0 第二章第六節「徒渉」

「…さて、もう十分分かっただろう」

ヘストの声にハッと視線戻す。
映像はただ今までの任務で訪れた各地でのニュースをまとめたものだった。
困惑を隠しきれない篝火を気にした素振りもなくヘストは話を続ける。

「ではここまで辿り着いたキミたちにはこの計画の全貌を教えよう。」

始まりはとある男女だった。

アダムとイヴ。
知恵の実を食し人間へと成り下がった最初の生命。
己と同じ遺伝子を持たせた子孫を作り、生き方を後世へと伝えた後寿命によりこの世を去った。
そうして輪廻を彷徨った後、再び生を得ることとなる。

「しかし再び降り立ちた二人は絶望した。」

溢れかえるアンドロイド。人間を自称するにはあまりにも知性に欠けていた。
人間とは、知的生命体とはもっと気高く崇高であるべきではないのか。

「そこで二人は考えた。」

そう、種の選別を。本来の人類の繁栄を。

「先ずは目的を統一させる。その為には共通の敵、そして当事者意識を持たせる必要があった。」

各国都心部を中心とした無差別攻撃。故郷の言葉を話す統一された集団。

「そして意識改革。己らの上に立つ者の愚かさを認識させ、新たな指導者を求めるよう促す。救いの手を差し出し生きる価値を与える。」

全ては種の選別のため。人類の繁栄のため。
格差をなくし、才能の埋没を防ぐ。

「しかしここで二つの問題が起きた。」

「問題…?」

篝火の問いに、彼はなんてことないように答える。

「一つ、パドラの死」

事故なのか人為的なのか
イヴの死に嘆き悲しんだアダムは神域に手を出した。

"クローン人間の作製"

その先は言わずとも分かる。否、分かってしまった。
常に頭部を覆うゴーグルをつけた彼女。
死に至る傷を受けても数日後には五体満足な身体。
見る度に雰囲気の違う彼女。
見てしまった、違う色の瞳

「そして反乱分子の混入」

一度リセットされた記憶。
再び迫られた選択。

「だが全て、予想の範囲内だった。」

故にこの状況こそも彼にとっては恐るるに足りないのである。

「そう、全ては人類再帰のため。愚かにも食い潰される才能を掬い、芽吹かせるため。人類の更なる繁栄のために!」

かくめい
【革命】
天命が革(あらた)まること。前の王朝がくつがえって、別の王朝がかわって統治者となること。易姓革命。

「キミたちも見届け給え。この流動を、築かれる文明を、生命の真髄を!」
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╾​───────╼

「はー!楽しかったね!マデリン!」

満面の笑みで色葉はマドレーヌに話しかけた。彼女は斧を手に構えている。表情はどこか厳しく、色葉の言うような楽しさを感じていないことは明白だった。

「でもそろそろ終わりかな……まだ遊びたいのにー!」

少し悲しそうにそう言う色葉に、マドレーヌが問う。

「どういうこと…?」
「すぐにわかるよ!」

色葉はマドレーヌやマリアから目を離すと、ゆっくりと周りを見渡した。あちこちに点在するのは何も知らない一般市民。こちらの様子を伺う者、足早に立ち去ろうとする者。
それぞれを見渡して彼女は笑顔を浮かべた。自身がワクワクとしているのを感じる。

…うん、揃ったね!
脳裏にあるのは、へストの言葉。

色葉は大きく息を吸って、民衆に呼びかける。それまでバラバラに意識を受けていた人々の注目を一身に浴び、彼女は笑う。

『乙宮。 次の任務では君のお友達や多くの民衆と鉢合わせるだろう。その二つが揃ったらこう告げるのだ────

「私たちはノア!ラハムグループ協力の元結成された政府公認対テロ組織です。そして彼らは皆さんの家を、街を破壊し、同胞たちを殺めたテロリストです。」
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色葉は、テロリストとしてマリアとマドレーヌをさした。その言葉に辺りがざわめいたのは言うまでもない。

しかし、同じく白い服を着たヴァンも戸惑いの表情を浮かべた。

「色葉…?」
「あ、ヴァンくんびっくりした?」

ごめんね!と謝るも、それは今の発言に説明をしてくれる物ではなかった。
今の発言は間違いなく、自分達を正義だと、そして彼らを悪だと貶めるための宣言だ。そんな発言を、この状況で一番被害を被っているであろう民衆の前でやってのけたのだ。嫌な感じがする。何がとは説明できなかったが、ヴァンは思わずマドレーヌの方を見た。

彼女の顔も驚きに満ち溢れていた。それもそうかと思っていると、また視線が交わる。彼女は一瞬だけ視線を惑わせて、そして悲しげに笑った。
彼女はもう自分の手が届くところにはいない。その笑顔から悲しさを取り除いてあげることができない。むしろ追いやる立場にいるのだ。それでも彼は、マドレーヌのことを気にかける心を捨てられなかった。

少しずつ、民衆の視線がマリアとマドレーヌの二人に集まっていく。
興味本位や品定めされているのとも違う、つい先程までなんでもなかったはずの視線が冷たい。冷たいのに、熱がこもっている。こちらを見ている。視線が刺さる。

敵だ。こいつらのせいで。目が、そう言っている。

「ふざけるな」

誰かが呟いた。たった一言にこめられた感情はきっと複雑で、絞り出すような声だった。そして、きっかけさえあれば民衆は簡単に箍を外してしまう。

「おい、誰か捕まえろ!」
「あんた達のせいで!」

それは、本来ならヴァンや色葉にも向けられるべき言葉だ。しかしそんな言葉は届かない。積もり積もった苦しみと不満の吐け口をようやく見つけた彼らにとって、色葉の言葉こそが真実だ。

「ママを返して!」
「お兄ちゃんを返してよ…!」

悲壮な声が自分達に向けられる。
切羽詰まった声が迫ってくる。誰かが、二人に向かって手をのばす。

╾​───────╼

「っ逃げるぞ!」

迫り来る民衆の熱量に押されるように、二人は走り出した。背後から追ってくる声がするが、確認している暇もない。走る。走る。瓦礫が散乱してる道を、掠める民衆の手から逃れるようにして逃げていく。こちらの言い分を話す隙もなく逃げ出すことになったのが悔しかった。これは敗走だ。

今にも喉が張り裂けそうで呼吸が苦しい。取り込んだ酸素が肺を焼いている。一歩踏み出す毎に足は重くなる。どこに辿り着くかもわからないまま、自分達を責め立てる声から必死に逃げる。

ふと、どうしてこんなことになっているのかと頭によぎる。だが、走りながらじゃなかなか思考が安定しない。なにせ数が多い。迎え撃って誰か一人でも傷つければ、それこそ色葉の演説の理由付けになってしまうだろう。

「くそっ……!」
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進路の方向に待ち構える人々。どうやら先回りされたらしい。彼らは崩壊した街で過ごすことを強いられてきた。この周辺の地理に詳しいのは当たり前か。

「ミアちゃんこっち!」

マドレーヌがさしたのは、少し狭い路地だ。袋小路になる可能性もあったが、わざわざ敵が待ち構える方へ行くのも無謀だろう。進路を変えて路地に入ると、そこは思っていたより複雑で、すぐに右折した後物陰に身を隠す。

少し遅れてバタバタと足音がやってきた。探せ、まだ近くにいるはずだ、といった言葉が飛び交っている。息を殺し、気配を殺し、緊張感が昂っていく。心臓の音が頭に鳴り響く。
………しばらくして、少しずつ気配は離れていった。マリアがそっと確認すると、視認できる範囲には誰もいない。

緊張と一緒に飲み込んだ息を吐き出した。一気に体が重くなる感覚がする。

「っはーーー……なんとかまけた?」
「多分な」

潜められた声にはまだ警戒が滲んでいた。バクバクと動く心臓はなかなか落ち着かない。

「さっきの…アルシエルの方は知らなかったんだろうな。俺たちと同じような反応してた」
「…シキちゃんが相談せずにやった………ってこと?」
「まあ否定はしねえけど、だったら杖野郎に言われてやったって方がありえるだろ」

杖野郎……へストのことだ。色葉が突然あんなことを言い出す性格じゃないことはマドレーヌが一番よく知っている。

「もー!マドレーヌを追い回すなんてひどい!」

少しばかり話し合っても、結局よくわからないということで話の決着がつく。とにかくこの状況はよくない。一息つけるところを探そうという話になり、慎重に身を隠しながら隠れている場所をでた。少し進むと、先程入ってきたのとは別の出口が見えた。建物に囲まれて薄暗い路地の出口はやはり明るかった。

「誰もいなさそうだね!じゃあ行こっか!」
「っおい待て!」

前を進もうとしたマドレーヌの腕を、マリアが掴んで引き止める。反射で振り払われようとする腕を、彼はそれでも離さなかった。

「ミアちゃん!急になに……」

可愛らしく怒るマドレーヌが、マリアの視線を辿る。おそらく無意識であろう「あ」という声が聞こえた。…彼女もそれを見つけたのだろう。

「………ベアル、と…」

水色の頭髪に、自分達と同じ黒い制服。ヘッドセットをつけておらず、顔もよく見えた。あれはかつて仲間だったベアル・ハイドレンジア。そして、その背に背負われているのは、

「………エリオットさん?」

╾​───────╼

乾き始めた血液が肌に張り付いている。突っ張るような感覚に不快感を覚えつつも、ただひたすらに前に進む。周囲は悲惨な状態だ。道なき道を一歩踏み出すごとに、一滴、また一滴と血が垂れて、歩いてきた道筋ができていた。頬を掠める黒髪が視界の端に写る。背負う彼の体はやけに重たく感じた。

脳裏に焼き付いているのは、自ら首をかき切ったルカの姿。
耳にこびりついているのは、彼の最後の愛の言葉。

心に焼き付いているのは、一度は確かに抱いた憎悪と苛立ち。
………それでも消えないのは、確かな愛。

それらがずっと、延々と頭の中をループしている。
…俺を愛してくれた人は、いなくなってしまった。

今自分がどこへ向かって歩いているのかさえ定かじゃない。それでも一心に歩いた。置いていくなんて選択肢はそもそもない。何が自分を突き動かしているのだろうか。それさえもはっきりしない。

自分の中に何も無くなってしまった。

「……ルカ、どうしたらいい?」

返答がこない。…ああ。そうだった、ルカはもう…。

…その時、硬いものが折れる音がした。

風を切る音。急速に広がる影。

見なくてもわかった。だから、せめて彼だけは────────
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腹を別つ冷たさ。
しかし”ソレ"を認識した頃には熱が、痛みが彼の脳を支配していた。

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!」

激痛と言うには生温い痛み。機械で押し潰され続けているような感覚。終わりの見えない苦痛がベアルを襲った。自身の体を見てみれば赤が広がっている。認識した途端に、喪失感が彼を襲う。
咄嗟に投げ出したルカは、瓦礫からは逃れているもののピクリとも動かない。既に失った足の代わりに腕を使って、彼の元へ這いずっていく。意識を飛ばしてもおかしくないほどの激痛なはずなのに、ベアルの意識はそこにはない。

必死に手をのばす。
届かない。

もう一度手をのばす。
届かない。

手を、のばす。
…届かない。

それでも必死に、無我夢中でただの肉塊に手をのばす。
その行為に何かたいそうな意味でも見出しているのだろうか。死者は蘇ることなどなく、またベアルにその死をなんとかできる力もない。

今更取り戻すことはできない。手は届かない。静かにその世界は閉じていく。

「………ぅ、あ」

後一歩、その想いは届かない。

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────ピコンッ

支配されたその空気に最初に一石を投じたのはヘストの端末から鳴らされた機械音だった。

「……あぁ、やはりか」

端末を見たヘストは呟く。それは子供が中身を知ってるびっくり箱を開けた時のような、無感情な声。

「やはり、とは?」

あぁ、どうしてこうも胸がざわつくのか。嫌な予感を払拭したくて、篝火は尋ねる。

「No.A-1,11が死んだ。」

目眩が、した気がした。
あぁ、あぁ、この男は。この男はどこまで見据えてるというのか。選択を迫られた時も、選んだ選択も、この気持ちも、何もかもが見透かされてる気がした。これが『答え』なのだ。
手の上で転がされた絶望感が確かな重さとなり、胸に落ちた。

____それでも、

「さて、お話の時間は終わりだ。我々も動こうではないか」

そう言われればついて行ってしまう、この身が憎い。

クルスヴァイス……いや、ヘストは『ヴィラル』と呼んでいた。彼の兄弟なのだろうか。そんな思いを抱きつつ1番後ろを歩く。

ぐらり、

ヴィラルの体が傾く。まるで電池が切れたかのように不自然に揺れると重力に逆らうことなく地に伏した。

咄嗟に駆け寄りその体を支えて気づく。温もりはなく、全身が凍てついたように固い。
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「やはりダメか」

ヘストは相変わらず無感情に呟く。その視線は向けられていないにも関わらず身がすくむほど冷たい。

「やはり人為的信号には限界があるか。…と、いうよりは無意識下での支配範囲が多すぎるが故のスペック不足と言うべきか…。」

まるで呪文のようなその言葉の意味は何一つ理解できない。
篝火の問うような視線に気づいたのか、ヘストはため息をひとつ着くと再び口を開く。
「通常時、人間の体には常に無数の電気信号が流れている。それらは鼓動や呼吸を行い、あるいは脳の司令により体を動かす。例えば今、こうして立つだけでも全身の筋肉の収縮を維持し、重力に抗っている。
同時にこのような思考及び感情もまた、電気信号によって作られている。つまりソレが全機能を終了させた死体であるとしても、決められた電気信号さえ与えれば理論上生かすことができる。」

それは、つまり彼は生きていないということになるのではないか。
冷や汗が止まらない。固い手足。低い体温。呼吸の微動すらなくなった体。とうに答えは揃っているというのに脳はその理解を拒む。

死すらも操る。
冒涜的なその行為に罪悪感など見えない。本当に彼は神にでもなるつもりなのだろうか。
本能的な恐怖がこの場から逃げるよう警鐘を鳴らす。この場から、この男から逃げなくては。そう思うのに手も足も動かない。恐ろしいというのに篝火の瞳はヘストを捉え続ける。

「────ぇ、んせ。ぉれ、…ま、だ、」

隣の彼が希う。

まだやれる。先生の期待に応えるから、だからそんな目で見ないでくれ先生。必要なのは"俺"だって、そう言って────

篝火に支えられながらも彼は、ヴィラルはもう動かない体を懸命に動かす。歪に固まった腕を伸ばす。その先の光を求めて。だというのに

「ソレは後で処理する。篝火、早く行くぞ」

あぁその瞳の恐ろしさたるや。氷城の王に彼の言葉は届かない。

闇に手を伸ばす彼の存在に後ろ髪を引かれつつも、その足はいっそ恐ろしい程真っ直ぐに彼の横へと向かっていた。

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「とりあえず要点をまとめようか」
かつて教壇に立ち、未来の種子達を育んだ彼はここでもまとめ役をかってでる。
手に持ったものはチョークではない。背にあるものは黒板ではない。それでも彼の雰囲気のせいだろうか。懐かしさを胸に抱きながら眠眠はその指先を目で追った。
何処にでも落ちているような小石で、地面に書かれるは先程聞いた現実の話。

一つ、MILは海上ではなくユーラシア大陸北部、吹き荒れる雪山の麓に位置する。
一つ、僕達はこのままだと死ぬより苦しい目に合わせられる。
一つ、この現状を変えられるのもまた僕達のみである。

「…つまり眠眠たちはこのまま逃げちゃいけないってこと?」

沈黙は肯定だった。

「私たちが、やらなきゃ、…」

その先を紡ぐにはあまりにも重くて思わず視線が下がる。思わず神頼みしてしまいそうになる両手をグッと握りしめた。

「……大丈夫。大丈夫です。僕達なら出来る。やろう。」

やるしか、ないのだから。
言葉にはしなかったが思うことは同じであった。
「僕達はどうせ死ぬ命だった。それが己の欲のせいでこんな所まで来てしまった。それなら未来のために、子供たちのために僕たちにできることをやりましょう」

───それが、唯一残された償いなのだから。
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回帰せよ、己が宿命
帰り向かうは永遠の楽園
新時代の嚆矢となり
正義を問え、悪を問え
お前は義徒か、それとも悪徒か
徒然に終わりを告げれば、渉る道は拓かれる
さあ、いこう

─────終わりの始まりへ

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