No.1 version 19

2021/06/28 16:24 by someone
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No.0
 その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。

 朝憬駅前中央通り、大規模交差点をアンニュイな出で立ちで歩く若い男女の姿があった。やがて二人は交差点の中央で立ち止まり、男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。しかし二人ともその眼は虚ろなものであり、周囲の者は皆、怪訝そうにこの二人を様子を伺いながらも通り過ぎる。少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など、彼らは種々の反応を示した。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は黒く鋭い双角が伸び、肥大した腕には矢じりの付いた大鎌を携える。女は右腕が花の蕾を模した槍へと変化し、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた金髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形がその“爪”で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現だ。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、再生産されてきたものだ。“エクリプス”は、どこにでもいる———

 方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はブレザーのアウターを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、青年はネックレスに付いた天体をモチーフとしたキーホルダーを取りだし、握りながら走る。二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。次の瞬間、少女の髪は燃えるように紅くなり、薄紅と深紅の羽衣を魔法による神秘と纏った。傍らには炎を纏った鳥が駆け付ける。青年は鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。その目と胸からは青い光を輝かせる。
そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら、その背と両手に大剣を精製して鎌のエクリプスに切りかかった。エクリプスらは瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼らに攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
大剣と鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。火の鳥の翼がその燃焼と共に花の槍を打ち、それを防ぎながら花のエクリプスが散弾銃のように花びらを撃ちだした。それを迎え撃つように少女が右手を翳して連射した炎の弾丸が花びらを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、大鎌のエクリプスが獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る青い雷を開放し、その身体能力を上昇させた白銀が大鎌の一閃を先んじて防ぐ。大剣と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、鍔迫り合いに至った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「コの食事会二は、招カれざル客と見受けルが?」
「食事会?冗談だろ…人間ぶるなよ、クソどもが」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀と大鎌エクリプスの間に割って入り、二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がって、リーン!…もう、奪わせない!」
赤々とした魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさず花のエクリプスの放つ蔓の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、青い雷光と共に加速する白銀―――リーンが大剣でそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「はああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃と大鎌エクリプスの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。
「侮っテクれるナ、人間風情ガぁァァ!」
互いの攻撃による衝撃が、両者の身体を弾き飛ばす。宙に翻りながら、何とか着地したリュミエをリーンが支える。
「大丈夫?」
「うん、だけど…」
そう返答しながらリュミエが見据えた先には、ダメージを負いながらもこちらを睨みつけるエクリプス二体がいた。
「…しぶといな…」
「まだ、いける…?」
未だエクリプスに挑まんと前に進むリーンを気遣いながら、不安げな表情を浮かべるリュミエ。本当は危機感を抱きつつあるのは自分も同じだ。だが彼女に対してだけは、リーンは一つだけ”やせ我慢”をする。
「君の前では、できるだけ強くあると決めてここに来た。」
振り向きながら応える白銀の面。その向こうにある表情は、実際には伺いしれない。ただ、リュミエはその青い目の輝きが綺麗だと思った。
「うん、信じるよ」
だから、彼女もその意思に対して力強く返答する。そうして二人は眼前の敵を見据えた。
「お前タち、イツか我ガ配下に問うたラしいナ」
「お前タち、イツか我ガ配下に問うたラしいナ…我らノ行動原理ハ何かと花のエクリプスが口火を切った。その闇色の眼が正面からリュミエとリーンを捉えると共に、言葉が続く。
「逆に問オう…オ前たちノ行動原理は何ダ?正義トかいうツマらないモのか?」
沈黙。


「我らノ行動原理ハ何かと。逆に問オう…オ前たちノ行動原理は何ダ?正義トかいうツマらないモのか?」



      

その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。

朝憬駅前中央通り、大規模交差点をアンニュイな出で立ちで歩く若い男女の姿があった。やがて二人は交差点の中央で立ち止まり、男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。しかし二人ともその眼は虚ろなものであり、周囲の者は皆、怪訝そうにこの二人を様子を伺いながらも通り過ぎる。少し距離が離れると、小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など、彼らは種々の反応を示した。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は黒く鋭い双角が伸び、肥大した腕には矢じりの付いた大鎌を携える。女は右腕が花の蕾を模した槍へと変化し、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。響いたシャッター音の先にいた金髪の若者に向けて、女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形がその“爪”で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現だ。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、であるが故にどこにでも存在し、再生産されてきたものだ。“エクリプス”は、どこにでもいる———

方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ逃げ行く人の波に逆らい、先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はブレザーのアウターを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、青年はネックレスに付いた天体をモチーフとしたキーホルダーを取りだし、握りながら走る。二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。次の瞬間、少女の髪は燃えるように紅くなり、薄紅と深紅の羽衣を魔法による神秘と纏った。傍らには炎を纏った鳥が駆け付ける。青年は鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。その目と胸からは青い光を輝かせる。
そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二体を阻止すべく、攻撃を仕掛けた。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が、携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に白銀が跳躍しながら、その背と両手に大剣を精製して鎌のエクリプスに切りかかった。エクリプスらは瞬時に矢と剣戟の直撃を避けるべく防御態勢を取る。間髪入れずに少女が声を張った。
「早く逃げて!」
「あ…」
すぐそこまで迫っていた脅威に対し、逃げ遅れた人は未だ身を竦ませる。だが彼らに攻撃が向かうことは、白銀の剣戟と少女に続く火の鳥が許さなかった。
「よそ見か、おい!」
「ちィッ!」
大剣と鎌が打ち合い、互いの閃きと体躯が舞う。火の鳥の翼がその燃焼と共に花の槍を打ち、それを防ぎながら花のエクリプスが散弾銃のように花びらを撃ちだした。それを迎え撃つように少女が右手を翳して連射した炎の弾丸が花びらを相殺し、またこの二つが交差する。
「…っ!」
「…ウうッ!」
交差した弾丸のいくつかは互いに命中し、その身体をよろめかせる。宙を舞っていた少女が落下するところに、大鎌のエクリプスが獲物を捉えんと迫った。瞬間、その身に宿る青い雷を開放し、その身体能力を上昇させた白銀が大鎌の一閃を先んじて防ぐ。大剣と大鎌は互いを払い、薙ぎ、突く。躱し、防ぎ、翻る。そうして二つの閃きは衝突し、鍔迫り合いに至った。両者の眼が間近で互いを見据える。
「コの食事会二は、招カれざル客と見受けルが?」
「食事会?冗談だろ…人間ぶるなよ、クソどもが」
瞬間、火の鳥の羽ばたきが起こした炎の風が、白銀と大鎌エクリプスの間に割って入り、二者はそこから跳び退る。同時に体勢を立て直し、魔力を溜めていた少女が叫んだ。
「下がって、リーン!…もう、奪わせない!」
赤々とした魔力の奔流が彼女を中心に渦を巻き、その身体が合流した火の鳥と共に跳躍する。火の鳥の焔が少女に合一し、彼女の右脚に宿った。そこから渾身の蹴撃が放たれる。
「メテオフレアウィング!」
「抜かセぇ!」
すかさず花のエクリプスの放つ蔓の鞭がその蹴撃を阻止せんと伸縮するも、青い雷光と共に加速する白銀―――リーンが大剣でそれを斬り捌いた。
「リュミエ!」
「はああぁぁ!!」
叫ぶリーンの頭上を通り過ぎる少女―――リュミエによる炎の蹴撃と大鎌エクリプスの抵抗の一閃がぶつかり、戦場に閃光が走った。
「侮っテクれるナ、人間風情ガぁァァ!」
互いの攻撃による衝撃が、両者の身体を弾き飛ばす。宙に翻りながら、何とか着地したリュミエをリーンが支える。
「大丈夫?」
「うん、だけど…」
そう返答しながらリュミエが見据えた先には、ダメージを負いながらもこちらを睨みつけるエクリプス二体がいた。
「…しぶといな…」
「まだ、いける…?」
未だエクリプスに挑まんと前に進むリーンを気遣いながら、不安げな表情を浮かべるリュミエ。本当は危機感を抱きつつあるのは自分も同じだ。だが彼女に対してだけは、リーンは一つだけ”やせ我慢”をする。
「君の前では、できるだけ強くあると決めてここに来た。」
振り向きながら応える白銀の面。その向こうにある表情は、実際には伺いしれない。ただ、リュミエはその青い目の輝きが綺麗だと思った。
「うん、信じるよ」
だから、彼女もその意思に対して力強く返答する。そうして二人は眼前の敵を見据えた。
「お前タち、イツか我ガ配下に問うたラしいナ…我らノ行動原理ハ何かと」
花のエクリプスが口火を切った。その闇色の眼が正面からリュミエとリーンを捉えると共に、言葉が続く。
「逆に問オう…オ前たちノ行動原理は何ダ?正義トかいうツマらないモのか?」
沈黙。