こはるEPISODE2 version 1
こはるEPISODE2
(スティックを握る手に、じんわりと汗が滲んでいた。まだドラムを始めて間もない僕――卯月こはるは、スタジオのスネアを前に深呼吸を繰り返す。)よし……(小さく声に出して自分を落ち着かせた。「こはるん! いっけー! ドカーンっていこう!」キーボードの雪平羽咲が、元気いっぱいに両手をぶんぶん振る。)羽咲くん……ちょっと、緊張が増すからやめてよ(苦笑すると、彼女はにししっと笑った。「こはる、カウントお願いね〜」ギターを肩に掛けた桜島奈々――奈々くんが、ゆったりした口調でリズムを待つ。落ち着いてるのに、期待がこもった声だった。)
……うん。ワン、ツー、スリー、フォー!
(スティックを振り下ろす。――軽い。頭の中では理想のリズムが鳴っているのに、腕と脚はぎこちなく裏切ってくる。「わー! 今の、キャベツ炒めの音だ!」)羽咲くん……それは褒めてないよね?(僕が困った顔をすると、奈々くんがくすっと笑った。「いやぁ、悪い意味で軽いんだよね。ドカンってより、シャリッて感じ?)う……(優しく言ってくれているのは分かる。けれど、胸に刺さった。僕は唇を噛んだ。耳では完璧に分かっている。けれど、体がその通りに動かない。
⸻
(何度目かのトライ。奈々くんは安定したコードを刻み、羽咲くんは明るく跳ねるフレーズを弾く。でも僕のドラムだけが浮いていた。「うさうさ、テンポちょっと落としてみよ?」奈々くんがそう声をかけ、羽咲くんが「うん、オッケー!」と元気に返事する。二人は僕を気遣ってペースを合わせてくれた。けれど、その優しさが逆に胸を締めつける。)僕なんか、まだまだだな……(思わず漏らした独り言。すると奈々くんがすぐに反応した。「なに言ってんの、こはる。始めたばっかで理想求めるとか、すっごいいいことだと思うよ? 焦んなくても大丈夫、絶対できるようになるって!」柔らかい笑み。気を抜いたら照れてしまいそうなほど真っ直ぐだった。)
⸻
(日は落ち、窓の外はオレンジに染まっていく。「ラストにしよっか!」羽咲くんが手を叩く。)そうだね……最後にもう一回だけ。(僕は深呼吸を繰り返す。鼓動が速い。)いくよ。ワン、ツー、スリー、フォー!(――その瞬間、すべてが噛み合った。力みが消え、スティックが自然に跳ねる。スネアは雷のように空気を震わせ、バスドラは心臓と同じリズムで鳴った。「……!」羽咲くんが目を丸くし、すぐに笑顔を弾けさせる。
「今の!こはるん、ほんとにドカーンって雷みたいだったよ!」奈々くんも目を輝かせて頷いた。「おっ、今のだよ!それそれ!ね、できるっしょ?」胸が熱くなる。けれど奇跡は一度きり。その後はまた、ぎこちない音しか出せなかった。)
⸻
うぅ……やっぱり僕は、まだまだだ。(肩を落とす僕に、奈々くんがからっと笑う。「こはるってさ、自分に厳しすぎなんだよね。でも今の一打ち、めっちゃカッコよかったじゃん!」「そうそう! 私、鳥肌立ったもん!」羽咲くんも元気に頷く。)奈々くん、羽咲くん……ありがとう(照れ隠しに笑うと、羽咲くんが「王子様スマイルだ〜!」と騒ぎ出し、僕は顔を赤らめて手を振った。)ち、違うよ……僕なんか、普通だってば……。
⸻
(そのときだった。窓の外に、一瞬人影がよぎった。制服姿の少女がこちらを見て、すぐに消える。「今……誰かいた?」羽咲くんが首をかしげる。)うん、見えた気がした……(奈々くんはギターの弦を整えながら答える。「気のせいじゃないと思うけど……なんか気になるよね」)僕の胸はざわついていた。確かに、あの影は僕たちを見ていた。――のちに僕たちのバンドに加わる、ベースの少女。勅使河原 叶。その出会いの予兆に、僕はまだ気づいていなかった。)
(スティックを握る手に、じんわりと汗が滲んでいた。まだドラムを始めて間もない僕――卯月こはるは、スタジオのスネアを前に深呼吸を繰り返す。)よし……(小さく声に出して自分を落ち着かせた。「こはるん! いっけー! ドカーンっていこう!」キーボードの雪平羽咲が、元気いっぱいに両手をぶんぶん振る。)羽咲くん……ちょっと、緊張が増すからやめてよ(苦笑すると、彼女はにししっと笑った。「こはる、カウントお願いね〜」ギターを肩に掛けた桜島奈々――奈々くんが、ゆったりした口調でリズムを待つ。落ち着いてるのに、期待がこもった声だった。)
……うん。ワン、ツー、スリー、フォー!
(スティックを振り下ろす。――軽い。頭の中では理想のリズムが鳴っているのに、腕と脚はぎこちなく裏切ってくる。「わー! 今の、キャベツ炒めの音だ!」)羽咲くん……それは褒めてないよね?(僕が困った顔をすると、奈々くんがくすっと笑った。「いやぁ、悪い意味で軽いんだよね。ドカンってより、シャリッて感じ?)う……(優しく言ってくれているのは分かる。けれど、胸に刺さった。僕は唇を噛んだ。耳では完璧に分かっている。けれど、体がその通りに動かない。
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(何度目かのトライ。奈々くんは安定したコードを刻み、羽咲くんは明るく跳ねるフレーズを弾く。でも僕のドラムだけが浮いていた。「うさうさ、テンポちょっと落としてみよ?」奈々くんがそう声をかけ、羽咲くんが「うん、オッケー!」と元気に返事する。二人は僕を気遣ってペースを合わせてくれた。けれど、その優しさが逆に胸を締めつける。)僕なんか、まだまだだな……(思わず漏らした独り言。すると奈々くんがすぐに反応した。「なに言ってんの、こはる。始めたばっかで理想求めるとか、すっごいいいことだと思うよ? 焦んなくても大丈夫、絶対できるようになるって!」柔らかい笑み。気を抜いたら照れてしまいそうなほど真っ直ぐだった。)
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(日は落ち、窓の外はオレンジに染まっていく。「ラストにしよっか!」羽咲くんが手を叩く。)そうだね……最後にもう一回だけ。(僕は深呼吸を繰り返す。鼓動が速い。)いくよ。ワン、ツー、スリー、フォー!(――その瞬間、すべてが噛み合った。力みが消え、スティックが自然に跳ねる。スネアは雷のように空気を震わせ、バスドラは心臓と同じリズムで鳴った。「……!」羽咲くんが目を丸くし、すぐに笑顔を弾けさせる。
「今の!こはるん、ほんとにドカーンって雷みたいだったよ!」奈々くんも目を輝かせて頷いた。「おっ、今のだよ!それそれ!ね、できるっしょ?」胸が熱くなる。けれど奇跡は一度きり。その後はまた、ぎこちない音しか出せなかった。)
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うぅ……やっぱり僕は、まだまだだ。(肩を落とす僕に、奈々くんがからっと笑う。「こはるってさ、自分に厳しすぎなんだよね。でも今の一打ち、めっちゃカッコよかったじゃん!」「そうそう! 私、鳥肌立ったもん!」羽咲くんも元気に頷く。)奈々くん、羽咲くん……ありがとう(照れ隠しに笑うと、羽咲くんが「王子様スマイルだ〜!」と騒ぎ出し、僕は顔を赤らめて手を振った。)ち、違うよ……僕なんか、普通だってば……。
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(そのときだった。窓の外に、一瞬人影がよぎった。制服姿の少女がこちらを見て、すぐに消える。「今……誰かいた?」羽咲くんが首をかしげる。)うん、見えた気がした……(奈々くんはギターの弦を整えながら答える。「気のせいじゃないと思うけど……なんか気になるよね」)僕の胸はざわついていた。確かに、あの影は僕たちを見ていた。――のちに僕たちのバンドに加わる、ベースの少女。勅使河原 叶。その出会いの予兆に、僕はまだ気づいていなかった。)