No.3 2/3 version 95
No.3 2/3
何も出たりするなよ…出てきたらどうなってしまうのか…しまった…特撮でこんなことあった日には人体実験のモルモットにされる可能性もちらついたケースもある…そんなの、勘弁してくれ…これ以上何か起きてたまるか…
そんな鬱屈とした思いと取り返しのつかない言葉。何より自分に何が起きたのか無視も出来ないこと。それらに引き摺られるようにして、剣人はその二日後に精密検査を受けた。
そして結果が出るのはそこから一週間後であると、退院前の診察時に、担当医の生島から伝えられた。40代を過ぎた落ち着きを持った様子と、真面目な印象を与える出で立ちの彼に対し、「…先生、実は…」と剣人はその思いを切り出した。落ち着け…努めてでも落ち着いて話すんだ…
「その精密検査の結果を伺う場面なんですが、その場には家族と一緒に伺う感じでしょうか?」
何かあったとして、家族は巻き込めない。それにその場合はこの病院の人たちに守秘義務を徹底させねばならぬだろう。だが今は落ち着かねば…
「ええ、こちらとしてはそのつもりで今のところいますが」
生島はその彫りの深い顔を少しこちらへ傾ける。意識をこちらの質問へと向け、その意図を考えているように剣人には見えた。剣人は少しだけ息を吸って、言った。
「…無理を言うかも知れませんが、検査結果は僕一人で伺うことは可能ですか?」
「……ふむ」
神妙さが顔に出てしまっているのが自分でも判るが、それに構う余裕はない。自分はそういうところがあるし、そうしてでも伝えておかねば、難儀するのは自分たち家族だ。
「…何か、事情があるのですか?経過に関わることで」
測りかねる意図に対する怪訝さから、生島が少し眉根を寄せる。しかしその態度は毅然としていた。もう、あの事を出すしかない…「直接ではありませんが…」そう切り出した剣人もまた真剣な表情で話す。
「…僕は以前、精神科に入院していました」
「……」
生島は毅然した表情のまま、しかしその話を止めることはなかった。優しい人だ。ふとそんなことを感じつつも口を動かす自分がいた。
「……その際に、父と母には限りなく面倒をかけました。流石にこれ以上悪い報せは、父と母には聞かせられない」
全てを明かすわけにもいかないが、その言葉に偽りはない。その思いだけは持って、剣人は生島の目を見つめた。
「…診察している限りでは、快方に向かっています。精密検査は状況として必要だと私も考えましたが、そこまで思うのは何故です?」
思いは解るが、事実や行動としてどうしてその質問をしたり、そこまで思い詰めているのか…状況から見て違和感がある。生島の見つめ返す目と質問は、そう言っていた。不味い…
「僕の持つ病気からか、慢性的に不安でして…目の前で家族が辛くなったら、それこそ…僕は、怖い」
「…花森さん」
「恐らくは僕が病的にそう思っているだけですし、もちろん検査結果が良かったら、家族と伺います」
生島の言葉を待つ余裕もなかった。浮かんだ言葉の後半は、祈る思いで出てきたものだった。
「…落ち着いて、事が事だ…花森さん。貴方だけの身体や人生じゃない」
「…だからこそ、お願いしています。それに僕の人生ではあります」
ある意味ここまで優秀で、真面目な医師ならここまで不安に思うことはないかもしれない。そう思わないともうやっていられなかった。
「……ifの話をしても仕方ありません…ですが、一先ず思いは受け止めて、最初に貴方に伝えることは約束しましょう。その後に必要に応じて、一緒に判断することにはなるでしょうが…最初に知る権利と必要があるのは、本来は花森さんですから」
医師の倫理観というものに明るくはないが、そんな生島の人としての誠実な考えを、今は信じるしかない。本当に不安障害もある故か、誰にも話せない心細さは既に剣人の心に染みのように拡がっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、一先ずは状態が落ち着いたとされ、4月22日に退院した剣人は、哲也と純子と共に実家の車に乗って朝憧市にある剣人のアパートまで送られた。「そのまま実家に帰ってきてもいい」と両親は言っていたが、新生活を始めて二週間足らずでのこの状況だ。アパートの解約の手続き、アルバイトの退職、大学の休学届け。これらは一応、自分が顔を出して申し入れなければ…そう考えて早く済ませてしまうべく、大家とぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れ、週末で話をつけた。大家には小言を言われ、店長には淡白にしか対応されなかったが、別に彼らが自分の人生に責任を取ってくれるわけでもない。病院からアパートはの帰りの車中で、哲也に「今は自分にこそ責任を持つために、自分を優先すればいい」と、かけられたその言葉を自身のうちの暗示とし、どうにかその場は乗り切った。そして週が明けて4月27日ーーー剣人は休学届けを申し入れるために、英道大学の事務と所属ゼミを訪れた。教授も事務職員にも困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、後日提出する必要書類を一先ず受け取って帰路に着こうとしたーーーその時だった。
「なあ、高山の話…聞いた?」
「ああ…本人は"怪物に襲われた"とか言ってるよな?」
驚き故に、剣人の注意が一気に事務室の窓口から、隣接している掲示板前で話す男子学生達へと向いた。彼ら二人は掲示板に視線を向けたまま、まだこちらには気づいていない。
「盛って話してるんじゃないの?高山だしさ」
「それがさ…見舞いに行ったら、アイツ…真剣に話してるんだ」
「マジか」と続けるものの、一方の眼鏡をかけた男子学生は反応に困った様子だった。もう一方のスポーツ刈りの男子学生は高山という学生と親しかったのだろうか、眉根を寄せその表情に心配を滲ませていた。
…どうしようか…剣人はその状況にどう対処すべきかわからず、様子を見る。情報として高山という学生のことは聞いておきたいが、彼らの話に入ることが躊躇われる。彼らがどの学部のどんな学生かも知らないという意味でも、彼らのどうしてもかけ違ってしまう会話のトーンに割って入る意味でも…だがそうしている間にも、二人が剣人の視線に気づいてか、こちらの方を向いた。
「あ…あの」
気まずさも相俟って、破れかぶれと剣人は口を何とか開くと、努めて平常心で一声こういった。
「その人のこと…ちょっと伺ってもいいすか?」
「…君は?」
神妙なトーンでスポーツ刈りがもう一方と顔を見合せると、不審がりながら問いただす。先ずは自己紹介が人と話す上での礼儀で道理か…
「今のところ文学部一回生の花森剣人っていいます」
「今のところって何?」
「…高山のことを聞こうとしたのはなんで?」
吹き出しそうになった眼鏡に構わず、スポーツ刈りが眉根を寄せて問う。当然の疑問だ。今現在、この初対面の状況で、いきなり相手の心配事に首を突っ込む格好になっているのだから。
「それは…なんていうか…」
思わず言い淀んでしまい、相手二人の怪訝な様子が強まる。ここで自分のことを伏せてもどうにもならないが、初対面の人物に聞かせることではまずない。
「なあ、スルーしとけよ」
眼鏡の方が言った。まずい、話も出来ない上に下手に人に疑われる…そう思った矢先、スポーツ刈りがその言葉を制した。
「いや、先に講義行っておいてくれ。場合によっては俺はちょっと今日は欠席だ」
「…わかった」
眼鏡の学生が去り、改めてスポーツ刈りが剣人の言葉を待つ。さあ、これでいいだろう?ーーーそう告げんばかりの真剣な表情が、剣人の腹を決めさせた。
「どうか他言しないで欲しいんですが…」
「それはないよ」
即答で告げられると流石に圧を感じるが、今さら逃げることも出来ない。剣人は小声で一言告げた。
「…俺も、怪物に襲われました」ーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、スポーツ刈りーーー横尾和明は、剣人との情報交換に赴いた。剣人と横尾は大学を抜け、その近隣に位置するファストフード店に腰を落ち着けて、そこで互いの出くわした状況について話してみようということになった。しかし剣人はどこからどう話を切り出すべきか、その整理がすぐにはつかない。その様子を察したのだろう。高山の方から話を切り出した。
「俺と高山は、英道の経済学部の二回生なんだ」
「経済ですか…高山さんとは、ゼミは?」
「別々」
短い返答に頷きながら、次の話の切り口を考える。忽ちは高山と自分の状況の共通点や差異を知りたい。
「横尾さんから見てでいいんですが、高山さんが襲われたことに、心当たりとかありますか?」
「警察にも、同じようなことを聞かれたよ」
言われながらそうだろうと思う。なんというか…事情の一端こそ話はした。しかし、自分も怪物の姿に変身したーーーそんな事を話しは出来ず、かといって人の事情に切り込んでいる自分がいる。不誠実なように感じた。
「…強いて言うなら…」
以下、ボツ文章
「…ちょっと許せよ、高山…一応、その時にこの話はしたんだけど…」
横尾はこれから高山のことを自分が話すことに抵抗を感じたのだろう。彼の話し始めは、許しを請う言葉からだった。
「大学生活って、モラトリアムって言われてることがあるだろ?」
「ええ…」
「あいつの事情だし、初対面の花森くんには全部は言えないけど、あいつは自分のやることが見つからなくて、悩んではいた」
何も出たりするなよ…出てきたらどうなってしまうのか…しまった…特撮でこんなことあった日には人体実験のモルモットにされる可能性もちらついたケースもある…そんなの、勘弁してくれ…これ以上何か起きてたまるか…
そんな鬱屈とした思いと取り返しのつかない言葉。何より自分に何が起きたのか無視も出来ないこと。それらに引き摺られるようにして、剣人はその二日後に精密検査を受けた。
そして結果が出るのはそこから一週間後であると、退院前の診察時に、担当医の生島から伝えられた。40代を過ぎた落ち着きを持った様子と、真面目な印象を与える出で立ちの彼に対し、「…先生、実は…」と剣人はその思いを切り出した。落ち着け…努めてでも落ち着いて話すんだ…
「その精密検査の結果を伺う場面なんですが、その場には家族と一緒に伺う感じでしょうか?」
何かあったとして、家族は巻き込めない。それにその場合はこの病院の人たちに守秘義務を徹底させねばならぬだろう。だが今は落ち着かねば…
「ええ、こちらとしてはそのつもりで今のところいますが」
生島はその彫りの深い顔を少しこちらへ傾ける。意識をこちらの質問へと向け、その意図を考えているように剣人には見えた。剣人は少しだけ息を吸って、言った。
「…無理を言うかも知れませんが、検査結果は僕一人で伺うことは可能ですか?」
「……ふむ」
神妙さが顔に出てしまっているのが自分でも判るが、それに構う余裕はない。自分はそういうところがあるし、そうしてでも伝えておかねば、難儀するのは自分たち家族だ。
「…何か、事情があるのですか?経過に関わることで」
測りかねる意図に対する怪訝さから、生島が少し眉根を寄せる。しかしその態度は毅然としていた。もう、あの事を出すしかない…「直接ではありませんが…」そう切り出した剣人もまた真剣な表情で話す。
「…僕は以前、精神科に入院していました」
「……」
生島は毅然した表情のまま、しかしその話を止めることはなかった。優しい人だ。ふとそんなことを感じつつも口を動かす自分がいた。
「……その際に、父と母には限りなく面倒をかけました。流石にこれ以上悪い報せは、父と母には聞かせられない」
全てを明かすわけにもいかないが、その言葉に偽りはない。その思いだけは持って、剣人は生島の目を見つめた。
「…診察している限りでは、快方に向かっています。精密検査は状況として必要だと私も考えましたが、そこまで思うのは何故です?」
思いは解るが、事実や行動としてどうしてその質問をしたり、そこまで思い詰めているのか…状況から見て違和感がある。生島の見つめ返す目と質問は、そう言っていた。不味い…
「僕の持つ病気からか、慢性的に不安でして…目の前で家族が辛くなったら、それこそ…僕は、怖い」
「…花森さん」
「恐らくは僕が病的にそう思っているだけですし、もちろん検査結果が良かったら、家族と伺います」
生島の言葉を待つ余裕もなかった。浮かんだ言葉の後半は、祈る思いで出てきたものだった。
「…落ち着いて、事が事だ…花森さん。貴方だけの身体や人生じゃない」
「…だからこそ、お願いしています。それに僕の人生ではあります」
ある意味ここまで優秀で、真面目な医師ならここまで不安に思うことはないかもしれない。そう思わないともうやっていられなかった。
「……ifの話をしても仕方ありません…ですが、一先ず思いは受け止めて、最初に貴方に伝えることは約束しましょう。その後に必要に応じて、一緒に判断することにはなるでしょうが…最初に知る権利と必要があるのは、本来は花森さんですから」
医師の倫理観というものに明るくはないが、そんな生島の人としての誠実な考えを、今は信じるしかない。本当に不安障害もある故か、誰にも話せない心細さは既に剣人の心に染みのように拡がっていた。
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その後、一先ずは状態が落ち着いたとされ、4月22日に退院した剣人は、哲也と純子と共に実家の車に乗って朝憧市にある剣人のアパートまで送られた。「そのまま実家に帰ってきてもいい」と両親は言っていたが、新生活を始めて二週間足らずでのこの状況だ。アパートの解約の手続き、アルバイトの退職、大学の休学届け。これらは一応、自分が顔を出して申し入れなければ…そう考えて早く済ませてしまうべく、大家とぶりっじの店長にはその日のうちに連絡を入れ、週末で話をつけた。大家には小言を言われ、店長には淡白にしか対応されなかったが、別に彼らが自分の人生に責任を取ってくれるわけでもない。病院からアパートはの帰りの車中で、哲也に「今は自分にこそ責任を持つために、自分を優先すればいい」と、かけられたその言葉を自身のうちの暗示とし、どうにかその場は乗り切った。そして週が明けて4月27日ーーー剣人は休学届けを申し入れるために、英道大学の事務と所属ゼミを訪れた。教授も事務職員にも困惑こそされたものの、精神的な不調と自身に起きた事件を盾に押し通し、後日提出する必要書類を一先ず受け取って帰路に着こうとしたーーーその時だった。
「なあ、高山の話…聞いた?」
「ああ…本人は"怪物に襲われた"とか言ってるよな?」
驚き故に、剣人の注意が一気に事務室の窓口から、隣接している掲示板前で話す男子学生達へと向いた。彼ら二人は掲示板に視線を向けたまま、まだこちらには気づいていない。
「盛って話してるんじゃないの?高山だしさ」
「それがさ…見舞いに行ったら、アイツ…真剣に話してるんだ」
「マジか」と続けるものの、一方の眼鏡をかけた男子学生は反応に困った様子だった。もう一方のスポーツ刈りの男子学生は高山という学生と親しかったのだろうか、眉根を寄せその表情に心配を滲ませていた。
…どうしようか…剣人はその状況にどう対処すべきかわからず、様子を見る。情報として高山という学生のことは聞いておきたいが、彼らの話に入ることが躊躇われる。彼らがどの学部のどんな学生かも知らないという意味でも、彼らのどうしてもかけ違ってしまう会話のトーンに割って入る意味でも…だがそうしている間にも、二人が剣人の視線に気づいてか、こちらの方を向いた。
「あ…あの」
気まずさも相俟って、破れかぶれと剣人は口を何とか開くと、努めて平常心で一声こういった。
「その人のこと…ちょっと伺ってもいいすか?」
「…君は?」
神妙なトーンでスポーツ刈りがもう一方と顔を見合せると、不審がりながら問いただす。先ずは自己紹介が人と話す上での礼儀で道理か…
「今のところ文学部一回生の花森剣人っていいます」
「今のところって何?」
「…高山のことを聞こうとしたのはなんで?」
吹き出しそうになった眼鏡に構わず、スポーツ刈りが眉根を寄せて問う。当然の疑問だ。今現在、この初対面の状況で、いきなり相手の心配事に首を突っ込む格好になっているのだから。
「それは…なんていうか…」
思わず言い淀んでしまい、相手二人の怪訝な様子が強まる。ここで自分のことを伏せてもどうにもならないが、初対面の人物に聞かせることではまずない。
「なあ、スルーしとけよ」
眼鏡の方が言った。まずい、話も出来ない上に下手に人に疑われる…そう思った矢先、スポーツ刈りがその言葉を制した。
「いや、先に講義行っておいてくれ。場合によっては俺はちょっと今日は欠席だ」
「…わかった」
眼鏡の学生が去り、改めてスポーツ刈りが剣人の言葉を待つ。さあ、これでいいだろう?ーーーそう告げんばかりの真剣な表情が、剣人の腹を決めさせた。
「どうか他言しないで欲しいんですが…」
「それはないよ」
即答で告げられると流石に圧を感じるが、今さら逃げることも出来ない。剣人は小声で一言告げた。
「…俺も、怪物に襲われました」ーーー
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その後、スポーツ刈りーーー横尾和明は、剣人との情報交換に赴いた。剣人と横尾は大学を抜け、その近隣に位置するファストフード店に腰を落ち着けて、そこで互いの出くわした状況について話してみようということになった。しかし剣人はどこからどう話を切り出すべきか、その整理がすぐにはつかない。その様子を察したのだろう。高山の方から話を切り出した。
「俺と高山は、英道の経済学部の二回生なんだ」
「経済ですか…高山さんとは、ゼミは?」
「別々」
短い返答に頷きながら、次の話の切り口を考える。忽ちは高山と自分の状況の共通点や差異を知りたい。
「横尾さんから見てでいいんですが、高山さんが襲われたことに、心当たりとかありますか?」
「警察にも、同じようなことを聞かれたよ」
言われながらそうだろうと思う。なんというか…事情の一端こそ話はした。しかし、自分も怪物の姿に変身したーーーそんな事を話しは出来ず、かといって人の事情に切り込んでいる自分がいる。不誠実なように感じた。
「…強いて言うなら…」
以下、ボツ文章
「…ちょっと許せよ、高山…一応、その時にこの話はしたんだけど…」
横尾はこれから高山のことを自分が話すことに抵抗を感じたのだろう。彼の話し始めは、許しを請う言葉からだった。
「大学生活って、モラトリアムって言われてることがあるだろ?」
「ええ…」
「あいつの事情だし、初対面の花森くんには全部は言えないけど、あいつは自分のやることが見つからなくて、悩んではいた」