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3.奇怪と卑しめ
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「妹さんが…」 「ああ、1年前に」 それは桧山初樹にとって突然の出来事だった。 その日、初樹は"妹の由希が救急搬送された"と実家の家族から連絡を受けた。病室に入ると、そこには昏睡状態となった妹と、目に涙を浮かべた両親の姿があったという。 警察からは外傷等の状況から、何者かに襲われたと見られると説明された。 しかし由希が発見された現場は、朝憬市(あかりし)の中心街にある大型交差点の中央部。時間は夜19時前。通行人が行き交う中で発見された。通っていた朝憬東高校を下校した18時20分からその時間まで、彼女を見た人間は誰もいなかった。東高校から中心街には、徒歩と電車で40分。だが東高校の最寄り駅の防犯カメラにも由希の姿は写っていなかった。即ち由希は不意に何処かへ消え、その後外傷を受け、倒れた状態で件の交差点に現れたことになる。 「…何で、言ってくれなかったんだよ」 「まだ、花っちとの友人関係が今ほど出来てなかったろ」 「でも…すまん」 しかし花森健人にはそれ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。言われたところで何も出来ることはなかっただろう。それは健人自身が最もよく知っていた。 「それから、血眼になって由希に何が起きたのか調べたよ。警察の調べじゃ、殆ど何も出てこなかったからな」 通常の事件ではない。しかしこの奇怪な事件は確かに事件性を有していた。にも拘らず手掛かりはほぼ皆無。だが初樹は諦めることも納得も出来なかった。その執念を以て、あらゆるアプローチで"ある糸口"を見出だしたという。 「うち一つは、"ここ数年、朝憬市で起きた失踪事件の現場では、ある粒子が観測されてるーー"そう流布した人がいた」 「粒子?」 「…あくまで都市伝説の一つとして、だけどな。俺が今話せるのはここまで。今度は花っちの話を教えてくれ」 「俺の?」 「花っちが言った怪物の特徴は、俺の聞いたそれと通じるものがある」 対峙する初樹の目は真剣だった。だが荒唐無稽も良いところだ。健人はそこから目を反らし、初樹に言った。 「悪いけどハッサン…なんていうか、しんどくなったんじゃないか?その、妹さんのことで」 「花っち…」 「怪物騒ぎなんて、そんなこと場末の怪談話か特撮でくらいしか見ないよ」 そう言い放ちながらも、健人には自身と初樹の関係に亀裂が入る音が聞こえた。初樹の顔には怒りとも失望とも取れる歪みが浮かんでいたが、対して自分は、どんな顔をしていたんだろうかーー。 「ごめんな、ハッサン」 ―――――――――――――――――――――――― その後、花森健人と桧山初樹は互いを避けていた。健人の心は孤独と沈鬱に沈んだが、どこかそれを罰として捉えていた。 大切な友人の悲痛な思いに対し、目を反らしたのだから。初樹は妹の生きるか死ぬかを目の当たりにしたのだから。 だが、あまりにも現実離れしている。何より…自分には応える術がない。ましてや"あの夢"は、夢でなければなんだというのか。酷く恐ろしいものだった。あんな恐怖や狂気の世界では、自分はすぐに壊れてしまう。自分の無力を呪ってきた人間に、あれ以上関われる選択肢は持てなかった。 「俺に、何が出来るって言うんだ」 目を伏せ、独り言ちる健人の呟き。それに返答する中年男性の声が、骨董品店"安場佐田"(あんばさだ)に響いた。 「まずはその顔をどうにかすること。客が来んだろう」 ―――――――――――――――――――――――― 声の主である安場佐田の店主、佐田昭義は憂鬱な顔ばかりするアルバイトーー即ち健人の様相をしばしば指導していたが、この時遂にその口調を強めた。しかし、佐田は一瞬の後に口をつぐむ。 「…すみません」 「花森、それ真から言ってるか?」 咄嗟の謝罪が口から溢れた。健人のその様に佐田はそんな問いを静かに投げ掛ける。 「言ってます」 「…仮にそうだとして、いつも条件反射で言ってるように聞こえるぞ」 その問いかけに健人は目を伏せ、口を閉ざした。客の居ない店内に沈黙が流れる。 「何も、無理に営業スマイルしろとは言わん。それに無闇な謝罪もいらない。ただお前…卑しめすぎだ、自分を」 そう言われてふと考え込む。いきなり何を言うんだ、この男は。そう思ったのは意味がわからなかったのか、意図するところを飲み込みきれなかったからか。 「…すみません、よくわからなくて」 「それだよ」 「えっ…?」 「自分を卑しめ過ぎて、無意味に謝ったり行動の端々に出てると言ってるんだ」 そうなのだろうか。だがそんなこと言われたってーー。鼻の右側が吊り上がる。唇が震え、目には不自然な力が入った。鼓動が早鐘を打つ。 「お前、今本当に酷い顔になってるぞ」 健人の顔はひきつっていた。対して問い詰めていた佐田の表情は、刻んだ皺からは、健人を案じる念が読み取れる。だがーー 「簡単に言わないで下さい」 気づけばそんな言葉が口から溢れ出ていた。
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