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餃子

ケンカをしたあとは、餃子を包む。
 たくさんの皮と山ほどのタネを用意して、ダイニングテーブルに三井さんとふたりで向かい合って、黙々と包む。うちにある中で一番大きな皿を出してきて、そこへ出来た餃子をひたすら並べていく。餃子の皮にはふつうの大きさと大判のやつがあるけれど、このときはちいさい方を選ぶ。その方がたくさん作れるからだ。この餃子を包む作業において重視されるのは、効率ではなく時間の共有だ。
 三井さんの大きな手と長い指は餃子を作るにはちっとも向いていないけれど、この習慣のおかげで随分と器用に包むようになった。それはすなわちオレと三井さんの同居とケンカの歴史なので、特に喜ばしいことでもなんでもないのだろうけれど。
 オレも三井さんも揃って謝るのが下手なので、同居にあたってはいくつかのケンカ救済システムが設けられている。この餃子作りもそのひとつで、うまく謝ったり仲直りのきっかけが掴めないときに発動する。ケンカしたらどちらかが大量の餃子の材料を買ってきて、一心不乱に野菜を刻んでタネの準備をする。それから、相手に餃子を作ろうと言う。その一連の準備に仲直りがしたいという意思が込められているので、誘われた方も黙ってうなずく。もしここでうなずかないのだとしたら、事態はすでに餃子の皮で包めるものではなくなっているので、オレたちの関係は餃子を超えた危機的状況にあるということになる。
 この餃子システム——通称「詫び餃子」——はふたりで暮らしているうちに自然発生したもので、ケンカしたあとにひとりで夕飯の餃子を包んでいた三井さんのところへオレが寄っていって、黙って一緒に餃子を包み始めたことに端を発する。まるでオレが発明したみたいな言い方をしたけれど、要は謝り方が分からないからとりあえず近くに行ってみただけのことだ。テーブルの向かいにやや乱暴な動作で腰掛けたオレを、三井さんは物言いたげに見つめて、それから餃子の皮を半分オレの方へ寄越した。オレは黙って手を洗って、黙って餃子を包んだ。三井さんも黙ったままだった。はじめはまたもや謝るチャンスを逃したことや、三井さんがどう出るのかが気になってそわそわしていたけれど、黙々と餃子を包んでいると、だんだん集中してきて細かいことが気にならなくなってくる。最後の一枚を包み終わる頃にはもう清々しい気持ちになっていて、オレは穏やかで充足した気分で三井さんの顔を見つめた。三井さんも皮とタネがいいバランスで使い切れたことに満足した様子で、オレを優しい眼差しで見つめた。テーブルに置かれた皿には整然と餃子が並んでいた。笑い出したのはどちらが先だったかはもう思い出せないけれど、謝ったのはオレが先だった、と思う(三井さんは謝ったのは自分が先だと言って譲らない)。ごめん、とか悪かった、とか言い合ったら、向かい合って黙々と餃子を包んでいたことがおかしくなって、オレたちはまた笑った。餃子は一緒に焼いて、一緒に食べた。仲直りが下手なオレたちにとって、格好の手段だと思った。

大量のキャベツやらニラやらを包丁で刻みながら、オレはまたしても詫び餃子システムに頼らざるを得ない自らを情けなく思う。うちにはフードプロセッサーもあるけれど、詫び餃子のときはわざわざ包丁で刻む。腹が立ったことを思い浮かべながら、ざくざくと野菜を刻む。そうすると、だんだん苛立ちが薄まっていくのだ。もしかしたら写経に似た効果があるんじゃないかと思っているけれど、オレは写経なんて一度もしたことがないから分からない。とにかく、今は餃子である。やや大きめの形が残ったキャベツを執拗に深追いして、すべてを細かく粉砕する。
 豚ひき肉と野菜を混ぜて、下味をつけたらできあがり。ひき肉を素手で触ると手がにちゃっとするから、ビニール袋を手にはめて混ぜる。三井さんもおなじようにビニール袋を使うけれど、手が大きくて指が長いから袋の中の可動域が狭くて、イライラして途中ではずしてしまう。それからやっぱり手がにちゃにちゃになって、文句を言いながら何度も手を洗う。身長に対してちょっと低い流し台に合わせて背を丸めるその姿が見たくて、オレはため息をつく。
 玄関が開く音がして、オレはびくりと肩をすくめる。走りに行った三井さんが帰ってきたのだ。びっしょりと汗をかいた三井さんは、キッチンにいるオレをちらりと見て、何も言わずにコップ一杯の水をごくごくと飲み干した。ふう、と息をついて口元を拭うまでの時間を永遠のごとく感じながら、オレは目を伏せて忙しいふりをする。
「……飯、なに」
 テーブルにはタネが入ったボウルが鎮座していて、その横には餃子の皮の袋が転がっているのだから、何を作るかなんて一目瞭然だろうに、三井さんは尋ねる。
「……餃子」
 見りゃ分かんじゃん、なんて言おうものならまたケンカになるのは分かりきっているので、オレは素直に答える。そもそも、仲直りをしたくて餃子をこさえているのだ。
「シャワー浴びてくっから、待ってろ」
 低く宣言するように言い置いて、三井さんは浴室に消えていった。居丈高だけれど、要はシャワーを浴びたら一緒に餃子を包みましょう、ということだ。三井さんはカラスの行水だから、オレは一足先に餃子を包む準備をする。
 短い髪からぽたぽたと滴をしたたらせたまま、三井さんはダイニングテーブルのオレの向かいの椅子に座った。待ってろっつったろ、と言いたいんだろうな、と思ったけれど、三井さんは何も言わずに餃子の皮を手に取った。オレもちゃんと頭拭きなよ、と言いたかったけれど、黙って次の餃子を包んだ。餃子を包むあいだ、オレたちは大抵無言だ。
 オレの怒りの包丁が野菜を刻み過ぎたせいで、餃子は馬鹿みたいな数になった。予備で買ってきた皮まで使って、追加で出してきた大皿に並んだ餃子を見て、オレたちは途方に暮れる。
 おまえさあ、と三井さんは呆れたようにテーブルを眺めた。
「いくらなんでも、多すぎだろ」
 中華屋の仕込みじゃねーんだぞ、とため息をつこうとして、三井さんはふは、と笑いだしてしまう。
「どうすんだよ、これ」
 責めるような口ぶりだけれど、声には笑みが滲んでいる。
「餃子屋でもはじめる?」
 粉だらけの手を広げて言ったオレに、おなじように粉だらけの手をした三井さんがバーカ、と言う。いつもどおりの優しい声だった。
「そのうち餃子なんて嫌いになるかもね」
 大量の餃子を眺めて言ったオレに、三井さんは穏やかに、でも芯のある声で言った。
「なんねーよ」
 三井さんがそう言ってくれる限り、オレたちはケンカをするたびに餃子を作るのだと思う。餃子に飽きてしまう前に、なにか新しいシステムを考えないとなあ、と思いながら、オレは冷凍庫の空き状況を心配する。三井さんの髪はすっかり乾いてしまっていて、オレはそれがすこし惜しいな、と思った。餃子を作っていなければ、肩に引っかかったタオルで拭いてあげられたのに。もう餃子は作り終わったから、今度は髪を拭いてあげよう。粉だらけの手を洗うために、オレは立ち上がった。これから、この馬鹿げた数の餃子を焼かなくてはならない。


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