第一章 1話 シーン2 「魔法の王国」 version 2

2020/03/08 10:04 by someone
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第一章 1話 シーン2 「魔法の王国」
  東の空から昇った朝焼けの陽により、雲の切れ間から光に照らされるルクスカーデン王国の街並み。種々の住宅、魔法公共事業による施設の数々や、様々な事業の店舗など、石材や木工を用いた大小様々の建造物が立ち並ぶ。石畳が敷かれた道路の端には木々が生い茂り、その葉は深緑に色づいている。古代都市の神秘性をそのままに、森や川といった自然と、古い城と街が調和したこの風景。それが朝焼けに染まれば、この国の有する35本の大通りに点在している、大きな鐘塔の鐘つきが、鐘を揺らしてその音を鳴らす。ルクスカーデンの人々が〝一の鐘〟と呼ぶ、一日の始まりを告げる鐘だ。そうして朝日が、窓際のカーテンから木漏れ日のように射す中、心羽は自分の部屋のベッドに身を横たえていた。意識はまだ少し微睡んでいるが、やがてその赤い髪が揺れ、丸みを帯びた目が開く。夜空から落ちた七色の星を追っていたはずの自分が今いるのは…ベッドの上。見上げた先は見慣れた自室の天井。…ああ、夢を見てたんだ。気分は、夢の中の盛り上がりから、現実への落胆へと滑落し、心羽はため息を一つついた。
 その後「夢なんてそんなものか」と思い直して自室から出ると、心羽は自室のある二階から、リビングのある一階へと階段を降りる。リビングの灯りは既に点いており、ネグリジェ姿の母、詩乃がテーブルにてまだ重たい様子の瞼を手で少し擦っていた。
「おはよう、眠れた?」
「まあね、おはよう」
互いに挨拶した後、心羽はテーブルの椅子に座る。まだ少し揮石の灯りが眩しく、目を少し細める愛娘に向けて詩乃が言った。
「寝癖ついてるよ」
言いながら渡してくれた手鏡を見ると、そこには、赤い髪がくしゃくしゃになった自分の顔。寝起きのぼんやりした目を鏡に寄せる様は、にらめっこのように詩乃の柔和な目には映った。
「うわっ、ホントだ…」
「はいこれ」
その一言と共に詩乃から渡されたのは〝寝癖直しの揮石〟。「ありがと!」の言葉と共に、心羽がそれを受け取る。そして自身のお気に入りである、前髪が少し額にかかったショートボブをイメージしながら揮石を振った。するとそこから虹色の星屑のような光が飛び出し、彼女の赤い髪をなぞれば、髪はその根元から毛先まで、踊るように独りでにかき上げられた。次第に髪が梳かれて纏まっていくと、夜の間に損なわれた滑らかさを取り戻す。そうして髪の動きが落ち着いたのを見計らい、心羽は再度鏡を見る。そこにはイメージ通りに前髪が額に掛かり、首元までふんわりとした後ろ髪が伸びた自分の顔があった。それを確認したのと同時に、手元にあった揮石がそこから消えてしまったのを感じると、「あっ、なくなっちゃった」という言葉が口をついて出る。
「あと二回分はあったはずだけど…」
詩乃の指摘に心羽は「えっ」と不意を突かれた。あーあ、このパターンか…
「寝癖ひどかったから二回分使っちゃったのかも。今日買ってくるよ」
時々寝癖に困る心羽が、気が付いたら寝癖直しの揮石を二回分使ってしまうことは、詩乃も承知していたことだった。詩乃としては後で自分もこの揮石を使おうと思っていたが、まあ、手櫛で何とかならないこともない。
「仕方ないわ…じゃあお願いね」
「うん、ごめんね」
心羽は苦笑しながらそう伝えた。


朝食の後、鐘塔の鐘が再度その音をルクスカーデン十三番街に響かせる。街の人々の多くは、この〝二の鐘〟を基準に日中の活動を開始する。心羽達の家も例外ではなく、それぞれ身支度を終えて、詩乃はエプロン姿で朝の家事としての食器洗いと洗濯を始めた。心羽は白いブラウスとベージュのミニスカートに、黒いタイツとショートブーツの姿。トランペットの入ったケースを持ち、次の講演に向けた練習を行うため、自宅を出て689番通りにあるアレグロ楽団の集会所に向かう。その胸には、先のペンダントをかけて。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
出掛けに詩乃と言葉を交わして、心羽が家の玄関の戸を開けると、朝日に映える石造りの家の数々と、自分と同様そこから出てきた人々が、石畳の路の上を行き交う光景。さあ一日が始まった。心羽は一つ息をついて、人々がそれぞれ道を行きかうのに交じって歩き始める。

      

東の空から昇った朝焼けの陽により、雲の切れ間から光に照らされるルクスカーデン王国の街並み。種々の住宅、魔法公共事業による施設の数々や、様々な事業の店舗など、石材や木工を用いた大小様々の建造物が立ち並ぶ。石畳が敷かれた道路の端には木々が生い茂り、その葉は深緑に色づいている。古代都市の神秘性をそのままに、森や川といった自然と、古い城と街が調和したこの風景。それが朝焼けに染まれば、この国の有する35本の大通りに点在している、大きな鐘塔の鐘つきが、鐘を揺らしてその音を鳴らす。ルクスカーデンの人々が〝一の鐘〟と呼ぶ、一日の始まりを告げる鐘だ。そうして朝日が、窓際のカーテンから木漏れ日のように射す中、心羽は自分の部屋のベッドに身を横たえていた。意識はまだ少し微睡んでいるが、やがてその赤い髪が揺れ、丸みを帯びた目が開く。夜空から落ちた七色の星を追っていたはずの自分が今いるのは…ベッドの上。見上げた先は見慣れた自室の天井。…ああ、夢を見てたんだ。気分は、夢の中の盛り上がりから、現実への落胆へと滑落し、心羽はため息を一つついた。
 その後「夢なんてそんなものか」と思い直して自室から出ると、心羽は自室のある二階から、リビングのある一階へと階段を降りる。リビングの灯りは既に点いており、ネグリジェ姿の母、詩乃がテーブルにてまだ重たい様子の瞼を手で少し擦っていた。
「おはよう、眠れた?」
「まあね、おはよう」
互いに挨拶した後、心羽はテーブルの椅子に座る。まだ少し揮石の灯りが眩しく、目を少し細める愛娘に向けて詩乃が言った。
「寝癖ついてるよ」
言いながら渡してくれた手鏡を見ると、そこには、赤い髪がくしゃくしゃになった自分の顔。寝起きのぼんやりした目を鏡に寄せる様は、にらめっこのように詩乃の柔和な目には映った。
「うわっ、ホントだ…」
「はいこれ」
その一言と共に詩乃から渡されたのは〝寝癖直しの揮石〟。「ありがと!」の言葉と共に、心羽がそれを受け取る。そして自身のお気に入りである、前髪が少し額にかかったショートボブをイメージしながら揮石を振った。するとそこから虹色の星屑のような光が飛び出し、彼女の赤い髪をなぞれば、髪はその根元から毛先まで、踊るように独りでにかき上げられた。次第に髪が梳かれて纏まっていくと、夜の間に損なわれた滑らかさを取り戻す。そうして髪の動きが落ち着いたのを見計らい、心羽は再度鏡を見る。そこにはイメージ通りに前髪が額に掛かり、首元までふんわりとした後ろ髪が伸びた自分の顔があった。それを確認したのと同時に、手元にあった揮石がそこから消えてしまったのを感じると、「あっ、なくなっちゃった」という言葉が口をついて出る。
「あと二回分はあったはずだけど…」
詩乃の指摘に心羽は「えっ」と不意を突かれた。あーあ、このパターンか…
「寝癖ひどかったから二回分使っちゃったのかも。今日買ってくるよ」
時々寝癖に困る心羽が、気が付いたら寝癖直しの揮石を二回分使ってしまうことは、詩乃も承知していたことだった。詩乃としては後で自分もこの揮石を使おうと思っていたが、まあ、手櫛で何とかならないこともない。
「仕方ないわ…じゃあお願いね」
「うん、ごめんね」
心羽は苦笑しながらそう伝えた。

朝食の後、鐘塔の鐘が再度その音をルクスカーデン十三番街に響かせる。街の人々の多くは、この〝二の鐘〟を基準に日中の活動を開始する。心羽達の家も例外ではなく、それぞれ身支度を終えて、詩乃はエプロン姿で朝の家事としての食器洗いと洗濯を始めた。心羽は白いブラウスとベージュのミニスカートに、黒いタイツとショートブーツの姿。トランペットの入ったケースを持ち、次の講演に向けた練習を行うため、自宅を出て689番通りにあるアレグロ楽団の集会所に向かう。その胸には、先のペンダントをかけて。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
出掛けに詩乃と言葉を交わして、心羽が家の玄関の戸を開けると、朝日に映える石造りの家の数々と、自分と同様そこから出てきた人々が、石畳の路の上を行き交う光景。さあ一日が始まった。心羽は一つ息をついて、人々がそれぞれ道を行きかうのに交じって歩き始める。