0 ある物語について。#朱希
【物語】
ある小さな貧しい村から離れた場所に、一匹の蝶がいました。
その蝶は普通の蝶と違って、人々の感情を糧に生きることが出来るという、そんな不思議な白い蝶。
人々の感情を糧にするといっても、小さな幸せや喜びと言ったものでお腹いっぱい。
毎日少しだけ、村の人々から感情をもらって……たまに、自分が認めた人に幸運を分けるようなことをして、日々を過ごしていました。
その蝶の周りには、お世話係がいました。
あまり自分を守る力のない白い蝶が、僅かな力を使って創り出した青い蝶と橙色の蝶。
彼らは、白い蝶を……時に好奇心から捕まえようとする人間から、時に命を奪おうとする生き物から、ずっとずっと守り続けていたのです。
そんなある時、村から一人の少女が白い蝶に遣わされました。
白い蝶が「神の使い」ではないかと噂が立ち、是非村の繁栄のために祀らせてほしいと、願い出たのです。
少女は、最初に白い蝶が幸運を分けた人物でした。
白い蝶は、悩みました。
青と橙の蝶は、人間に関与することを良く思っていなかったのです。
――でも。
白い蝶は、人間の良いところを知っています。
青と橙の蝶にも言い聞かせていました。
二匹の言葉ももっともだけれど、白い蝶は、人間たちを信じることにしました。
決して、悪いことにはならないだろうと。
白い蝶と、その蝶が認めた少女は一つになりました。青と橙の蝶は、少女と白い蝶を守るべく『対の鎖の導き手』として、守護者としてずっと少女の傍に仕えることになりました。
そして村の人々は、彼女の像を作り、祠に祀りました。すると、貧しかった村は繁栄し、幸せな日々が続く――
――そのはずでした。
村の噂を聞き付けた近隣の村が、その白い蝶と少女を捕まえようと、争いを仕掛けてきたのです。
村の人々は少女を奪られることを恐れ、また、少女は争いを仕掛けてきた人々に懇願しました。
「村が繁栄したのは、私や蝶の力ではありません。私も、村の人々も、ともに助け合い支え合ったからこそ、ここまで繁栄することが出来たのです」
「争いが生まれれば、それこそ互いに破滅を導きかねないでしょう。ですから、どうか――」
――争わないでほしい。
しかし、近隣の村は諦めるどころか、村の人々にバレないように少女を何度も攫おうとし、その度に守護者に守られていました。
そしてとうとう。
争いが起きてしまいました。
火矢が放たれ、次々に建物が崩れ、中にいる人々も容赦なく殺されてしまう。
村の人々も、我慢ならないと武器を持ち、攻め入る人々を殺してしまう。
――悲しみ、憂い、憎しみ、怒り……
喜びや楽しさと言う感情が、正の感情であるのなら。
その反対、負の感情がその場から溢れて止まることがなく放出されていく。
――少女は、人々の姿に絶望しました。
血の海に倒れる母、守ろうと立ちふさがった父を容赦なく切り捨てる人。
怯えて逃げる妹や弟を、理不尽に貫く銃声。
少女は何度も懇願しました。攫おうとした人々に、このようなことをするのはやめてと何度も、何度も……
次第に少女の心の中に宿った、とてつもなく強力な負の感情は激しく渦巻き……白い蝶もまた、その羽を黒く、紅く、毒のように禍々しく染めていきました。
蝶は、自身の力が幸運を齎すものから人々を絶望させる破滅の力へと変貌していくのを感じていました。
少女の絶望と、蝶の絶望が合わさり、その力を増幅させていきます。
青の蝶と橙の蝶は、変貌した少女に畏怖し、殺そうとした人々を返り討ちにしていきました。
蝶と、少女を殺させない為に。刃で、銃で、人を傷つけていきました。
──全てが、色のない世界見える。周りが、全て黒に、暗闇に見える。
──シンジテイタノニ。
──私は、信じたかったのに。
──ドウシテ? 彼女モ、コノ村ノ人々モ悪クナイノニ……
──村の外の人達も、攫おうとした人たちも、きっとわかってくれるって……
──何テ、酷イノ。人間ハ……
──ゆるせ、ない……許せない、赦せない……!!
──ユルセナイ……ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ!!
──皆……ミンナ……
──「『滅んでしまえ!!!』」
そして、少女と蝶は、自身の育った村と攻め入ってきた隣の村だけではなく……
自身の消滅を対価にして、周辺の村全てを破壊していきました。
宿主を失った黒紫の蝶は……
青と橙の蝶と共に、今もどこかで彷徨っているでしょう。