0 私がもらうのは

#LTNアドカレ2023
たう
 そもそも誕生日とはそこまで目出度いものなのだろうか。と、考えてしまうようになったのは、一体何歳の誕生日を迎えたときのことだっただろうか。
 子供時分のソレは、誕生日を迎えれば同級生の友達よりも一つ大人になれたような気がしたし、親や親戚から貰える誕生日プレゼントにだってワクワクしていた。
 しかし、歳を取るほどに社会的責任が少し重くなっていくことに気付いてからか、そんな浮かれた気分に浸れなくなってきたのは否めない。仕事をするようになった今に至っては、下手すればいつの間にか目の前に来ていて、いつも通りに仕事をしているうちに終わっている。なんてことだってある。
 三百六十五個、或いは六個ある普通の日の一つとまではいわないが。
 節目ではあっても、めでたくも特別でもない。
 しかしその分、と言うべきかは分からないが、いつも通りにまじめに仕事をしたお陰かこの歳になって俺にもやっと、誕生日を盛大に祝いたいと思える相手ができた。同級生が結婚、そして当人或いは配偶者の出産を経て子孫を残していく中、遅ればせながら俺もまたライフステージを一段上に進めることができたわけである。
 おめでたいね。本当に。
 子供が大人になるには誕生日を迎えるだけでいいが、大人が更に大人になるにはそれだけではならないという事実を痛感させられる。そういった意味では彼女との出会い、そして関係の進展こそが俺の新たな誕生日だったのかもしれない。
 今度こそ正しい意味で大人になれる機会に恵まれたことを僥倖とし、いい年をこいた大人として、まだどうしようもなく子供っぽくて、生意気なことばかり言って正直腹が立つことも多いが、それでも間違いなく愛おしく、いつまでも彼女の隣で彼女の力であり続けたいと思える彼女――
 ――つまり天空橋朋花という最高の担当アイドルの誕生日を盛大に祝うとしよう。
 なに。これからは彼女が歩むその軌跡こそが俺の軌跡でもある。その歩みに恥じることはなく、共に成長していく誇らしき人生の相方に対して未熟な俺は恥じることなく問うこととした。

「誕生日プレゼントに何を買うかマジで決まらなかったので、どうか欲しいものを教えていただけないでしょうか……」
「その情けないセリフをそれらしいモノローグで誤魔化せると思わないでくださいね~?」
 
 ダメかぁ。


「まあ、プロデューサーさんにその手のスマートさを求めたことはないので別に構わないと言えば構いませんが」
「反省はしているので、どうか矛を収めて頂けると……」
 我が家のソファに我が物顔で腰かけた朋花に対し、カーペットに正座しながら減刑を求める。極めて自主的な正座ではあるが、朋花が怒ってないわけではない。まあそりゃ、年頃の女の子が誕生日の前日の朝に頼れる年上の彼氏にこんなことを言われたら、怒らない訳がないんだが。
「『頼れる』ですか……?」
「勝手にモノローグを読むな」
 この辺りのやり取りを踏まえても約三分咲き程度に怒りを抑えてくれている辺りが朋花の人間性なのか、或いは例によって、誕生日によって人は大人になるのではない。という俺がこの歳になってやっと気付いた真理にこの歳にして辿り着いているのか、は定かではない。
 まあどちらにしても今後のやり取り次第か。できるだけ刑が軽くなるよう、精々自己弁護に励むとしよう。
「……これでも色々と考えたんだよ。これでも。決して忘れてたわけじゃなくて」
「それは大前提の話だと思いますが……まあ、プロデューサーさんにとっては成長なのかもしれませんね~」
 相変わらずの辛口評価である。何も言い返せないのが本当に悲しいが。
「勿論、プレゼントにお金をかければいいというわけではありませんし、祝福する気持ちさえ伝わるのであれば、なんならプレゼントはなくてもいいとさえ思いますが……」
「じゃあ、今から朋花の誕生日を祝う歌でも作ろうか」
「そういう話をしているのではなくですね~?」
「題名は……じゃあ『天空橋朋花ハッピーバースデーの歌』で」
「やっつけにしても、せめてもう少しくらい隠してくださいね~」
「まあ冗談だけど。でも何なら一度は考えたんだよな……歌を贈るの」
 そう言ってみせると、朋花のただでさえ細い目が僅かに細くなるのが見えた。どうやら驚いてくれたらしい。
 いっそ、本当に作ってみるべきだったかな。こりゃ。
「プロデューサーさんに歌の心得があるとは思いませんでしたが」
「作詞作曲はおろか、学生時代の音楽の時間を除いたら歌ったことすら両手足の指で数えるくらいだな」
「……気持ちが籠っていればとはさっきも言いましたけど」
「それくらい煮詰まってるってコトなんだよ……」
 最初は……確かカトラリーだったか。次はアクセサリー、雑貨。それからぬいぐるみ。ここひと月程度、一人で行動する日が来るたびに色々な店を見て回ったし、その度に朋花が好きそうなものなら幾らでも目に留まった。だが、何故自分がそれを渡すのか、子豚ちゃんたちと被りやしないか、などと考え始めるとどれも決め手に欠ける。
「ってなるとさ、プロデューサーとして、それから朋花の……」
「恋人として渡せるものとは何か、ですか。言わんとしていることは伝わりましたよ~?」
 心なしか朋花の表情が柔らかくなった気がする。この苦悩を理解してもらえた……かは分からないが、情状酌量の余地は見えたということだろうか。
「ふふ、それはどうでしょうか~?」
「どうかお慈悲を……。で、自分にしか贈れない物ってなんだ? って考えるとさ、新曲とか新衣装とかも一応選択肢には入るわけよ。でも、さっきも言った通り俺は別に曲が書けるわけでも衣装が作れるわけでもないだろ?」
 しかも企業勤めである以上、プロに頼めばそれらの資金は会社から出すことになる。それは真の意味で俺が送ったものであると胸を張れるだろうか。
「恋人らしいプレゼントとしては何を考えたんですか~?」
「なーんも。ここでポンと名案が浮かべばよかったんだろうけどさ」
 でしょうね。と朋花がくすくす笑う。
 残念ながら俺はプロローグでの当たり散らし様が示すように、こういう話題にそう強くない。そもそも存在するのか? 恋人らしいプレゼントなんて。
「……指輪とか?」
「まあ、プロデューサーさんにその手のスマートさを求めたことはないので別に構わないと言えば構いませんが」
「同じセリフなのに挟まれる位置が変わるだけで印象が変わることってあるんだな」
 流石に俺が構うんだよ。十五歳の女の子に指輪を贈るのは。
 せめてあと三年は待ってくれ。頼むから。
「じゃあ、デートでも連れていくか? って考えたけど、それも何かさぁ」
「あら、いいアイデアじゃないですか~?」
 早々に切り捨てた案だったが、朋花には何か感じ入る点があったらしい。
 いや、でもそれだと……
「何か貰った側って誤魔化されてる感じしない? お前何も思い浮かばなかったのかよ、って」
 それと「プレゼントは俺とのデートだよ!」と言うのも、自分にどれだけの価値を見出しているんだよ。って感じがして嫌なんだよな……
「それではプロデューサーさんの誕生日の日に私から、聖母がデートをしてあげましょう。と伝えられたら誤魔化されている感じがする、と?」
「……いや、そう考えたら普通にありがたいんだけどさ」
 朋花は自分の価値を理解しているので、それでも格好がつくという側面もある。自意識過剰じゃないよな。これを言い出しても。
 朋花とデートをする権利など、それこそ子豚ちゃんたちや騎士団の皆さん垂涎の権利だろうし、実際にプレゼントするだけの価値はある。
「それでも俺が言うのとだと……」
「別に、デートで妥協をしてあげましょう。と言っているわけではありませんよ~? プレゼントがデート、というのが受け入れられないのなら、私はプロデューサーさんの時間を頂こうと思います。と言い換えていただいても差し支えありません」
「時間、時間ねぇ……」
 正直、『こんなもの』でいいのなら。と未だに迷うところなのだが……
 正座したままの俺が逡巡している間にも、朋花はソファから立ち上がり、お出かけの準備を整えようと動き始めていた。今日は特に予定があるわけでもないから、そんなに急ぐことは無いのに。
 まあ、何故か朋花の機嫌も良くなったのだから、いいか。
「今日なら近くのショッピングモールが良いですね~。ウィンドウショッピングを所望します~♪」
「ウィンドウと言わず幾らでも買うよ。それを誕生日プレゼント代わりじゃダメかな」
 せめてもの罪滅ぼしである。別に先立つものがなくて買えなかったというわけでもないのだから、今日くらいは朋花の欲しいものを幾らでも買ってやろう。
 荷物持ちもしよう。そうして今日一日、朋花のやりたいことをやって……
「ダメですよ~?」
「……え?」
「今日、プロデューサーさんが私に買い与えられるのは一つだけです~」
「いや遠慮することないって」
「遠慮ではありませんよ~? 私がプロデューサーさんから頂くのは時間だと言いましたよね~?」
 ワンピースの上から秋物のカーディガンを羽織り、お出かけの準備を整えた朋花が立ち上がりかけの俺に近づいてくる。
「ひと月の間、プロデューサーさんが私のために沢山悩んでくれたことが先ほどの話からよく伝わってきました」
 その顔には――どこか満足そうな、それでいて面白い悪戯を思いついた子供のような笑み。
「大好きな人が自分のために沢山悩んでくれた。案外、これだけでも嬉しいものですよ~♪ なのでもう一日だけ、今度は私の目の前で、沢山悩む姿を見せてくださいね~?」
 もちろん、全部買うなんて逃げ道は許しません。と彼女は微笑むのだった

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