No.3 1/3 version 42

2021/08/15 02:59 by someone
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No.3 1/2
2020年4月16日、木曜日。花森剣人が目を冷ますと、まず視界に入ってきたのは清潔感を感じさせる白い天井だった。ここは…どこだ?続いて感じたのは手に感じる柔らかな温み。まだ半開きの目線が、その温みを辿る。そこには疲れた顔で自分を見守る母、純子(すみこ)の姿があった。
「…母…さん?」
「…けん…?…けん…!よかった…」
母の頬が涙で濡れる。ああ…また泣かせてしまった…幼いころから不登校だったことから、苦労をかけてしまったと思う故か、母の泣き顔には罪悪感をどうにも感じてしまう。だけど、良かった…母さんが居てくれて。酷く悪い夢でも見ていたんだ。そうだ、あんな特撮みたいなこと、あるわけないじゃないか。そう思うと、剣人自身の頬にも自然と涙が伝った。
「ごめんね」
「…ううん、心配だったけど無事でよかった。大変だったね」
顔をくしゃくしゃにしながら、労りの言葉をかけてくれる母の思いやりが嬉しい。しかし、"大変だった"…確かにその通りだ。でも、あれは夢だろう?なんで母さんが"大変だった"と思うんだ?そもそも、どうして俺は今、この病室のベッドに居るんだ…?
「…母さん、俺…どこで見つかったの?」
状況から察するに、誰かが自分を見つけなければここには居らず、また母たち家族にも伝わることはない。あの出来事や状況に対しても、今の状況の確認という意味でもそう聞いてみた。
「…朝憧市のあの展望台の近く、あるでしょう?あの近くの畦道だって、警察の方から…」
情景がありありと浮かんでくる。あれは…夢じゃない?俄には信じられない。いや、認められない。ただ、事実として自分はあの場所にいた。その事実が、剣人の顔を恐怖にひきつらせた。
「…けん?…どうしたの…?」
その様子に、純子もまた神妙な面持ちで息子の思いを窺う。息子を気遣い、すぐには何も聞かないつもりだっただけに、彼女は慎重にそれだけを問いかけた。
「……」
しかしすぐには答えることは出来ない。どう説明すればいい?色々しんどくなって自転車で彷徨ってたら、どういうわけか烏みたいな格好の怪物に襲われた。気づいたら自分もその似姿になってて、恐怖と無我夢中で狂乱してそこから逃げようとしたーーーそんな荒唐無稽な話、或いは母にさえ信じてもらえるかわからないし、自分でも受け止めきれなかった。
「思い出させたりしてしんどかったら、ごめん。無理しないでいいよ…今は眠りな」
眉根を寄せ、考え込んでいる様子の剣人の姿に、純子はその心中の全てを察することは出来なかったが、やはり今は深く事情を聞くことは躊躇われたのだろう。
「とにかく目が覚めて良かった」そう続けて話を一度切り上げようとしたが、剣人が咄嗟にそれを遮る。
「えっと…それが…襲われたんだ。何か、変な奴に」
どうにか意を決して一応の説明を始めた出だしは、そんな言葉からだった。病室の窓から見える景色は、あの出来事などまるで気にも止めないかのような青空だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その後、父の哲也(てつや)や見舞いに駆けつけていた姉たち夫婦とも対面して少し話し、また眠った。医師曰く幸い外傷も少なく、極度に疲労していた状態からも回復しているため、あと二日もすれば退院できるということだった。
哲也と純子は、一先ずこそ胸を撫で下ろしたものの、未だ剣人を心配していた。烏に襲われたことは、暴漢に襲われたことに話を変えざるを得ず、一先ずはそう伝える。もちろんその事自体もこの息子思いの両親には衝撃であったが、そもそも今回のことは精神的不安定から逃れようと郊外を彷徨っていたことに端を発している。そのことも相俟って、大学もぶりっじでもバイトも、無理せずに家に帰ってきた方がいいのではないかというのが家族全員の意見だった。
無理もない。何なら自分自身そうしたい。
哲也と純子は、一先ずこそ胸を撫で下ろしたものの、未だ剣人を心配していた。烏に襲われたことは、暴漢に襲われたことに話を変えざるを得ず、一先ずはそう伝える。もちろんその事自体もこの息子思いの両親には衝撃であったが、そもそも今回のことは精神的不安定から逃れようと郊外を彷徨っていたことに端を発している。そのことも相俟って、大学もぶりっじでもバイトも、無理せずに家に帰ってきた方がいいのではないかというのが家族全員の意見だった。無理もない。何なら自分自身そうしたい。




      

2020年4月16日、木曜日。花森剣人が目を冷ますと、まず視界に入ってきたのは清潔感を感じさせる白い天井だった。ここは…どこだ?続いて感じたのは手に感じる柔らかな温み。まだ半開きの目線が、その温みを辿る。そこには疲れた顔で自分を見守る母、純子(すみこ)の姿があった。
「…母…さん?」
「…けん…?…けん…!よかった…」
母の頬が涙で濡れる。ああ…また泣かせてしまった…幼いころから不登校だったことから、苦労をかけてしまったと思う故か、母の泣き顔には罪悪感をどうにも感じてしまう。だけど、良かった…母さんが居てくれて。酷く悪い夢でも見ていたんだ。そうだ、あんな特撮みたいなこと、あるわけないじゃないか。そう思うと、剣人自身の頬にも自然と涙が伝った。
「ごめんね」
「…ううん、心配だったけど無事でよかった。大変だったね」
顔をくしゃくしゃにしながら、労りの言葉をかけてくれる母の思いやりが嬉しい。しかし、"大変だった"…確かにその通りだ。でも、あれは夢だろう?なんで母さんが"大変だった"と思うんだ?そもそも、どうして俺は今、この病室のベッドに居るんだ…?
「…母さん、俺…どこで見つかったの?」
状況から察するに、誰かが自分を見つけなければここには居らず、また母たち家族にも伝わることはない。あの出来事や状況に対しても、今の状況の確認という意味でもそう聞いてみた。
「…朝憧市のあの展望台の近く、あるでしょう?あの近くの畦道だって、警察の方から…」
情景がありありと浮かんでくる。あれは…夢じゃない?俄には信じられない。いや、認められない。ただ、事実として自分はあの場所にいた。その事実が、剣人の顔を恐怖にひきつらせた。
「…けん?…どうしたの…?」
その様子に、純子もまた神妙な面持ちで息子の思いを窺う。息子を気遣い、すぐには何も聞かないつもりだっただけに、彼女は慎重にそれだけを問いかけた。
「……」
しかしすぐには答えることは出来ない。どう説明すればいい?色々しんどくなって自転車で彷徨ってたら、どういうわけか烏みたいな格好の怪物に襲われた。気づいたら自分もその似姿になってて、恐怖と無我夢中で狂乱してそこから逃げようとしたーーーそんな荒唐無稽な話、或いは母にさえ信じてもらえるかわからないし、自分でも受け止めきれなかった。
「思い出させたりしてしんどかったら、ごめん。無理しないでいいよ…今は眠りな」
眉根を寄せ、考え込んでいる様子の剣人の姿に、純子はその心中の全てを察することは出来なかったが、やはり今は深く事情を聞くことは躊躇われたのだろう。
「とにかく目が覚めて良かった」そう続けて話を一度切り上げようとしたが、剣人が咄嗟にそれを遮る。
「えっと…それが…襲われたんだ。何か、変な奴に」
どうにか意を決して一応の説明を始めた出だしは、そんな言葉からだった。病室の窓から見える景色は、あの出来事などまるで気にも止めないかのような青空だった。

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その後、父の哲也(てつや)や見舞いに駆けつけていた姉たち夫婦とも対面して少し話し、また眠った。医師曰く幸い外傷も少なく、極度に疲労していた状態からも回復しているため、あと二日もすれば退院できるということだった。
哲也と純子は、一先ずこそ胸を撫で下ろしたものの、未だ剣人を心配していた。烏に襲われたことは、暴漢に襲われたことに話を変えざるを得ず、一先ずはそう伝える。もちろんその事自体もこの息子思いの両親には衝撃であったが、そもそも今回のことは精神的不安定から逃れようと郊外を彷徨っていたことに端を発している。そのことも相俟って、大学もぶりっじでもバイトも、無理せずに家に帰ってきた方がいいのではないかというのが家族全員の意見だった。無理もない。何なら自分自身そうしたい。