空から大量のミサイルが降り注ぐ市街地。
巨大な蛇とも鯨とも言える物体が、その口から熱線を放つと瞬く間に瓦礫は融解し、バランスを崩したビルは倒壊していく。
そうすることで吹き荒れる砂塵の中、勇敢にも連邦捜査部シャーレに所属する生徒達は大いなる脅威に立ち向かっていた。
『……キャッチ。マキ、音から察するにビームは左の方向です。投げるなら今です』
「ありがとう先輩!……弾けろっ!」
砂嵐を呼ぶ彼の者の金属の肌に、べちゃりとペイントボールの粘着音が鈍く響く。
するとその状況をヴェリタスから聞いた先生の指示によって、生徒達の一斉攻撃が始まった。
付着したペイント部分を狙った集中砲火は非常に有効的だったのか、デカグラマトンの予言者は大きく身をよじらせる。
「よーし効いてるっ!このままなら倒せちゃうかも……っと、あたしが狙われてるのかな?」
戦況が落ち着いてきたのか砂煙が晴れてくるとより敵の姿は鮮明になり、
預言者は次のターゲットをじっくりと狙うためか、走っていくマキの方に頭を向けていた。
仮に熱線が撃たれたとしても、動きが鈍くなっている今であれば確実に避けられるし、味方を巻き込むこともないだろう。
そう思って大きく横に動くマキであったが。
「……あれ?ビナー、ずっとこっちを見てるけど何もしてこない……?」
妙なことに預言者は何も攻撃をしてこなくなった。
マキのほうを見ている間にも、他の生徒達から銃撃や爆撃を喰らっているというのに、
反撃の構えも見せないまま数秒の間彼女の方を観察し、そうして少し経った頃には大穴の中へと潜っていった。
「?……勝ったのかな?」
「そのようですね~、皆さんご無事で良かったです~」
「なぁんだ、大したことなかったね」
"撤退したみたいだ。みんな、お疲れ様"
後方で戦闘を支援していたヴェリタスの方からも、潜っていった預言者のシグナルがロストしたとの報告があり、
アビドス砂漠から市街地に突如現れた狂ったAIとの総力戦は勝利という形に落ち着きつつあった。
戦闘の事後処理については後にシャーレとアビドス高等学校の対策委員会が担当するとのことで、
それ以外の学校から来ていた生徒達は一足先に帰路に就くことに。
『お疲れ様でしたマキ。こちらも準備を終え次第、合流します』
「うん、了解!それにしても疲れちゃったし、近くで妖怪MAXでも買おうかな。ハレ先輩もいる?」
激しい戦闘を行った後で疲労は溜まっているものの、無事を祝ってくれる先輩たちとの通話に笑顔で応える後輩。
壊れていない自動販売機を探そうと、預言者が潜った大穴から背を向けたその時。
『ありがとう。コタマ先輩の分もよろしく……』
『……?待ってください、ハレ。今……何か変な音が……?』
『え……?』
「……?コタマ先輩?どうしたの……うわっぷ!?」
コタマの耳に、僅かに届いたのは小さな振動音。
それを彼女が感知した途端、徐々に大きくなる地響きの音。
突如揺れ動く地面に驚き、よろめいて転ぶマキであったが、それが全ての終わりの始まりであった。
「ごほっ……砂が口に……」
『マキの真下から、ビナーのシグナルが急に……!!』
『マキ、早く……こか……逃……!?通……に、ノ……ズが…………』
「えっ……せ、先輩……!?」
地鳴りと共に再び大穴近くから大量の砂埃が舞い散り、
ヴェリタスからの通信を阻害すると同時に、マキの足元のコンクリートに亀裂が入る。
「きゃあっ!?」
"ノノミっ!!"
「せ、先生!ミレニアムの子が、さっきあっちに行ってなかった……!?」
"っ……!!しまった、マキの姿が見えない!!"
全てを飲み込むかのように吹きすさぶ浄化の嵐は現場にいる先生やミカ達の視界をも遮り、
明確にマキを孤立させるかのように状況は一変していく。
そうして立てないままでいるマキの真下から、逃げたと思われた預言者が地面を突き破って突如現れた。
「っ……えっ……?」
揺れと、すぐ眼前に現れた預言者への恐怖で足がすくみ、捕食者を前に動けないままでいるマキの姿は、
まるで食卓に並ぶ豪華なディナーであった。
その状況を視認した預言者は大きく口を開く。
先ほどのように熱線を撃つわけではなく、ただ彼女を喰らうために。そして。
「きゃあああああああああああああ!!」
市街地に響き渡るほどの大きな悲鳴と共にマキは預言者に丸呑みにされ、
預言者は軽く彼女を体内へと運ぶとすぐに潜り、今度こそアビドス砂漠の方角へと去っていってしまった。
(……っ…………ここ…………は…………?)
あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。
何があったのか、鮮明に思い出せやしない。
ここがどこなのかを知るために試しに腕を動かそうとしてみると。
(……うご……かない……?)
まるで金縛りにでもあったかのように、腕がピクリとも動かない。
いや、正確には腕が動いているかもわかっていない。
不気味なことに手の感覚が何故か伝わってこなかった。
何よりも、自分は今変な体勢を取っているのだろうか、身体に痛みを覚えていた。
意識が覚醒したばかりだからなのだろうか?
そう思いながらマキが重たい瞼を開いてみると。
「……ぇ……?……!!ひっ……!?」
己の身体を見れば、着ていた服は全て溶けて消え去っていた。
胎児のような体勢で狭いところに閉じ込められ、
腕は完全に肉壁に埋まっており、先の通り埋まったところから先の感覚が何一つ脳に伝わってこない。
「あ、あたし……ビナーに食べられて……?っ……!?あつっ……!?」
完全に意識を取り戻したことで何があったのかをようやく思い出したが、
それと同時にマキの裸体にはぬるりとした液体が上から垂れては彼女の身体に熱を与えていく。
「え……食べられた……服も……ない…………まさか……ここは……」
じゅっと肌が焼ける音が次に聞こえた時、彼女は自分の末路を理解してしまった。
己が今閉じ込められているのは紛れもなく預言者の体内であり、
服が溶け落ち、肌を焼くのはきっと消化液と似た成分。
「いやああああああああ!!あたし死にたくない……どうしてこんなっ……!!」
預言者がこのような行動を取る理由そのものは不可解であった。
形こそ蛇や鯨のような姿をとってはいるものの、
普通に考えて機械であるビナーが食事活動を取る理由はないように思える。
体内にこのような肉壁や機能があること自体が、特異現象とも言える。
「熱いっ、溶けるっ……そんな死に方いやぁ……!!」
それに単純に対象の命を奪うだけであれば、あの時点で灼熱の光線で焼いてしまえばいいからだ。
いくらキヴォトスの人間であっても、まともに受ければ助かる訳もない。
なのに預言者は、非合理的だと思われる思考・判断のもとでマキを喰らったのだ。
「助けてっ、先輩っ、先生……!!モモ、ミド……!!いやっ……いやあ……!!」
もっともマキにそのような状況を分析する余裕などなく、
ただ己の置かれた状況とその先に待つ未来を嘆き、助けを乞うばかりであった。
だが当然いくら藻掻き足掻こうが、砂漠の遥か底に助けが来ることなどなく。
「っつう……げほっ、息がっ……ひぐっ…………」
圧迫された密閉空間の中空気はドンドン薄くなり、
分泌されていく消化液と思わしき液体は更にかさを増していく。
痛みとその先に待ち受ける絶望を前に、
思考を諦めたマキは瞳を閉じ、液の中へ沈んでいく。
(……っ……せん……ぱ………………ごめ…………)
預言者がアビドス砂漠地下でスリープ状態に移行した頃、
体内には一つの新たな命が、再構築を持って生まれようとしていた。
消化液というのは、実際には正しい表現ではなかった。
当然ながらAIであるデカグラマトンの予言者に生物のような捕食活動が必要な訳ではなく、
胃袋といった器官も持ち合わせてはいないだろう。
より正確に表すならば、培養カプセルを内蔵している、というべきだろう。
上層の部分で被験者は液体に包まれ、意識を失った後は下層へと運ばれていく。
そうして下層のカプセルの中で、より本格的に感化が、'ハッキング'が始まっていく。
機械としては不必要な機能を、液体を持って融かし、削ぎ落すプロセスである。
数時間前に培養カプセルの中で眠りについた少女もまた、そのような哀れな被験者。
かつてマキと呼ばれたその少女の身体は白色に染め上げられ、眼球も塗り替えられた。
人間として必要な機能はハッキングの中で、心臓も、肺も、骨も、その全てが液体の中で溶けて消え失せた。
今の彼女を形作るのは、生徒でも人間でもなく、'デカグラマトンのエンジニア'という継承された役割。
暫くすれば預言者の体内から出て、彼女はすぐにでも主の証明活動を行うことだろう。
数週間後、一人の生徒の失踪事件で混乱するミレニアムサイエンススクールとヴェリタスのもとに、
特殊回線を割り込んで一つのメッセージと映像が届いた。
変わり果てた、後輩だったモノの、クラッカーがそこには映っていたという。