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かき氷
久々に古着屋でも見たいな、と思って、とくに何を買うと決めた訳でもないけれど街に出た。目的もなく街をぶらぶらと歩くのは、オレにとってはいい気分転換になる。それに対して、三井さんはあんまり目的もなくどこかをぶらつくというのが上手じゃない。ヤンキーをやってた頃はそのへんでたむろしていただろうに、ひとりでふらふらするのは下手くそなのだ。
ひとりで時間をつぶすのは下手くそだけど、オレがどっか行こ、と誘うと、三井さんは大抵いいぜ、と言ってくれる。出不精というのではなくて、単純に目的がないと外出しないタイプなのだと思う。そうすると、三井さんの生活は家とチームの練習と自主練のループになる。ストイックなのは結構だけれど、せっかくだから一緒に出かけたいのが人情というものだ。
その日は天気がよくて、このところ上がってきていた気温もさらにぐんと暑くなった日だった。照りつける太陽が眩しくて、オレはタンクトップの首元にぶら下げていたサングラスをかける。
「いいなそれ、貸してくれよ」
眩しそうに目を細めた三井さんが、オレの目元からサングラスを奪っていった。三井さんの目は薄くてきれいな色をしているから、オレよりも太陽の光に弱いのかもしれない。丸いレンズのサングラスは、オレは自分では結構似合っていると思っているけれど、三井さんがかけるとなんだかしっくりこない。ちょっと面長で彫りが深いせいか、なんだか「LEON」のジャン・レノみたいだ。
「あんま似合わないっすね、そういうの」
笑いを噛み殺しながら言うと、三井さんは不満そうな顔でサングラスを外した。不服げに鼻根のあたりをさすって、オレにサングラスをかけてくれる。
「おまえは似合うけど、チャラいよな」
からかうように言ったあと、チャラくてかわいい、と付け加えるので、オレは口元をむずむずさせてサングラスの位置を微調整した。派手な柄シャツにサングラスをかけた男をかわいいと思うやつなんて、この街全体を探したってこの人しかいないに決まっている。
お気に入りの古着屋を覗いて、いくつか試着もしたけれど、買うに至るものは見つからなかった。正しくは買おうとしたけれど、しかめっ面の三井さんに似たようなの持ってるだろ、と嗜められたのだ。似てるけど違うのだと力説してもよかったけれど、おなじようなパターンなのも事実なのであきらめた。三井さんと暮らすようになって、オレの洋服に関する無駄遣いは格段に減ったと思う。
外を歩いていると、暑くて背中にじっとりと汗が滲む。どこかに入ってつめたいものでも飲みたいなと思ったところで、かき氷の専門店の看板が見えた。普通のかき氷じゃなくて、台湾風の、ふわふわしたやつだ。俄然食べたくなって、オレは三井さんの袖を引く。
「三井サン、あれ食おうよ、かき氷」
あ? と柄の悪い声を上げた三井さんもかき氷の文字にうなずいて、ふたりで入ることにした。メニューを見て、三井さんは変わってんなあ、としげしげ眺めるようにする。そこまで新しいものが好きな訳ではないこの人は、パンケーキが流行ったときはホットケーキと呼んだし、タピオカが流行ったときは芳香剤と言い、チアシードをカエルの卵みてえと言ってオレの顰蹙を買った。悩んだ末に、オレはミルクティーのかき氷にタピオカをトッピングして、三井サンはマンゴーのやつにした。近くの席の女の子たちが注文したものを見て怯んだオレたちは、普通のやつじゃなくてハーフサイズにした。戦略的撤退というやつだ。
台湾風のかき氷は牛乳を凍らせて作るから、日本風のものと比べると食感が全然違う。口に入れるとしゅわっと溶けて、ミルクの甘みが舌に残る。狙い通りミルクティーとの相性は抜群で、タピオカのもにもにとした食感も楽しい。
「ほら三井サン、タピオカ。食う?」
「いらね。味ねえじゃん」
タピオカは不思議な食感が楽しいというのに、三井さんにはその情緒がない。ついてきた長いスプーンでミルクティー味のかき氷をすくうと、おお、と声を上げた。お気に召したようだ。濃いめのアッサムが効いたミルクティーは、甘いがお茶の渋味もあっておいしい。三井さんは自分のぶんのマンゴー味の皿をオレのほうへ寄せて、食ってみろ、と勧めてくれる。
「お、マンゴーうまい。凍っててつめてー」
マンゴーの濃厚な風味が牛乳氷と溶け合って、リッチな味わいがいい。ミルクティー味と違ってフルーティなので、気分も変わっていい感じだ。惜しげもなく乗せられたマンゴーは凍らせてあって、しゅわっと溶ける氷としゃくっとした食感が残った果肉との対比もいい。どっちも違った良さがある。
異国のかき氷を堪能して、満足して店を出た。
「ああいうのもいいけどよ、オレはガリガリした氷のやつも食いてーなあ」
帰りの車の中で、ハンドルを握った三井さんが言う。
「何味が好き?」
「宇治抹茶金時」
尋ねたら返ってきた渋いセレクトが三井さんらしくて、オレは笑ってしまう。
「おまえはイチゴ味?」
べつに特別いちごが好きな自覚はないけれど、ショートケーキのてっぺんのいちごを真っ先に食べるから、三井さんはオレがいちご好きだと思っている。否定するのも変だからしないけれど、自分のケーキのいちごをくれようとするからちょっと悪いな、とは思っている。でも、三井さんにもらういちごは自分のケーキのいちごよりもおいしいから、オレは否定せずにいちご好きのふりをする。
んーん、とオレは首を振った。
「イチゴ味はアンナで、オレはソーちゃんの真似してブルーハワイばっかだった。あれさあ、食うと舌が真っ青になるじゃん。舌出して見せっこして遊んでたな」
ちいさい頃の思い出を聞いて、三井さんは微笑ましそうな顔をする。それから、楽しそうに言う。
「今年はいっぱいかき氷食おうぜ。普通の日本っぽいかき氷とか、夏祭りの溶けかけたやつとか。ブルーハワイはオレが食うから、おまえイチゴにしろよ」
あくまでもイチゴにこだわる姿勢に、オレは首を傾げる。
「なんでそんなイチゴ味食わせたがんの」
「イチゴ味のかき氷食ってべろがピンクになるやつ、あれかわいいだろ。やってくれよ」
予想外の俗っぽい理由に、オレは笑う。
「あんたそういうベタなの好きだよね」
「ばーか、ベタってのはみんな好きだからベタってんだよ」
三井さんの言に、それもそうかと思い、近くで夏祭りがやっていないか調べてみようと思った。
「イチゴ味のちゅーしてくれよ」
ふざけたことを言う運転手に、オレは呆れて言う。
「かき氷のシロップって、ぜんぶおんなじ味なんすよ」
オレの言葉にもめげず、三井さんは楽しそうに笑って言った。
「ほんとにそうか、試してみようぜ」
ブルーハワイ味のキスしてやるから、という三井さんに、オレはばーか、と言ってやっぱり笑う。真っ青に染まった三井さんの舌とキスがしたいなと思う。夏は始まったばかりで、やりたいことはたくさんある。
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