0 おさななじみ。
『ね。ほんっとーにいいの?』
(何度同じ質問をするのだろう。真面目な顔で詰め寄ってくる友人に、私は何度したか分からない首を傾げるリアクションで返した)
いいもなにも…なんでそれをわたしに聞くの?
(ぷす。とオレンジジュースにストローを差して苛立たしげにジュースを飲み始める友人)
あ、側面押したらぶちゅって出てくるから気をつけてね
(呑気な口調でそう言う私に、友人はジト目でこちらを一瞥し、そして逆サイドに目を遣った。私はその視線に追従することなく、手にしていたクリームパンを口に運び、もむもむと咀嚼する)
『だってさ…』
(友人のその視線の先にいるのは、所謂私の”幼なじみ”、そして付き合い始めたばかりの恋人だ。あちらは何をする人ぞ。なんて問うまでもない。二人で一緒にお昼を食べている。私もこの友人も、彼もその彼女も同じクラスなのだから、同じ教室で食べることには何の違和感もない。では何故こんなにも友人は苛立っているのか、それは)
『…だって、彼、あんなにあんたのことを好き好きって言っておいて、自分が告白されたら何事も無かったかのようにあんたを無視して、ああやってイチャイチャイチャイチャと…』
(ズズ…ゴゴ…という乾いた鈍めの音が、友人の飲んでいたジュースが空っぽになってしまったことを告げる。)
あーあ。もう全部飲んじゃったの。パン食べるのにお口パッサパサになっちゃうよ。
(私は、机を向かい合わせにして座っていた彼女のパンの袋の中をチラリと見やっていう。パリパリチョコのクロワッサンと、ジェネリックオールドファッション的なドーナツ。あれは水滴奪って乾いちゃう。どーしてくれんのマリコちゃん。)
『誰がマリコちゃんだ』
(あ、心読まれた。え、読むにしても具体的に過ぎない?)
『あんたがそうやってなんでもなさそうにしてるの見てるとなんか辛い…』
(良い台詞だな。感動的だ。だが無意味とは思わない。)
実際何でもないって言ったら嘘になるよ。ただ、別にわたし彼と付き合いたいなんて思ったこともないし。”あいつ”が幸せそうならそれでいいんじゃない?
(私はクリームパンの包装をビニール袋に入れると、グリコのカフェオレにストローを刺す)
『あんたは甘すぎんの。そのカフェオレみたいに』
(うん。確かにこいつは甘いな…だが、今はこの味が最高だな)
いや、じゃあ実際どうするのって話じゃん。
――『それは…』
(私の素っ気ない返事に、鼻白む彼女。そう、実際『自分のことを好き好き言って期待させた男が他の女の子に告白されたからって傷ついちゃったうわーん!』なんて言ったところで『じゃあさっさと付き合えばよかったじゃん』と思われるのが関の山。まぁ、その心変わりには違う意味で思うところがないわけじゃないのだが、現状私になすすべがあるわけでもない。まるごとソーセージを淡々と食べる私に、黙り込む友人。友達の身に起きたことを自分のことのように憤ってくれる友人は、出来ることなら高校時代の間に欲しいと思っている『彼氏』というものよりも恐らく得難いものだろう。半ばまでもぐもぐと咀嚼しながら、暖かい視線を友人に送る私に)
『ソーセージパン食べながら慈愛に満ちた目で見つめてこないでよ!なんかキモいから!』
(うん。それは私もちょっとそう思う。ごめんね。)
んー…難しい…なぁ…
(―さて、放課後のこと。部活に行った友人とは対照的に、私は教室の自分の机で明日の分の数学の予習をしていた。家に帰ってしまったらやる気がなくなってしまうし、学校でなら分からない時には職員室に行けば質問に答えてもらえる。なら図書館ですればいい、と思われるかもしれないが、私はこの放課後の程よいざわめきをBGMに勉強するのが好きだった。…余弦定理、何でこんなめんどくさい形してんの。考えたやつ出てこい?よしだ?いやそれは吉田のせいではないだろうけれど)
『ねぇ』
(突然頭上から降る声は、先ほど友人の視線の先にあった彼女のもので)
ん?どしたの?彼は?
(問う私に彼女は)
『部活』
(と、短く答えて前の座席に後ろ向きに座る)
『今更なんだけど…ありがとね』
(ぺこ、と小さく頭を下げる彼女。首を傾げる私)
何が?
(と、問う私に彼女も友人がそうしたように苛々した表情になる)
『◯◯はなんでそんなっ…』
(膝の上においた拳をぎゅっと握る彼女)
…ね。
(と、その憤懣をいなすように短く声をかける私)
『ん…』
(彼女は、言葉を詰まらせて私の言葉を視線だけで待った)
今幸せ?楽しい?
(その言葉に、目を見開く彼女。そして短い頷き)
じゃあ、いいじゃん。私別に―『嘘だ』
(今度は、逆に言葉に詰まる私)
『嘘…だよね?もう、嘘やごまかしはなしにしてよ。だって』
(だって)
ん。”幼なじみ”だもんね。わかったよ。ちゃんと話そ?
(言って、私はシャーペンの芯をしまって、その場にことり、と置いたのだった。)
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