霹天の弓 ー1章ー【第2話】 version 6

2019/02/13 13:34 by someone
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霹天の弓 ー1章ー 【第2話】 1節
 その時、私は歩み出した。引き返すことのできない道を
その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———

七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向けて言葉を発する。
「…こっちゃん、なの?」その言葉に、心羽が確かにうなずく。
「うん。危ないから離れて!」その声で、硬着していたアレグロの面々が動き始めた。
「…こっちゃん、なの?」その言葉に、心羽が沈黙しながら確かにうなずく。
「心羽…君、どうなってるんだ?」次に広夢が口を開くも、その瞬間に心羽が応える余裕はなかった。広夢の言葉のすぐ後に、影魔が体勢を立て直して突撃してきたためだ。それに対して心羽は黙したまま、左手から炎を発し、それを胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして炎の軌跡が三日月のように結ばれると、弓の形に形成された。火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取って、柄の部分を振るい、影魔の突撃、爪の一閃を迎え撃つ。
「己が力を解放したか、羽の使者」影魔がどす黒い声の中に悦びの様相を含ませて言った。
心羽自身も戸惑いを感じていた。暴力の行使に抵抗を感じる思いとは照的に、身体は羽のように軽く、ひとつひとつの動きが躊躇いなく瞬時に反映される。その力は常に私の予想を上回り、目の前の影魔と周囲の人々を圧倒する。

対する心羽———羽の使者はあくまで沈黙を貫く。心羽は今この時のみ、〝声〟と意識を共有させることで、この超常的な力の行使を可能としている。一合、二合、三合。互いを打ち据える羽の使者と影魔は四合目で鍔迫り合いとなった。カルナの解放で向上した動体視力と身体能力によって、迫りくる影魔を捉え、その圧力を押し返す膂力を発揮している自分の身体。心羽の意識は、つい先程まで平凡な日常を生きていたはずの自身劇的な変化に驚嘆する。
〝何なの…これ〟〝これがカルナ。あなたの心に眠っていた、可能性の具現…今は私が制御を手伝っているけどね〟
間合いが空いた瞬間、羽の使者は影魔を見据えながら弓を左手に持ち替え、右手から炎を発して矢の形に収束させる。組み合わせた弓矢を放った瞬間、炎の矢はそのエネルギーを拡散させ、幾つもの弾丸となって一斉に影魔に向かっていく。弾丸が全弾命中し爆ぜた衝撃が対する心羽———羽の使者はあくまで沈黙を貫く。心羽は今この時のみ、〝声〟と意識を共有させることで、この超常的な力の行使を可能としている。一合、二合、三合。互いを打ち据える羽の使者と影魔は四合目で鍔迫り合いとなった。カルナの解放で向上した動体視力と身体能力によって、迫りくる影魔を捉え、その圧力を押し返す膂力を発揮している自分の身体。心羽の意識は、戸惑いを感じていた。暴力の行使に抵抗を感じる思いとは対照的に、身体は羽のように軽く、一一つの動きが躊躇などないかのように、瞬時に反映される。
その力は、つい先程まで平凡な日常を生きていたはずの彼女世界を凌駕するとともに、目の前の影魔と周囲の人々を圧倒した。
〝何なの…これ〟〝これがカルナ。あなたの心に眠っていた、可能性の具現…今は私が制御を手伝っているけどね〟
間合いが空いた瞬間、羽の使者は影魔を見据えながら弓を左手に持ち替え、右手から炎を発して矢の形に収束させる。組み合わせた弓矢を放つと、炎の矢はそのエネルギーを拡散させ、幾つもの弾丸となって一斉に影魔に向かっていく。弾丸が全弾命中し爆ぜた衝撃が羽の使者とその背後にいた遥香と広夢の下にまで届き、その風は髪や服を揺らす。こっちゃん、一体どうしちゃったの?その戦闘の激しさと彼女の変貌に、遥香を始めその場の誰もが驚きを隠せず、呆然と状況を静観していたが、一瞬遥香と広夢の方を振りむいた羽の使者の「早く逃げて」という言葉を受け、状況を判断した広夢は「遥香、行こう」と遥香を立たせる。「でもこっちゃんが」遥香の視線が追いすがるように心羽に向けられる。親友を置いていけない。戦いなんかと無縁な彼女が、あんな…こっちゃんは自分の知りえないどこか遠くに行ってしまったのではないか———そんな思いが遥香の胸中を包む。しかしその思いを断ち切るように広夢が矢継ぎ早に続ける。
「心羽は今、僕らをかばって戦ってる、早くここを離れないと彼女が危ない!」そう言った広夢の表情も、悔しさに歪んでいた。大切な楽団員の一人である心羽を守ってやれない思い、その上で、可能な限りこの場の全員を守るために、言葉にされたその合理的な判断を、遥香は理解する。だから遥香は〝心羽に〟可能な限りの思いを言葉に込めて、広夢や楽団員たちとその場から去っていく。本当はこんな言葉では足りない。けれどせめて、言わずにいられなかった。
「…死なないでよ、待ってるからね!こっちゃん!」
「…ありがとね、はるちゃん」心羽は視線を少し後ろに向けると、そう一言呟いた。
羽の使者が眼前の敵を見据え直す。それと同時に影魔が言い放つ。
「ああ…三文芝居をどうも」直径50㎝の球状のエネルギーの塊を羽の使者に向けて飛ばしながら言ったその一言に、心羽の心は確かな抵抗の意思を抱いた。羽の使者は弓を構え直すと、エネルギーを袈裟切りにして攻撃を防ぐ。霞のように消し去られたエネルギーの向こうにいた敵を、その眼に確かに捉え、心羽ははっきりと告げる。
「…取り消しなさい」「何を」影魔は無感情に返した。
「三文芝居って言葉」「そんなことで怒るのか」「そんなこと…?」はるちゃんが懸命に私に言ってくれたその思いを、〝そんなこと〟なんて…抵抗の意思は大きくなる。その感情を感じ取った影魔が悦に入りながら言った。「面白い、お前のカルナはどんな味がするかな…」
      

その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———

七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向けて言葉を発する。
「…こっちゃん、なの?」その言葉に、心羽が沈黙しながら確かにうなずく。
「心羽…君、どうなってるんだ?」次に広夢が口を開くも、その瞬間に心羽が応える余裕はなかった。広夢の言葉のすぐ後に、影魔が体勢を立て直して突撃してきたためだ。それに対して心羽は黙したまま、左手から炎を発し、それを胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして炎の軌跡が三日月のように結ばれると、弓の形に形成された。火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取って、柄の部分を振るい、影魔の突撃、爪の一閃を迎え撃つ。
「己が力を解放したか、羽の使者」影魔がどす黒い声の中に悦びの様相を含ませて言った。
対する心羽———羽の使者はあくまで沈黙を貫く。心羽は今この時のみ、〝声〟と意識を共有させることで、この超常的な力の行使を可能としている。一合、二合、三合。互いを打ち据える羽の使者と影魔は四合目で鍔迫り合いとなった。カルナの解放で向上した動体視力と身体能力によって、迫りくる影魔を捉え、その圧力を押し返す膂力を発揮している自分の身体。心羽の意識は、戸惑いを感じていた。暴力の行使に抵抗を感じる思いとは対照的に、身体は羽のように軽く、一つ一つの動きが躊躇いなどないかのように、瞬時に反映される。
その力は、つい先程まで平凡な日常を生きていたはずの彼女の世界を凌駕するとともに、目の前の影魔と周囲の人々を圧倒した。
〝何なの…これ〟〝これがカルナ。あなたの心に眠っていた、可能性の具現…今は、私が制御を手伝っているけどね〟
間合いが空いた瞬間、羽の使者は影魔を見据えながら弓を左手に持ち替え、右手から炎を発して矢の形に収束させる。組み合わせた弓矢を放つと、炎の矢はそのエネルギーを拡散させ、幾つもの弾丸となって一斉に影魔に向かっていく。弾丸が全弾命中し爆ぜた衝撃が羽の使者とその背後にいた遥香と広夢の下にまで届き、その風は髪や服を揺らす。こっちゃん、一体どうしちゃったの?その戦闘の激しさと彼女の変貌に、遥香を始めその場の誰もが驚きを隠せず、呆然と状況を静観していたが、一瞬遥香と広夢の方を振りむいた羽の使者の「早く逃げて」という言葉を受け、状況を判断した広夢は「遥香、行こう」と遥香を立たせる。「でもこっちゃんが」遥香の視線が追いすがるように心羽に向けられる。親友を置いていけない。戦いなんかと無縁な彼女が、あんな…こっちゃんは自分の知りえないどこか遠くに行ってしまったのではないか———そんな思いが遥香の胸中を包む。しかしその思いを断ち切るように広夢が矢継ぎ早に続ける。
「心羽は今、僕らをかばって戦ってる、早くここを離れないと彼女が危ない!」そう言った広夢の表情も、悔しさに歪んでいた。大切な楽団員の一人である心羽を守ってやれない思い、その上で、可能な限りこの場の全員を守るために、言葉にされたその合理的な判断を、遥香は理解する。だから遥香は〝心羽に〟可能な限りの思いを言葉に込めて、広夢や楽団員たちとその場から去っていく。本当はこんな言葉では足りない。けれどせめて、言わずにいられなかった。
「…死なないでよ、待ってるからね!こっちゃん!」
「…ありがとね、はるちゃん」心羽は視線を少し後ろに向けると、そう一言呟いた。
羽の使者が眼前の敵を見据え直す。それと同時に影魔が言い放つ。
「ああ…三文芝居をどうも」直径50㎝の球状のエネルギーの塊を羽の使者に向けて飛ばしながら言ったその一言に、心羽の心は確かな抵抗の意思を抱いた。羽の使者は弓を構え直すと、エネルギーを袈裟切りにして攻撃を防ぐ。霞のように消し去られたエネルギーの向こうにいた敵を、その眼に確かに捉え、心羽ははっきりと告げる。
「…取り消しなさい」「何を」影魔は無感情に返した。
「三文芝居って言葉」「そんなことで怒るのか」「そんなこと…?」はるちゃんが懸命に私に言ってくれたその思いを、〝そんなこと〟なんて…抵抗の意思は大きくなる。その感情を感じ取った影魔が悦に入りながら言った。「面白い、お前のカルナはどんな味がするかな…」