うさEPISODE0.5 version 2
うさEPISODE0.5
“ぽよん♪”
と頼りないLINEの通知音とともに送られて来たのはYouTubeのURLだった。
バンドを組むことが決定し、いそいそと連絡先を交換したばかりの最初のメッセージがこれである。サムネイルを見れば。
「あゔぇ…?」
死ぬのに一瞬遅れて気づくタイプの雑魚キャラのような間の抜けた声を上げる。違う。これでもただ眼の前にある文字列を読んでいるだけなのだ。
『アヴェ・ムジカって読むんだよ。それ、観てみて欲しい。』
ここまでの少しのコミュニケーションを通して気付いたが、この地雷系お嬢様は饒舌になるときとあからさまに説明不足になるときの2つのモードが存在しているらしい。躁鬱というわけじゃなく、単純に“そういう性質”なのだろうとわたしは捉えていた。
「アヴェ・マリア的なアレ?宗教音楽にはあんまり興味が…」
『そういうんじゃないから。ほら早く』
目がキマっている。こういう人間には逆らわないほうがいい、というのは自ら経験から学習するまでもなく分かるものだ。
「わわ、分かったよ…」
まぁ、これから一緒にバンドをやろうという相手の音楽観を知っておくというのは決してマイナスにはならないだろう。結成前してから音楽性の違いガーなんて言うバンドもいるっていうもんね。…ミーハーで流行り音楽に弱いわたしにはそもそも音楽観なんていうものは存在していないんだけど。ともかくもタップしてみる。
まぁ、これから一緒にバンドをやろうという相手の音楽観を知っておくというのは決してマイナスにはならないだろう。結成前してから音楽性の違いガーなんて言うバンドもいるっていうもんね。…ミーハーで流行り音楽以外には弱いわたしにはそもそも音楽観なんていうものは存在していないんだけど。ともかくもタップしてみる。
4分後…
「………」
そこには圧巻のパフォーマンスに声も出ない幽き哀れな生き物が一匹。
『これが私の原点であり…最終目標なのだ…』
奈々は自分のスマホ画面いっぱいに表示されたかのバンドメンバーをわたしに見せつけ、それを指さしながら何やらちょっと変顔を決めた。
「ゴリ…いやななりー…」
“り”しか合ってない。
「っても実際まだメンバーこれで2人だし、とりあえずそこからだねぇ…」
『…ん。ドラムはもう確保できてる』
と、言いながら何やら指をさらさらと動かす。
なんだ。孤高のぼっちソロギタリスト(意味重複)かと思いきやすでに仲間はいたのか。
そう思うが早いか、再び“ぽよん♪”とまだYouTube画面のままだったスマホに通知。
“うさと他1人がグループ「バンドやるにゃん!」に招待されました”
「にゃん…」
招待主はもはや言うまでもない。じ、と奈々のほうを見る。
『…別にいいでしょ』
と、長い髪を靡かせてフイ、と横を向く。やだほっぺた赤くなってるかわいい。
「そうにゃんね~♪」
と言いながらその通知をタップしてLINEのトーク画面を開けばそこには“こはる”という名前が見えたので、これが一緒に招待された子なのだろう。
《こんにちはー!うさだよ!》
挨拶は先手必勝、の精神に則りわたしはここでも真っ先にチャットを送信する。
すぐに既読2となり、
《こんにちは、うさだくん。卯月こはるです。よろしくね》
《いやもうそのネタは終わったぺこだよ!っていうかもし名字がほんとに“うさだ”ならこのルームの名前欄も“うさだ”になって無いとおかしいぺこでしょ!》
二番煎じの衝撃にわたしのツッコミに何かが乗り移ったようだった。
《ぺこ…?いや、“うさだうさ”くんなのかと…》
《そんな“サクラサク”みたいな名前であってたまるか!》
《…あの、そもそもうさうさがちゃんと「雪平羽咲」って自己紹介しないのに問題があると思うんだけど》
《それはそうなんだけど、今までこの自己紹介の仕方で名字を“うさだ”と勘違いしたのは二人だけだったんだけど!?》
何故か目の前にいる奈々とメッセージ上でツッコミを入れ合うハメになってしまう。
こういうとき面白いほど本体同士は無言を貫くものである。
《ええと、つまりは雪平羽咲くん。ということだね。改めてよろしく》
一人だけ離れた場所にいて、それでもこのやりとりからこはるは状況を把握したらしい。
にしても“くん”て。
…あ。思い出した。卯月こはる、って“あの”卯月こはるか。
2年生の女子どころか全校の女子の中でもかなり目立ってしまうほど身長が高く、ボーイッシュな顔立ちと髪型から一部の女子にカルト的な人気を誇っている王子様的なポジションの生徒だ。ちなみにわたしと直接の面識がないというのは今のやり取りが証明するところである。…まさかこんなところで縁がつながるとは人生わからないものだ。
《とりあえず。このうさうさがバンド入ってくれるっていうからグループにしてみた。こはる、今から来られる?》
《了解。》
奈々の呼びかけに、短くそう返事がかえってきたと同時にガラリと部室のドアが開いた。
「んぇ!?」
そこに姿を見せた卯月こはるその人の姿にわたしは思わずその場でパイプ椅子を倒しながら立ち上がった。
『もうついたのか!はやい!』
「来た!メインドラム来た!これで勝つる!」
『二人は一体何と勝負してるんだい。…まぁ、奈々くんがちょっと変なのはいつものことだけど…えぇと、君が羽咲くんだね』
カカッときょうきょ黄金の鉄の塊が参戦したかのようにテンションを上げる奈々とわたしにちょっと引きながらこはるがちらとこちらに目を向ける。
わたしは大きくぶんぶんと手を振ってから
「うんうん!うさだよ!よろしくっ」
と、大げさにぺこっとお辞儀をした。
『癖んなってんだ…名字省いて自己紹介すんの』
「うるさいよななりー!」
『ふふ。もうそんなに奈々くんと仲良くなったんだね。すごいな羽咲くんは』
微笑ましそうに目を細めると、こはるは奈々の隣の椅子に腰を下ろす。
これが王子様スマイルってやつか。…確かに破壊力が高い。
その所作をつぶさに目で追いながら、自分とのあまりの等身の差、そして…
「…でっけ」
『?』
半分怨嗟の混じったわたしの低い声にびくっと肩を震わせてこはるが頭に疑問符を浮かべる。
「い、いやなんでもないよ!グミ食べる?」
『え。いいのかい?ありがとう』
手のひらをこちらに向けるこはるにわたしはタフグミのエナジードリンク味を取り出してちょん、とその上に置く。
「どいたま!」
ちょっとルサンチマンを込めたオーラ出しちゃってごめんね!という謝意を込めつつわたしはにっこりこはるに微笑んでみせた。
ややあって。
『じゃあ、うさうさはキーボード…ってことでいいね。後はベースが必要だけど…もうすぐって感じかな』
まだまだ新しめのギターのネックを右手で愛おしそうに撫でながら奈々が希望に満ちた声でそう言った。
「うん!ちっちゃいときにピアノやってたきりだからできるかわからないけど、他よりは可能性あるかなて。ベース…ってあれだよね。どぅんどぅんどぅん!って感じの人!」
『…ま、間違ってはないんだけど大分こう…』
『アホっぽいよね』
「アホっていうな!バンドやってる人以外のベースの認識なんてだいたいそういうもんだから!」
なんならわたしは写真を見せられてもギターとベースの区別すらつかない自信がある。
『それはちょっと暴論かもしれないけど…どっちにしてもベースは重要だよ。羽咲くんだってその“どぅんどぅん”がないと物足りないって思わないかい?』
まぁ…確かに言いすぎかも。これはあくまで1つの暴論。つまりはワンボーロンということだ。
『元日ハムの?』
「さらっと心を読むのやめてもろて?」
『だってうさうさ何を考えてるのかわかりやすすぎるんだもの』
『確かに。ワンボーロンって顔をしていたね』
「どんな顔だよ!いやむしろ今わたしがどんな顔してたかやってもらえる!?」
『それはちょっと…』
『うん…ちょっとね。僕にはそんなはしたな…深みのある表情はできないかな』
「今はしたないっていいかけましたよね!?何?ワンボーロンのこと考えてる顔ははしたないの!?」
『『まぁ…』』
「ハモんな!?じゃあ今度ヘルシェイク矢野のこと考えてる抜き打ちテストやるからしっかり当ててよね!」
『マグマミキサー村田のこと考えてる顔と区別がつくか自信はないな』
「ななりーはホントなんでも拾うよね。バレー部にはいんな?」
『え…バンド、しないのかい?』
捨て犬のような同情を誘う表情で奈々のほうをこはるが見やる。
…なるほどこれがギャップ萌えというものか。深くにもキュンとしてしまった。
『しないよバレー部なんて。私はバンドに命を賭けるって決めたんだから』
「その命にわたしたちの命も含まれてそうで怖いなぁ」
『…?バンドは一心同体なんだよ。二人の残りの人生私が貰うから』
『奈々くん…うん。良かった。そう言ってくれて嬉しいよ』
…今確信した。こいつらアホなんだ。
「ところでその、ベースはどうやって集めるの?というかこれまではどうやって募集してきたの?インスタとか?あとは校内にポスターとか…」
わたしがそう聞くと、奈々はこてん、と首を傾げた。
『やってないよ?』
「じゃあどうやって集めるつもりだったの?」
『こはるは元から知り合いだったから声かけて…あとはここでギターを弾いてたら興味が出た人が来てくれるかなって』
「いや圧倒的楽観主義!」
“つまらないもの”という名前を持つお笑い芸人のようなツッコミを入れながらわたしは呆れてしまう。
『そうかな…なんだかんだうさうさも来てくれたじゃない』
「それはそう…なんだけど」
実際ギターのメロディに何か心惹かれるものを感じてここに来た身としては言い返す言葉もない。
「あ、こはるんはきっとお友達多いでしょ!ファンの女の子も多そうだし、その中にベースの経験者みたいなのいないかな」
『ファン…ってそんなのいるっけ?何にしても友達うちにベースを弾ける子なんていうのはいないかな。っていうかいたら奈々くんにもう紹介してるとも』
「そっかぁ…いや、ファンはいるでしょ。わたし知ってるよこはるちゃんのファン!」
『そんなのいないって。ただちょっと飲んだあとのペットボトルを「捨てといてあげる!」と持っていってくれたり、汗をかいちゃったときに一生懸命「これで拭いて!」って言ってくれる親切な子がいたりする程度で…』
「優しさは時々残酷だから求めるほど言葉を見失うんだよ?」
『…?』
こやつさては鈍感系主人公だな。…いや、っていうか怖いよこはるファン!
それは親切じゃなくてそれとは対極のとんでもない我欲だよ!それも邪な!
「…こほん。さておきこはるちゃんの人脈は頼れないってことね。それに…」
ちら、と奈々のほうを見ると、奈々は悟り顔で首をふる。うん、知ってた。
『物わかりがいいっていうのもそれはそれで残酷だと思うよ。うさうさ』
何も言わせてくれなかったのはそっちなのにジト目で恨み節の奈々であった。
「いや、だってそもそもななりーに友達がたくさんいたらもうバンド完成してるでしょ…」
『…そうだね。…っていうかうさうさはどうなのさ。友達多そうじゃん』
「うぐ」
胸を軽く押さえて言葉に詰まる。まぁ…友達って言っても差し支えない関係値の知人はそれなりにいるし、部活の関係で上下にも交流のある人物は多い。が、手放しでその友情を誇れる友達がわたしに何人いるというのだろう。ましてや一緒にバンドをやってくれる友達なんて…
「ベースやれる人ー!って言ったら野球部に踏まれたいドMが集まってくるけどそれでもいい…?」
『類友ってことか』
「お、ケンカね?」
『ま、まぁまぁ二人とも。ベースやれる人、っていう条件はそれだけ簡単じゃないってことだよね…奈々くんもムジカを見てベースではなくギターに憧れたんだろう?』
にっこり笑顔で凄みあう二人にこはるが可愛く狼狽えつつフォローを入れる。
『そうなんだよね。でもムジカはベースのティモリスもさぁ…』
「後でたっぷり聞いてあげるから今はその話はおいとこうね!はいはい提案!」
今度はうっとりトリップモードに入ってアベムジカの魅力を語りだそうとする奈々を全力で止め、わたしは手をあげた。
「…ってことで、こはるちゃんにポスターを作ってもらって校内に貼って、わたしはインスタとXで募集かけるから。それでとりあえず様子見しよっか」
ある程度ベースの募集について方向づけが終わり、わたしたちはそれぞれ持っていたお茶を飲んで一息つく。
『あの…うさうさ、私は?』
「…あなたはもう、何もしないで。桜島奈々さん」
『ウサトさん!どうして!』
「いや、実際問題特にななりーにしてもらわなきゃ、ってことはないからさ。ライブする場所の確保とか学校側との交渉とか今後代表としてもらわないといけないこともたくさんあるし、今はそこでギターでも弾いてればいいと思うよ」
『胸の大きいイイ女は辛いね』
「おっぱい性の違いにより今すぐ解散してもいいんだよ!」
『それは勘弁。…ん。わかった。後は…』
『あの…僕からも1つ提案なんだけど。バンド名を決めておかないかい?』
わたしたちのショートコントが一段落したのを見てか、こはるがおずおずと手を挙げた。
“ぽよん♪”
と頼りないLINEの通知音とともに送られて来たのはYouTubeのURLだった。
バンドを組むことが決定し、いそいそと連絡先を交換したばかりの最初のメッセージがこれである。サムネイルを見れば。
「あゔぇ…?」
死ぬのに一瞬遅れて気づくタイプの雑魚キャラのような間の抜けた声を上げる。違う。これでもただ眼の前にある文字列を読んでいるだけなのだ。
『アヴェ・ムジカって読むんだよ。それ、観てみて欲しい。』
ここまでの少しのコミュニケーションを通して気付いたが、この地雷系お嬢様は饒舌になるときとあからさまに説明不足になるときの2つのモードが存在しているらしい。躁鬱というわけじゃなく、単純に“そういう性質”なのだろうとわたしは捉えていた。
「アヴェ・マリア的なアレ?宗教音楽にはあんまり興味が…」
『そういうんじゃないから。ほら早く』
目がキマっている。こういう人間には逆らわないほうがいい、というのは自ら経験から学習するまでもなく分かるものだ。
「わわ、分かったよ…」
まぁ、これから一緒にバンドをやろうという相手の音楽観を知っておくというのは決してマイナスにはならないだろう。結成前してから音楽性の違いガーなんて言うバンドもいるっていうもんね。…ミーハーで流行り音楽以外には弱いわたしにはそもそも音楽観なんていうものは存在していないんだけど。ともかくもタップしてみる。
4分後…
「………」
そこには圧巻のパフォーマンスに声も出ない幽き哀れな生き物が一匹。
『これが私の原点であり…最終目標なのだ…』
奈々は自分のスマホ画面いっぱいに表示されたかのバンドメンバーをわたしに見せつけ、それを指さしながら何やらちょっと変顔を決めた。
「ゴリ…いやななりー…」
“り”しか合ってない。
「っても実際まだメンバーこれで2人だし、とりあえずそこからだねぇ…」
『…ん。ドラムはもう確保できてる』
と、言いながら何やら指をさらさらと動かす。
なんだ。孤高のぼっちソロギタリスト(意味重複)かと思いきやすでに仲間はいたのか。
そう思うが早いか、再び“ぽよん♪”とまだYouTube画面のままだったスマホに通知。
“うさと他1人がグループ「バンドやるにゃん!」に招待されました”
「にゃん…」
招待主はもはや言うまでもない。じ、と奈々のほうを見る。
『…別にいいでしょ』
と、長い髪を靡かせてフイ、と横を向く。やだほっぺた赤くなってるかわいい。
「そうにゃんね~♪」
と言いながらその通知をタップしてLINEのトーク画面を開けばそこには“こはる”という名前が見えたので、これが一緒に招待された子なのだろう。
《こんにちはー!うさだよ!》
挨拶は先手必勝、の精神に則りわたしはここでも真っ先にチャットを送信する。
すぐに既読2となり、
《こんにちは、うさだくん。卯月こはるです。よろしくね》
《いやもうそのネタは終わったぺこだよ!っていうかもし名字がほんとに“うさだ”ならこのルームの名前欄も“うさだ”になって無いとおかしいぺこでしょ!》
二番煎じの衝撃にわたしのツッコミに何かが乗り移ったようだった。
《ぺこ…?いや、“うさだうさ”くんなのかと…》
《そんな“サクラサク”みたいな名前であってたまるか!》
《…あの、そもそもうさうさがちゃんと「雪平羽咲」って自己紹介しないのに問題があると思うんだけど》
《それはそうなんだけど、今までこの自己紹介の仕方で名字を“うさだ”と勘違いしたのは二人だけだったんだけど!?》
何故か目の前にいる奈々とメッセージ上でツッコミを入れ合うハメになってしまう。
こういうとき面白いほど本体同士は無言を貫くものである。
《ええと、つまりは雪平羽咲くん。ということだね。改めてよろしく》
一人だけ離れた場所にいて、それでもこのやりとりからこはるは状況を把握したらしい。
にしても“くん”て。
…あ。思い出した。卯月こはる、って“あの”卯月こはるか。
2年生の女子どころか全校の女子の中でもかなり目立ってしまうほど身長が高く、ボーイッシュな顔立ちと髪型から一部の女子にカルト的な人気を誇っている王子様的なポジションの生徒だ。ちなみにわたしと直接の面識がないというのは今のやり取りが証明するところである。…まさかこんなところで縁がつながるとは人生わからないものだ。
《とりあえず。このうさうさがバンド入ってくれるっていうからグループにしてみた。こはる、今から来られる?》
《了解。》
奈々の呼びかけに、短くそう返事がかえってきたと同時にガラリと部室のドアが開いた。
「んぇ!?」
そこに姿を見せた卯月こはるその人の姿にわたしは思わずその場でパイプ椅子を倒しながら立ち上がった。
『もうついたのか!はやい!』
「来た!メインドラム来た!これで勝つる!」
『二人は一体何と勝負してるんだい。…まぁ、奈々くんがちょっと変なのはいつものことだけど…えぇと、君が羽咲くんだね』
カカッときょうきょ黄金の鉄の塊が参戦したかのようにテンションを上げる奈々とわたしにちょっと引きながらこはるがちらとこちらに目を向ける。
わたしは大きくぶんぶんと手を振ってから
「うんうん!うさだよ!よろしくっ」
と、大げさにぺこっとお辞儀をした。
『癖んなってんだ…名字省いて自己紹介すんの』
「うるさいよななりー!」
『ふふ。もうそんなに奈々くんと仲良くなったんだね。すごいな羽咲くんは』
微笑ましそうに目を細めると、こはるは奈々の隣の椅子に腰を下ろす。
これが王子様スマイルってやつか。…確かに破壊力が高い。
その所作をつぶさに目で追いながら、自分とのあまりの等身の差、そして…
「…でっけ」
『?』
半分怨嗟の混じったわたしの低い声にびくっと肩を震わせてこはるが頭に疑問符を浮かべる。
「い、いやなんでもないよ!グミ食べる?」
『え。いいのかい?ありがとう』
手のひらをこちらに向けるこはるにわたしはタフグミのエナジードリンク味を取り出してちょん、とその上に置く。
「どいたま!」
ちょっとルサンチマンを込めたオーラ出しちゃってごめんね!という謝意を込めつつわたしはにっこりこはるに微笑んでみせた。
ややあって。
『じゃあ、うさうさはキーボード…ってことでいいね。後はベースが必要だけど…もうすぐって感じかな』
まだまだ新しめのギターのネックを右手で愛おしそうに撫でながら奈々が希望に満ちた声でそう言った。
「うん!ちっちゃいときにピアノやってたきりだからできるかわからないけど、他よりは可能性あるかなて。ベース…ってあれだよね。どぅんどぅんどぅん!って感じの人!」
『…ま、間違ってはないんだけど大分こう…』
『アホっぽいよね』
「アホっていうな!バンドやってる人以外のベースの認識なんてだいたいそういうもんだから!」
なんならわたしは写真を見せられてもギターとベースの区別すらつかない自信がある。
『それはちょっと暴論かもしれないけど…どっちにしてもベースは重要だよ。羽咲くんだってその“どぅんどぅん”がないと物足りないって思わないかい?』
まぁ…確かに言いすぎかも。これはあくまで1つの暴論。つまりはワンボーロンということだ。
『元日ハムの?』
「さらっと心を読むのやめてもろて?」
『だってうさうさ何を考えてるのかわかりやすすぎるんだもの』
『確かに。ワンボーロンって顔をしていたね』
「どんな顔だよ!いやむしろ今わたしがどんな顔してたかやってもらえる!?」
『それはちょっと…』
『うん…ちょっとね。僕にはそんなはしたな…深みのある表情はできないかな』
「今はしたないっていいかけましたよね!?何?ワンボーロンのこと考えてる顔ははしたないの!?」
『『まぁ…』』
「ハモんな!?じゃあ今度ヘルシェイク矢野のこと考えてる抜き打ちテストやるからしっかり当ててよね!」
『マグマミキサー村田のこと考えてる顔と区別がつくか自信はないな』
「ななりーはホントなんでも拾うよね。バレー部にはいんな?」
『え…バンド、しないのかい?』
捨て犬のような同情を誘う表情で奈々のほうをこはるが見やる。
…なるほどこれがギャップ萌えというものか。深くにもキュンとしてしまった。
『しないよバレー部なんて。私はバンドに命を賭けるって決めたんだから』
「その命にわたしたちの命も含まれてそうで怖いなぁ」
『…?バンドは一心同体なんだよ。二人の残りの人生私が貰うから』
『奈々くん…うん。良かった。そう言ってくれて嬉しいよ』
…今確信した。こいつらアホなんだ。
「ところでその、ベースはどうやって集めるの?というかこれまではどうやって募集してきたの?インスタとか?あとは校内にポスターとか…」
わたしがそう聞くと、奈々はこてん、と首を傾げた。
『やってないよ?』
「じゃあどうやって集めるつもりだったの?」
『こはるは元から知り合いだったから声かけて…あとはここでギターを弾いてたら興味が出た人が来てくれるかなって』
「いや圧倒的楽観主義!」
“つまらないもの”という名前を持つお笑い芸人のようなツッコミを入れながらわたしは呆れてしまう。
『そうかな…なんだかんだうさうさも来てくれたじゃない』
「それはそう…なんだけど」
実際ギターのメロディに何か心惹かれるものを感じてここに来た身としては言い返す言葉もない。
「あ、こはるんはきっとお友達多いでしょ!ファンの女の子も多そうだし、その中にベースの経験者みたいなのいないかな」
『ファン…ってそんなのいるっけ?何にしても友達うちにベースを弾ける子なんていうのはいないかな。っていうかいたら奈々くんにもう紹介してるとも』
「そっかぁ…いや、ファンはいるでしょ。わたし知ってるよこはるちゃんのファン!」
『そんなのいないって。ただちょっと飲んだあとのペットボトルを「捨てといてあげる!」と持っていってくれたり、汗をかいちゃったときに一生懸命「これで拭いて!」って言ってくれる親切な子がいたりする程度で…』
「優しさは時々残酷だから求めるほど言葉を見失うんだよ?」
『…?』
こやつさては鈍感系主人公だな。…いや、っていうか怖いよこはるファン!
それは親切じゃなくてそれとは対極のとんでもない我欲だよ!それも邪な!
「…こほん。さておきこはるちゃんの人脈は頼れないってことね。それに…」
ちら、と奈々のほうを見ると、奈々は悟り顔で首をふる。うん、知ってた。
『物わかりがいいっていうのもそれはそれで残酷だと思うよ。うさうさ』
何も言わせてくれなかったのはそっちなのにジト目で恨み節の奈々であった。
「いや、だってそもそもななりーに友達がたくさんいたらもうバンド完成してるでしょ…」
『…そうだね。…っていうかうさうさはどうなのさ。友達多そうじゃん』
「うぐ」
胸を軽く押さえて言葉に詰まる。まぁ…友達って言っても差し支えない関係値の知人はそれなりにいるし、部活の関係で上下にも交流のある人物は多い。が、手放しでその友情を誇れる友達がわたしに何人いるというのだろう。ましてや一緒にバンドをやってくれる友達なんて…
「ベースやれる人ー!って言ったら野球部に踏まれたいドMが集まってくるけどそれでもいい…?」
『類友ってことか』
「お、ケンカね?」
『ま、まぁまぁ二人とも。ベースやれる人、っていう条件はそれだけ簡単じゃないってことだよね…奈々くんもムジカを見てベースではなくギターに憧れたんだろう?』
にっこり笑顔で凄みあう二人にこはるが可愛く狼狽えつつフォローを入れる。
『そうなんだよね。でもムジカはベースのティモリスもさぁ…』
「後でたっぷり聞いてあげるから今はその話はおいとこうね!はいはい提案!」
今度はうっとりトリップモードに入ってアベムジカの魅力を語りだそうとする奈々を全力で止め、わたしは手をあげた。
「…ってことで、こはるちゃんにポスターを作ってもらって校内に貼って、わたしはインスタとXで募集かけるから。それでとりあえず様子見しよっか」
ある程度ベースの募集について方向づけが終わり、わたしたちはそれぞれ持っていたお茶を飲んで一息つく。
『あの…うさうさ、私は?』
「…あなたはもう、何もしないで。桜島奈々さん」
『ウサトさん!どうして!』
「いや、実際問題特にななりーにしてもらわなきゃ、ってことはないからさ。ライブする場所の確保とか学校側との交渉とか今後代表としてもらわないといけないこともたくさんあるし、今はそこでギターでも弾いてればいいと思うよ」
『胸の大きいイイ女は辛いね』
「おっぱい性の違いにより今すぐ解散してもいいんだよ!」
『それは勘弁。…ん。わかった。後は…』
『あの…僕からも1つ提案なんだけど。バンド名を決めておかないかい?』
わたしたちのショートコントが一段落したのを見てか、こはるがおずおずと手を挙げた。