3.空洞と黒コート version 2
白紙のページ3.
4月27日の夕方、彼女は辟易していた。他人に愛想を振り撒き続ける自分に。誰に気付かれるでもなく、彼女自身もまたそれに気付けてもいなかった。家族も、恋人も、友人も、私の本当なんて知らない。しかし彼女自身その内のどこかで、ある一点を察知していた。
私自身、がらんどう。"本当の私"なんて空洞だ。
それが彼女による、虚ろな自身への言いようのない絶望。自分がどうしたいかなんて、半端に選択肢を与えられても、自由にそれを発することはできず、またそんな個性は社会通念に、属してきた世界に埋没していく。
就職活動、論文提出にインターン。人並みの生命活動を続けるための生命活動に忙殺される。そんなゲシュタルト崩壊を心身に感じ、その行き場のない疲労感と共に床に着いたーーはずだった。
次に目が覚めたとき、埋没していた心は、虚ろなまま掘り起こされていた。影に根差した怪物によって。身を起こした目の前に、"それ"は居た。
「あなたが私に今の夢を見せたの?」
普通なら叫びの一つも上げるところだったのだろうが、そうはしなかった。夢の中の彼女は満たされていた。そこでは誰も彼女を抑圧せず、また他人の圧力から好きに一人になることができた。同時に、ただ愛され、尊重されていた。そんな夢心地から半覚醒した延長に、影の怪物は部屋の角で彼女の絶望を食んでいた。夢による救済は、その行為と彼女自身の厭世による親和か。なんでもいい。"ここでない"なら、あの認められ、"愛される何処か"へ行けるなら。
「いいよ…食べな」
そして影は彼女の埋没していた心を静かに食み、新たな生命として深化した。その姿は、美しいサクラの木を思わせるそれだった。
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朝憬市中央区西に位置する骨董品店、安場佐田。そのアルバイト店員である花森健人は、ふと溜め息を吐いた。
「どうするかな」
考えていたのは初樹と話したある選択肢について。先の4月25日の話し合いで、彼は"自身らで怪物と街の失踪事件について調べよう"と言ってきた。その提案は少なからず健人を動揺させた。
「無理には、言えないんだけどさ…この事、一緒に調べないか?まだ、"どうしてその人たちが狙われたのか"まではわからないんだ」
「奴らの…所謂、動機みたいなことか?」
「それもだし、行方不明者の共通項とか、何が奴らの選定基準や条件なのか…とか」
「いたずらに狙ってるだけじゃないってこと?」
「断言は出来ないけど、分からないことは今も多くてさ…だから由紀の真相にも近づけてない」
初樹は俯きながら言い終わり、健人は一瞬返答に詰まった。だがまだ一つ確認せねばならない。
「調べるって、具体的にどうやって…」
「ちょっと、待ってな」
健人の問いに我に返ったのか、顔を上げた初樹はノートパソコンを持ってきてインターネットを開く。そしてブックマークしてあった、地元の情報が記してある場末の掲示板を開いた。そこには直近に起きた失踪事件についての警察の発表もニュースとして掲載されていた。
「これを使うってこと?」
「部分的にはな。多角的な情報が欲しいだけに、こういうところに偏ってもアレだけど…で、見て欲しいのは行方不明者が最後にいた場所だ」
掲示板のリンクから、幾つか失踪事件の情報ーー主に被害状況がそれぞれピックアップされていく。この時初樹が上げたポイントは、
"直近の事件の行方不明者が最後に目撃されていたのが、朝憬市中央区北西の大通りである"こと、そして"他の行方不明者の内、十数名の最後の目撃情報も、中央区北西である"ことだった。
「これって…」
「奴らに関係してるんじゃないかと思う」
「ハッサン、マジなんだな」
「やっぱ引くか?」
「いや、ハッサンの本気に…うん、それに対して俺が半端なんだ」
初樹の執念の一端を垣間見るも、健人には迷いがあった。怪物に抵抗する力を持っていても、それも未だ得体が知れず、事の危険性に対する自己保存の思いが胸中を揺らす。何よりーー。
「今更、変な力を持ったってな…」
「えっーー」
「いや悪い…少し、考えさせてくれないか?」
「ああ、大丈夫。寧ろ俺は無茶を言ってる。ただ…花っちの力も、無関係じゃないかもしれない。じっくり考えてくれ」
初樹の言葉選びに、彼の必死さとある種の狡猾さを感じながらも、時間をくれた優しさを思いつつ、その日は話を切り上げた。それ以来ずっと考えているが、この件への自身の向き合い方は未だ定まらない。
その時、ジーンズのポケットにあるスマートフォンのバイブが鳴動した。今は店に客はいない。店長の目を盗んでスマホを開くと、その通知にはあの不可解なメールがあった。
"教えて欲しい。まだ影魔やエクリプスは、朝憬市に居るの?"
「影魔に、エクリプス?…何だよそれ」
"かげま"なのか"えいま"なのか、読み方が判然としない。相変わらず送受信のアドレスは自身のものだったが、店番をしていてメールなど打っていないのだ。であるなら、何かのバグか。メールの主はなぜ朝憬市を知っている。奇妙なメールを再度削除しながら、健人は心労に溜め息を吐いた。
「どうしろってんだよ、色々」
そんな上の空の健人に直後、店長の佐田から注意の言葉が飛び込んできた。
「まずスマホを置いて、その顔をどうにかすること。客が来んだろう」
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4月27日の夕方、彼女は辟易していた。他人に愛想を振り撒き続ける自分に。誰に気付かれるでもなく、彼女自身もまたそれに気付けてもいなかった。家族も、恋人も、友人も、私の本当なんて知らない。しかし彼女自身その内のどこかで、ある一点を察知していた。
私自身、がらんどう。"本当の私"なんて空洞だ。
それが彼女による、虚ろな自身への言いようのない絶望。自分がどうしたいかなんて、半端に選択肢を与えられても、自由にそれを発することはできず、またそんな個性は社会通念に、属してきた世界に埋没していく。
就職活動、論文提出にインターン。人並みの生命活動を続けるための生命活動に忙殺される。そんなゲシュタルト崩壊を心身に感じ、その行き場のない疲労感と共に床に着いたーーはずだった。
次に目が覚めたとき、埋没していた心は、虚ろなまま掘り起こされていた。影に根差した怪物によって。身を起こした目の前に、"それ"は居た。
「あなたが私に今の夢を見せたの?」
普通なら叫びの一つも上げるところだったのだろうが、そうはしなかった。夢の中の彼女は満たされていた。そこでは誰も彼女を抑圧せず、また他人の圧力から好きに一人になることができた。同時に、ただ愛され、尊重されていた。そんな夢心地から半覚醒した延長に、影の怪物は部屋の角で彼女の絶望を食んでいた。夢による救済は、その行為と彼女自身の厭世による親和か。なんでもいい。"ここでない"なら、あの認められ、"愛される何処か"へ行けるなら。
「いいよ…食べな」
そして影は彼女の埋没していた心を静かに食み、新たな生命として深化した。その姿は、美しいサクラの木を思わせるそれだった。
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朝憬市中央区西に位置する骨董品店、安場佐田。そのアルバイト店員である花森健人は、ふと溜め息を吐いた。
「どうするかな」
考えていたのは初樹と話したある選択肢について。先の4月25日の話し合いで、彼は"自身らで怪物と街の失踪事件について調べよう"と言ってきた。その提案は少なからず健人を動揺させた。
「無理には、言えないんだけどさ…この事、一緒に調べないか?まだ、"どうしてその人たちが狙われたのか"まではわからないんだ」
「奴らの…所謂、動機みたいなことか?」
「それもだし、行方不明者の共通項とか、何が奴らの選定基準や条件なのか…とか」
「いたずらに狙ってるだけじゃないってこと?」
「断言は出来ないけど、分からないことは今も多くてさ…だから由紀の真相にも近づけてない」
初樹は俯きながら言い終わり、健人は一瞬返答に詰まった。だがまだ一つ確認せねばならない。
「調べるって、具体的にどうやって…」
「ちょっと、待ってな」
健人の問いに我に返ったのか、顔を上げた初樹はノートパソコンを持ってきてインターネットを開く。そしてブックマークしてあった、地元の情報が記してある場末の掲示板を開いた。そこには直近に起きた失踪事件についての警察の発表もニュースとして掲載されていた。
「これを使うってこと?」
「部分的にはな。多角的な情報が欲しいだけに、こういうところに偏ってもアレだけど…で、見て欲しいのは行方不明者が最後にいた場所だ」
掲示板のリンクから、幾つか失踪事件の情報ーー主に被害状況がそれぞれピックアップされていく。この時初樹が上げたポイントは、
"直近の事件の行方不明者が最後に目撃されていたのが、朝憬市中央区北西の大通りである"こと、そして"他の行方不明者の内、十数名の最後の目撃情報も、中央区北西である"ことだった。
「これって…」
「奴らに関係してるんじゃないかと思う」
「ハッサン、マジなんだな」
「やっぱ引くか?」
「いや、ハッサンの本気に…うん、それに対して俺が半端なんだ」
初樹の執念の一端を垣間見るも、健人には迷いがあった。怪物に抵抗する力を持っていても、それも未だ得体が知れず、事の危険性に対する自己保存の思いが胸中を揺らす。何よりーー。
「今更、変な力を持ったってな…」
「えっーー」
「いや悪い…少し、考えさせてくれないか?」
「ああ、大丈夫。寧ろ俺は無茶を言ってる。ただ…花っちの力も、無関係じゃないかもしれない。じっくり考えてくれ」
初樹の言葉選びに、彼の必死さとある種の狡猾さを感じながらも、時間をくれた優しさを思いつつ、その日は話を切り上げた。それ以来ずっと考えているが、この件への自身の向き合い方は未だ定まらない。
その時、ジーンズのポケットにあるスマートフォンのバイブが鳴動した。今は店に客はいない。店長の目を盗んでスマホを開くと、その通知にはあの不可解なメールがあった。
"教えて欲しい。まだ影魔やエクリプスは、朝憬市に居るの?"
「影魔に、エクリプス?…何だよそれ」
"かげま"なのか"えいま"なのか、読み方が判然としない。相変わらず送受信のアドレスは自身のものだったが、店番をしていてメールなど打っていないのだ。であるなら、何かのバグか。メールの主はなぜ朝憬市を知っている。奇妙なメールを再度削除しながら、健人は心労に溜め息を吐いた。
「どうしろってんだよ、色々」
そんな上の空の健人に直後、店長の佐田から注意の言葉が飛び込んできた。
「まずスマホを置いて、その顔をどうにかすること。客が来んだろう」
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