鴉と火の鳥 No.1 2/2 【B】 version 5

2022/03/02 22:47 by someone
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鴉と火の鳥 No.1 2/2
朝憬市立望海中学校の屋上にて、夕陽に照らされる望海町を遠目に眺めるブレザー姿の少女がいた。校舎に残った生徒は他には僅かで、彼女の周囲はしんと静まり返っていた。夕陽の中にあって尚も煌めく彼女の赤髪を、風が靡く。
「来た…」
その遠目の向いた方角から飛んでくる鳥の影に少女が声を発した。やがてその影は大きくなって輪郭と体の色を鮮明にしていく。そうして梟の姿となったそれは、程なく少女の頭上、屋上の鉄柵の上に止まった。
「どう?エウィグ」
その名を呼ばれ、少女に仰ぎ見られた梟——エウィグは、彼女を見つめると、その静かな鳴き声を上げ、少女に伝えるための魔法の言葉を嘴から発した。
「事態は中々深刻です。エクリプスは本格的に蜂起したと見ていいでしょう。住民には何故か被害は出ていませんが…」
「そう…」
エウィグの報告に少女は一瞬俯き、その丸みのある目を伏せた。しかしすぐにその顔を上げると、「続けて」と更なる情報報告を促す。エウィグもまた一瞬だけ足元に目線を落とすも、すぐにまた魔法の言葉を紡いだ。
「…朝憬市の各役所の6割から7割が襲撃されていました」
「そこの人たちは、今どうなってるの?」
「今回は彼ら自身に残された、自治組織としての機能が対処していますが、既にそれも維持していくのは難しそうです」
「それって、具体的には…」
言いながら、少女は今度は決定的に顔を曇らせた。その表情を見遣るエウィグもまた、その黒い目を沈ませる。
「ええ…察しておられる通りです。やはり被害者の殆どは意識混濁がまず認められます」
「もう確定だね…”ここ”の人たちもやっぱり同じ状況だ」
報告された情報を解釈するにつれ、少女の表情が真剣さを増した。遂にはエウィグも一瞬沈黙する。目を閉じて深呼吸した後、少女の顔には年齢不相応な精悍さえ宿っていた。
「ですが本人の素養や回復力によっては、そこから持ち直したケースもあったではありませんか」
そう発した次の瞬間には、いつの間にか少女の肩に舞い降りたエウィグが、彼女の顔をその翼でくすぐるように撫でた。
「エウィグ…」
「必要なのはそのための働きかけです。お嬢様が希望を失うことなきよう、このエウィグも努力を惜しみません。ですので、どうか…」
「ありがとう。私は大丈夫だよ…それに、私がやることもやるべきことも変わらない」
主人のその言葉に、忠実な臣下は静かに喉を鳴らす。少女もまた静かに、夕焼けに色づく望海町の街並みを見つめた。
「私達も戦うんだ、今度は逃げない」
「…承知いたしました。不肖エウィグ、この翼はお嬢様と共に——」

—————————————————————————————

夕焼けの橙が群青と混ざって染まる6時頃、花森健人は朝憬市中央部の駅前にあるコーヒーショップでブレンドコーヒーを啜っていた。スマートフォンと連携させた無線イヤホンから音楽が流れる中、俯いてカップを持つ手元を見つめる。時折顔を上げて窓の外を行き交う人々と街並みを見るも、力ないその身体の動きは緩慢だった。現実への辟易に、深呼吸して肩を揺らすと、またコーヒーを啜る。そうしてただ呆然と時間だけが過ぎていけば、空は夜の暗闇へと変わっていた。
「帰らないと」
自身に向けて声をかけ、ジャケットを羽織ると、飲み終えたコーヒーを店のキッチンと接した棚に置き、独りでに開く自動ドアから外に出る。そのまま人々の雑踏を抜け、駅構内に向かおうとした、その時だった。
宵闇に陰るビルの向こう、月の薄明かりとの狭間に、赤い光が翔んでいった。一瞬の出来事だったが、灯を思わせるその赤は、健人の灰色の瞳に映り込んでいた。
「…流れ星、か…?」
その灯が消えた虚空を見ながら、健人は小声で独り呟く。しかし漠然とそこに向いていた意識は、次の瞬間戦慄へと変わった。ふと目を落とすと、3メートルほど先から中畑伸弥が早足でこちらに向かってきていた。その後ろには仲間らしき少年もおり、髪の色こそ黒であったものの、それ以外の風貌は伸弥と類似している。4~5歳ほど年下の少年ら相手に、不意に強ばる身体。伸弥の姿を視認した瞬間、迫りくる脅威に身震いさえした。まして最早、あさひろばのボランティアとしての大義名分や後ろ盾はない。浮き足立ったまま半歩後退りする健人に対し、怒気と憎悪を宿した顔の伸弥はすぐそこまで迫ってきた。
「さっきは世話になったな、おい」
睨み付けながら発したその言葉。怒りに任せたその響きに、健人は視線を逸らして沈黙した。その顔は困惑を隠すことも出来ない。
「伸弥、誰こいつ」
「ああ、紹介するわ。朝陽のクソボランティアあるだろ?そこのクソガイジ」
「ああ、朝陽のクソボランティアあるだろ?そこのクソガイジ」
「なにそれ、まあシャバ僧の感じすげえけど」
「何でもいいけど、もう関係ないだろ。帰りたいんだけど」
強い侮蔑の言葉を交え、伸弥と仲間が話を共有する中、一言だけは発したものの、尚も健人の右足は後ろに半歩下がったままだった。
「は?人の面子潰しといて逃げんなよ。来いや」
その言葉と共に伸弥は健人の肩を強く掴む。背は健人の方が高いものの、その強く鋭い眼光や威圧はそれ以上、一切の言葉を許さなかった。

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朝憬市立望海中学校の屋上にて、夕陽に照らされる望海町を遠目に眺めるブレザー姿の少女がいた。校舎に残った生徒は他には僅かで、彼女の周囲はしんと静まり返っていた。夕陽の中にあって尚も煌めく彼女の赤髪を、風が靡く。
「来た…」
その遠目の向いた方角から飛んでくる鳥の影に少女が声を発した。やがてその影は大きくなって輪郭と体の色を鮮明にしていく。そうして梟の姿となったそれは、程なく少女の頭上、屋上の鉄柵の上に止まった。
「どう?エウィグ」
その名を呼ばれ、少女に仰ぎ見られた梟——エウィグは、彼女を見つめると、その静かな鳴き声を上げ、少女に伝えるための魔法の言葉を嘴から発した。
「事態は中々深刻です。エクリプスは本格的に蜂起したと見ていいでしょう。住民には何故か被害は出ていませんが…」
「そう…」
エウィグの報告に少女は一瞬俯き、その丸みのある目を伏せた。しかしすぐにその顔を上げると、「続けて」と更なる情報報告を促す。エウィグもまた一瞬だけ足元に目線を落とすも、すぐにまた魔法の言葉を紡いだ。
「…朝憬市の各役所の6割から7割が襲撃されていました」
「そこの人たちは、今どうなってるの?」
「今回は彼ら自身に残された、自治組織としての機能が対処していますが、既にそれも維持していくのは難しそうです」
「それって、具体的には…」
言いながら、少女は今度は決定的に顔を曇らせた。その表情を見遣るエウィグもまた、その黒い目を沈ませる。
「ええ…察しておられる通りです。やはり被害者の殆どは意識混濁がまず認められます」
「もう確定だね…”ここ”の人たちもやっぱり同じ状況だ」
報告された情報を解釈するにつれ、少女の表情が真剣さを増した。遂にはエウィグも一瞬沈黙する。目を閉じて深呼吸した後、少女の顔には年齢不相応な精悍さえ宿っていた。
「ですが本人の素養や回復力によっては、そこから持ち直したケースもあったではありませんか」
そう発した次の瞬間には、いつの間にか少女の肩に舞い降りたエウィグが、彼女の顔をその翼でくすぐるように撫でた。
「エウィグ…」
「必要なのはそのための働きかけです。お嬢様が希望を失うことなきよう、このエウィグも努力を惜しみません。ですので、どうか…」
「ありがとう。私は大丈夫だよ…それに、私がやることもやるべきことも変わらない」
主人のその言葉に、忠実な臣下は静かに喉を鳴らす。少女もまた静かに、夕焼けに色づく望海町の街並みを見つめた。
「私達も戦うんだ、今度は逃げない」
「…承知いたしました。不肖エウィグ、この翼はお嬢様と共に——」

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夕焼けの橙が群青と混ざって染まる6時頃、花森健人は朝憬市中央部の駅前にあるコーヒーショップでブレンドコーヒーを啜っていた。スマートフォンと連携させた無線イヤホンから音楽が流れる中、俯いてカップを持つ手元を見つめる。時折顔を上げて窓の外を行き交う人々と街並みを見るも、力ないその身体の動きは緩慢だった。現実への辟易に、深呼吸して肩を揺らすと、またコーヒーを啜る。そうしてただ呆然と時間だけが過ぎていけば、空は夜の暗闇へと変わっていた。
「帰らないと」
自身に向けて声をかけ、ジャケットを羽織ると、飲み終えたコーヒーを店のキッチンと接した棚に置き、独りでに開く自動ドアから外に出る。そのまま人々の雑踏を抜け、駅構内に向かおうとした、その時だった。
宵闇に陰るビルの向こう、月の薄明かりとの狭間に、赤い光が翔んでいった。一瞬の出来事だったが、灯を思わせるその赤は、健人の灰色の瞳に映り込んでいた。
「…流れ星、か…?」
その灯が消えた虚空を見ながら、健人は小声で独り呟く。しかし漠然とそこに向いていた意識は、次の瞬間戦慄へと変わった。ふと目を落とすと、3メートルほど先から中畑伸弥が早足でこちらに向かってきていた。その後ろには仲間らしき少年もおり、髪の色こそ黒であったものの、それ以外の風貌は伸弥と類似している。4~5歳ほど年下の少年ら相手に、不意に強ばる身体。伸弥の姿を視認した瞬間、迫りくる脅威に身震いさえした。まして最早、あさひろばのボランティアとしての大義名分や後ろ盾はない。浮き足立ったまま半歩後退りする健人に対し、怒気と憎悪を宿した顔の伸弥はすぐそこまで迫ってきた。
「さっきは世話になったな、おい」
睨み付けながら発したその言葉。怒りに任せたその響きに、健人は視線を逸らして沈黙した。その顔は困惑を隠すことも出来ない。
「伸弥、誰こいつ」
「ああ、朝陽のクソボランティアあるだろ?そこのクソガイジ」
「なにそれ、まあシャバ僧の感じすげえけど」
「何でもいいけど、もう関係ないだろ。帰りたいんだけど」
強い侮蔑の言葉を交え、伸弥と仲間が話を共有する中、一言だけは発したものの、尚も健人の右足は後ろに半歩下がったままだった。
「は?人の面子潰しといて逃げんなよ。来いや」
その言葉と共に伸弥は健人の肩を強く掴む。背は健人の方が高いものの、その強く鋭い眼光や威圧はそれ以上、一切の言葉を許さなかった。

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