2 【三番街にて、夕暮れ。】 みんなに公開

【三番街にて、夕暮れ。】

ああ、やっぱり雨の日は嫌いだ。

触れる空気が湿っぽいし、何よりも──


いつもよりも少し穏やかな雨。だが、アラームの騒音を掻き消すには十分過ぎる雨音が、今朝の私の目覚ましだ。

眠たく重たな目を擦り、私は布団を退けようと布団から外へ出そうと腕を伸ばす。刹那、極寒の空気が布団のなかに入り込む。顔はとっくに冷たさで麻痺してしまっているのだろうか、全く寒さを感じなかった。最近は少し暖かかったから、昨日はエアコンをつけずに寝てしまった。完全に油断した。2LDKの我が家に接続されたAIの言うことを聞いておけば良かった、と深く後悔している。私の住むここ、時雨市は高い山々に囲まれた盆地だ。そして時雨市のある神倉〈かむくら〉県は夕馬〈ゆま〉半島の南部に位置する。一口に言うなら、1年中雨のやまない世界的に見てもとても稀有な土地だ。私はAIに向けて「ニュースつけて……あとエアコンも」と言う。

「3月13日水曜日、時刻は6時を過ぎました。現在の神倉県の平均気温は7℃と、肌寒い温度となっております」

どこからとも無く、ニュースキャスターの声が部屋に響き出す。この時代でも、ニュースキャスターの仕事は残ってるんだよね、意外。そして段々と暖かくなる

春先だと言うのに、7℃前後。人より寒がりな私にとってこの季節はかなりくる。と、暖かな羽毛布団のなかで思う。ここでニュースを聞くのもいいけど、そろそろ出かけないとな、と思った私は渋々楽園〈ユートピア〉を後にし、支度を始める。

ニュースをBGMに、私は顔を洗い、キッチンに立つ。昨日は小テスト続きだった。そのため、私には自炊をする体力なんかは微塵もないので、いつもよりも簡易的にする。決して、ちゃんとしたご飯を作るのが面倒くさいから自分に言い訳をしているわけではない。断じて違う。

朝食を済ませ、片付けを終え、部屋の電気を消すよう指示する。


支度を終え、扉を開ける。曲がったその先、4番目の階段を降りた出入り口から道に出る。ザーザーと降り続ける雨をかき分けて、裏路地に入り、非常階段を登る。屋上から見えるこの街に煌めく無数のネオンライト。ふと、幼い頃見た図鑑に載っていた天の川銀河が重なる。

澪「そう言えば、昔の夢は宇宙飛行士とか言ってたっけ」

宇宙船に乗り、宇宙〈そら〉を駆ける。


そんな妄想をしながら、いつも通りの通学路を進む。だが正確には「歩いて」いるわけではない。大きく助走をつけて天の川へ飛び立つ。そしてビルからビルへ、建物の隙間を縫うように、私は駆け抜ける。私の短い白髪がなびく。癖っ毛だけど。心地良い風が頬をなでる。今日のパルクールは調子が良い。いつもなら跳ばない距離に挑戦しようかな。


ダン──と大きく踏み込んだ矢先、私は見覚えのある人影を捉える。

遼希「朝から元気だな、澪」

神椿 澪〈かみつばき みお〉、私の名前だ。無事着地した私はビルから飛び降りて声の主のもとへ向かう。


澪「よっと……ん、おはよ」

遼希「また飛距離上がってね?」

挨拶そっちのけで話し出すこの高身長は真宮 遼希〈まみや はるき〉私の幼馴染だ。

澪「まぁね。てか挨拶は?」

黄金色に輝く、妬ましいほどのストレートヘアをなびかせた幼馴染は無視して話を進める。


遼希「体の調子は?」

澪「まぁまぁだね」

左目の青色が私を見つめる。遼希はオッドアイで羨ましい。あと何となくかっこいいし。

咲希「澪先輩っ!おはようございますっ!」


私を先輩と呼んだこのちっこい可愛い後輩は、真宮 咲希(まみや さき)学習指導要領改訂以来、最速かつ最年少で必要単位を修了し、私達と同じ高校に通う神童だ。まだ12歳だというのに、末恐ろしい。

咲希「先輩っ!昨日のテストどうでした?」


やはり兄妹だ。兄と同じ艶やかな金髪、兄と違い丁寧に整えられた身だしなみ。金フレームの丸眼鏡のズレを直し、私を見つめる。

澪「ぜったい無理。落としたかも」

遼希「澪、さすがの俺でもあれは自信あるぞ」


咲希「えっと……また勉強会しましょうねっ!澪先輩っ!」

澪(この天才兄妹め……)

いつも通りの他愛ない会話を交わしながら、私達は高校へ向かう。


【時雨市立時雨高校】
【授業中】

「えー、神椿玲善の開発した恒久的発電装置、通称『Unlimited Breaker』の安定化により世界のエネルギー情勢が──」

澪(はぁ……知ってるし、お父さんの発明だし。だる)

私はどうしても、授業というものを好きになれない。


澪(っ……!今日は一段と痛むな……)

私は窓際のヒロインが如く、雨に濡れる街を眺める。

澪(絶対にあてられませんように……)

遼希(今こいつ「絶対にあてられませんように」って思ってる顔してるな)

何となく。隣の幼馴染に読心術を使われている気がする。


澪「心読むな」

遼希「読んでねぇし読めねぇよ(多分当たってたな)」

やば、先生に睨まれた気がする。


【放課後】

世界を撫でるように蠢く灰色の雲が、この地の空を埋め尽くしている。

咲希「雨、止みませんねぇ……」

一日の授業を終えた神童が、憂鬱そうに感嘆を呟いた。朝と比べて落ち着いてきた雨脚は、しかしまだ止むことを知らない。


遼希「……痛むのか?」

腐っても幼馴染、私の異変に気づいたのか、尋ねる顔は心配の色を見せている。

澪「別に──壊してないよ」

素っ気なく返してしまっただろうか。まったく、覚えていないほど昔からの仲だと言うのに、未だに素直になれないものだ。だがそんな返し方をしても、どこか本意を察していそうな幼馴染は「そっか」と呟き、1人、外を眺める。


そんな2人をよそに、咲希が慌てて話し出す。

咲希「先輩っ!お兄ちゃんっ!東環市6番街にて、複数の自立式人型機構〈アンドロイド〉の防衛システムが誤作動を起こし暴走中との通報ありですっ!」


そう告げた神童は教卓へ向かい、隠された指紋認証錠を解く。すると、先程までの教室とは打って変わって、黒板がモニターとなる。咲希が教卓に座り、マイク付きのヘッドホンをつけ、スタンバイをする。その間、私達は教室を飛び出し、ぐるりと左へ。向かうは屋上。理由はただ一つ。

澪「行くよ」


ダンと大きく踏み込み、まさか女子高生とは思えない膂力で澪は遼希を抱え、私の見据える先は東──東環市だ。

暫くして、人1人を抱えながらビルを飛び越すような人知を超えかけている幼馴染に、遼希が尋ねる。

遼希「澪…怖いです」

か弱く呟いた幼馴染に対し、幾らか考え出した末の答えは──

澪「……離しても良いけど」

やはり、私は素直になれない。少し強く抱き返され、自分のしている事に気がつき、どっと心拍数が上昇したのは、2人で街を駆け抜けているせいにした。


【東環市6番街】

咲希「そこですっ!降りてくださいっ!」

通信越しにナビゲートしてくれる神童のお告げを受け、私達は地へつく。

遼希「澪、頼んだ」

澪「頼まれた」

降り立った商店街の、陰湿な路地に隠れる遼希を背に、私は歩みを進める。


キィンと響く、金属同士の共鳴音。数々の悲鳴。大きな破壊音。

咲希の報告よりも明らかに数を増した暴走中の自立式人型機構〈アンドロイド〉を視界に入れ、私は処理を始める。


ダン──と、

私の踏み込んだ1歩は、大きかったようで、我を忘れ暴走したそれらに接近を悟らせることとなってしまう。

様々な自衛機巧が私へ、一身に届く。

先制攻撃を行った個体は、体格が良く、身長が高い。恐らく男性のボディーガードタイプだったんだろう。その個体の肩が開き、細く、長い腕を素早く伸ばす。私の腕をつかもうとしてきた。


男は想定しただろうか。


自分よりも背の低い女子高生に腕を掴み返される事を。

腕を掴まれるはおろか、そのまま大きく投げ飛ばされる事を。

1連の流れを終えた頃、幼馴染から警告を受ける。


遼希「澪、あまり派手に壊すな、手間がかかる」

澪「善処しまーす」

咲希「先輩っ!うしろっ!」

可愛い後輩神童が、平民の心配をしてくださっているのだ。


だが、

澪「うん、見えてる

刹那、ギュイン、とモーターの駆動音が届き、それは破壊音へと変わる。後頭部を狙ったその打撃は大きく空をなぞった。足首・膝・腰と落としていき、勢いそのまま進んだ相手の足をすり抜け背後をとる。そのまま私を狙わなかった方の腕を掴み、背中を蹴り飛ばす。


咲希「先輩流石っ!!」

澪(本当は反射で見えてただけなんだけどね)

千切れた腕を掴み、空へ手を振る。咲希の事だから、また人工衛星をハッキングして状況を見ているのだろう。

「ィ゙……オ…」

澪「え?」


背後から、破損したAIの電子音が聞こえ、思わず振り返る。

「ーー ・・ ーーー  ・・ ・・・ー ・  ー・・・ ・ ・ ー・  ・・ー・ ・・ ー・ ー・・ ・・ ー・ ーー・  ・・ー ・ー・ー・ー  」

澪(……故障かな)


咲希「……!?」

「うわぁあああ!!」

突如、荒ぶった男性の声が聞こえた。

刀のようなものを持ち、襲いかかってきた。私はとっさに両腕で刀を受け止める。


「なっ……斬れねぇッ!?」

澪「義手だから、残念」


【3年前】

忘れることはない。壁に飾られた父がもらった沢山の賞状と、父と私とで撮った写真。二人暮らしには身に余るほどの我が家は、私の知らない家族の存在を表しているようにも思えた。

いつものように夕飯の後片付けを終えたちょうどその頃、玄関の方角からなにやら物音が聞こえた。


澪「………お父さん?」

〈世界を撫でるように蠢く灰色の雲が──〉

父の帰宅時間は10時過ぎ、平日の今日にしては早すぎる。


玄関に歩みを進めた私は、庭の方向からビチャ、ともグチャ、とも言えないような音を感じとった。そのため私は玄関を離れ、キッチン・リビングを経由して庭を覗き込む。暗くてはっきりとは見えなくとも、私の目は人影のような物を捉えた。


〈この地の空を──〉

澪「雨かな……あっ、洗濯物取り入れてないかも」

その時だった。確かに、玄関に着くまでに3重のセキュリティに阻まれるこの家だが、おかしいとは思っていた。

くだらない、ただの杞憂だ。そう自分に言い聞かせていた。


大きくて湿った木材を思いっ切り叩いた様な、そんな大きな振動が、私の全てを震う。

澪(え……?)

思わず、声が漏れた。


いや、声は出なかった。

庭へ近寄ったのが功を奏した。

そう思いたい。

先程まで家として、確かにそこにあったものが、今は瓦礫と新たに名を変え、踏まれ寝転がられ、と今までの鬱憤を晴らすかのように四方八方へと散乱していった。


澪(は……?)

ふと気づくと、先程まで天井として役割を果たしていたその物が、今は私の掛け布団となっていたのだ。


いや、この場合は私が布団で、元天井に敷かれていると言ったほうが正しいのだろうか。

一連の事態が飲み込めるまで、かなりの時間がかかった。

遂に降り始めた雨が、我先にと消火活動を始める。


冷たく当たる水滴が、やけにわたしを冷静にさせる。

爆発が起こった。

いや、爆破された…?

父を狙ったのだろうか


父は無事なのだろうか。

いや、

それより今は自分の命を優先する
べきだ。

逡巡の末、

私は布団を退けようと腕を伸ばす。


伸ばした


はず

だった。


本来そこに上がったはずの手腕は、わたしの視界には現れない
。代わりといってはなんだが、澪の喉が音を上げた。
両手、肩から先が
瓦礫によっ  て
  切り離されたのだ ろう。


期待感のない
 未来に、動く価値はないのた゛。


『なんだかもやがか
かったようでうま
く働かない。
ぼんやりとしか考えられない。
これを「頭の病気
で何らかの制限がかかった状態」だと思えれば、
頭の病気を直してすっきり


新しく人生を始
める気分になれ
るん
だろうけど、
「脳がすっかり死んでしまって
いるのでもうこれ以
上良くならな
い状態」

だったらと思うと
どうしていいかわからない。』


わ た
しは

そん

 な1 せつ    を    お   もい

 た     ゛し た
       わた


し 

              は


「───お─」

聞き覚えのある声がする。

「み────」

誰だろうか…

「みお──」
 
瞼が閉じていることに気づき、その視界を開く。


遼希「みおっ!?良かった──」

起きるなり何なり、私は真っ先に父の安否を尋ねた。まぁ予想はしていた答えが返ってくるわけで。

遼希「────」

澪「そっか……」

私の癖で、頭を掻こうとした。

ひやりと冷たく、そして機械的な感触が頭皮を刺激し、その存在に気づく。


澪「AL〈Artificial limb〉──」

遼希「……うん」

今更だが、ここは病院ではなかった。ここは3階──遼希の自室だ。
縦に長い建物なので、1フロア丸々自室として扱われている。

遼希の趣味は楽器・機械いじり・ゲーム・プログラミングと、私ですら全てを把握している自信はない。


私は恐らく、長い間昏睡状態だったのだろう。

遼希によると、病院で処置を受け、回復した後、退院。遼希の家へ訪れ気絶。そして今に至るそうだ。

ちなみに、その間の記憶は全くない。混濁した意識のなかで、遼希の所を思いついた私はなかなかのものだ。


遼希は私の事をよく分かっている。

無いよりかは、ALだとしても四肢の存在を望むことを。

そして、人肌に近いものよりも、古典的かつ機械的な義手らしいものを好む、
と。

1度失い、2度と戻るはずのなかったはずの手足〈それ〉を、取り返すことは望まないことを。


都合よく開けた〈はだけた〉袖から、金属質の義手が覗く。肉を切らせてというように、だが無傷というわけにはいかず、刃が食い込み抜けないようだ。

「ちっ……」

澪「あなたは誰?目的はなに?」

「教えるかよ、俺のことは構わねぇ、殺れッ!!」


刹那、2~3km先、ビルの屋上から狙撃音が聞こえる。味方ごと私を撃ち抜くつもりだろう。放たれた銃弾は、私の左太腿を貫通した。

澪「うっ……」

私は思わずしゃがみ込む。隙を見た結果、男に暗器を取り出させてしまった。

「隙ありぃ!!」


澪「なんてね、義足だよ」

左手で全身を支え、両足を揃えて暗器を蹴り飛ばす。綺麗に側転を決め立ち上がる。背後から「手加減しろよ」とでも言いたそうな空気を察し、鳩尾〈みぞおち〉に到達予定の(さっき拾った)金属性の棒を捨て、素手に切り替えた。


が、どちらも金属であることに変わりは無かった。

澪「あっ……」

我れながらかなり良いところに入った。


入ってしまった。

澪「……ごめん」

男はガラスや瓦礫が散乱している上に寝転がる。見たところ、かなり苦しそうに悶えている。


澪(やば、これ私も捕まるかもな)

最初のアンドロイドも次のアンドロイドも、正当防衛を装うため、1撃目を譲ったのだ。咲希の「あちゃー」と言う声を聞き、私はその男に手を伸ばす。「勝てない」と悟ったのか、素直に引っ張られてくれた。


「ちっ……おまえら、何もんだ?」

遼希の存在に気づいていたようだ。

咲希「狙撃手の無力化、完了しましたっ!」


背後の遼希に目配せをする。流石幼馴染というべきか、出てきてくれた。

遼希「何者って言われてもね」

私達は顔を見合わせる。


澪「ただの高校生としか」

「ちっ……ばけものがっ」

澪「まぁ」

遼希「強いて名乗るのなら」

2人「 『ユウヤケ哨戒班』 かな」


【三番街にて、夕暮れ。】

事件No.1.『ユウヤケ哨戒班』


いつの間にか止んだ雨が、狙いすましたかのように虹をかける。

『ユウヤケ哨戒班』
私達の地元であるここ「時雨町」の夕焼けを守る為の集団──

というのは後から考えた建前で、実のところは昔聞いた曲のタイトルをもじって私達のグループに当てはめただけだ。


咲希「先輩っ!警察来ますっ!」

澪「うぇっ……行くよ遼希」

遼希「おう」


なぜ私達は警察から逃げるのか、(暴力振るったから当然といえば当然なのだが)私達『ユウヤケ哨戒班』は、国認定の地域自衛機関、公的機関の1つだ。警察よりも先に、地域の事件やトラブルを対処する。だが、それをよく思わない者は警察関係者にも一定数いるようで、面倒くさい事情聴取を受けたり、逮捕されかけた事が過去に何度かある。


咲希「澪先輩っ!上っ!」

咲希の声を受け、私達は上を見上げる。

「へへっ……神椿、顔は覚えたぞ。次会うのが楽しみだ、覚えてろよッッッ!!!」

典型的な捨て台詞を放ち、男は飛び去っていった。


学校で荷物を回収、咲希と共に帰路につく。

咲希「澪先輩っ!」

ちょこんと隣に飛び寄った神童が、小声で私の名を呼ぶ。

澪「なに?」

咲希「あの……さっきのアンドロイドと知り合いだったり……しますか?」


澪「別に、はじめましてだったよ」

咲希「……ですよね」

どうかしたのだろうか、神童の考えることは私程度の平民には到底理解しえない。だが、何かを考えこんでいるということは確かだろう。


澪「どうかしたの?」

私は尋ねることにした。珍しいと思ったからだ。それに、咲希は私の後輩であり、幼馴染の妹で、神童だ。

咲希「……いえ、私の考えすぎですっ!」

澪(明るいな。遼希と違って)「神童にも悩みはあるんだね」

咲希「はい……(神童…?)」

コクンと首を傾げて不思議そうに返事を返す。


私達は今日も、同じ道で、同じ道メンバーで帰る。


俺──真宮 遼希は葛藤している。

それは、受験や将来の悩みでも、霊京市のネオンライトで眠れないことでもなく、幼馴染が俺の丹精込めて作った義手・義足を軽々しく壊す事だ。


【3階─遼希の自室】

歯医者で座らせられる椅子(改造済み)に澪を座らせる。

澪「別に、わざわざ取らなくてもこのまま直せば良いじゃん」

遼希「つけながらはやりずれぇし、、、それに…なんでもない。神経抜くぞ」

車輪付きの椅子で回転しながら移動する。誤魔化しながら、俺は澪の右腕を捲り、肩へ手を伸ばす。


澪「手つめった、緊張してる?」

遼希「……(無言で神経を抜く)」

澪「うわ……もうっ…遼希、神経抜く時言えって言ってんじゃんね〜めっちゃ気持ち悪いんだから」

残った左腕で軽く(のつもりなのだろう。アンドロイド〈あんなやつら〉と素手で渡り合ったりする澪だ。仮に利き手でなくとも、いやそもそも金属なので痛さに変わりはない。つまり凄く痛い。)肩を叩く澪を見つめ、俺は答える。


遼希「……わりぃ、忘れてた」

忘れていたわけではなく、実際は何となく、少しムカついてしまったので黙って抜いただけだ。澪によると、神経を抜かれる瞬間は正座し続けた時の足ビリビリがばっと流れる感じ、だそうだ。


遼希「そろそろこいつにも触覚センサーつけるか?」

抜いた澪の右腕を振りながら、尋ねる。

澪「ぜったいイヤだ。無茶できなくなるし、痛くなる」

遼希「俺は無茶しないで欲しいんだよ…」


といいながら、もう片方の腕も抜く。

澪「うえ〜……いや、まぁ、さ、抜かれる瞬間はイヤだけど、この露出した肩、私結構好きなんだよね。不格好で、でも確実に私を支えてくれてる感じがして」

今日の澪はよく喋るな。そう思った。


遼希「……そうだな」

抜いた腕を机に置く。机上の空板〈エア・ボード〉にスキャン情報が映し出される。

遼希「澪……腕使わねぇなとは思ってたけど」


澪「……」

遼希「人工骨までヒビ入ってて神経系ダメになってんじゃねぇか」

澪「えっと……ごめん」

遼希「おせぇ、で、隠すな」

両足も外し、澪に予備のALを接続した頃、咲希が駆け上がってくる音が聞こえた。


咲希「澪先輩っ!お兄ちゃんっ!ご飯ですよっ!」

澪&遼希「はーい」

俺はただ、この日常が守れるのなら、どうなったって良い。そう思う。


私──真宮 咲希は気になっています。

夕食の真っ只中ですが、モヤモヤは止まりません…

それは今日、澪先輩が襲われた時の事。「構わね〜、 殺れっ 」でしたっけ?あの2人組は、 『なぜ澪先輩とアンドロイドの区別がついたのか』 です。


一般に売られているアンドロイドは皆、人と遜色ない見た目をし、話し方にも殆ど差はありません。名付けるまで名前はありません。逆に言えば、名前を持っている場合もあるのです。その場合、外的要因から区別するのは倫理的な手段を選ぶうちは困難といえます。


そして、澪先輩が義手・義足であることを告げても・告げなくとも、あの狙撃手は居たでしょう。

そこもなんです。

なぜこの時代に、わざわざ狙撃銃を用いる必要があるのか。


今の医療技術なら、人工培養再生医療技術により臓器を作ることが可能です。なのに、なぜあんな「古典的で低火力」な獲物を用意したのか、納得がいきません。あ、もちろん、痛いことには痛いです。


それに、かすれてよく聞こえませんでしたが、アンドロイドのモールス信号も気になります。モールス信号に関する事柄、昔は必修内容でしたが、約200年前の学習指導要領の改訂により今知る人はあまりいません。澪先輩が故障と思うのも、知らないのも無理がないです。

ああ、早く部屋で整理したい。


【食後】

澪先輩が帰った後、私は1人自室で事件の整理を、お兄ちゃんは澪先輩のALの修理をしています。そう言えば、澪先輩が無茶しまくるから遠隔でも澪先輩自身でも張れる防御壁の構築術式をプログラムしてほしい〜みたいな感じで、お兄ちゃんに頼まれていたんでした。


私が空をなぞると、その動きに合わせてパネルが動きます。プログラムの様な作業はAIに任せるのもありです。でも人が打つからこそ価値があると、私は思います。軽くプログラムを終えた後、パネルを閉じて、お絵かき用のパネルを出します。そして、夕方に聞いたモールス信号を文字に起こします。


咲希(……何語でしょうか、少なくとも1000年より新しい言語体系ですかね…)

暫く考えた後、ある文章が出来上がりました。

咲希(これが正しいなら…いや、でもなんででしょう……)


結果的に、ただの考えすぎだと断定し、その文字群を消し去り、パネルを片付けます。

咲希「お兄ちゃんっ!お風呂、咲希が入りますよ?」

私は、一つ下の階──3階にいるはずの お兄ちゃんに話しかけます。

遼希「………」

また聞こえてない……入っちゃお

こうして、また私達は1日を終えるのでした。


──何かが窓を叩く音が聞こえる。

通信販売〈エア・デリバリー〉を頼んだ覚えはない。

遼希「カーテンを開けて……」

寝起きの俺──真宮 遼希は、少し前咲希に作ってもらったカーテンの開閉装置を活用する。


戸を叩く状態を突き止めに、俺は掛かっている布団を──

遼希「え、俺また徹夜してた…?」

机には放置されたALと作業用の工具とメモ、内容は「お兄ちゃん、次机で寝てたら アレ 、作ってあげませんよっ!ちゃんと休んで下さい。 咲希より」と、妹に心配かけてしまった。


ふと、早くしろと言わんばかりに戸を突く音で、起き上がった理由を思い出す。やはり、デリバリー用のドローンだ。窓を空け、中身を確認すると、一通の手紙が入っていた。中身を取り出し、ドローンを見送ったあと。手紙を読む。


遼希「うわ…レトロだな」

と、思わず口にしてしまった。

澪からだ。


「私の〈リング〉さ、ALに組み込んでたよね、だからネットに接続出来ない。不便。明日、取りに行くね」

ちなみに、手紙に澪の名はない。
流石に見慣れたこの字だ。いや名前くらい書けとは思う。信用し過ぎだ。嬉しいけど。いやでも書け。


手紙の隅を見ると、昨日の日付が書いてある。

そう。昨日の日付が書いてある。

遼希「〈リング〉今何時?」

〈リング〉「はい、3月14日の午前3:51分24秒を過ぎた所です。」


携帯型通信端末〈リング〉これも、澪のお父さんの発明の一つだ。神椿 玲善の発明品といえば、机上の空板・咲希のお気に入りのパネル・ドローン配達の様な日常に関わるものからAL・人工培養再生医療など、医療技術、AI、アンドロイドの様なロボット関連に宇宙開発まで。もはや手を伸ばしすぎて足も出てないか?


眠い目をこすり、軽く机を片付け、ALを治す。

もう一眠りした頃、咲希が階段を駆け上がる音で目が覚める。元気で何より。

咲希「お兄ちゃんっ!澪先輩来ましたっ!」

遼希「おっけー、すぐ行く」

そうして今日も、俺は幼馴染を支え続ける。


私──神椿 澪は楽しんでいる。

澪「うわっ!あははっ!」

こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。

なぜこんなに笑っているのかと言うと、少し前に遡る。


遼希からALを回収した(あと付け替えもしてもらった)後、私はいくつか新機能の話を聞いた。遼希曰く「止めても止まんねぇから背中押す」ことにしたらしい。遠回しに無茶すんなと言っているのはバレバレだ。

今はその一つ、手の甲あたりから発射されるグラップラーで遊んでいる。これが超楽しい。


煌めくネオンを背景に、空き地で飛び交う幻想的な風景……いや、見なれた場所だとあまりそうは思わない。

遼希「あんまり使い過ぎると、バッテリー切れて落ちるぞ〜」

新機能を追加した為、消費電力が増え、神経系からの電気信号の補助としてバッテリーを取り付けたらしい。


澪「大丈夫大丈夫〜♪あ」

電池切れだ。見事に落ち〈伏線回収し〉た私は、高度50m超えのビルから落下する。


遼希「バカ……左手の小指を回せ!」

指示通り、左手の小指をくるくると回す。すると、非常電源が起動したのか、はたまた発電機が仕込まれていたのか、ALの動きが軽くなる。グラップラーを起動、そう意識した。すると、右手の甲からワイヤーが飛び出し、地面すれすれの所で建物をキャッチし、一命を取り留めた。


私──真宮 咲希は怒っています。

ええ、怒っていますとも。

徹夜をするなといってもやめないお兄ちゃんにも、危ないと止めても続ける澪先輩にも、怒っていますとも。

咲希「次同じようなことしたらぶっ壊しますよ」

澪&遼希「ごめんなさい……」


正座する2人の前で、今、私は怒っています。

咲希「お兄ちゃんに鬼頼みされて、そろそろ新しいプログラムに取り掛かってあげようと思ってたんですけど、そのようじゃあ駄目ですね。」


実のところ、そんなに怒っていません。

澪先輩なら、多分高度100mくらいからなら生還出来そうですし、お兄ちゃんは……私の知る限り誰よりも健康優良児なので問題ないです。多分。


【夕方】

2人を形式的に叱り、頼まれていたプログラムを終わらせました。お兄ちゃんに見せないと。

咲希「お兄ちゃんっ!来てっ!」

遼希「咲希が来いよ」

咲希「ふーん……」

遼希「……今行く」

お兄ちゃん、ちょっとちょろすぎて、流石に妹関係なしに心配になりそうです。


「ふざけんな!」「警察は無能だ!」「地球は赤かった」「政府は無能だ!!」「そうだ!そうだ!」「人類は宇宙に到達していない!!」

陰謀論者の演説やデモの集団の更新を横目に、私──神椿 澪は登校中。


お父さんが起こした第三次産業革命、蒸気・電気・生成AIの発明に続く、自立式成長AI・Unlimited Breaker・人工培養再生医療技術は凄まじい勢いで世界中に浸透………した──


わけではなく、一部の先進国達が積極的に取り入れていき、結果、国同士の格差が広がってしまった──

と、ワイドショーか何かで、見知らぬタレント達が話していた気がする。


お父さんはいつもこう言っていた。

玲善「知は力だ。知る者か、知らない者かの2択で言えば、常に知る者が世界を制する。要するに、ニュースはちゃんと見ろって事だ」

思えば、私の捻くれた性根もお父さん由来なのかもしれない。


遼希「警察は無能、か」

咲希「はぁ…私は嫌ですっ!公然の前で堂々とあんな事を叫ぶだなんて、どうかしてますっ!」

澪「まぁ、うるさいよね」

咲希(そういうことじゃ…)


神童が違う…と言う目で見つめている。成績優秀眼鏡キャラはポーカーフェイスを貫き通すと相場が決まっているが、実際の所、この神童は意外と顔に出やすいタイプだ。


デモ集団……国民参政民主制、だったか知らないが、この国の決め事は全て選挙というか、投票で決まるらしい。(よく覚えてない。私は政治の事に興味がない。ちなみに、選挙の知らせを持って飛んでくるドローンへの回答は、いつも「不参加・興味なし」だ。)


皆で固まって声を挙げれば届くと思っているのだろうが、貧民街の住民は聞く価値もないと門前払いにされているのか、はたまた、ドローンの使い方を知らない無知な者の集まりなのかもしれない。


確かに、この国の警察自衛機関は無能かもしれないが、それを認めることはすなわち、私達に「無能」の刻印を焼き付けることとなる。


前述の通り、私達『ユウヤケ哨戒班』は、国認定の地域自衛機関、つまり公的機関の1つだ。

そう、公的機関。一口に言ってしまえば、私達は彼らの言う「犬」と同じなのだ。


【時雨市立時雨高校】
【授業中】

「えー今日は3月15日ですね。さて何の日でしょうか」

「佐倉先生の誕生日!!」

佐倉「はい、違いますねー」

咲希「波瑠先生の誕生日は6月12日ですっ!」


佐倉「咲希ちゃんくらいしか覚えてくれないよ……はい、皆さん、今日はテスト返却の日です!」

佐倉先生がそう言うと、「えー」や「うわー」と言った悲観の声や「よっしゃあ」などの歓声が教室を満たす。勿論私は悲観側。


遼希「テスト、大丈夫か?」

澪「んなわけ……」

あった、全然あった。やっぱ私勉強できるかも。

遼希「だいたい全部8割じゃねぇか」

澪「そう言うあなたは何点なんですか〜」


たまにはと思い意地悪そうに(そう言う悪役キャラってかっこいいと思う。厨二病が健在だ。)聞いてみた。すると、思いのほか素直に教えてくれた。

遼希「ほぼ満点」

咲希「私も全部満点ですっ!」

澪(天才め……)

やっぱりこの2人は兄妹〈天才〉だ。


【翌朝】

澪(ん………うるさ)

左手首の〈リング〉を触り、アラームを消す。騒音が消えてようやく、私は今日が雨であることを知る。ああ、私はやっぱり、雨の日が嫌いだ。

最近発見したのだが、市販の頭痛薬(私は偏頭痛持ちだ)を飲むことで、繋ぎ目の痛みも何となく和らいでいる気がする。こういうのはもう思い込みに頼るしかない。うん、思ったもん勝ちだ。


今日は休日、遼希の家に遊びに行くがてら生活補助金とお父さんの貯金を頂きに行く日だ。

澪「ニュースお願い」


「3月16日土曜日。時刻は6時を過ぎました」

ここ〈我が家〉のAIちょっと冷たいよね…?「おはようございます」とか「分かりました」とか、せめて「はい」くらい言ってもよくない?

支度を終え、外へでる。が、傘は持たない。ATMがある場所を経由して遼希の家に行くまで、雨に濡れるポイントはないからだ。


【時雨町6番街】

私の住む10番街から5番街にかけてはとても閑静な商店街だ。遼希の住む3番街や高校のある0番街の方はもっと栄えていて、賑やかな場所なのだが……

というか、さっきから明らかに尾行されている。パッと後を振り向くと、えっと驚いたような顔をみせ、すぐさま近くの店を見ているふりをする。明らかに素人過ぎて、もはや面白いの段階に突入しそう。


思い切って、いつものように裏路地経由で屋上に上がるのもありだろうか。これで一生懸命追ってくれば、理由を問うてみるのも一つの手だ。

私はわざと、ゆっくりと商店街を曲がり、裏路地へ。そして慣れた手つきで、素早く上へと駆け上がる。

さぞかし驚いただろう。一見して、ただの女子高校生にいきなり尾行を巻かれ、しかもサッと屋上へ上がるのだ。


「よぉ、神椿」


完璧にはめられた。

声の主は、3日前──東環市で私に襲いかかってきた男だ。計画通りとでも言いたげな笑みを浮かべ、私に話しかける。

緋「また俺に会えたお前に、自己紹介をしてやろう。俺は灰堂 緋〈はいどう あかね〉。覚えておけ、神椿」

澪「で、わざわざ私をおびき出した用事は何?刑務所ならあっちだよ?」

と、貧民街を指さし答える。


緋「んなことのためじゃあねぇ。率直に言おう、俺と取引をしねぇか?神椿」

ぎゅっと口角を引き上げ、悪そうな顔をする。まぁ、話は聞いてあげてもいいかな。

澪「話だけなら」

緋「あぁいいさ。神椿、お前の父親、今どこでなにしてる」


お父さん……?こいつ……灰堂は私がお父さんに関する何らかのの情報を持ってる、または手がかりになると思ってるんだ。今ここで開示するのはだめ、交渉の主導権は手放さない。

澪「見返りは?」

緋「勿論交渉だ、ただでとは言わねぇ。お前のそれ、治してやるよ」


灰堂はさっと私の腕と足を指差す。確かに、再生医療は超高額。私達高校生には手を出すことが難しい。たが、本当にそれでいいのだろうか、と思う。


私はどうしたいのだろうか。

あの日の事件はこれ〈AL〉がなくとも繰り返し思い返すだろう。負ったトラウマはそう簡単に癒える傷ではない。薄々、気づいてはいる。雨の日に頭痛がすることも・繋ぎ目が酷く痛むことも・好きだったはずの雨の日を憂鬱だと思うようになったことも、全て──


でも

澪「いらない」

緋「っ……」

はっとした灰堂に対して、私は続ける。

澪「ALだからなに?肉体じゃなく機械だからって、私を私たらしめるものはそんなちんけなもんじゃない」

私にとっては、そんな全てを含めて、私自身を形作る大切な要素だ。

澪「──それに、つい先日殺されかけた相手に治しますとか言われても信憑性無い」

緋「そうか……捕らえろ」

緋が指示すると、先ほどの尾行や他のメンバー数人が私を取り囲む。

澪「はぁ……地域公認自衛機関『ユウヤケ哨戒班』の名において、実力を行使します」

まずは1人、私へ向かい走り出す。その1人は私の右側から拳を大きく振りかぶり、私はその先から素早く突き下ろされるそれを右手で掴み、そして左へいなす。直ぐ様左回りでステップを踏み、交代で突撃してくるもう1人の攻撃を回避。途端に、ドンッ…と背後から狙撃音。

澪(避けきれないっ……)

刹那、キィンともグチャともバキッとも言える不快な金属音が私の鼓膜を突き刺した。その銃弾は私のAL──利き手である右手の神経系を見事に貫いた。驚いている合間に左足を狙撃されてしまった。綺麗に回路を切断された。同時にバッテリーも尽きたのだろう。私はどっと地面に膝をつけて四つん這いのような体勢で灰堂を睨みつける。分かってはいたけどやっぱり咲希のモニターがないとしんどいな……

緋「ふっ……大人しく投降しろ、神椿。俺も聞きてぇ事があるんでね。負けを認めりゃあ命までとらねぇよ」

澪「ごあいにくさま。私は負けず嫌いなんだ」

痛みこそ感じないが、今まで確かに私の意思で動いていたものが動かないとなると、違和感は計り知れないものとなる。

しんじてるからね、はるき。

私は強く、確かに祈る。遼希の事だ。きっと、咲希に頼んでいるはず。そう信じていた矢先、ポウッと小さく起動音が聞こえ、手足に先ほどまでの操作感覚が戻って来る。

緋「ああそうかよ、使い物にならねぇ腕と足でどう勝つってんだ、そりゃ負け惜しみっつうんだよ」

緋の率いる人員が段々と、私の周りに迫りくる。

澪(もう少し……引きつける……)

緋「捕らえろ」

完全に上がりきった息を落ち着かせながら何人かの返事を聞き、ただ私へ伸ばす手を見つめる。今だ、ギュイン、と、半ばむき出しになったギアやシャフトが駆動音を奏でる。がっと足を振り上げ、逆立ちの体勢へ。勢いそのままに着地し、淡々と緋率いるメンバーを吹き飛ばす。意図せず働いた私のALは想定外な挙動を見せたが、結果オーライと言えるだろう。

緋「はぁ!?ちっ…」

澪「じゃあね、灰堂」

私はグラップラーを発動させ、ビルへ飛ぼうとする。

緋「神椿、3年前のこと、何か知りたくねぇのか?」

キュッっ…と、水に濡れた屋上と私の足が摩擦音を奏でた。同時に、私の興味もそそられる。

緋「なぜ、お前の家が爆破されなくちゃあならなかったのか、知りたくはねぇか?神椿」

澪「……グラップラー」

私は、左手から射出されるグラップラーに身を任せ、ネオンライトに輝く街並みへ羽を伸ばす。ギュっと体を引かれ、灰堂たちの元をあとにする。

緋「……撃て」

ジュッと、銃弾が耳を掠った。

澪「い゙っ……次あったら絶対殴る」

私はパルクールを続ける。両手両足が金属製のALである私は、そうありふれた存在じゃない。今の私は、端から見れば雇い主に壊されかけたアンドロイドと同じだろう。ああ、すっかり昼間になってしまったこの街を、たかが灰堂から離れるために駆ける。ALだからって、つかれないわけがない。存在しない四肢を動かすよう指示するしんけいけい、その脳へ血を通わせる心臓。そのちに十二分な酸素をめぐらせるこきゅうき。そのどれもがとっくにげん界を迎えている。
私はもはや意識を失いそうになりながら、当てもなく、ただひたすら、 だんまくを避けながら きょりを
おき 

  つ  ず 

      ぇ──る………

…──ぉ─────

俺──真宮 遼希は呆れて、いや。心配だ。

大切な幼馴染が鉛玉にぶち抜かれて俺の家に意識を失いながら訪れるんだ。心配だろう。

数々の軽傷が重なり、加えてこの雨。

遼希「はぁ……医学部の講義取っててよかった」

銃弾を摘出し、傷をふさぐ。体を洗うのは…咲希に頼み、取り敢えず俺のベッドに寝かせる。その間、ALを外し、足りないパーツや損傷が激しい部分をリストアップする。

一連の作業を終え、軽くALの整備を済ませた後、机上の空板〈エア・ボード〉に映し出されるデータを確認する。

咲希「お兄ちゃん?」

遼希「……咲希か」

ノックくらいしてくれ、心臓に悪い。って、んな歳じゃないけどな。

咲希は先輩無茶し過ぎですよねといいながら、さらっと俺の上に座る。普通に邪魔。降りてくれ。

咲希「………お兄ちゃん」

遼希「なに?」

咲希「これ、何?」

エア・ボードに映し出されたALのホログラム。損傷して露呈した人工骨のさらに内側を指さして咲希は尋ねる。

遼希「……知らねぇ」

咲希「知らないなんて言わせない。これは何?なんで澪先輩のALにこんなものが入ってるの?」

咲希(見たことのない回路素子、複雑に入り組んだ回路基板と、私の書いていないプログラム。お兄ちゃんはプログラミングもできるけど、こんな高度なコードは書けない。私にも書けるかどうか……それこそ──)

訪れた、静寂──

その均衡を破ったのは、咲希だった。

咲希「3年前のあの日の事って、本当にあれで全部なの?」

遼希「あぁ、そうだ」

咲希「本当に?」

遼希「ほんとにしらねぇんだよ!!」

遼希はつい、声高々に叫んでしまったと思ったのか一言、咲希にごめんと謝り、話を切り出す。

遼希「澪のお父さんが何を思って連れてきたか、そのあとどこに行ったのかも全部、何も知らない。咲希に隠してることは、なにも、なにもない」

感情の置きどころを失った神童の顔は、今まで一度も見せたことが無いような顔つきで、それははたして悲しみからくるものなのか、不安感がそうさせているのだろうか。

咲希「──そう。わかった。分かったよ」

やはり不安げに、しかしながら確かに強く短く告げた咲希はバタンと強くドアを閉めた。部屋が一瞬ミシッと鳴り、すこし驚いた。そしてその後、ダッと4階へ駆け上がる音が響く。

その一部始終を私──神椿 澪は聞いていた。

遼希の大声で目を覚まし、目覚めにしては重たい事実を受け取る。受け取った。受け取ってしまいざるをえなかった。

澪「──お父さん?」

私はふと、肩に手を当てた。温もりは感じない。この機械義手は、それを感じることが出来ない。

遼希「澪……?」

遼希がパッと振り返ったのだろうか。小さな物音が耳に入った私は、サッと寝返りをうった。そして、寝言のふりをしたのだ。

私は、遼希達に隠し事をされている。

この事実。ああ、これが本当に、夢だったら良かったのに、と、私はそう、そう思い、また眠りに、ついた。


【三番街にて、夕暮れ。】

事件No.1.『ユウヤケ哨戒班』


〜あとがき〜

この作品を手に取っていただいた皆様!まずは全力の感謝を!!ありがとうございましたっっ!!

そして始めまして、この【三番街にて、夕暮れ。】の作者、真宮咲希と申します。(作中キャラと同姓同名なのは気にしないで下さい(笑))

澪はこれからどうするのか、3年前、何が起こったのか、ユウヤケ哨戒班の3人の行く末をどうかお楽しみに!!

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    ※本文中の一部表現は、ぬゆり『命ばっかり』からの引用です。また、一部固有名詞は Orangestar『アスノヨゾラ哨戒班』に由来します。作者です。これらに関する権利は各権利者に帰属します。

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    こんにちは。作者の 宣伝用アカウント です。★おしました。
     
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    初めてホラーを描きます。幽霊とか宇宙人は登場しません。
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