No.1 version 4
No.0
その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も彼らの世界に陽は上り、沈むはずだった。だが突如として空は陰っていく。人々はそれぞれ空を仰ぎ見、太陽を指さした。予報はされていないはずだった日食が起こり始めたのだ。その中で薄笑いを浮かべるアンニュイな出で立ちの若い男女の姿があった。程なくしてこの男女の姿が異形の存在へと変わっていく。付近でその姿に気づいた金髪の若者が物見遊山で近づき、スマートフォンのカメラで彼らを撮影しようとする。
その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点をアンニュイな出で立ち歩くの若い男女の姿があった。やがて二人は交差点の中央で立ち止まり、男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。周囲の者は皆、怪訝そうに虚ろな目のこの二人を見乍ら通り過ぎる。小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など反応は様々だった。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は黒く鋭い双角が伸び、肥大した腕からは矢じりの付いた鎌を携える。女は花の蕾を模した槍を持ち、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。金髪の若者だ。そのシャッター音が響くと、若者に向けて女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わしい羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、男の異形がその“爪”で若者の脇腹を切り裂いた。その血液が歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現だ。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、それはどこにでも存在し、再生産されてきた故だ。
“エクリプス”は、どこにでもいる———
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形がその“爪”で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現だ。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、それはどこにでも存在し、再生産されてきた故のものだ。“エクリプス”は、どこにでもいる———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はセーラー服の赤いスカーフを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、青年はネックレスに付いた星型のキーホルダーを取りだし握る。二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。次の瞬間、少女は薄紅と深紅の羽衣を魔法による神秘と纏い、傍らには炎を纏った鳥が駆け付ける。青年は鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二人を阻止すべく、攻撃を仕掛ける。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に青年が跳躍しながら、その背と両手に大剣を精製して鎌のエクリプスに切りかかる。エクリプスらは瞬時にそれらの防御態勢を取る。間髪入れずに少女が言った。
「早く逃げて!」
その日も朝憬市(あかりし)の人々は、彼らにとっての日常を送っていた。そこに混在する幸福も悲哀も関係なく、その日も世界に陽は上り、時間の経過と共に沈んでいく。人間が自分の世界や生き方に意味を求めるようになる以前から、世界はそういうものだった。しかし、朝憬市に影のように潜む“ある異形の存在”は、人間というものを“世界のあらゆるものに意味づけをし、またそれを着飾る存在”と解釈し、またそんな人間により飾り付けられた世界をつまらなく感じていた。
朝憬駅前中央通り、大規模交差点をアンニュイな出で立ち歩くの若い男女の姿があった。やがて二人は交差点の中央で立ち止まり、男の方が奇妙にも薄笑いを浮かべる。女の方は人形のような無表情と沈黙を守ったままだ。周囲の者は皆、怪訝そうに虚ろな目のこの二人を見乍ら通り過ぎる。小声で「なにアレ?やばくない?」と危機感を示す者や、或いは「キモいんだけど、ウケる」と嘲笑する者など反応は様々だった。そのうち女が男に問う。
「…獲物ハ、決まっタか?」
「…今嗤ッた奴ラ、全員だ」
男は掛けていたスクエア型の眼鏡を上げて言った。見開かれた眼の全てが黒く染まる。
女はチョーカーのついた自身の首元を撫でると、やはりその目が全て黒く染まった。
「なラ…始めヨう」
「アあ…早クやろウ」
男女の身体を暗い靄が包み、その姿が異形の存在へと変わっていく。男の頭部は黒く鋭い双角が伸び、肥大した腕からは矢じりの付いた鎌を携える。女は花の蕾を模した槍を持ち、赤黒い花びらを想起させる衣を纏っていた。
瞬間その傍にいた人々は皆、この異形二体から距離を取る。だが一部の人間は、スマートフォンのカメラ機能で彼らを撮影しようとした。金髪の若者だ。そのシャッター音が響くと、若者に向けて女の異形が歩みを寄せる。
「すげえ、何かの撮影?俺そういうの昔観て…」
「煩わシイ羽虫だ」
そう告げると、すぐに威嚇してきた若者の「あぁ?」という強い語気を尻目に、女の異形がその“爪”で若者の脇腹を貫いた。その血液が横断歩道のアスファルトをより黒く染める。周辺の人間の悲鳴が響き渡るのを合図に、伏していた他の異形の者たちがその姿を現し、無差別に人を襲い始めた。
この時、朝憬市の人々は確かに認知した。この街に巣食い、人を襲ってその負の感情を食す異形の存在がいることを。人の言葉で“エクリプス”と自身らを呼称するこの奇妙な存在は、そうして数を増やしてきた。その様を形容するならば、さながら悲劇と絶望の具現だ。これらは人の世ではありふれた言葉であるが、それはどこにでも存在し、再生産されてきた故のものだ。“エクリプス”は、どこにでもいる———
方々から逃げる人たちの慌てふためく声が響く。朝憬駅周辺はパニック状態にあった。そんな中にあって、交差点の北東と南西から、それぞれ先の交差点に真っ直ぐ走る少女と、青年の姿があった。少女はセーラー服の赤いスカーフを靡かせ駆けながら、あるキーワードたる呪い(まじない)を詠唱し、青年はネックレスに付いた星型のキーホルダーを取りだし握る。二人の身体から光が発し、その構成が変わっていく。次の瞬間、少女は薄紅と深紅の羽衣を魔法による神秘と纏い、傍らには炎を纏った鳥が駆け付ける。青年は鳥を象った白銀の鎧姿へと変わった。そのまま二人は交差点に突進し、今まさに逃げ遅れた人を手にかけようとしているエクリプス二人を阻止すべく、攻撃を仕掛ける。
「プロミネンスシュート!」
その背に翼を宿して飛翔した少女が携えた弓矢に炎の魔法を付与し、花のエクリプスに向けてその矢を放つ。
「はああぁぁ!」
同時に青年が跳躍しながら、その背と両手に大剣を精製して鎌のエクリプスに切りかかる。エクリプスらは瞬時にそれらの防御態勢を取る。間髪入れずに少女が言った。
「早く逃げて!」