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ナチュラル・ボーン・ラバーズ 1

赤木と木暮が引退して、湘北バスケットボール部は宮城リョータ率いる新体制になった。安西先生が「土台」と称しただけあって、赤木と木暮のふたりが造り上げた地盤は固く、それを引き継ぐリョータは、随分と気負っているように安田の目に映った。
 最初の方は赤木のスタイルを引き継ごうと無理をしていたリョータだけれど、すこし経つと周りを鼓舞していく方が自分に合っていると気付いたのか、前よりずっと自然に振る舞えるようになった。
 もうひとつの懸念事項であった桜木のリハビリも、順調に進んでいる。もしかしたら、冬に間に合うかもしれない。無責任な期待は絶対にいけないけれど、そんなふうに思えるくらい、桜木の生命の輝きは眩しい。まだ激しくは動けないけれど、ボールを触ることを許された桜木は、あんなに嫌がっていた基礎練も楽しそうにやっている。新しい体制も、すこしずつではあるけれど軌道に乗ってきたと、安田はうれしく思う。
 キャプテンのリョータとムードメーカーの桜木が好調子なのは、チームにとってもいいことだ。今日も兄弟みたいにじゃれあうふたりを見て、安田は5分だけ休憩を延長しようと彩子にかけ合いに行った。
 休憩明け、後半のメニューを指示する前に最後の確認をするリョータの肩口から、三井がリョータの持つバインダーを覗き込む。耳元で何か言ったあと、メニューを指差してまた何か言う。リョータは三井に背を預けるようにして見上げ、うなずいて何事か書き込んだ。リョータが空回りしていた頃はよくぶつかっていたふたりだけれど、段々それも収まってきた。最近のリョータは三井に対する信頼を隠さない。三井はキャプテンをしていた経験があるから、頼りにしているのだろう。三井もそんなリョータに対して、諌めすぎず自立できるようにうまく関わっている。いい感じだ、と安田は思う。
 三井はリョータの崩れてきた髪をかき上げてやって、リョータもくすぐったそうに笑う。さらに三井はリョータの頬を両手で挟むと、ぐにっと寄せてへんな顔にして、それを見て甘ったるく微笑む。そしてリョータの頭のてっぺんにくちびるを寄せ、気付かれないくらいの柔らかさでそっと触れた。安田は思う。いい感じ、なのかな……?
 なんにも知らないリョータは明るい表情で笑っている。三井は優しい手つきでリョータの髪をぐしゃりとかき混ぜた。

湘北に入って良かった。夏の広島で、石井は本気でそう思った。最強のチームを相手に互角以上の戦いをした彼らを、石井は心から誇りに思う。
 でも、石井はすこし考える。赤木や木暮が引退してしまった今、彼らが頼れるのは誰なんだろう。スタメンの4人の実力に対して、1年生の自分たちは随分力不足に思える。それが石井はとても歯がゆい。そんなことを、うっかり安田に話してしまった。穏やかな雰囲気もあって、口が緩くなってしまったのかもしれない。弱気なことを、と申し訳なさそうにする石井に、安田はやっぱり穏やかに微笑んだ。
「スタメンの4人を見てると、自分なんかが、って思っちゃう気持ちも分かるよ。でも、それで諦めるのは違うって、木暮先輩を見てて思ったんだ」
 引退してしまった先輩を引き合いにだして、安田は言う。
「あとから入ってきたやつにスタメン取られても、試合に出れなくても、木暮先輩が応援で手を抜いてるところを見たことがない。突然コートに立つことになっても、気負わず自分にできることをきちんとやる。これって、並大抵のことじゃないよ。ベンチにそういう人がいるってことが、コートの人間にとっては何より頼もしいと思う」
 石井ならそういうふうになれると思うよ。安田にそう言われて、石井は感激する。そしてあらためて、安田や木暮のような存在になって、桜木や流川と並んでみたいと決意を固めた。
 石井の視線の先で、桜木がシュート練をしている。その横で、いつもどおりの仏頂面で流川が立っている。
「どあほう」
「ウルセー、キツネ! 気が散る!」
「どあほう」
「なんだよ、心配すんな。背中は冷やさねえ」
「どあほう」
「ぬ、今のシュートは膝が入ってなかったか?」
「どあほう」
「ば、バカヤロウ、下手に慰めようとすんじゃねえ、ヤメロ」
 石井にはまるで分からないけれど、あれで会話が成り立っているらしい。安田の方を見ると、優しさと呆れの中間みたいな不思議な表情をしていた。

部活終わりの部室はどやどやと騒がしく、汗と制汗スプレーの匂いでむわっとしている。以前誰かが換気扇と電気のスイッチを間違えて帰った次の日は、誰が窓を開けに行くかじゃんけんで決める羽目になった。
「桜木くん、最近流川くんと仲良いんだね」
 着替え終わった石井がなんの気なしに言うと、桜木はくわっとこわい顔になって、石井の頭を大きな手で掴んだ。
「バカを言うんじゃねえ! オレとキツネはなかよしこよしじゃねーんだよ、分かったか」
 ぎりぎりと頭を締め付けられて、石井は何度もうなずく。それを見たリョータが笑いながら桜木を嗜める。
「こーら、花道。おまえの馬鹿力で石井の頭が割れたらどうすんだよ」
 それに、最近仲いいのはほんとじゃん。そう言うリョータに、桜木が食って掛かる。
「宮城、帰るぞ」
 いつもみたいにわちゃわちゃ騒がしくなりそうな雰囲気の中、三井がリョータを呼んだ。リョータはハイハイ、とだるそうに返事しながらも、大人しくついていく。
「鍵閉め、ちゃんとしろよー」
 そう言い残して、リョータと三井は帰っていった。
「お先」
 低い声が聞こえて、バッグを持った流川がドアの方へ歩いていく。それを見送る石井に、流川は誰も気付かないように一瞬だけ、しい、と人差し指を口の前で立てて、「内緒」のポーズをした。
「今なら自転車乗っけてやるけど」
 半分着替えた状態の桜木にそう言って、流川は部室から出ていった。桜木はこの天才を送ろうとは感心、とうれしそうに言って、ばたばたと身支度を整え始める。追いかけるつもりだろう。
「余計なこと言うなってことだね」
 帰り支度が済んだ安田が、気の毒そうに言った。
「オレもリョータに要らないこと言うなって、三井さんに釘刺されたよ」
 まったく、怖いよね、と安田は言い、石井はなにも言えずにただうなずくだけだった。


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