2 ミーナの冒険 みんなに公開
0話
「⋯⋯」
揺れる小さな馬車の隅で少女は妹と丸くなって座っていた。
大きな荷物を抱きかかえてフードを深くかぶる妹を隠すようにしてじっと、もう見えなくなった村の方を見ている。いつ村に帰るのか、どこに向かうのかも分からない旅路の幕開けにどうしようもない不安を胸に、少女は今までの日常を思い返していた。
1話 ミーナの日常
〝神々の箱庭〟、イクセト。イクセト最北部にある小さな島国サチヌの〝最北の村〟ことカシツネ村。雪解けが終わる頃の小さな村にある少女がいた。
彼女の名前はミーナ・ソルナ。母親譲りのややふんわりとした明るい金髪に父親譲りの深い青の瞳の十三歳。
「あ、ミーナおはよう」
「おはようホリー」
彼女の一日は部屋を出て妹のホリー・ソルナと挨拶するところから始まる。ホリーは母親譲りの深い緑の瞳に父親譲りの癖毛気味の明るい茶髪をいつものように一つ結びにしている。
この後二人で下に降りて一緒に食事を摂ってから出掛け⋯⋯
「今日は授業早いからもう行くね。お昼は街のいつもの場所で。朝ごはんは置いてあるからちゃんと食べてからお仕事行ってね。あ、鍵ちゃんとしてね、最近村の東のほう物騒みたいで〝辺境だからって油断しているとこの前の人みたいになっちゃうよ〟ってお肉屋のおばさんが言っていたよ」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
⋯⋯一緒に出掛けることはなく、しっかり者の妹はミーナに伝えることだけ伝えると、駆け足気味にミーナの横を通りそのまま階段を降りていった。
「⋯⋯」
つい一月前までは週に三日、村から数十分の街にある学び舎へホリーや三人の幼馴染たちと一緒に出掛けるのが彼女の日常であったのだが、どうやらそうではなくなったらしい。少し目を離した隙に初等基礎を終えて働いているだなんて思いもしなかった。雛鳥が巣立つところを見られなかった何とも言えない悲しみが込み上げてきた。
朝、妹と挨拶を交わした後、村を出て学び舎へ行く道を途中まで辿って出勤。伯父が働き先の無かった彼女のために作り上げた彼女がいなくても、やらなくてもいい仕事をする。どうやらこれが新しいミーナの日常のようだ。お昼は妹と食べるというのはかつての日常と変わらずで微笑ましいと思う。
「りんちゃん東の村の人と婚約したんだって。今日学び舎でのんちゃんから聞いたよ」
「え、カリンまだ婚約してなかったの? てっきり十三歳になってすぐ婚約するものだと思ってた。今まで年齢的に無理で保留になってたらしいし」
街の外、二人は人気のない目立たぬ日陰で幼馴染の話をしていた。イクセトでは十三になるとミーナのように働けるようになったり、二人の幼馴染のように婚約できるようになったりするそうだ。少し前、百十何年くらい前は十三歳で成人だったからその名残なんだと思っている。
「あ、カノン来た」
「のんちゃーん、こっちー!」
噂すればなんとやら、のんちゃんことカノンが遅れてやって来た。
「ごめん、遅れたー。おにぃは今日パス。さっき聞いた」
「おっけー、私たちも今来たとこ。さ、食べよ食べよ」
カノンがいつもの場所に座った所で再び会話が始まる。今までは五人で集まっていたが今はそうではないようだ。
「カイルくん今日どうしたの?」
「おにぃはね、急に決まった仕事のあれで隣村行くって。あとね、おねぇは東の村に行くよ。花嫁修業みたいな感じで。私もついて行くことになったから明日のリュレの実狩り行けなくなっちゃった。ごめん、私だけでもって思っていたんだけど」
「……みんな忙しいもんね。また機会があれば今度こそ集まろう」
この時期に森で収穫できる実は毎年ミーナたち五人で集まって一緒に遊んだりしていたのだが、それももう終わりなのだろうか。
「ねぇねぇねぇねぇのんちゃんのんちゃん私、その話聞いてないよ。りんちゃんの事しか教えてもらってないよ」
ホリーはカノンの肩を強く掴み前後に激しく揺らした。
「ごめん、私もさっきおにぃ経由で聞いたのー」
彼女らの他に誰も来ない静かな場所で風に揺れる木の葉の音と楽し気な声が聞こえる。
生活が変わっても彼女たちの仲は今まで通りで、これからもずっとこのままなんだろうとこの時は思っていた。
「ごめんねミーナちゃん、わざわざ教室まで」
「ううん、私も久々に寄りたかったし。ホリー、このあと第三で授業だよね?」
「うん」
「じゃあそこに道具持って行くね」
昼食を食べ終わったミーナはこのあと外の畑で授業があるという二人の道具を倉庫へ取りにかつて通っていた学び舎にいた。華の日はいつもより昼休憩の時間が長い。他の日だったらできないことを今彼女はやっているのだ。こういう小さな積み重ねが〝ミーナ・ソルナ〟という人間を年上の、優秀なお姉さんに仕立て上げるのである。多分。
「ホリー・ソルナ、カノン・ビズリー……っとあったあった」
開けっ放しになった倉庫から二人の名前が彫られた農具を見つけると右手に妹《ホリー》のを、左手に親友の妹《カノン》のをぎゅっと握ると両肩に担いで第三畑へ走り出した。
(授業を始まる前にちゃんと届けてあげないと。倉庫《ここ》から第三まで結構あるからね)
「ホリー、カノンー!」
「ミーナちゃん」
汚れてもいい服に着替えた二人に農具をさっと渡すとまわりにいる子どもたちの「誰だろうこの人」と言いたげな視線に見送られながらその場をあとにした。
(昔遊んだ子もいるのに。困っているとき助けたこともあるのに。⋯⋯忘れられてる〜ゔゔぅ~!!)
学び舎時代は「ホリーちゃんのお姉さん」と呼び何度か話した妹と同い年の子ども複数。最後に会ったのはだいぶ昔だからなのだろうか。いや、服装と髪型が違うからかもしれない。
学び舎時代と仕事がない日はかわいらしい服を着て長い髪は三つ編みおさげに青の大きなリボンもつけている。
だが今は作業着を着て、髪は邪魔にならないようにひとまとめにしただけ。印象が違いすぎてあの場ですぐに〝ホリーの姉〟と結びつかなかっただけなのだろう。別の村の子どもだけでなく、同じ村の子ども同じような反応だったのもきっと、そのせいなのだ。
「ーーそれから神は、我らの先祖に知恵と祝福を与えました」
学び舎を出て広場を歩いていると、遠くまで響くはっきりとした声が聞こえてきた。彼は月に一度ほど昼に授業が終わる幼い子どもを対象に色々な話を読み聞かせ、読み聞かせ終わると一人一人に小さな飴玉を一つ渡すのだ。
「祝福を与えられた人々は手のひらから水を生み出し、風を操り、炎を芽吹かせ、光と踊りました」
2話 ミーナの日常(終)
「リュレの実狩りだー!」
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