0 「改革長老教会」への疑義 みんなに公開

富士見町教会のホームページを見ますと、「改革長老教会」という項目のもとに、<「改革長老教会」とは「ルター派教会」に対してカルヴァンの流れを汲む教会を指し、改革派教会とも呼ばれます。改革派の信仰理解・福音理解をもち、長老制度によって教会を治める教会です。富士見町教会は、信仰理解、教会組織(政治形態)、礼拝・音楽様式、建築様式などにおいてJ.カルヴァンのジュネーヴの教会以来の歴史・伝統を大切にしています。>と書かれています。要するに富士見町教会はカルヴァン派教会だと言いたいようです。ところがしかしどうでしょう、この教会の前身である一番町教会の設立者である植村正久牧師御自身、そんなカルヴァン派の伝統など重視しておられたのでしょうか?確かに植村正久が神学校を経て牧師になった時の日本基督一致教会は、歴史的カルヴィニズム諸信条を採る改革派教会でしたが、日本基督教会になってからは公会主義に立ち、教会政治だけは長老制を採りましたが、肝心の信仰告白は簡易信条主義の超教派路線であり、植村正久牧師御自身には明治学院辞任の一件に現れているようにリベラルな一面さえありました。けっしてカルヴィニストなどではなかったのですが、日本基督教団が成立する際の旧日基出身牧師たちが諸教派合同(…というのは言葉だけで実質的合同ではなく、部制でかろうじて維持していたように、せいぜい連合体)の中で主導権を取るべく、植村正久牧師をカルヴィニストに仕立て、日本基督教会を改革・長老派の伝統を汲む教会ということにして自分たちの系統を権威づけ、それに伴い、教団立神学校の東神大を東京神学社神学専門学校の後身であるかのような虚偽を吹聴してきたのです。日本基督教団が合同教会だと言うなら、旧教派の豊かな伝統を教団に所属する教会全体で共有する共同体としての精神が必要であり、「連合長老会」だの「改革長老協議会」だのといった分派を作り、日本基督教団の中にありながらその信仰告白とは別に日本基督教会の1890年制定の信仰告白までこれ見よがしに掲げて、自分たちこそ日本のプロテスタントの保守本流である植村正久牧師および日本基督教会の直系に位置してその伝統を継承しているんだ~!みたいな印象を、例えば藤掛順一牧師の「連合長老会と東京神学大学」という題のレポートから強く感じます。そのようなパリサイ的独善的な態度は、日本基督教団の中に分断を生むだけであって、キリストの体なる教会を志向するクリスチャンとしては矛盾しているとしか言えません。ちなみに富士見町教会は、私の祖父の宮本桃喜が東京神学社を卒業後に伝道師として赴任した教会です。さらに、ちなみに私が農伝生の時に通っていた成瀬台教会は連合長老会に加盟していたようですが、当時の教会の迫川道子牧師はとても愛のある人で、私によくランチを御馳走してくれましたが、宮本さん、連合長老会は冷たいよ~とよく私に言っていました。なぜ、迫川牧師が愛を感じられなかったのかは、その団体の存在自体に体現されていると思います。
http://zenrencho.jp/article1808.html

0

メモを他の人に見せる

このメモを見せたい人に、このURL(今開いているページのURLです)を教えてあげてください