0 第二章第五節「義徒」

張り詰めた空気が、眠眠達を笑ってる。
壁を隔てた向こう側には人が溢れていて、時折話し声が近くにやってきては離れていった。

自分達は物資の確保にやって来ていた。マドレーヌとマリアの二人、そして眠眠とユハニとエリスの三人で一旦二手に分かれることになった。これから逃亡生活を送ると言うには食料や毛布は心許なく、多少の危険を犯してもこうして動くしかなかった。実際、クルスヴァイスは見つかっていない。

意識を取り戻してから、エリスは一言も喋らなかった。目を覚ました時、一瞬動揺したように目を見開いて、そして今までの活発さが嘘のように静かになった。今も眠眠と手を繋いでいるけれど、その手は少しも握り返されない。

誰もが傷ついたまま、この状況を生き延びねばならない。それがどれだけ難しいことか、嫌でも想像される。悪い想像をするな、と言う方が無理がある。

「こっち、人がいない」

そうして薄暗い路地に入った。逃げてきた時のまま、眠眠達は服装が変わっていない。MILの人達に見つからないようにしなきゃいけないし、そうじゃない人達に見つかるわけにもいかない。いつの間にか、眠眠達は世界の敵になってしまっていたのだから。

人気のない道をユハニが先頭になって歩いていく。あまり音を立てないように、あまり同じ場所にとどまらないように。ここの突き当たりを左に曲がると、おそらく近道になる。だから少し急ぎ足で曲がって、光のさすその先へ急いだ。

立ち塞がったのは、長身の男。

逆光になった表情はよく見えない。けれど、たしかに彼は、デウィット・アモロスその人だった。

とっさにエリスと繋いでいた手を離し、弓を持って矢筒に手をかける。こちらは遠距離武器を使うのが二人、近距離を得意とするエリスはきっとまだ戦えない。狭い道な上にあまり彼との距離はない。例えこちらの方が人数が多いとしても、増援が来たら圧倒的に不利だ。

この状況の最適解は、きっと『逃げる』だった。
でも、眠眠達はそうしなかった。できなかった。

デウィットに明確な殺意が見られなかったからかもしれない。彼の様子がおかしかったからかもしれない。増援の気配がなかったのもきっと原因の一つだ。でも、何よりも。そんなことよりも。

黒く染まった髪と、色の違う片目が、なんだか見覚えのある気がして目が離せなかった。

╾​───────╼

いつの間にか眠眠と手を繋いでいた。優しい手が暖かくて、それ以上になんだか悲しくてぼんやりと眺めていた。

目が覚めて一番に思ったのは、へストの元へ戻らなくちゃいけないという漠然とした恐怖だった。今ここにいるのが心底恐ろしい。またあんな思いしたくない。でも道が分からないから戻りようもない。私一人で行ける距離なのかもわからない。

そう考えたら、逃げることにも足掻くことにも、なんだか疲れてしまった。何をどうしても上手くいかない。必死になってやってきたことも全てがゼロになって再び逃亡生活に逆戻り。
おまけにこの人数だ。たった一人逃げ切るのだって並大抵の苦労じゃ済まなかったのに、全員が逃げ切るなんて到底無理な話だろう。逃げ続けるという行為への覚悟がこの人達にあるとは思えない。絶対にまた誰かが死ぬ。終わってしまう。だからへストの元にいることを選んだはずなのに、どうして私はあの時咄嗟に動けなかったんだろう。

そればかりが、頭の中をぐるぐると巡り続けている。答えは出ないまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。

突然眠眠の手が離された。手のひらに残る彼女の温もりが急速に冷えていく。驚いて視線をあげてみれば、眠眠が矢に手をかけていた。どうしたんだろう。何かあったんだろうか。もう確認する気力もない。

………ちょっとだけ待って、なにか様子がおかしいことに気づく。彼女が、矢に触れた後なかなか構えようとしない。逆に逃げようともしない。ユハニも同様だった。

おかしいな、と思った。それだけだった。それ以上でもそれ以下でもない。だから、しっかり顔をあげて奥に視線を向けたのも特に意味はない。目の前を何かが通り過ぎたような気がして視線を向けるのと同じ。その先にあるのが猫や犬であれば良かったのに、捉えた影はあいにく人の姿をしていた。

眠眠とユハニの更に先、逆光になって少し見づらいところにいたのはデウィットだった。

それだけだったら、本当に良かったのに。

何が起こっているのか、理解ができない。
否、きっと理解したくないというのが正しいのだろう。

その姿は確かにデウィットだ。だけど、違う。そうじゃない。だって、違う。その色はあんたのものじゃない。あんたの色は、雨がひいた後の空を写した朝露のような色。優しい葉にこぼれ落ちた、空の色。そうでしょう。

どうしてあんたが、クルスヴァイスの目を、持っているの?

胸騒ぎがする。ぐるぐると黒い何かが胸の内を渦巻き始めた。ガンガンと警鐘が鳴る。まるであの人の姿を模倣しているような姿。気持ちが悪い。何?これは何?なんでそんな顔をしているの?おかしいじゃない。ねえ、なんなの?

「デウィット……?」

戸惑ったような声が聞こえる。……そうだ、これはユハニの声。この人は、デウィットと仲が良かったんだっけ……?

「どう、したんですか……その髪…それに、その目は………」

彼は何も言わない。その顔に浮かぶのは静かな暗さだけで、目に映る自分達の姿さえ不気味に思われるほどのそれ。

そうしたら、目が合った。確かに私を見た。初めて、彼の中に人間らしい感情をかいま見た。視線が外れない。デウィットが、ずっとこっちを見ている。
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一歩こちらに歩みを進めたのを見て、私と眠眠を庇うようにユハニが前に出た。

「こっちに来ないでください、デウィット」

目元に隈を携えて、感情を無理矢理抑え込んだ表情で彼に牽制の言葉を放つ。そんな顔しなくていいのに、ユハニは優しいから苦しんでしまうんだ。
デウィットは何も言わない。ユハニの言葉に足を止めるでもなく、武器も構えず、こちらに向かってくる。それに応じて自分達も一歩ずつ後退していく。

彼が足を止めた。依然として視線は外れない。こうなってくるとデウィットの目的は私達を殺すことじゃないだろう。もしそうなら私達三人はとっくに息をしていない。それならなんだろう。どうしてずっと私を見ているのだろう。確かに私とデウィットはNo.Aで本当の事を知るたった二人だったけど、それだけだ。それ以上の関わりなんてない。今更何の用があるというのだろう。
いやな予感が、する。私は知っている。こういう時の予感は、大抵当たるのだ。

何か、小さなものを投げ渡された。反射的に受け取った。小さな何か。心臓の音がうるさい。うるさい。

指を開いて、己の手の中にあったのは二つのピン。それはよく見慣れた色だ。少しだけ、赤く汚れている。

息の仕方を忘れてしまった。
姿の見えない彼。デウィットの持つ、彼の赤。彼のピン。まるであの人の姿を模倣したようなデウィット。

息ができない。息ができない。いきができない。
だってそんなわけないじゃない。ありえない。あの人は、だって、そんな。

ユハニと眠眠を押し退けて、用は済んだとばかりに背を向けているデウィットの手を掴んだ。全てを一から説明してもらわないといけない。なんでこれを私に渡してきたのか、これはつまり『そういうこと』なのか、その格好は一体なんなんだとか、全部を聞かなければ気が済まない。帰す訳にはいかない。問いたださねば。

『、』

____そして、ようやく自身の異常に気づく。

私が発したそれは、泡だった。全て虚空に消えて真っ白になった。心の中はグチャグチャで、それでも頭の中はどこまでも凪いで冷静だ。世界が歪む。涙が零れる。止まらない。このまま海でも作るのかという程に、次々と雫が零れていく。
すぐに切り替えた。この感情を持て余すしかないと理解しているからこそ、衝動的になった。

歯を食いしばる。涙で滲む視界をできる限りクリアにして、彼の頬に平手打ちをくらわせた。痺れたような痛みが手のひらに走る。
デウィットは大人しかった。殴り返してくることもなかった。それが余計に腹立たしい。まるで傷ついていますみたいな顔をして、自らへストの側についたくせに!そんな顔をしていい人間じゃないのよ!

.........そうやって糾弾できたら、どんなに良かっただろう。涙が止まらないのだ。こんなことはじめてで、どうしたらいいかわからない。
デウィットは本当に、ずっと何も言わなかった。以前の方がまだなんとか可愛げがあったようにも思う。彼は私の顔を見て、そして再び背を向けた。やっぱり腹立たしかった。今度は追いかけずに、その場に座り込んでしまった。ユハニが駆け寄ってくる。背中に手を当てられた。

「デウィット」

ユハニが発した声は、本当にか細かった。

「デウィットは知らないと思うけど、クルスヴァイスくんは僕にとっても大切な人で.........過去に一度しか会ったことはなかったけど、たった一人の、弟なんだ。...僕は、あの子のこと何も、本当に何も知らないけど、それでも......家族なんだ」

ユハニも察したのだろうか。その言葉がデウィットに届いたかはわからない。おそらくへスト達の元へ戻ったのだろう。残ったのは重い空気だけだった。

「......大丈夫?」

答えられなかった。というよりは、言葉として頭の中に入ってこなかった。頬を伝い続ける涙が不快で不快で仕方なかった。

ああ、死んだのか。あの人は。私との約束を破って。

それだけが心の内を占めていた。こんな気持ちは知らない。どうして自分が涙を流しているのかもわからない。どうしてこんなに執着しているのかもわからない。

そもそもの話、私はあんな約束を守る気は最初からなかった。何も知らないで笑う彼を内心馬鹿にだってしていた。私達の帰る場所なんてこの世界のどこにもない。私の願いが叶うことはないし、皆の願いが叶うこともない。
果たせる約束ではないとわかっていた。知っていた。だから、少しだけ夢を見たくて、諦めて、目を逸らして、

あ。

理解してしまえば、もう早かった。ストンと腑に落ちて、目の前が真っ暗になる。そっか。やっとわかった。私の夢は、希望は、

____私が帰りたい場所は、あの人の隣だったんだ。

「____」

遅かった。喪ってはじめて気づくだなんて。いっそ気づかない方が幸せでいられた。この感情の行き場はもうどこにもないというのに、涙と一緒に溢れて仕方がない。

「____」

悔しい。苦しい。どうしてこうなるの。私がいったい何をしたの。

「____」

僅かに閉塞感を感じる喉に、明確な痛みが灯った。喉に手をあてて肺から空気を吐き出していると、眠眠とユハニがこちらを覗き込んでくる。

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「エリス、ゆっくり息をして」

無理に声を出そうとしてはえづき、何も入っていない胃の中身を吐き出しそうになる。それを何度も何度も繰り返す。なんてみっともない姿なんだろう。

「____」

馬鹿の一つ覚えのように吐き出した言葉が、二人に伝わることはなかった。話そう、伝えよう、そうする度に私の言葉は全て泡となって消えていく。私の心が全てなくなっていく。なかったことにされる。

『死にたい』

こんな感情がこの世界に存在するのだと、初めて知った。

勝手に勘違いしていた。
今までの私の人生、とてもじゃないが幸せとは縁遠いものを送ってきた。それでも頑張れたのは、その分同じだけの幸せがこれから訪れるのだと信じてやまなかったからだ。だから必死に生き延びた。殊更『生きる』ことに執着した。

だけど、そうじゃなかった。一人の人生の中の幸福と不幸の量は、決して同じではないのだ。同じなのは、世界的に見た幸福と不幸の話。所謂『誰かが幸せなら誰かが不幸』、というやつ。私の不幸があれば、きっと他の誰かの幸福があるのだろう。

ああそんなものクソ喰らえだ!世界一いらない!名前も知らない他人の為にどうして私がこんな目に合わなければいけない!?

苦しみや怒りが私の中で溶けて滲んでいく。ゆっくりと染み込んでいくそれはきっともうとれることはないのだろうと予感させられた。

私にはもう何もない。全部。どこにも。
後に残された道は、袋小路の中で、足元に溜まる赤い涙に溺れる事だった。

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苦しそうだったエリスの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。それと同時に目の焦点もしっかりしてきて、ときどき眠眠と目が合ってはスっと細められる。.........あの時とは違って、助けを求めるような動作がなかったことに、なんだか胸が痛む。

すると、彼女が眠眠の手をとった。どうしたのだろうとそのままにしていると、手のひらを上にして、指でなぞり始めた。

「?.........エリス?どうしたの?」

少しだけくすぐったい。止める理由もなくてそのままにしていると、ユハニが言った。

「『声』?」
「それがどうしたの?」
「いえ、そうじゃなくて......『声』と書いたんですよね?エリス」

なんとなく思い当たってエリスの方を見ると、僅かに頷いている。変なイタズラの類いでは無いとわかったものの、どうして何も言わないのか少し気がかりだった。わざわざ指で文字を書かなければいけないことなのだろうか。デウィットに聞かれたくないことでもあるのだろうか。
エリスは更に指を進めた。もう一文字、もう一文字と進んでいく度に嫌な予感が募っていく。

「.........え」

完成されたその文章は、『声がでない』。

「......あ、そうですよね。しばらく喋っていませんし、無理をして喉に負担がかかっていたんでしょう。水を持ってきます」

そう言って水を探しに行こうとしたユハニの服の袖をエリスが掴んで止める。静かに首が横にふられた。

『ちがう』
『一言も、一文字も喋れない』
『何か言おうとすると喉がつまる』
『もう喋れないんだわ』

彼女の指先は冷たい。眠眠達の返事も待たないで、淡々と綴られるその文字がエリスらしくなくて、少し不気味だった。

『もう、』

眠眠の手に、エリスの涙が落ちてきた。その続きを書くか逡巡しているようで、不自然な間があく。

『いきて』『やくそく』
『小猫でいい』『これからは』

「もう」からは絶妙に繋がらない言葉。彼女が何かしらの感情を飲み込んだのだといやがおうにもわかった。

エリスが眠眠の小指と自分の小指をからめる。こちらの返答はいらないのだとすぐに理解した。エリスは、きっとこうするしかないんだ。力の籠りきっていない指が苦しかった。

顔を傾けると、エリスの暗い目の奥が見えた。

.........こんな形で、眠眠自身を見てほしかったわけじゃないのに。
ぽたりと溢れた涙が、まるで傷口から溢れた血液のように見えた。

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「全然ないね……当てが外れちゃった」

火傷痕が印象的な女性が肩を落としてそう呟いた。その手にはなけなしの食料が握られている。普段なら甘く可愛らしい目の色が、今ばかりは落胆の色に上書きされていた。

「ちゃんと探したのか?」

相槌を打ったのは長身の男性だった。朝露に濡れた葉のような美しい緑の目と、柔らかな髪。彼も同様にいくつかの食料を手にしている。
そっけないとも捉えられる返事に、マドレーヌがつっかかっていく。

「ミアちゃんこそしっかり探したの!?」
「ちゃん付けで呼ぶなって言ってんだろこのブス!」
「ま〜〜〜だマドレーヌの可愛さがわかんないんだね!」

お互いへの罵倒がスラスラと出てくる辺り、何度もこのやりとりをしているのが伺えた。喧嘩をするほど仲がいいというよりも、本当に仲が悪いのだと察することのできる会話だ。

「ったく、さっさと行くぞ」
「わかってるよ!」

慎重に様子を伺い建物の陰から出た。僅かに感じる眩しさに目を細めつつ、周囲を警戒する。

「......大丈夫そう。行くよ!ミアちゃん!」
「なんでお前が仕切るんだよ!」
「も〜!うるさいよ!」

見つかっちゃうじゃん!とふくれっ面でマリアに抗議する姿を見て彼は舌打ちをした。

へストの元から逃亡して二週間。今はまだなんとかなっているが、食事や睡眠といった当たり前でいて必要不可欠なものの有難みを感じる頃だった。
今の自分達にとって、食事や睡眠に至るまで自分達が安心して過ごせる場所はない。ああするしかないとしても、あまりにも無計画に飛び出してきたものだと思う。
これから先が不安になるな、と僅かに目を伏せた。

……しかし、その考えだって少し違う。当たり前のように『安心できる場所』があると思っているのがおかしい。忘れてはいけない。自分達は死刑囚だったのだから。

「遅いよ〜!」
「わかってる!」

呑気なものだ。思考を止められてしまったのを皮切りに、少し先を歩く彼女の元へ小走りで行く。

「こっちの方なんにもないし、向こうと合流する?」
「あー………そうだな……」

どうせ合流するなら、もう少し成果をあげてからでもいいかもしれない。おそらく向こうもまだ移動している最中だろう。それを言う前に、ここしばらく聞いていなかった声が聞こえた。

「マデリン!」

その声に一番反応を示したのは自分ではなく、その名前を持つ彼女だ。何より、彼女のことを『マデリン』と呼ぶのは一人しかいない。

「シキちゃん………」
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どこまでも明るい彼女の声と違い、少しの動揺を孕んだ声。ただでさえ奇抜な色葉の髪よりも、さらに目立つのがその制服。自分達が着ているものとは違い、真っ白になった彼らの衣装は嫌味のように感じる。そして、マドレーヌがまた少し視線を動かした。

「ヴァンちゃん………」

マドレーヌの発言は彼に聞こえたらしい。気まずそうな表情だ。視線を忙しなく動かした後、斜め下を見て半ば顔を伏せた。マドレーヌの顔は、こちらからは伺えない。けれど積極的な会話をしようという気配もない。

「おい、逃げるぞ」
「……うん」

聞かれないように小声で呟くと、ゆっくり後ろに下がっていく。彼らは気づいていない。

「やっと見つけた!探したんだよ〜?」

彼らが再び会話をするチャンスは色葉に遮られて終わる。彼女を見ると、実にいい笑顔で二つのマチェットを構えていた。

「私ね、マデリンがそっちに行って嬉しかったんだ!そうしたらマデリンと遊べるでしょ?」

一歩、また一歩と近づいてくる。彼女の言う『遊び』が普通の『遊び』ではないのだとバカでもわかる。

「いっぱい遊ぼう!!!」

マチェットが、振り上げられた。

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荒れ果てた市街地のその中心に黒い人影が二つ立っていた。ひとつは片手間にナイフをくるくると回しながらも隙ひとつ見せず辺りを見渡す翠の瞳を持った黒髪の青年。もうひとつは澄んだ青空のような髪をざんばらにしたままその髪色とは反対に酷く濁った金の瞳を光らせる青年。

ルカとベアルは先の騒動__No.Aが二分割されたその地に再び訪れていた。

訪れると言っても彼らだって来たくて訪れたわけではない。いつものようにヘストによる命だ。なんでも監視の目的もあって回収せずにその場に留めておいたドローン数機の通信が突然途切れたらしい。

移動中に聞いた話によれば、最高時速150km超え。映像の録画と分析、周囲探知機能はもちろんのこと自己発電機能、ステルス性に加え立体ホログラムを応用した透明化機能。さらにはAIを搭載し小銃をも備えているという。もはや超小型戦闘機とも呼べる間違いなく世界最先端のドローンらしい。
しかもそのドローン、ただの監視用ではない。今まで自分たちが信じていたオネイロスを見せていたヘッドセットの映像サポートやカメラに映った人間の情報を各データベースにアクセスし自動的に保存、時間などと合わせて本部であるMILのデータサーバーに送り続けているという。
そんなドローンとの通信が突然途絶えたともあれば彼__ヘストが人を向かわせるのも納得である。自己破壊プログラムもあると言うが回収するに越したことはない。数にして5台。それら全てを見つけ、回収することが今回の任務内容だった。

本来であればこんな任務はもっと下の者がする内容であったが"たまたま"、この2人しか手が空いてなかったらしい。偶然か必然か、望み知るはヘストのみ。

ベアルは最悪の気分だった。憎悪と苛立ちでどうにかなってしまいそうなほどに。よりにもよって"兄を殺させた人物"とだなんて!しかし上官の命令は絶対である。溢れ出る憎悪が形にならないように、しかしその意思はけして隠さずに。
この程度の任務、奴の手を借りるまでもない。そう思い最初こそ声をかけてくる彼を無視して任務に取り掛かったが全く見つからない。そもそも今までベアルがしてきたことは提示されたターゲットを殺すことだけだ。それしかしてこなかったのだから上手くいくわけなどなかったのだ。
そしてベアルをさらに苛立たせる理由もそこにあった。ルカはまるで探知能力でも持っているかのように、この広大な市街地の中ですぐに2台、3台と見つけてしまったのだ。
上官の命令だから、しかたなく。そう理由付け渋々と彼の指示に従えば、ベアルもすぐに見つけることが出来た。これでは今までと変わらないじゃないか。思わず舌打ちをする。一瞬こちらを見たルカの表情を見る余裕などなかった。

パキリ、体の奥底で何かが欠ける音がする。果たしてそれはベアルのものか、ルカのものか。

ベアルはドローンを入れた袋の結び目を閉じて顔を上げる。残り1台。ルカの予想によれば手元のマップに映し出された3つの点。この三ヶ所のどこかにあるという。

一箇所目、ドローンなし。何かを探しに来たのだろうか、顔色の悪いやや老けた男女と遭遇する。姿を見られた為共に殺した。息絶える前に男が何か言っていたが吹く風に遮られよく聞き取れなかった。

二箇所目、ドローンなし。瓦礫の奥底から出てきたのは兄弟だろうか、小柄な男の子を身を丸めるように抱え共に息絶えている青年。あれから2週間は経つというのに。そういえば先程殺した民間人にどこか似ている気もする。誰にも見つけられずに酷く腐敗した様に何故か頭痛がした。

三箇所目、見つけた。建物の裏、ひっそりとその身を隠すようにソレはあった。欠け落ちた部品がないか確認した後、袋に詰める。ガシャンと音がなる。ちょうどピースが収まるように、寄り添うような形で収まった壊れた二つを見ていると酷く胸騒ぎがして、ベアルは慌てて袋を閉じた。

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人は神には成れない。しかし"俺"は神だった。

ドローンを袋に詰めるベアルの背中を見ながらルカは内に溜まった黒いものを整理していた。

完璧だと思っていた。求められるものを与え、導く。俺の目指している先はせいぜい、世界をほんの少しだけ揺らせるか、その程度のことだとは理解していた。それでも"俺"は✕✕だった。✕✕だと思っていた。

……まぁ、そんなことはなかったんだけどね。
MILに来て色んなことを知った。初めて本当の心というものを知った。
一度手に入れてしまったこの心は暖かくて、案外心地が良かった。失くすのは少し、ほんの少し惜しいと感じてしまうほどには。

ドローンをしまい終わったベアルが顔を上げこちらを見た気がした。

ねぇ、ベアル

「よく、目には目を歯には歯をって言うけど…裏切り者には何だと思う?」

君のその濁った瞳に写った自分の表情に笑ってしまう。これはなんと例えようか。言うなれば……慈愛に満ちた顔?ははっ、死刑にまで堕ちた犯罪者が心からそんな顔をする日が来るなんて。

でもさ、そうさせたのは君だよ。ベアル。

「俺はね、天罰だと思うよ。」

天罰。
天の下す罰。悪事に対しくだされる自然の報い。

空っぽで哀れな哀れな青い鳥。心をくれた幸せを、そこから生まれた愛をキミだけに注いだけれど、檻を開ける鍵にはなれなかったようだ。籠の中の鳥が”なく”。
「……裏切り者には、断罪を」
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恨みの籠った鈍い金が俺を射抜く。その両の目は俺を非有する。そうか、心を教えてくれたのも、最後に無くさせてくれるのも君なのか。

スクライング。それは俺が神になるためのおまじない。

…あぁ、懐かしいこの感覚。もう幾度としたこの行為。心を無に帰して、俺は神になって、それから___なんだっけ?

再び金を見つめる。その奥に秘めた感情に耳を傾ける。

あぁ、そうだ。祈りを。カミサマにお祈りを!彼が望んだ断罪が下されますように。カミがきちんとその役目を果たしますように。✕✕が裏切り者に罰を下しますように。
祈れ。捧げろ。とっておきの賛美歌を__

「…ねぇ、ベアル。」

「ベアルがどう思っていても、俺はずっと…べアルを愛しているからね。だから…孤独なんて思わないで。俺をどう思っていても、俺はべアルを愛してる。

これだけは覚えておいて。」
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╾​───────╼

散る赤が花弁の如くその身を咲かす。雲間から射す光は彼を照らし導く。風がふわりと髪の隙間を縫っては己の元へ届いた。あぁ、翠緑の輝きが散る様の美しきこと。かつて安堵をくれた懐かしき匂いが胸を撫でる。しかしそこに混ざるは黒く重い、まるで血のような______

どさり、その音にハッとする。
なにが、どうして、なぜ。その疑問は尽きない。目の前に堕ちている黒。じわり、じわりと己に向かって侵食する赤は確かに"そこ"から溢れていた。

たらりと汗が頬を伝う。耳を圧迫するほどの動悸すら意識の外に追い込まれてしまう程にその光景は彼に深刻なエラーを告げる。

あれは、誰だっけ。
あれは、憎き相手、兄の敵、恨めしく思っていた人物?違う、違う違うちがう!彼は!彼は、己が、愛した

「──────ぁ、」

選ばれた非凡人は新たな世の中の成長のためなら社会道徳を踏み外す権利を持つと、そう唱えたのは誰だったか。

これがその権利によって得られる恩賞なのなら、それはきっと──────。

人一人いない静かな跡地に咆哮が響く。しかしその叫びに耳を傾けるものなどいない。ただ虚しさに犯された空を舞うは鴉のみ。幸せを運ぶ"あおい"鳥は、もういない。

断罪。
有罪を下すこと。罪を裁くこと。そして、

打首にすること。

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『はい、こちら現在■■■に来ております…!見ての通り、──────のあちこちで抗議活動、デモが────警察による──────!─────!』

喧騒の中、一人の男性リポーターがカメラに向かい懸命に話している。立ち昇る硝煙、人々の怒声、悲鳴、嘆き、それから発砲音。その場は一触即発の空気に支配されていた。リポーターの顔に焦りが浮かぶ。

『○○さんありがとうございました。では改めて一連の…』
そんな声とともに映像はスタジオへ戻る。映し出されたモニターには様々な映像や写真が並べられていた。

その多くに映るのは顔を隠し武器を携えた黒い集団─────紛れもない、自分達だ

篝火はそのニュースを黙って見つめていた。

両親とはぐれた子供、大切な人を失った青年。悲痛な彼らの表情が電子となり、光となり、薄暗いこの部屋で篝火の顔を照らす。

先程から篝火はひたすら、こうして己らに関するニュースを見続けていた。否、見せられていると言った方が正しいだろう。

どうしてこのような状況になったのだろうか。
映像を眺めながらも篝火の脳内は過去へ馳せていた。

あの日、パドラの裏切りによって手駒のいくらかを取り逃したヘストはいっそ不気味なほど上機嫌であった。欠けた首を支えながらふらりふらりと鼻歌交じりに歩く姿は歪なワルツにも見えた。そしてこう告げたのだ。

『諸君!前夜祭はここでおしまいだ。これからは義と義の闘いである。革命とは、反撥組織がいて初めて成り立つのだ!勝者が革命家となり敗者が悪となる。』

『そう、歴史において過程など些細なことだ。重要なのは結果だ。我々は脚本家であり、そして同時に演者だ。舞台は整った。役者は揃った。横から茶々を入れる神もいない!なんて最高の舞台だろうか』

『さぁ、勝ち取ろうではないか。我々の求む未来を。描く勝利を!

英雄誕生への幕開けだ』

湧き上がる歓声の中、これがカリスマかと、純粋に思った。主とは思想に、力に賛同し、下に尽きたいと思わせて始めて成り立つのだ。人間は誰だって自分が1番だ。それらを従え、果てはその命の行方を思うがままに導くのは容易ではない。

それからの日々、といっても先の騒動から2週間も経っていないが、それでも今までに比べると倍か、それ以上に怒涛の日々だった。

自分たちNo.Aはまず治療に専念した。手当を受けても中々帰ってこず、しかし帰ってきたと思えば自室に篭もりほとんど姿を見せないデウィットはやや心配であったが軽傷であった自分は声をかける間もなくすぐに任務に当てられた。
No.Aの全員が今までのように共に任務に当たることは殆どなくなった。任務には基本的にNo.Aの一名、もしくは二名と他の部隊という構成であたり、ひとつの任務が終えればまた次の任務へと駆り出された。やることのほとんどは今までと同じようにオネイロスを_____否、罪なき人間を、無力な一般人を殺していくことだった。休みは基本的に移動中のみで任務は昼夜問わず続いた。

さすがに疲労の色が滲み出てきた頃───乙宮だけはずっと、いや今まで以上に楽しそうにしていたが───のことだった。日頃の疲れか油断か、足に大きめの怪我を負ってしまったのは。

任務に出る支障を考慮し久々休息を得たのもつかの間、突然呼ばれたかと思えばこうして説明もなく座らされた。目の前の液晶から自分らに関するニュースが流れ始め、今に至る。今見ているもので13個目である。

呼び出した当の本人であるヘストと言えば、液晶からやや横にずれた椅子に座りつまらなそうな表情で頬杖をつきながら卓上に立てかけられた端末をいじっている。思わず学校で映画鑑賞会をしていた際の自身の担任を思い出し笑みを浮かべそうになったものだ。

しかしそんなことはこの場の異様さを拭うにはあまりにも些細なことであった。

薄暗い部屋。流れる映像。拘束もなくただ座らされているだけの自分。こちらを監視する素振りもないヘスト。そして、

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今までに見たことの無い雰囲気を纏い隣に座る彼。

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