0 7.小人と取材 みんなに公開

「お前、つけられとるぞ」
5月16日、午前9時47分。花森健人は自宅にて唐突に声をかけられた。そこに居たのは面を着けたような顔をした白い小人。今尚続く超常的な現象に、僅かに慣れた気がした自身を、寧ろ危うく思いながらも小人に辟易と返事をする。
「何、お前?今度は何だよ、もう」
「…いきなりあしらうのは、それはそれでどうなんよ。ていうかもうちょい驚くところじゃないんか?」
小人が捲し立てて言う。ああ、うざったい。
俺の周りはこんなことばかりが起こってばかりだ。口からは溢れる溜め息に、健人の鬱々とした感情が強く滲んだ。
「お前も大方、"俺の現実"なんだろ?」
「まあ、否定はせんな」
「幻覚とかの方がマシだ」
「そりゃ相当じゃな」
転じてどこか飄々とさえした小人の返事が、健人の神経を逆立たせる。不思議とひりつくような悪意こそないが、そもそもお前は誰だ。人に名乗りもしないで苦言を言う無責任さが癪に障った。
「さっさと名乗れよ…俺は花森健人」
「ネーゲルじゃ、それじゃこれから」
「「よろしく」なんて言うと思ったか?不法侵入者」
同時に唱えられた挨拶を嫌味に変え、道義と法を盾に言い放つ健人だが、小人は意に介さない。
「あんま自分から言いたくないが、命の恩人にそれはなかろう」
「は?…ネーゲルって、お前!」
想起されるは先の事件。自分達を追い詰めた黒コートの凶行に対し、健人の身体を操って介入した第三者。
「やっと気づいたか。そう、前にお前がトランスになっとる時、戦ってたのは俺じゃ」
「知ってること教えてくれ」
であれば必然やることは一つ。情報を乞う。
「いいぞ。言えることなら言える」
不意に出てきた光明に、健人は一つ息を吸った。

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「全く、面倒になったな」
同日、午前10時27分。朝憬市南東部の然るマンションの一室にて、燕尾服を纏う初老の男が言った。
「よく言うわ。大方エヴが手こずること、分かってたんでしょ?」
対するは黒髪の女子高生。俗にいう深窓の令嬢という風貌そのままに、静かに、だが悠然と言葉を紡ぐ。
「そういう君はどうなのかね、エヴルアに思うところでも?錬金術師殿」
「冗談よして。私が聞きたいのはあなたの腹の内よ、閣下様」
踏み込んできたその言葉に、閣下と呼ばれた男は苦笑した。
「実は自分でも驚くほど、何か裏があるとかいうわけでもないのだよ。如何にも悪どい黒幕を期待している諸君には悪いのだが」
あっけらかんとした閣下の言葉に、錬金術師と呼ばれた女子高生の、整えられた眉が寄せられる。
「…エヴルアを、消す気だった?」
「まさか。彼は反骨心こそ隠していないが、私もみすみす、自分達の戦力を削ぐような愚策は言わんよ」
書斎を思わせる部屋に、沈黙が流れる。交錯する二者の視線。その時、インターフォンの音が鳴った。
「頼めるかな?」
閣下が錬金術師に応対を促した。顔をしかめて一瞥しながらも、錬金術師はインターフォンのモニターを見る。そこにはゾルドーの姿があった。
「神父様が私たちを咎めに来た」
「ほう、では迎え入れようか」
錬金術師が部屋のドアを開け、ゾルドーが入室すると、閣下がその来訪の意図を問う。
「全く君たち、私も忙しいのだが」
「エヴルアが消えた」
即座に告げられた言葉に一瞬、間が空いた。閣下が一つだけ「ほう…」と返し、状況を咀嚼する。
「早速戦力が削がれたかしら?」
「すぐにそう判断を急ぐのは早計だよ、君」
錬金術師の言葉を嗜めつつ、閣下はゾルドーに意識を向ける。ゾルドーの眼は鋭く細められ、眉は寄せられていた。
「奴はアレにプロテクトが掛けられていると言った。得体が知れぬ、とも。これはどういうことか」
「ああ…それか。まあ頃合いだな。アゼリア、君も察してはいるのだろう?」
呼ばれた錬金術師ーーアゼリアがゾルドーと閣下を見る。彼らからも視線が向けられる中、腕を組んだ彼女は溜め息を吐きつつ、小さな唇から言葉を紡ぎだした。

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ネーゲルという、事件と対峙する上での鍵になり得る存在。その突然の登場に高揚しながらも、花森健人は一瞬顔をしかめた。
先の事件以降の、桧山初樹の表情が脳裏に浮かんだためである。
「あんな危険な作戦を提案しておいて、俺は何も出来なかった」
健人にそう吐露した初樹の表情には、痛みが宿っていた。その後に顔を合わせても、思い詰めた様相は変わることはなく、今日に至る。健人はスマートフォンの電話帳のアイコンをタップして一つ息を吸うと、初樹の番号に電話をかけた。
「もしもし、花っち?」
「もしもしハッサン、落ち着いて聞いてくれーー」

そうして健人の呼び出しに応じた初樹から、ネーゲルは質問責めにあっていた。
"あの怪物は何者?"、"なぜ人を襲う?"
"被害に遭った人を助ける方法は?"、"花っちはどうして変身して戦える?"、"ネーゲルはどういう存在?"
「そんな聞かればっかりしても答えられんわ、兄ちゃん。そもそも解答できんのもあるし…」
「解答できない?」
連続する質問への解答に戸惑う中て健人からも問われ、流石にネーゲルも語気を強める。
「だから、一つずつなるだけ答えるから、ちょっと待ちぃ!」
「ああ…ごめん」
そう謝る健人の目が、初樹のそれと合った。数日ぶりに初樹の少し解れた表情を見ながら、健人も小さく肩を竦める。だがネーゲルが次に口を開いた時ーー。
「最初からいくぞ。あの連中についてじゃが、言葉を話しとった黒コートの方が"エクリプス"。他の知性体から、ある養分を摂取する者たち」
「エクリプス」
健人の神経が、そして筋肉が、出てきた名称の奇妙さに収縮した。
「で、連中が使役しとったじゃろ?言葉を話さん方を。アレが連中の使い魔の"影魔"。知っての通り、見境なく人を襲う。」
「影魔…ちょっと待ってくれよ」
決定打。思えばあの黒コートも影魔の名を口にしていた。想起されるはあの奇妙なメール。
「何じゃ?散々急かしといて今度は」
「お前がその名前を知ってるのって…」
その時ズボンのポケットの中で、スマートフォンが鳴動した。健人がそれを取り出し、メールアプリを開くとそこにはーー。
"どうか教えて。あなたに何があったの?"
"エクリプスや影魔達と、戦っているの?"
そう文面の打たれた新着メールが表示され、送信者のアドレスにはやはり奇妙な文字の羅列で構成されていた。直ぐに初樹とネーゲルにそれを見せる。
「このメールの送り主が、前に俺にエクリプスや影魔の存在を聞いてきたんだ。今みたいに」
「何で言わなかったんだよ」
「今ネーゲルから説明されて、ようやく意味がわかった状況だ。新手の迷惑メールだと思ってた」
初樹からの問いに、顔を強ばらせて答えていた。動揺している自身を、自覚せざるを得ない。
「ネーゲルはこれに、心当たりとかないのか?」
「…解答できん」
続けて初樹がネーゲルに問うも、一瞬間を空けて出てきた言葉は、健人に怒気を抱かせた。
「どうしてだよ!」
「…俺の中に該当データがないからじゃ」
ほんの一瞬息を吐くと、ネーゲルはそれだけ告げた。

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「そうなんですよ、うちのアルバイト。いい奴ではあるんですけど、中々なんというか落ち着きがなくてねーー」
同日、午前12時06分、安場佐田。胸中穏やかではないながら、健人はシフトに入るべく店の戸を開ける。店内の奥では佐田がビジネススーツ姿の若い女性と話をしていた。女性に会釈しつつ、どことなく上機嫌な佐田と挨拶を交わす。
「お疲れ様です」
「おお花森、こちらジャーナリストの上坂さん。うちに取材に来られたんだ」
佐田が紹介するのに合わせ、健人は再度上坂に意識を向けた。第一印象、容姿端麗な人。セミロングのウルフカット、整えられた切れ長な目がよく映える。おかげでその一瞬は、訳のわからない小人に振り回された現実を忘れることができた。店長も上機嫌な訳だと、内心独り言ちる。
「上坂蓉子です。今日は雑誌の企画で、安場佐田さんの取材にお邪魔してます」
その挨拶と共に差し出された名刺には、彼女の名前とフリージャーナリストの名が刻まれていた。
「あ、えっと…花森健人と申します。よろしくお願いします」
「お前さんにも取材したいということだから、応じれるなら今日の仕事はそれが最初だ」
「えっ、聞いてないっすよ」
本人が知らぬところで、半ばまで話が進んでいる。健人は一瞬困惑するが、すぐに上坂が注釈した。
「出来る限りのお話で構いませんので、是非。花森さんの感じることも併せて、取材したいんです」
「折角こう言われてるんだ。一つ行ってこい、な?」
「えっと…可能な範囲でしたら、まあ」
こちらを真っ直ぐ見る上坂の瞳を見返せない。佐田の言葉はともかく、先の動揺から逃れたい思いもあって取材に応じる。
間もなく佐田が接客や商品の配置の整理といった店内の仕事に赴き、その場を後にした。初対面の美人と二人という展開。不意に訪れたその状況に少し眼が泳ぐ。
「そんな堅くならないで大丈夫ですよ」
微笑みながら声をかける上坂に、少し口角を上げて頷き返した…つもりだが違和感はないだろうか。だが、間もなく上坂から投げ掛けられた一声は、そんな健人の思いを置き去りにするものだった。
「それで、取材内容なんですけど…この街に出る怪物の都市伝説と、連続失踪事件について伺いたいんです」
耳を疑った。一般社会で活躍しているであろう、目の前の美女ーー上坂蓉子から告げられた言葉。それは出会ってすぐの彼女に抱いた第一印象から、あまりにもかけ離れた浮世離れに過ぎる単語だった。
怪物の都市伝説、そして連続失踪事件。確かに健人も関わっているところではある。だが寝耳に水の形で、如何にも自分が関わっている前提でされたその質問は、知らず健人を揺さぶった。
「あなたは一体ーー」
「それは私も思うところだけど…さっき言った通り、私は彼の都市伝説と連続失踪事件を追っているんです」
「…そもそも、その都市伝説ってなんすか。それと俺がどうして結び付くんです?」
「簡単な話ですよ。事件を調べてるのは、あなた達だけじゃないんだから」
「だから何で俺たちが調べてるってーー」
「"俺たち"?」
上擦った声、言動に出たボロをすかさず上坂は捕えて健人を揺さぶる。健人の意識は思考が固まる自身を感じていた。
「動揺することないですよ、私はもうあなた達の存在は認知している」
「…どうしてわかった?」
「まあ、それはこちらにもツテがあるというだけの話。それにあれだけ派手に暴れていればね」
これまでの戦闘場面を想起すれば、確かに白昼堂々戦っていたこともあった。しかし何より、自分達に辿り着くに至った"ツテ"の存在が、健人の心中を重くする。
「一応、雑誌社の委託で私がこのお店の取材に来たのは本当だけど、本命はあなたとの取引に来た」
「取引?」
「私は故あって、この怪事件の真実を追ってる。私の持ってる情報では、あなたはそれに近づき得る人間なの」
「どういう意味だよ、それ」
涼しく告げた上坂を睨み、怒りを込めて言い放つ。このところ訳のわからないうちに話を勝手に進められている。腹を割って話せた人のそれならともかく、殆どがそうだ。いい加減にしてくれ。
「そんな風に言われても、少なくとも事実はそういう状況」
「…要求と対価は?」
「要求は怪事件の取材として、私をあなた達の活動に同行させて欲しい。対価は私の持ってる情報。どう?あなた達にも無益でないと思うけど」
沈黙ーー。簡単には口を開けない。本来なら俺は、平穏な日常に戻りたいだけだ。それがクソみたいにつまらない日々ではあっても、これ以上人の悲痛と異形との暴力にのめり込むつもりはこれっぽっちもない。仮にそれが人の世界全体に関わるような話であったとして。これ以上どうしろというのか。
「…一度持って帰るのは?友達も関わる以上、俺一人で決められない」
「いいわ。じゃあこれ、私のプライベートの連絡先。信頼の証、或いは担保ってことで」
差し出されたメモを一先ず受け取るが、この後に初樹と一連の整理をしなければならないことを思うと、健人の心中は鬱々としていた。

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