0 【三番街にて、夕暮れ。】 みんなに公開
【三番街にて、夕暮れ。】
ああ、やっぱり雨の日は嫌いだ。
触れる空気が湿っぽいし、何よりも──
アラームの騒音を掻き消す雨音が、今朝の私の目覚ましだ。
「ニュースをつけて」と空に唱え、報道される天気予報をBGMに出掛けの支度を始める。簡易的に済ませた朝食を片付け、部屋の電気を消すよう指示する。その傍ら、私は雨具を身につける。
靴を履き、扉を空け、左へ曲がる。
その先4番目の階段を降りた出入り口を出る。そこから裏路地に入り、非常階段を登る。屋上から見える時雨市三番街のネオンライト。ふと、幼い頃見た図鑑に載っていた天の川銀河が重なる。
「そう言えば、夢は宇宙飛行士とか言ってたっけ」
船に乗り、宇宙〈そら〉を駆ける。
そんな妄想をしながら、歩きながら通学路を進む。だが正確には「歩いて」いるわけではない。大きく助走をつけて天の川へ飛び立つ。そしてビルからビルへ、建物の隙間を縫うように。私は駆け抜ける。私の家から6ブロックと少しを進んだあたりにある『Weekend』という飲食店を目印に私は地面へ舞い戻る。
???「澪〈みお〉おはよ」
???「澪先輩っ!おはようございますっ!」
澪「遼希〈はるき〉咲希〈さき〉ちゃんおはよ」
神椿 澪〈かみつばき みお〉私の名前だ。こっちの高身長は真宮 遼希(まみや はるき)私の幼馴染だ。黄金色に輝く、妬ましいほどのストレートヘア。右目が黒色、左目が青色のオッドアイ。ジャケットパーカーと長ズボンがデフォルトだ。というか、遼希が自分の意志で(卒業式や入学式など、決まった服装を求められる場面以外、という意味だ。)それ以外の服を着ているところを一度も見た覚えがない。そして私を先輩と呼んだこのちっこい可愛い後輩は、真宮 咲希(まみや さき)遼希の妹だ。まだ12歳なのに私達と同じ、時雨市立時雨高校に通っている。兄と同じ艷やかな髪と、利発そうな立ち振舞いに金色のフレームの丸眼鏡がより一層と、彼女の神童っぷりを物語っている。遼希と本当に血がつながっているのか、未だ信じがたい。何を隠そう、この兄妹は『Weekend』を経営する真宮一家の子供である。
『Weekend』から私達の高校までは約2ブロック。高校、そして教室までを3人共に歩む。これが朝の日課である。
【時雨市立時雨高校】
【授業中】
私はどうしても、授業というものを好きになれない。
咲希では無いが、ある程度聞けば分かるものを何度も何度も角度を変えて説明され、意味を見出さない課題を出されることは苦痛でしかない。
澪(っ……!今日は一段と痛むな……)
私は窓際のヒロインが如く、雨に濡れる隣町の灯々崎〈とうとうざき〉市の港町を眺めながら、今日の授業をやり過ごす。
澪(絶対にあてられませんように……)
【放課後】
世界を撫でるように蠢く灰色の雲が、この地の空を埋め尽くしている。
咲希「雨、止みませんねぇ……」
退屈な授業を乗り越えた神童が、憂鬱そうな感嘆を呟いた。水滴が奏でる音楽を背景に、私たち3人は雨宿りとして教室に残る。朝から振り続く雨は止むどころかより一層勢いを増している。それはまさに、この街の名に相応しいと言えるだろう。
山々の大きな起伏の盆地部分に位置するここ――神倉〈かむくら〉県時雨市は、年中雨が降ることから時雨の地名がついたとされる。
遼希「……痛むのか?」
腐っでも幼馴染、私の異変に気づいたのか、尋ねる顔は心配の色を見せている。
澪「別に──壊してないよ」
素っ気なく返してしまっただろうか。まったく、覚えていないほど昔からの仲だと言うのに、未だに素直になれないものだ。だがそんな返し方をしても、どこか本意を察していそうな幼馴染は「そっか」と呟き、1人窓を眺める。
そんな2人をよそに、咲希が慌てて話し出す。
咲希「先輩っ!お兄ちゃんっ!東環市6番街にて、複数の自立式人型機構〈アンドロイド〉の防衛システムが誤作動を起こし暴走中との通報ありですっ!」
そう告げた神童は教卓へ向かい、隠された指紋認証錠を解く。それと同時に、私と遼希は身支度を始める。先程までの教卓とは打って変わって、黒板がモニターとなり、咲希がマイク付きのヘッドホンをつけ、スタンバイをする。
10年前、汎ゆる企業が追い求めてなお実現出来なかったような技術を現実へ変えた、1人の人物が居た。名を「神椿 玲善(かみつばき れいぜん)」私の父だ。
人工知能〈AI〉搭載の完全自立式人型機構〈アンドロイド〉の実用化。
恒久的発電装置『Unlimited Breaker』の発明。
父の功績は文字通り、世界を丸ごと変えるものだった。「宇宙開闢〈ビッグ・バン〉が再び起こった」と言われる程だ。
記憶にないほど昔に母を亡くした私は、遺された家族である父を誇りに思っていた。私が起きるよりも早く出かけ、私が寝付いた後に帰宅する。それでも、休日には私の行きたいところに連れて行ってくれるし、欲しい物は何でも買ってくれる。
だが──
【3年前】
壁には父がもらった沢山の賞状と、私と撮った写真。二人暮らしには身に余るほどの我が家は、私の知らない家族の存在を表しているようにも思えた。
いつものように夕飯の後片付けを終えたちょうどその頃、玄関の方角からなにやら物音が聞こえた。
澪「………お父さん?」
〈世界を撫でるように蠢く灰色の雲が──〉
父の帰宅時間は10時過ぎ、平日の今日にしては早すぎる。
玄関に歩みを進めた私は、庭の方向からビチャ、ともグチャ、とも言えないような音を感じとった。そのため私は玄関を離れ、キッチン・リビングを経由して庭を覗き込む。暗くてはっきりとは見えなくとも、私の目は人影のような物を捉えた。
〈この地の空を──〉
澪「雨かな……あっ、洗濯物取り入れてないかも」
その時だった。確かに、玄関に着くまでに3重のセキュリティに阻まれるこの家だが、おかしいとは思っていた。
くだらない、ただの杞憂だ。そう自分に言い聞かせていた。
大きくて湿った木材を思いっ切り叩いた様な、そんな大きな振動が、私の全てを震う。
澪(え……?)
思わず、声が漏れた。
いや、声は出なかった。
庭へ近寄ったのが功を奏した。
そう思いたい。
先程まで家として、確かにそこにあったものが、今は瓦礫と新たに名を変え、踏まれ寝転がられ、と今までの鬱憤を晴らすかのように四方八方へと散乱していった。
澪(は……?)
ふと気づくと、先程まで天井として役割を果たしていたその物が、今は私の掛け布団となっていたのだ。
いや、この場合は私が布団で、元天井に敷かれていると言ったほうが正しいのだろうか。
一連の事態が飲み込めるまで、かなりの時間がかかった。
遂に降り始めた雨が、我先にと消火活動を始める。
冷たく当たる水滴が、やけに私を冷静にさせる。
爆発が起こった。
いや、爆破された。
父を狙ったのだろうか。
父は無事なのだろうか。
いや、
それより今は自分の命を優先する
べきだ。
逡巡の末、
私は布団を退けようと腕を伸ばす。
伸ばした
はず
だった。
本来そこに上がったはずの手腕は、私の視界には現れない。代わりといってはなんだが、私の喉が音を上げた。
両手、肩から先が
瓦礫によって
切離されたのだろう。
期待感のない未来に、動く価値はないのた ゛ 。
『なんだかもやがかかったようでうまく働かない。
ぼんやりとしか考えられない。
これを「頭の病気で何
らかの制限がかかった状態」だと思えれば、
頭の病気を直してすっきり
新しく人生を始める気分になれ
るんだろうけど、
「脳がすっかり死んでしまっているのでもうこれ以上良くならな
い状態」
だったらと思うと
どうしていいかわからない。』
そんな1 節 を
思い
出し
た
わたし
は
目を覚ます。
天井から察するに、ここは病院か、または天国なのだろう。
遼希「みおっ!良かった──」
ああ、やっぱり雨の日は嫌いだ。
触れる空気が湿っぽいし、何よりも──
「厄介な事件が回ってくる。」
【三番街にて、夕暮れ。】
教室を飛び出し、左へ。
向かうは屋上。理由はただ一つ。
澪「行くよ」
大きく踏み込み、まさか女子高生とは思えない膂力で澪は遼希を抱え、私の見据える先は東──東環市だ。
暫くして、人1人を抱えながらビルを飛び越す人知を超えかけている幼馴染に、遼希が尋ねる。
遼希###### 「澪…怖いです」
か弱く呟いた幼馴染に対し、幾らか考え出した末の答えは──
澪「……離しても良いけど」
やはり、私は素直になれない。少し強く抱き返され、自分のしている事に気がつき、心拍数が上昇したのは、街を駆けているせいにした。
【3年前】
私は、真っ先に父の安否を尋ねた。
予想はしていた。
遼希「────」
澪「そっか……」
私の癖で、頭を掻こうとした。
冷たく、機械的な感触が頭皮を刺激し、その存在に気づく。
澪「AL〈Artificial limb〉──」
遼希「……うん」
今更だが、ここは病院ではなかった。『Weekend』の3階──遼希の自室だ。
縦に長い建物なので、1フロア丸々自室として扱われている。
遼希の趣味は楽器・機械いじり・ゲーム・プログラミングと、私ですら全てを把握している自身はない。
私は恐らく、長い間昏睡状態だったのだろう。
遼希によると、病院で処置を受け、回復した後、退院。『Weekend』へ訪れ気絶。そして今に至るそうだ。
ちなみに、その間の記憶は全くない。混濁した意識のなかで、遼希の所を思いついた私はなかなかのものだ。
遼希は私の事をよく分かっている。
無いよりかは、ALだとしても四肢を望むことを。
そして、人肌に近いものよりも、古典的かつ機械的な義手らしいものを望む、と。
【東環市6番街】
咲希「そこですっ!降りてくださいっ!」
通信越しに神童のお告げをうけ、私達は地へつく。
遼希「澪、頼んだ」
澪「頼まれた」
路地に隠れる遼希を背に、私は歩みを進める。
金属同士の共鳴音。数々の悲鳴。大きな破壊音。
咲希の報告よりも明らかに数を増した暴走中の自立式人型機構〈アンドロイド〉を視界に入れ、私は処理を始める。
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