも構わないんだ、君でも全然問題ない」

から から から。
ああ、こういうタイプよく知ってる。道化だ。話が通じてるようで通じないフリをされているタイプ。
こういうのは話してても無駄な事が多い。からかい目的がほっとんどだ。本当だ。色々抜きにしても統計的にタメになっ事がない。

「…俺、用事あるんで他の人に頼んでもらっても?」
「ああ、ちょっと言い方が悪かったかな?誰にもできる事だが、君じゃないと話が進まない」
「はあ」

何をそこまで期待されているのか全くわからない。逆に、さっき顔を見て会って話をしたばかりなのに、"君じゃないと話が進まない"?
新手のめんどくさい逆恨みか何かだろうか。とにかく、信用はしない。この状態でできるって方がむしろおかしい。前述した苦手なタイプって事もあるし、いや、もう、帰りたい。

「モノローグは長いと退屈になってしまうよ」
「……そうですか」

沈黙に耐えかねたのか、ひとつ、口を開いた。

「ほらまた。話を進めようという気にならないのかい?」
「そうですけど」
「ふむ。じゃあ俺から進めよう」

そういうと彼は一枚の紙を取り出す。分からない程ではないが、適度に簡素な地図である。このカフェを始発点にしてずうっと道を辿っていた。

「君にはここに行ってほしいんだ」
「海湾さんじゃダメなんですか」
「ああ、顔見知りがいてね、荷物は要らないから。とにかく行くだけで構わないんだ」

だったら尚更、なんで自分で赴かないのか?こんな無駄話をしている時間があるならさっさと行けばいい話だ、と俺は思う。別に遠いわけでもない住宅街の、部屋番号からしてマンションだろう。
その顔見知りと何かあるにしても、俺を使う理由がわからない。

「…疑問点はあるだろうけどね、とにかく行ってくれないかい?そこで全部分かるだろうから。俺はここで待ってるよ、帰ってきたらご褒美をあげるから」
「なんで俺が、何のために、何をしに行かされるんですか」
「ミステリー小説のようだね!フーダニット、ホワイダニット、ハウダニット。君は犯人にでもなりにいくつもりかい?」
「これはれっきとした現実なんですが」
「そうだねえ」

どこか遠くを見据える彼に、話を聞く気がない事がよく分かる。こういう所が嫌いなんだよ、このタイプ。
仕方ない。話が進まない、と言葉を借りるつもりはないが、このまま答弁を交わしていてもしょうがない。見返りがいい事だけを祈ろう。

「本当に行くだけですね?」
「そうだね!よろしく頼むよ」

……当初の目的ってなんだっけ。
色々ダメな気もするが、まあ、仕方ない。
俺は地図を見て、その目的地へ足を歩ませる事にした。


少女は帰りを待ち続けていた。

その瞬間まで何も信じられない。

ただ、待ち続けていた。

それが支配であるとも知らずに。

それが依存であるとも知らずに。

随分と、無垢な少女であった。


そこは、ただのアパートだった。
信じられないくらい、なんの変哲もない、アパートだった。

「…ここ」

確認するように、自分で指を指す。番号と札が一致することを理解する。
ここが、目的地。
言われた通り、ドアノブを捻る。鍵は開いている、という言葉を鵜呑みにして、俺はドアを勢いよく開けた。

「だれ」

「ですか」

怯え切った、少女を目にする。

「誰、と、言われても」

…おそらく、俺には説明する術を持ち合わせていない。
カバンを持って、この部屋の鍵が開いていることを知っていて、そして入ってきた。
誰がどう見ても、これは犯罪ではないだろうか?

「………そ、その」
「だれですかっ!?」

つんざく様な悲鳴の声で、二度目の問いを投げかけられる。恐怖に震え、目元は潤み、部屋の隅へ後退りする。話なんて到底聞いてくれそうにないレベルだ。
…待てよ。

「君、いくつだ」

犯罪チックだが仕方ない、いや、俺なら許される、
なぜなら俺は、身長が低い!!!!!!
…自虐ネタにも限度がある。なぜこんなことを聞いたか、それは彼女の歳は、少女、と言うほど小さくもない。
勿論広義的に言えば少女としても扱われるが、どう見ても来客者に"誰ですか"の一点張りで怯えるほど小さな身体は持っていないのだ。
精神年齢と身体年齢の違い。
誘拐。
幼児退行。
その嫌な予感は、まるで酸素を貪る炎が如く膨れ上がる。

何が。
どうしてこうなって。

なぜ、俺が呼ばれたのか?

「……わたし、は、」

ほつ、ほつ、とかすかに空気を含む声で、俺は眩む意識を取り戻した。部屋の中に入って、ドアを閉める。少なくとも異常な状態であることはまず間違いなく、誰かが入ってきても都合が悪い。鍵は…さすがに、自分から逃げ場をなくすほどバカではない。
彼女に近寄れば、多少なり慄く様子は見せど、抵抗する気はない様だった。もっと言えば、鍵を閉めず、急に襲うわけでもない俺に警戒心を緩ませた、と言う節さえも感じられた。

「…………わかりません」
「…そうか」

知らない、わからない、そのパターンも確かにあった。
あったが、それでも変わりない。数年ほど時を止めた様な彼女の表情はまるで幼子そのものだ。

教育。

頭に過ぎる一言が、俺は大嫌いだった。

「…だれですか」

3回目の問いかけは、困惑と恐怖の入り混じった、状況を飲み込みつつある声。
いい加減俺が名乗らないのもどうかと思うし、とりあえずしゃがみ込んで目線を合わせてみる。

「俺は海湾、…あー、白い髪の人。知ってるか?その人に言われてきたんだけど」
「……にわかさん…?」

にわかさんって誰だ。
話の流れからして海湾と名乗った男の事だろうが、どうにも何かが引っかかる。名前を名乗らなかった事もそうだし、知り合いであった事もそうだ。
それよりもっと、必要なのは、彼女が何も知らない事。
入ってきた反応から感じ取れるなら感じ取れるが、要件を聞いてもまるで心当たりがないと首を傾げるのは普通に考えてありえない。
だって、呼んだなら知っている筈だ。知らないとおかしい。ましてや二人が知り合いなら、尚更知っている方が都合が良い。誰かしらを呼ぶから、という一言二言ぐらいは告げられていても不思議じゃない。
…これは、やらかしたか?
イタズラ目当てか、この状況を作り出したのは俺だと言われてお陀仏か。
なんであれ、不利だ。圧倒的不利だ。

「……あの」

考え込んでいたところに、彼女がそっと声を掛ける。
俺に。

俺に?

「にわかさんなら、うしろに」

金属と固いものの打ち合う音と共に、俺の視界は点滅を繰り返す。

「何を」

「しているんだ」

「お前」

ぐわん、ぐわん、と眩む頭の中では何が何だか分からない。思考も覚束ない中、ただ聞こえてきた音声をテープに焼き付ける。
せめて、覚えておかなければ。

「………にわか、さん……?」
「ああ椋ちゃん、ただいま」
「あ、っ、あの、」
「コレ?君を誘拐しようとしていたのさ、俺の名前を言わなかったろう?」

呻く。呻いて、立ち上がろうとする。
また、世界がフラッシュに包まれる。もっとも世界なんて真っ暗のままで、何も見えていないのだけれど。

「ゆうかい、………」
「怖かったろう?けど俺がいるから安心して椋ちゃん、さ、おやすみ、おやすみ、……」

優しい声をかけられて、少女の微かな声は掻き消え、呼吸の音だけがこだまする。
まるで、何も知らない落とし子の様に。

「……まだ意識があるんだ」

「じゃあ、聞くだけ聞いときな」

「答え合わせの時間ってのは、本編中にした方がスッキリするだろう?」

感覚のない身体から、僅かに物が乗った重みを感じる。

「オレの名前は俄、海湾ってのは良い名前だろ?かいわん、KAIWAN、NIWAKA。ちょっと安直すぎやしないかな」

ははは、と軽い口当たりの笑声が響く。

「ばかに、しやが、っ、う、」
「黙れよ、考えるな、邪魔だよ、邪魔邪魔邪魔邪魔」

恨み言を吐こうとして、また世界が白む。眩む。回り出す。そろそろ慣れてもおかしくないほど殴られたが、それでも痛い事には変わりない。
脳は、ずっしりと重たかった。

「……君にやって欲しかったのは、椋ちゃんにとっての悪役!オレがそれを救うヒーローになれば、より一層椋ちゃんはオレのことが好きになる!」

その為に、わかりやすい様な地図も用意したんだし、こんなボロアパートまで借りたんだぜ?
中身のないものを押し上げるが如くえらいえらいと空虚な言葉が落とされる。

「君じゃないといけないのは、君が一番善良で平凡な人間だから。ほら、君の周りって危険思想が多いじゃないか。あの悪魔とか、天使の顔してるのとか。
特にキツいのはあの神父だね!生半可に正義振り翳してるから椋ちゃんが連れ出されたりするかもしれないし(笑)」

はつはつ、と二回手が打たれる。

「それに比べると君は、まー普通!非凡な状況に置かれると対応に困る手に余る、そして腫れ物を触る様な扱いをする。
随分とまあ、分かりやすい人間だ」

褒められてるのか、貶されているのか。そんな感じのことを口にして、からこらと笑った。

「……他に、もう一つあるんだが……メタフィクションを取り扱うのはオレの分野じゃなくてね。別の人がまとめてくれるのを祈るさ」

遠く、遠くに投げかける様に、彼はそう口にした。
俺には、多分正常な頭でも何も分からなかっただろうと思う。

「……さて、これぐらいでいいかい?いいな。うん。いいな。よし」

「読者は同じ構図に飽きるからね。そろそろ奇跡の生還とか気まぐれとか記憶の消去とかあーだこーだは抜きにしよう」

そういうと、久しぶりに重さ以外の感覚を感じる。髪を引っ張られて、持ち上げられて、その綺麗に整った顔を目の当たりにする。

「さようなら」

「待てやボケナス!!!!!!!!!!!!!!!!」

久しぶりに、耳慣れた声を聞いた。

「……メアリー・スーのご登場か。なんだい、IFをIFだと割り切れないバカが書いているのかい?」
「メアリースーだろうがジェシースーだろうが誰だろうが知るかよそのガキ返せ」
「そうかそうか品も常識もないとんだ愚か者だな」

ドアの前に立つのは息切れして、服も髪もぐちゃぐちゃになっている神父だった。
珍しく形相を歪ませて食いかかる彼に、俺は目を白黒させる。

「な、なんで、ここが、」
「オマエっなア人に散々詐欺にはかかるなよって言っておきながらノコノコノコノコこんなツラの野郎に絡め取られやがって」
「どんなツラだい?」
「クソバカくせーーー人間のコトをなンも知らねーゴミみてーーなツラだよドアホ!!!」
「嫌われてしまったな、かなしかなし」

どうやら何が怨恨があるのか、はたまた何かしらの縁があったのか、神父は俄を指差して罵倒する。それを見て悲しげに眉を下げつつ、何も知らない様に茶化す彼は神父に興味すらも持ち合わせていない様だった。

「……まあ、バレては仕方ないしね。なんだっけ君、恩寵?とかがないんだろう?」
「あ?ん?……ん??……ああ??」
「おんちょう」
「…知らないならいい。ここで見たこと聞いたことは秘密にしててくれ」

そこの青い君ね、と神父を顎で指して、掴まれていた髪を離す。思いっきり顔を打って痛かったが、長い間突っ伏していたお陰で殴られっぱなしの頭はとうに冷えていた。

「……おい麗、何されたか知らねーけど、さっさと帰るぞ」
「い、いや」
「いいんだよ、関わるな、絶対に関わるな、コイツはそういうヤツだ」
「そういうことだから、殴って悪かったね」

神父は、俺の腕を持って出口へと引っ張った。このまま抵抗しなければ俺は見逃してもらえるだろう。
また平凡な日常へ、正常な日常へ。

「違う」

それじゃダメな気がした。

「は?何がだよ」
「お前は間違ってる」
「……俺かい?」

初めて目が合った。
深海よりも深い青と称した瞳は、今や赤へ紫へと揺めき煌めき、掴みどころのないままに色を変えている。
ゲームのラスボスの様に立ちすくむ男も。
その後ろで、何も知らずに寝息を立てる少女も。

0

メモを他の人に見せる

このメモを見せたい人に、このURL(今開いているページのURLです)を教えてあげてください

コメント(0)

  • someone

  • someone