0 千想の魔法 4.影の魔術師 みんなに公開

目次4-1.あなたは誰4-2.絶対に阻止しなければ4-3.きっとあの人がやったんだ4-4.完璧に再現できるはず4-5.お前はお前のやり方を4-6.ついて行くことにしたから4-7.緊急の報告4-8.他人を心配してる場合か4-9.3本目の腕はない4-10.質問があるんじゃないかい

4-1.あなたは誰

心羽は果てなく深淵の続くだだっ広い空間の中にいた。どこか見覚えがあるけれど思い出せない光景に囲まれ、7色に輝く小さな泡がそこら中にぽつぽつ浮いている。
地面のない謎の空間の中を進むと、突然心羽の目の前にベンチが現れる。ベンチの上に置かれた1冊の本を手にとり、腰掛けて最初のページを開く。何も書かれていない白紙のページが開かれると、そこへ勝手に文字列が書き込まれていく。

“こんなふうにはなりたくなかった”
“俺になにができた?”
“最初から、君と関わるべきじゃなかったんだ”

そこに書かれたのは後悔と懺悔、そして絶望。
心羽はふいに、その文字列を指でなぞった。すると、その指の下から紡がれるように新たな文字列が現れる。

“何があったの?”
“あなたは誰?”

4-2.絶対に阻止しなければ

翌朝。小屋の2階のベッドで目が覚めた心羽は、さっきまで見ていた夢の内容を思い出していた。絶対に続きがあるはずなのに、ぶつ切りにされたような感覚。夜空に似たあの光景も、間違いなくどこかで見覚えがある。しかしどれだけ考えてもあの光景に心当たりはないし、夢の内容も意味不明で理解できない。
既に起きていたエイミーと挨拶を交わし、朝食をとる。エイミーは周囲に起きている人がいないことを確認すると、真剣そうな面持ちで心羽に話しかけてきた。
「あなたが探してるイジェンドって人についてなんだけど……昨日あなたが使ってたカルナ、あれもイジェンドの模倣ってこと?」
「そうだよ、あの時の私は能力も容姿もイジェンドに“変身”してた」
「髪型や身長、目の色は?」
「えーと、髪の色は赤で、毛先は肩くらいまである。身長が高くて、目の色は翠色だったかな。どうして?」
「正直に言うね。実は昨日まで、あなたを炎の魔女なんじゃないかと疑ってたの。でも昨夜、あなたはその力の正体を教えてくれた。“変身”の時の容姿もイジェンドを準拠とした姿になるのよね? だとしたら、イジェンドこそが10年前の炎の魔女なのかもしれない」
「イジェンドは、魔物を呼んで村を襲うような人じゃないよ」
「そうだけど、炎の魔女と特徴があまりにも一致しすぎてる。例え本人じゃないにしても絶対何らかの関係があるはず」
「うーん、たしかに…」
まてよ、特徴があまりにも似すぎてる…?
もし、誰かが炎の魔女と勘違いして、イジェンドを襲ったりしたら……それは絶対に阻止しなければ。
「……一刻も早くイジェンドと合流しないと!ごめんエイミー、またあとで!」
「ちょっと待って心羽ちゃん、私も行くよ!」
「えっ?」
「私もイジェンドと会ってみたい、炎の魔女に関する情報が得られるのなら…!」
「そっか…そうだよね、わかった!」
「すぐ支度するから!」

4-3.きっとあの人がやったんだ

キラちゃんにナビゲートを頼み、イジェンドの方角へ走る心羽とエイミー。
「こんな早朝から何事かしら?まったく鳥使いが荒いんだから」
「ごめんキラちゃん。イジェンドは今も無事なの?」
「今向かってる場所は30分前にイジェンドが確認されたところだわ。きっとまだ焦るほどの事態は起きていないわよ」
「30分前か、よかったぁ…」
「私にはそのキラちゃんって子が喋ってるのは聞こえないんだけど」
「そうだった…キラちゃんによると、イジェンドは30分前には無事が確認されてるって!」
「そっか、よかった。でもね、こっちの方向には2つ目の生産装置があるの。私たちも気をつけて進まないとね」

「実は昨日、影魔生産装置が誰かに壊されたって聞いた時、私は真っ先にイジェンドが浮かんだの。きっとあの人がやったんだって。でももしそうなら、イジェンドは猟団の活動範囲にまで入ってきてたってことでしょう? だから、皆が活動を始める前にイジェンドと合流しなくちゃ」

4-4.完璧に再現できるはず

エイミーが急に立ち止まって心羽を牽制する。素早く茂みに身を隠し、前方のある一点を見つめる。「あれ、見える?」
エイミーの視線の先でイジェンドらしき人影が何かと戦っているのが見える。そこでは炎が爆ぜて猛り、黒い影たちを覆い隠す。
「もうちょっと近づいてもいい?ここからだとよく見えなくて」
「良いけど、くれぐれも気をつけてね。今イジェンドが相手にしてる影魔の数は、見えてるだけでも10は居るから」
「そんなに…!わかった、ありがとう!」
心羽は周囲の様子を警戒しながら距離を詰める。まずは状況を目視したい。
エイミーの位置から半分の距離まで近づき、その全貌を目の当たりにする。イジェンドは刃が折れて短くなった両手剣に炎を宿して振るい、それを取り囲む影魔の数は10前後。イジェンドが倒しても倒しても、その奥にある黒く禍々しい色の岩からまた新しい影魔が生産されている。
「助けないと!エイミー!」
心羽が振り向くとエイミーは既に狙いを定めて弓を引き絞り、矢の弾道上に光環を展開している。次の瞬間、放たれた矢がイジェンドの背後に居る影魔を一撃で消し去った。昨日教わったあの構え、引き、今なら完璧に再現できるはず。
ポーチの中から、深い翠色に光り輝く星光結晶———“環晶石”を取り出し、胸元でその輝きを握りしめる。
「チェンジ・エイミングドレス!」
その言葉が結晶に秘められた力を解き放ち、心羽を“変身”させる。エスニック調のケープを身に纏い、左手には小柄なサイズの弓を携えたその姿はエイミーに酷似している。
眼前に光の環を浮かべ、その先の影魔を見据えて弓を引く。“無理に動いてる時を狙わず、動作と動作の節目を狙い、最も動きのゆるかな時に撃つ”…
今だ。
心羽の放った矢は光環をくぐり抜けて加速し、瞬きの間に着弾する。仕留めきれなかったものの、その影魔はターゲットを心羽に変えて向かってくる。冷静に、呼吸を整えて2射目を繰り出す。大丈夫、まだ距離がある…。
2度目の矢を受けてよろける影魔。しかし、なおも起き上がってこちらへ距離をつめてくる。エイミーの卓越した技術と付け焼き刃の心羽とではまだ隔絶された壁を感じた。
無理、これ以上近付かれたら撃てない…!
「チェンジ・フレイミングドレス!」
心羽の弓が光を纏って両手剣へと変化し、発現した炎と共に心羽のケープも黒い外套へと変身を遂げる。
影魔が繰り出した爪を刃で受け流し、体勢を崩させて上方から叩き斬る。光環の矢を2発も受けて動きが鈍った影魔は、心羽の斬撃を受け止め切れない。その鱗状の外骨格が砕け散って剥がれた部位めがけて再度振りかぶる。
「やぁぁああっ!」
刀身を燃やして振り下したその刃は影魔を灼き斬り、跡形もなく消滅させた。
はじめて、影魔を倒せた……
その間にエイミーの援護射撃で優勢となったイジェンドは次々と群れの勢力を削り、心羽が視線を向けた時には生産装置を破壊する段階にまで差し掛かっていた。
僅かな隙にイジェンドがこちらを見やり、心羽とエイミーを視認する。
「一人は心羽か。離れろ!」
イジェンドは心羽に忠告を入れると刀身に炎を収束させ、黒岩に叩きつける。衝撃と共に炎が爆ぜるも、岩はびくともしない。
「クソ、もうこの剣じゃだめか…!」
イジェンドは距離をとり、今度は助走で勢いをつけて振り下ろす。次の瞬間、衝撃に耐えられなかった剣が柄から折れてしまう。
その間にも新たな影魔が黒岩から生まれてくる。エイミーと心羽が即座に対応するも、イジェンドにはもう武器で身を守ることすらできない。
イジェンド曰く、剣に重量があるのはその重さで獲物を圧し潰すためだという。イジェンドの剣術も剣の重量を軸にしたものが多い。さっきのイジェンドは刀身が折れて短い剣を使っていたから、もしかすると重さが足りずに本来の力が出せてない…?
「ねえイジェンド、これ使って!」
心羽は手に持っていた両手剣を投げる。重く鈍い音を立てて地面に突き刺さったそれを拾い上げ、イジェンドは再び黒岩に構え直す。
「…ちょっと軽いな。まあいい。下がっていろ!」
刀身に炎が収束されていく。その熱が心羽の元にも伝わってくる。心羽が距離を取った次の瞬間、眩い閃光が視界を覆う。爆発音が轟き、衝撃波に吹き飛ばされる。煙が晴れて視界を取り戻した時、既に辺り一帯は焦土と化し、中央の黒岩は粉々に破壊され、イジェンドが握る心羽の両手剣は真っ二つに折れていた。

4-5.お前はお前のやり方を

「心羽お前、また森に入ってきたのか。それと隣のそいつは保護者にしては若すぎるな。何者だ」
無事にイジェンドと合流し、影魔生産装置の破壊も見届けることができた心羽とエイミーは、状況整理も踏まえてイジェンドと会話していた。
「彼女はエイミー。隣町の狩人で、出会ってからたくさんお世話してくれる優しい人だよ! 私がイジェンドに会いに行くって行ったらついてきてくれたの」
「やっぱり保護者じゃねーか」
「えへへ……そうかも。一緒に来てくれてありがとう、エイミー!」

イジェンドは男性だけど、あの長髪は遠目なら女性———“魔女”と間違えられてもおかしくない。そしてあの爆発。辺りを本当に一瞬で焼け野原に変えてしまうほどの力…。
そもそもカルナを持つ者自体がごく少数にも関わらず、炎の魔女とあまりに合致した特徴を持つカルナの持ち主…。
正直、今目の前に立っている相手が炎の魔女ではないと言われてももう信じられないだろう。
どうやって聞き出そうか。10年前のあの日のことを。この男は、何のために私の家族を、村を奪ったのか。
そんな凶悪な奴に面と向かって話しかける勇気は、出るだろうか。
話題に出したらどうなってしまうのか。聞き出せなかったら…。
怒りと恐怖と緊張と、よくわからない感情とが綯い交ぜになって、身体中がこわばる。
声が出ない…。
「エイミー? さっきからずっと上の空だけど大丈夫?」
「体調悪いのか」
「おーい、エイミー?」
心羽は肩を揺すっても反応がないエイミーの両手を握りしめ、思いっきり自分の方へ引っ張る。
「うわぁっ!?」
エイミーは思わず心羽へもたれかかる。呼吸が荒い。いつの間にか息をするのも忘れてしまっていたらしい。
「エイミー大丈夫? 顔色悪いよ?」
「ごめん…大丈夫よ、ありがと…」
「ちょっとそこで休もうか」

「私はね、イジェンドと一緒に戦うために来たの。シエルが言ってたよ、イジェンドを独りで戦わせたら影魔を滅ぼす前にイジェンドが倒れるって」
「ふっ、あの胡散臭いガキの話を真に受けたのか」
「誰が胡散臭いガキですって!?!?シエル様になんと失礼な!!!!」
「わわ、キラちゃん落ち着いて!私も今のはイジェンドの言い方が悪かったと思うよ!」
「なんだ、そいつもシエルんとこのお遣い鳥か? どーりで。そいつにナビゲートしてもらったんだな。相変わらず何言ってるかわかんねえが、心羽はわかるのか」
「この子はキラちゃん。私にはこの子の言ってることがわかるけど、聞かない方がいいよ。シエルのことをバカにした〜ってあなたを全力で罵倒してるから」
「そりゃ聞かなくて結構。」
「それでさ、これからのことなんだけど。影魔を倒して森と街に平和が訪れるまで、イジェンドと共に活動してもいい?」
「……だめと言ってもきかないタイプの人間だろう、お前」
「やったぁ!よろしくね、イジェンド! できれば剣術も習いたいんだけどいいかな?」
「お前に教えられる剣術はもうない。」
「それっていい意味?悪い意味?」
「いい意味でも悪い意味でもだ。悪い意味では、やっぱりお前に両手剣の才能は無い。」
「そんなぁ…」
「いい意味では、お前はもう影魔を倒せる。」
「それって……、さっきの戦いを見ててくれたの!?」
「ああ。あれはお前にしかできない戦い方だ。俺が俺の戦い方を教えずとも、お前はお前のやり方を究めたらいい」

4-6.ついて行くことにしたから

悔しくてたまらない。炎の魔女は目の前にいるのに。あと一歩のところだったのに。
あの圧倒的な力を見せつけられて、怖くてすくみあがっていた。
でも心羽は、イジェンドと対等に接している。イジェンドの方もぶっきらぼうではあるものの凶悪な様子は見せず、普通に会話している。
「ねえイジェンド、これからどこに行く予定?」
「ほかの黒岩を探しにいく。影魔の出現分布的に、少なくともあとひとつはあるだろう」
なぜこの大人しそうな青年が10年前、あんな残虐なことをしたのだろう。想像もしえない理由があるのかもしれない。
ひとまず、今日一日は彼らと共に行動して様子を探ろう。直接聞いたらはぐらかされる可能性もあるし、遠回りでも少しずつ情報を集めよう。
「あ、それならエイミーに聞いてみようよ!彼女なら生産装置の場所知ってるはず!」
心羽は切り株に座っているエイミーの元へ駆け寄る。
「エイミー、今体調どう?」
「うん、大丈夫。回復したよ」
「よかったぁ、さっきは突然顔色悪くなっちゃってびっくりしたよ〜」
「ここで休んで持ち直せた。それで、影魔生産装置の場所だっけ?」
「そうそう、エイミーなら場所知ってるかなって」
「それなら案内するよ。装置を破壊してもらえるなら猟団としてもありがたいからね」
「あの、いろいろ連れ回しちゃって大丈夫…?」
「気にしないで!私もふたりについて行くことにしたから」

4-7.緊急の報告

そこはシャンデリアもキャンドルもない、黒く穢れた大理石で囲まれた、城の一室というには異質さの際立つ大広間の中。静寂に包まれ、ひとつの足音だけがホール内に反響する。
音は玉座の前で止まり、跪いて口を開く。
「陛下、緊急の報告でございます」
その声は低く、僅かな怒気を孕んでいる。
「ふむ。申してみよ」
年季の入った玉座から、より一層深い声が返す。
そこに腰掛けるは、立てばゆうに2メートルは越すであろう大柄な鎧。全身が隙間なく黒い鎧で覆われており、兜の影に隠れたその表情は伺いしれない。
「先ほどの見回りにて、南東側と西側のプロンプターが破壊されているのを確認しました」
足音の主———公爵のような出で立ちの男は鎧の反応を窺う。
「ふむ。誰がやった。」
“陛下”と呼ばれるその鎧の声色は相変わらず冷静さを保っている。
「現在調査中ですが……その痕跡から見て“炎の魔女”ではないかと」
「……………」
唐突に静寂が訪れる。公爵はただ、陛下の返答を待つ。
「……………今、なんと申した」
「ですから———」
「“炎の魔女”、だと?」
「はい」
明らかに陛下の声色が変わった。驚いているのか、畏れているのか…。
「そうか、炎の魔女、か………ふふふ……」
「陛下…?」
陛下の不敵な笑みは次第に大きくなる。
「…ふっふっ……はっはっはっは! 実に面白い! 炎の魔女が現れたというのか!」
公爵は陛下がこのように笑う姿を初めて目にした。
「命令だ、最後のプロンプターを死守しろ。今すぐに!」
「っ………御意。」

4-8.他人を心配してる場合か

エイミーの案内のもと、心羽とイジェンドはもうひとつの影魔生産装置に向かっていた。
「影魔が増えてきた…。目的地はもうすぐだね」
「戦闘はなるべく回避しろ、体力を温存すべきだ」
視界が開けて、複数の影魔に囲まれる黒い岩を見つける。
次の瞬間、岩の陰から新たな人影が現れる。公爵のような装いをしたその男性は影魔に襲われることもなく、平然と群れのなかに混ざっている。公爵はこちらに視線を向けると、少し残念そうな表情で話しかけてきた。
「お前らか、プロンプターを破壊して回ってんのは」
「……プロンプター?」
「ああ、この黒い岩のことよ。お前らがやってないなら、お前らに興味はねえ」
「やったなら?」
イジェンドが応じる。
「…なんだ、死にてえのか。やってないと言えば逃がしてやっ……」
「俺がやった。それも壊す。そこをどけ」
イジェンドは既に臨戦態勢に入っている。
「待って!あなたは誰?どうして影魔の味方をするの?」
心羽が仲裁に入る。イジェンドも心羽の質問に興味を持ったのか、構えた剣を下ろして会話の態勢に入る。
「そりゃプロンプターを仕掛けたのが俺たちだからさ。お前ら人間にエサになってもらうためにな」
「エサになってもらう…だと」
「なんてことを…!」
「お前ら人間って…あなたは人間じゃないの?」
それぞれが口々に反応する。
「人間に擬態しているのだからな。見間違えて当然だ」
そう言いながら公爵は黒い霧を纏い、次の瞬間には影魔のような黒い鱗を持つ人型の怪物に姿を変えていた。
「……まさか、あなたも影魔なの?それともカルナの使い手…?」
「どちらでもない。俺はウェルト、影魔を操る魔術の使い手、“エクリプス”の一員さ」
「エクリプス…?誰か知ってる?」
心羽が訊ねるも、両者とも首を横に振る。
「なら直々に教えてやろう、俺たちエクリプスの恐怖をな」
ウェルトは指を軽く鳴らし、その指先を心羽たちに向ける。
「やれ」
その掛け声とともに周囲の、少なくとも視認できる範囲にいる全ての影魔がこちらに視線を向け、一斉に襲いかかってくる。
「影魔を指揮してる…!?」
「来るぞ!構えろ!」
イジェンドは即座に炎を灯し、迫り来る影魔を次々と薙ぎ倒す。
「チェンジ・フレイミングドレス!」
心羽も素早く変身、エイミーの護衛にまわる。
「私が引きつけるから、エイミーは射撃に集中して!」
心羽がエイミーに近づく影魔を引きはがし、イジェンドとエイミーが一体ずつ確実に仕留める。
ウェルトはその様子を伺って3人の戦力を推し量る。まずは弓使いの女。彼女が放つ矢は影魔を一撃で倒せるほどだが、射撃中は隙だらけな上にその間隔も長い。集団戦なら余裕で無力化できるだろう。次に赤髪のガキ。見た目の特徴は炎の魔女に近いが、はっきり言って弱い。ほか2人と違って影魔を一撃で落とせず、得物の剣も素人が見よう見まねで振るっているようにしか見えない。話に聞く炎の魔女のような強さの片鱗は感じられない。最後は長髪の剣士。奴は両手剣の扱いに長けているようで、影魔を次々に沈めている。3人の中でも明らかに飛び抜けた強さがある。男だが、こいつが炎の魔女だろう。
最初は押されていた3人だが、敵の数を減らしたことで次第に優位に立ち、イジェンドは影魔の猛攻を掻い潜ってウェルトに刃を突きつけてきた。
「どけ。どかないなら斬る。」
「…かかったな、炎の魔女!」
ウェルトはさっと身を翻し、握っていた黒い結晶をイジェンドの足元にばらまく。そこから無数に影魔が現れ、一瞬でイジェンドを取り囲んでしまった。
「くっ…!」
「言ったろ?影魔を操るって。指示だけじゃない、召喚だってできるのさ」
「自分で影魔を作れるなら、こんな装置必要なさそうだが」
イジェンドは囲まれながらも的確に攻撃を受け流し、躱しながら影魔を一体ずつ倒していく。
「コスパって知ってるか?俺が召喚した奴らは30分も活動したらエネルギー切れになる。だがプロンプターで作った奴らは自営して何年でも生き続けられる仕様でな、その分コストも手間もかかってんのさ!」
そう言いながらウェルトは 右腕を歪なまでに巨大化させ、イジェンドへ一気に間合いを詰めると、拳を握りこんで思いきり殴り飛ばす。
「ぐぁ…っ!」
影魔に囲まれて避ける場所がないイジェンドは正面からその攻撃を受け止め、吹き飛ばされて背中を木の幹に強打する。その衝撃で全身の感覚が鈍り、思うように動かせない。
体格に見合わない俊敏な動き、身体の一部を変化させる奇妙な術、そしてその威力…。イジェンドは身をもって知る。こいつは只者ではない…少なくとも、真正面から戦って勝てる相手ではない…!
「炎の魔女もこの程度か、拍子抜けしたな」
「炎の魔女、だと…? 俺のことか…?」
「10年前の大火災。この辺りでは有名な話だ」
「10年前……。そうか…街ではそういう風に呼ばれていたんだな」
イジェンドとウェルトの会話を通して、エイミーの認識はより確かなものとなる。この男は自覚もある上に、まるで反省してそうな様子も見せない。
「その力、10年の間にかなり衰えたとみえる。終わりだ、炎の魔女!」
ウェルトは飛び上がり、その歪な拳を再度振りかぶる。今度は受け止めることすらできないだろう。
「させない!」
側面から飛び込んできた心羽が、両手剣を巨大な右腕に叩きつける。しかし、その腕はびくともしない。心羽は容易く払いのけられ、その衝撃で吹き飛ばされて右脚を骨折してしまう。
「心羽っ…!」
心配するイジェンドを嘲るように見下ろすウェルト。その拳は今度こそイジェンドに向かってまっすぐ振り下ろされる。
「他人を心配してる場合か?逝ね!」

4-9.3本目の腕はない

次の瞬間、強烈な突風が押し寄せ、ウェルトは思わず受身をとる。空から白い翼の少年が降り立ち、ウェルトを一瞥すると、影魔たちの隙間をすらすらと縫うように3人を素早く回収し、上空へと飛び去ってしまう。
「逃がしたか……くそっ」
翼を持つガキ…。たしか、城下町で情報屋をやってるんだったか。とりあえず陛下に報告せねば。

「いや〜、間に合ってよかったよかった!みんな無事?」
ユール森林上空。シエルは戦闘中の3人を救出して城下町に向かっていた。右腕で心羽を、左腕でエイミーを抱きかかえ、両脚でイジェンドを挟んで飛んでいる。
「おい情報屋、なんで俺だけ足なんだよ」
「しょーがないでしょー、翼はあっても3本目の腕はないんだもん。そんなことより!まずはボクに言うことがあるんじゃないかい?」
「…フン。」
「もー、素直じゃないなぁ」
「…あのー…、ありがとうございます…?」
状況をよく理解できていないが、助けてもらったような気がするエイミーは謝礼を伝える。
「どういたしまして。君はどこかのぶっきらぼうさんと違って、素直でいい子だね〜! 」
「あの、今どういう状況なんですか」
エイミーは率直な疑問を投げかける。
「怪我だらけの君たちをユール医院に連れて行くところだよ。詳しくはあとで話そう。しばし、空の旅をお楽しみくださ〜い!」

4-10.質問があるんじゃないかい

「何があったんですか!?」
「ちょーっと影魔にかじられちゃったみたいで…はは…」
昼下がり、ユール医院にて。血だらけの3人を見た看護師がギョッとした目でこちらを見つめる。
幸い、見た目ほどの重傷はなく、イジェンドとエイミーは傷の手当と消毒で終了。心羽は右脚を骨折している上に気絶してしまっているため入院となるが、命に別状はなく、2週間ほどで退院できるらしい。

「…さて。みんないろいろと質問があるんじゃないかい? シエル先生がなんでもお答えしよう!今なら情報代はとらないよ!」
「その背中の翼はなんですか?」
「うおっと、いきなりそこ聞いちゃう!?」
「派手だし、普通気になるだろ。」
寝ている心羽を横目に、イジェンドとシエルとエイミーが小声で話し合っている。
「もっとさー、『なんで助けてくれたのー!?』とか『エクリプスってなんなのー!?』とか、そういう質問を想定してたんだけどなー。まあいっか、お答えしよう! 」
「この翼はね、カルナによるものじゃないんだよ。イジェンドは聞いた事あると思うけど、はるか昔からこのユールの地に残る言い伝えに、“有翼人の降臨”ってのがあるんだ。民が鳥たちを神獣として崇め、食するのを禁じていると、有翼人は人間の子として生まれてくる。それがボクだよ。有翼人がいる街には無病息災や豊穣、永きに渡る繁栄や平穏が約束されるんだ。」
「え、ユールの人たちって鳥食べないんですか?美味しいのに…」
「!?!? そ、そっかそっか、君はユールの人じゃないもんね!この街では、絶対、食べちゃダメだよー? 美味しさを広めて回るのも、禁止だよー!」
「わ、わかりました…」
「お前でも焦ることってあるんだな。」
「ハイ、この話は終わりー!次の質問!」
「じゃあ俺から質問してやる。———お前の要求はなんだ」
「要求? なんのこと?」
「対価、とでも言おうか。俺たちを助けた上に病院代まで負担し、無償での質問を受けつける。普段のお前はもっと金にがめつい奴だろう、そこまでするのには理由があるはずだ。俺たちに何を求めている?」
「やだな、ただの善意だよ。そうやって人の優しさに疑りをかけるからキミはいつまで経っても独りなんだよ?」
「うるさい。質問に答えろ」
あまりにブレないイジェンドの視線に、シエルは呆れ顔でため息をこぼす。
「はぁ。ボクの要求は、君たちにそこで眠っている旅人———燎星心羽の護衛をしてもらうことだよ」
「そうか、断る。」
イジェンドが即答する。
「なんでよ!? そっちから聞いたくせに———」
「要は子どものお守りをしろってことだろ。俺に務まると思うのか?」
「そんな難しいことじゃないさ。ただ彼女に迫り来る危険を排除して欲しいだけだよ」
「そうは言ったって、あいつ自分から危険に向かって飛び込んでいくだろ」
「だからこそさ。」…
(以降の会話シーンは未作成。予定としては、シエルの要求に対しイジェンドは終始納得しない態度、エイミーはイジェンドと行動することに理由が伴うため承諾。エイミーはしばらくユール城下町に滞在することになり、猟団にはシエルが仲間の鳥を遣って連絡済み。)

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