0 アビドス復興計画の礎
「っ……い……だい…………!!」
アビドス砂漠に放棄されたカイザーPMCの基地施設。
その施設内にある実験室の中で一つの呻き声が響く。
「もうゃぁ……やだぁ…………!!ぅ……産みたく……ないっ…………」
実験室からは扉を一つ挟んでも漏れ出るほどの異臭が漂っており、中を覗いてみれば少女が一人閉じ込められていた。
その少女は普通の人間のものとは思えぬほどに透き通った白い肌と髪、そして青色の粘膜という実に異様な外見をしていたが、
それ以上に目を惹くのは、とても少女の体躯には似合わぬ程に異常に膨らみをみせる腹部であった。
「っあああっ……!!おねがいっ、早く出て……出てっ…………」
苦悶の表情を浮かべ、涙を零す少女は大きく身体を震えさせる。
手足を繋ぐ鎖の音がガチャンとけたましくなるほどに身をよじらせ、胸部からは甘ったるい母乳が分泌されては滴り落ちる。
「っづあ"あ"あ"あ"あ"!!」
そうした苦しみの中、絶叫と共に股部から新しい命がこの世に生まれ落ちた。
母親とは異なり通常の肌色、浮かび上がるヘイロー。
明確に異なる遺伝子改造の影響を受けたであろう歪んだ命であった。
「……ぁ……はぁ…………ぁか……ちゃ…………」
最早これが何人目かは、少女のデータベースには記憶されていない。
ここに連れ去られてからどれくらいの月日が経ったのかも分からず、
少女はひたすらキヴォトス人の子種をその身に注がれていた。
何よりも不幸だったのは、その少女が機械の身体であったことであろう。
通常の人間や獣人では有り得ない速度で子を孕むことが可能で、母体の外見に限ったケアも機械で容易に行われる。
倫理観のカケラもない、効率的で合理性の塊な、非道な量産体制がここに整えられていた。
「……ひっ……!!」
「……うへ、酷い匂い……シロコちゃん達には見せたくないね」
そして扉が主たちを歓迎するかのように開くと、とある大人とピンク髪の少女が現れた。
扉が開く音に反応して怖がる少女を後目に、二人はタブレットと周りのモニター、機械に目を向ける。
「……どうかな、先生」
"先月よりも出産数が落ちてる。調整を変える必要があるかもね。……残りの二体も確認しないと"
「そっかぁ、じゃあそこは先生にお願いするね。おじさんは……この子を連れて行ってあげなきゃ」
表示された結果に落胆しつつもピンク髪の少女は囚われている少女に近づく。
最も厳密に言えば、興味があるのは白い少女がたった今産み落とした赤子だけ。
母を求めて泣き声をあげる赤子をその手に抱いて回収すると、後はもう用事はないとばかりに扉の方へと向かっていく。
「まっ……て……わたしの…………あかちゃん……」
思わず白い少女の口から言葉が零れた。
かつて下等存在と蔑んだ種の赤子であろうと、
己が身を削って産んだ赤子であるならばどうしても愛情はあるのだろう。
"……?ホシノ、今何か聞こえた?"
「おじさんには何も聞こえなかったかな~。アビドスを復興するためだもの、急ごう先生」
だが大人にも、ピンク髪の少女にもその小さな言葉は届かない。
いや、最初から白い少女のことは'ただのモノ'として扱っているのだろう。
放置すればアビドスに子を齎してくれる画期的な発明。
卵を産んでくれる鳥以下の存在に、わざわざ感情を動かす必要はない。
他の二体の様子を見るため、二人は赤子を確保して早々に立ち去ってしまった。
「……っ……うっ……あ……あはっ……は…………」
そうして思考回路がエラーを起こしても、この無限ループは終わらない。
やがてアビドスがかつての栄光を取り戻すその日まで、負のアウトプットは止まらないのだろう。