これは私たちが紡いだ希望の物語  No.1 1/2 version 20

2022/05/09 19:42 by someone
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これは私たちが紡いだ希望の物語  No.1 1/2 【A】
2020年、4月12日。その日、朝憬市立朝憬英道大学二回生である花森健人は、同大学B棟第2講義室にて行われる人体の機能と構造の講義に出席していた。
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
時間は10時51分。単調な講師の話と昼食までもたない空腹、そして気怠さによって、既に講義に意識を集中させることが難しい。天を仰ぐように軽く首を逸らした後、左目を瞬かせて再度講義を聴くよう努めるが、そこに加わる周囲の学生らの小声の数々が健人の意識をかき乱す。最早聴講することは投げ出して、健人は前方を向いて時間をやり過ごすことだけに注力していた。そんな折、彼の着いている講義室中段の席の一つ前で、男子学生の二人組が小声でとある都市伝説の話が耳に入ってくる。
「また出たって、”赤髪の魔女”」
「お前好きだな、その与太話」
話を振った方の小柄な男子学生が「講義よりは面白いだろ」と渇いた笑みを浮かべて小声で話し続けた。
「それがここから近いんだよ、朝陽町の教会の近くで怪物と争ってたってSNSでさ…」
「お前その感じ、特撮とかそういうもんの延長で見てんだろ。別に否定はしないけど、俺にそれを話されてもさ」
話を聞くガタイのいい男子学生がその大きな肩を竦ませ、呆れた口調で返す。
「なんだよ…なんか、イケてんじゃん。赤髪の魔女」
「多分、お前はダサいけどな…」
ガタイが小柄に毒づくのに共感し、健人は小柄の方を冷ややかに見るものの、気が付けば講義よりもそちらの話ばかりを耳が拾っていた。最終的に講師が講義終了を告げると同時に、健人の胸中には苦い自己嫌悪が広がる。講師と学生らがそれぞれの荷物をまとめて講義室を後にする中、同じゼミに所属する友人である横尾和明が上の空である健人の下にやってきてその肩を叩いた。
「お疲れ、花っち」
「ああ、お疲れカズさん」
「どした?また夜更かしして絵でも描いてたのか?」
心ここに在らず——そんな健人のうだつの上がらない声に、和明は苦笑しながらその理由を問う。
「いや、それが…何て言うかさ…」
「うん、どした?」
「何で俺、この勉強してるんだっけって思ってさ」
話はそこで一瞬間が空いた。和明の口から「…え?」という一音だけがポツリと零れる。
「…とりあえずちょい早いけど、飯行く?」
「行く。腹減った」
怪訝な顔と共に言った和明の一言に即答し、健人は傍らのショルダーバッグを掴んで席を立った。

—————————————————————————————

同日午前11時06分、朝憬市中央部駅前の街中。そこに位置する朝憬市市役所ビルを、突如として不可思議な暗闇が包み、その周囲には報道陣や人々が集まっていた。
「ご覧ください。こちら、朝憬市市役所ビル前の現在の様子です。地上13階のビルとその地下3階、そしてその周囲は今、暗雲とも霞ともつかぬ暗闇に包まれており、中の様子は一切不明です。私ども取材スタッフも4名が向かいましたが、その後一切の連絡が付きません」」
テレビ局のアナウンサーが向けられたカメラへと状況を語る。そんな報道陣の周囲では近隣の住民が野次馬となり、また市役所職員等の関係者らしき人達が状況を見守っていた。
「中の人たち、どうなってんだ…」
「誰か、この人を見ませんでしたか?どうしたら…」
「あんなもので中との通信もできないってのか…?」
「警察は動かないのか!?消防でもいい!」
中の職員や来訪者の無事を祈る声や、家族を探す者の声、暗闇に対する懐疑的な声、警察等に救援を求める声と様々な声が錯綜する。そんな人々の注視する暗闇と市役所ビル内部では、今まさに異形の怪物たちが人々を襲っていた。阿鼻叫喚の混乱。襲い来る異形ら猛りと逃げ惑う職員や来訪者の悲鳴がひどく反響する。人と異形の叫びが混濁し、平穏が壊れゆく音がそこにあった。同ビル9階中央やってきたエレベーターに黒コートを羽織った長身の男が乗り、中にいた茶髪のスーツ姿の男と合流する。黒コートは茶髪に短く一言聞いた。
中の職員や来訪者の無事を祈る声や、家族を探す者の声、暗闇に対する懐疑的な声、警察等に救援を求める声と様々な声が錯綜する。そんな人々の注視する暗闇と市役所ビル内部では、今まさに異形の怪物たちが人々を襲っていた。阿鼻叫喚の混乱。襲い来る異形ら猛りと逃げ惑う職員や来訪者の悲鳴がひどく反響する。人と異形の叫びが混濁し、平穏が壊れゆく音がそこにあった。そんな中、同ビル9階中央やってきたエレベーターに黒コートを羽織った長身の男が乗り、中にいた茶髪のスーツ姿の男と合流する。黒コートは茶髪に短く一言聞いた。
「首尾はどうか?」
「問題ない、8階以下は全て制圧だ。後は上上がって俺たち号令するけだ「問題ない、8階以下は全て制圧だ。じき兵隊どももらに追いつく。まあそれまでに、俺たちは上で号令だ」
「ではさっさと終わらせよう」
エレベーターのドアが閉まる中、茶髪は薄笑いを浮かべて問いに応じるとさらにその眉を上げ鼻を鳴らして言葉を続けた。
エレベーターのドアが閉まる中、問いに応じた茶髪に対し黒コート早々に会話を切り上げようとする。しかし茶髪は薄笑いを浮かべ、その眉を吊り上げると言葉を続けた。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
茶髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保って最上階である13階を記したスイッチを押す。茶髪はそんな黒コートを一瞥したが、黒コートは無視を決め込んだ。何が悲しくてこの道化の嗤いの相手をせねばならぬのか。
「連中の顔見たか?どいつもこいつも、襲われる直前まであんたみたいに陰気な面だった。で、その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たりしてるろ?」
何が言いたい。






「そして、お前のような者がその皮肉を肴に酩酊するわけか」
一瞥と揶揄に返す刀で込まれた黒コート応答に、茶髪は口角を上げた。
「連中の顔見たか?どいつもこいつも、襲われる直前まであんたみたいに陰気な面だった。で、その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…」
黒コートはエレベーターの壁にもたれ掛かり、腕を組んで辟易してことを暗に示すも、依然として茶髪は構わず話し続ける。安い挑発何が言いたい。黒コートが茶髪を睨みつけた。エレベーターの階層の電子表記が11階を示す。
「物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がそのつまらん皮肉を肴に酩酊するわけか」
不自然に細められる目、寒気する揶揄と共、取ってつけたような仕草と嘲笑。黒コートは苛立ちと共に返す刀で皮肉を言い放つ。かしそ言葉に、茶髪の”笑顔”さらにその口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
茶髪のその一連の動作見向きもせず、黒コートは言こう告げる。
「浅い茶髪が黒コートの言葉を鼻で嗤うと同時に、「4階です」とアナウンスが鳴っエレベーターのドアが。二人がそこを出た時には、市役所ビルの警報が鳴り響いていた。動揺した市役所職員らがエレベターに向けて駆けてくるも、茶髪はその様笑みを零し、黒コートは誰とも目合わせはない。
「まあ細かいことではあるな——」
茶髪そう独り言ちたそ直後、職員らは皆一様に倒れ伏しった。
「話が浅い。おまけに貴様の笑いは救いようがない」
茶髪の制すべく、黒コートはピシャリとった。しかし茶髪は尚もそのペースを崩すとは無い。
「ならせいぜいアンタも笑ってみろよ…出来損ないが」
瞬間、黒コートの見開かれた瞳と茶髪細められた目が交錯するも、「13階です」とエレベーターのアナウンスが鳴った。エレベーターのドアがと共、茶髪黒コに向け顎をしゃり早く出よう促す。黒コートは憤怒表情でエレベーターると、てビル屋上までの階段を昇っった。

—————————————————————————————

「なんか最近花っち、ボーっとしてること多いけど…さっき言ったの、深刻なやつ?」
「深刻、なのかな?それもぼんやりしててさ」
英道大学の学食の食堂にて、熱い醤油ラーメンを息で冷ましながら和明が言った。健人は唐揚げ定食に付けあわされたキャベツを貪る合間にそれに応える。どんぶりから立ち上る熱い湯気に和明の眼鏡が曇った。
「モラトリアムだな~」
「俺もそう思う…まあ、そういう奴もいるさ」
和明の感想の一言に対し、健人は苦笑しつつ応えながら唐揚げを口に入れた。肉の旨味と油、柔らかさに、続くご飯が大口を開けた中へと消えていく。ラーメンを啜る和明の眼鏡は未だに曇っていた。やがて咀嚼と嚥下を一先ず終えると、健人は努めて軽い口調で話し始める。
「自分が信じてたものがここしばらくわからなくてさ」
「ここしばらくってどれくらい?」
「2年ちょい」
和明の持った箸の先が、ラーメンのスープに浸かったまま止まった。
「…長いな。信じてたものって、どんなのか聞いてもいい?」
丁寧に尋ねる和明に友人としての誠実さを感じながらも、健人は僅かに俯いてラーメンのどんぶりに視線を外す。しかしその目の端には、眼鏡の向こうで和明の目が少し動いたのが見えた。
「人を思ってた自分、かな」
和明は頷くと一瞬だけ眉根を寄せる。健人もドリンクのウーロン茶にしか手が伸びなかった。
「…深刻じゃん」
「やっぱ?」
「少なくとも、確かに学業の目的には関わるな…でも…」
その真剣な表情の前で両手を組む姿は、健人の胸に一瞬沈鬱なものを抱かせる。だが次に続く言葉に健人は呆気にとられた。
「とりあえず食べよう!このままじゃ飯が冷める、大事なことだし食べてから考えよう!」
気を取られて一瞬間が空いたところに「…マズかった?」と問う和明。その動揺が見られる様に健人は思わず笑った。
「そうだな、確かにラーメン伸びるし飯もカピカピになるわ、これじゃあ」
笑い声と共に大仰に頷き、唐揚げとご飯を平らげんとする健人を和明はじっと睨む。しかし次には和明も静かに笑い、レンゲでスープを掬っていた。
「食ったら話しな、もし花っちが良ければ聞くから」
「助かるカズさん、甘えるわ…俺には今そういうのが要るんだ。多分」
そんな和明の様に、健人はようやく自身の思いを伝える。そうして唐揚げの最後の一個を口に入れた。

—————————————————————————————

朝憬市中央部駅前に異形の怪物の群れが出現した——。燎星心羽の下にその報せが届いたのは、同日午前11時28分のことだった。
朝憬市立望海中学校の理科室で、理科の授業を受けていた彼女の右手の細いブレスレットが淡く光る。それは心羽の従者からの合図。いつも気は張っているが、よもや授業中に合図が来るのは想定外だった。慌ててブレスレットをしていた右手首を、制服であるブレザーの袖に竦めるように隠す。
”もう、何で今なの…——”
話の聞き取りやすい理科の担当教師の飯山と、その授業内容を好ましく思っていた心羽は、不意に起こった急を要する事態に面食らった。しかし余程のことでない限り、従者が心羽の生活を害することはない。それ程の状況である以上、動かないわけにもいかない。心羽はおずおずと飯山に言った。
「あの、先生すみません…」
「燎星さん、どうしたの?」
おっとりとした女性である飯山の優しい声が続いて響く。その目は心羽の様子を窺っていた。
「ちょっと気分が良くなくって…」
ブレザーの袖と共に右手首を左手で抑え、辛うじて言葉を続けるも気まずさに最後は言い淀んでしまう。
「こっちゃん、大丈夫?」
「保健室、一緒に行こうか?」
自身の隣の席に座っていた親友の安純日菜と中川香穂の二人が、心羽の様子を窺いながら言った小声に、「ううん、大丈夫」と返す。しかし周囲の生徒の注目を浴びつつ、嘘をつかねばならぬ状況を心羽は恨めしく思って俯いた。飯山の目にはそれがどう映っただろうか。

——————————————————————————————
//すごいいい感じ!健人と和明の距離感も、心羽とエウィグの描写も違和感なしです。以下、気になるポイントをいくつか。①朝陽町という地名は朝憬市と文字も意味も似ていて紛らわしいため、特に理由がなければ他の何かに変更したく。②公立の中学校に化学Iの授業はないため、理科で代用しました。③心羽の“気は張っていた”というのは2年前から戦ってきた心羽には特別不思議な事ではないので、“いつも気を張っている”に表現を変更しました。もし何かの伏線で、この日に何か起こることを心羽が予知していたことの描写であればごめん、戻して…。これから各項目の最後にこんな感じでそのメモに関してだけをやり取りできる空間を設けようと思う。あくまでやり取りの場なので、読んで双方が合意したものは順次消していくつもり。どうかな?//      

2020年、4月12日。その日、朝憬市立朝憬英道大学二回生である花森健人は、同大学B棟第2講義室にて行われる人体の機能と構造の講義に出席していた。
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
時間は10時51分。単調な講師の話と昼食までもたない空腹、そして気怠さによって、既に講義に意識を集中させることが難しい。天を仰ぐように軽く首を逸らした後、左目を瞬かせて再度講義を聴くよう努めるが、そこに加わる周囲の学生らの小声の数々が健人の意識をかき乱す。最早聴講することは投げ出して、健人は前方を向いて時間をやり過ごすことだけに注力していた。そんな折、彼の着いている講義室中段の席の一つ前で、男子学生の二人組が小声でとある都市伝説の話が耳に入ってくる。
「また出たって、”赤髪の魔女”」
「お前好きだな、その与太話」
話を振った方の小柄な男子学生が「講義よりは面白いだろ」と渇いた笑みを浮かべて小声で話し続けた。
「それがここから近いんだよ、朝陽町の教会の近くで怪物と争ってたってSNSでさ…」
「お前その感じ、特撮とかそういうもんの延長で見てんだろ。別に否定はしないけど、俺にそれを話されてもさ」
話を聞くガタイのいい男子学生がその大きな肩を竦ませ、呆れた口調で返す。
「なんだよ…なんか、イケてんじゃん。赤髪の魔女」
「多分、お前はダサいけどな…」
ガタイが小柄に毒づくのに共感し、健人は小柄の方を冷ややかに見るものの、気が付けば講義よりもそちらの話ばかりを耳が拾っていた。最終的に講師が講義終了を告げると同時に、健人の胸中には苦い自己嫌悪が広がる。講師と学生らがそれぞれの荷物をまとめて講義室を後にする中、同じゼミに所属する友人である横尾和明が上の空である健人の下にやってきてその肩を叩いた。
「お疲れ、花っち」
「ああ、お疲れカズさん」
「どした?また夜更かしして絵でも描いてたのか?」
心ここに在らず——そんな健人のうだつの上がらない声に、和明は苦笑しながらその理由を問う。
「いや、それが…何て言うかさ…」
「うん、どした?」
「何で俺、この勉強してるんだっけって思ってさ」
話はそこで一瞬間が空いた。和明の口から「…え?」という一音だけがポツリと零れる。
「…とりあえずちょい早いけど、飯行く?」
「行く。腹減った」
怪訝な顔と共に言った和明の一言に即答し、健人は傍らのショルダーバッグを掴んで席を立った。

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同日午前11時06分、朝憬市中央部駅前の街中。そこに位置する朝憬市市役所ビルを、突如として不可思議な暗闇が包み、その周囲には報道陣や人々が集まっていた。
「ご覧ください。こちら、朝憬市市役所ビル前の現在の様子です。地上13階のビルとその地下3階、そしてその周囲は今、暗雲とも霞ともつかぬ暗闇に包まれており、中の様子は一切不明です。私ども取材スタッフも4名が向かいましたが、その後一切の連絡が付きません」」
テレビ局のアナウンサーが向けられたカメラへと状況を語る。そんな報道陣の周囲では近隣の住民が野次馬となり、また市役所職員等の関係者らしき人達が状況を見守っていた。
「中の人たち、どうなってんだ…」
「誰か、この人を見ませんでしたか?どうしたら…」
「あんなもので中との通信もできないってのか…?」
「警察は動かないのか!?消防でもいい!」
中の職員や来訪者の無事を祈る声や、家族を探す者の声、暗闇に対する懐疑的な声、警察等に救援を求める声と様々な声が錯綜する。そんな人々の注視する暗闇と市役所ビル内部では、今まさに異形の怪物たちが人々を襲っていた。阿鼻叫喚の混乱。襲い来る異形ら猛りと逃げ惑う職員や来訪者の悲鳴がひどく反響する。人と異形の叫びが混濁し、平穏が壊れゆく音がそこにあった。そんな中、同ビル9階中央へやってきたエレベーターに、黒コートを羽織った長身の男が乗り、中にいた茶髪のスーツ姿の男と合流する。黒コートは茶髪に短く一言聞いた。
「首尾はどうか?」
「問題ない、8階以下は全て制圧だ。じきに兵隊どもも俺らに追いつく。まあそれまでに、俺たちは上で号令だ」
「ではさっさと終わらせよう」
エレベーターのドアが閉まる中、問いに応じた茶髪に対し黒コートは早々に会話を切り上げようとする。しかし茶髪は薄笑いを浮かべ、その眉を吊り上げると言葉を続けた。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
茶髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保って最上階である13階を記したスイッチを押す。茶髪はそんな黒コートを一瞥したが、黒コートは無視を決め込んだ。何が悲しくてこの道化の嗤いの相手をせねばならぬのか。
「連中の顔見たか?どいつもこいつも、襲われる直前まであんたみたいに陰気な面だった。で、その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…」
黒コートはエレベーターの壁にもたれ掛かり、腕を組んで辟易していることを暗に示すも、依然として茶髪は構わず話し続ける。安い挑発だ、何が言いたい。黒コートが茶髪を睨みつけた。エレベーターの階層の電子表記が11階を示す。
「物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がそのつまらん皮肉を肴に酩酊するわけか」
不自然に細められる目、寒気のする揶揄と共に、取ってつけたような仕草と嘲笑。黒コートは苛立ちと共に返す刀で皮肉を言い放つ。しかしその言葉に、茶髪の”笑顔”はさらにその口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
「話が浅い。おまけに貴様の笑いは救いようがない」
茶髪の論を制すべく、黒コートはピシャリと言った。しかし茶髪は尚もそのペースを崩すことは無い。
「ならせいぜいアンタも笑ってみろよ…出来損ないが」
瞬間、黒コートの見開かれた瞳と茶髪の細められた目が交錯するも、「13階です」とエレベーターのアナウンスが鳴った。エレベーターのドアが響くと共に、茶髪は黒コートに向け顎をしゃくり早く出るように促す。黒コートは憤怒の表情でエレベーターを出ると、やがてビルの屋上までの階段を昇って行った。

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「なんか最近花っち、ボーっとしてること多いけど…さっき言ったの、深刻なやつ?」
「深刻、なのかな?それもぼんやりしててさ」
英道大学の学食の食堂にて、熱い醤油ラーメンを息で冷ましながら和明が言った。健人は唐揚げ定食に付けあわされたキャベツを貪る合間にそれに応える。どんぶりから立ち上る熱い湯気に和明の眼鏡が曇った。
「モラトリアムだな~」
「俺もそう思う…まあ、そういう奴もいるさ」
和明の感想の一言に対し、健人は苦笑しつつ応えながら唐揚げを口に入れた。肉の旨味と油、柔らかさに、続くご飯が大口を開けた中へと消えていく。ラーメンを啜る和明の眼鏡は未だに曇っていた。やがて咀嚼と嚥下を一先ず終えると、健人は努めて軽い口調で話し始める。
「自分が信じてたものがここしばらくわからなくてさ」
「ここしばらくってどれくらい?」
「2年ちょい」
和明の持った箸の先が、ラーメンのスープに浸かったまま止まった。
「…長いな。信じてたものって、どんなのか聞いてもいい?」
丁寧に尋ねる和明に友人としての誠実さを感じながらも、健人は僅かに俯いてラーメンのどんぶりに視線を外す。しかしその目の端には、眼鏡の向こうで和明の目が少し動いたのが見えた。
「人を思ってた自分、かな」
和明は頷くと一瞬だけ眉根を寄せる。健人もドリンクのウーロン茶にしか手が伸びなかった。
「…深刻じゃん」
「やっぱ?」
「少なくとも、確かに学業の目的には関わるな…でも…」
その真剣な表情の前で両手を組む姿は、健人の胸に一瞬沈鬱なものを抱かせる。だが次に続く言葉に健人は呆気にとられた。
「とりあえず食べよう!このままじゃ飯が冷める、大事なことだし食べてから考えよう!」
気を取られて一瞬間が空いたところに「…マズかった?」と問う和明。その動揺が見られる様に健人は思わず笑った。
「そうだな、確かにラーメン伸びるし飯もカピカピになるわ、これじゃあ」
笑い声と共に大仰に頷き、唐揚げとご飯を平らげんとする健人を和明はじっと睨む。しかし次には和明も静かに笑い、レンゲでスープを掬っていた。
「食ったら話しな、もし花っちが良ければ聞くから」
「助かるカズさん、甘えるわ…俺には今そういうのが要るんだ。多分」
そんな和明の様に、健人はようやく自身の思いを伝える。そうして唐揚げの最後の一個を口に入れた。

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朝憬市中央部駅前に異形の怪物の群れが出現した——。燎星心羽の下にその報せが届いたのは、同日午前11時28分のことだった。
朝憬市立望海中学校の理科室で、理科の授業を受けていた彼女の右手の細いブレスレットが淡く光る。それは心羽の従者からの合図。いつも気は張っているが、よもや授業中に合図が来るのは想定外だった。慌ててブレスレットをしていた右手首を、制服であるブレザーの袖に竦めるように隠す。
”もう、何で今なの…——”
話の聞き取りやすい理科の担当教師の飯山と、その授業内容を好ましく思っていた心羽は、不意に起こった急を要する事態に面食らった。しかし余程のことでない限り、従者が心羽の生活を害することはない。それ程の状況である以上、動かないわけにもいかない。心羽はおずおずと飯山に言った。
「あの、先生すみません…」
「燎星さん、どうしたの?」
おっとりとした女性である飯山の優しい声が続いて響く。その目は心羽の様子を窺っていた。
「ちょっと気分が良くなくって…」
ブレザーの袖と共に右手首を左手で抑え、辛うじて言葉を続けるも気まずさに最後は言い淀んでしまう。
「こっちゃん、大丈夫?」
「保健室、一緒に行こうか?」
自身の隣の席に座っていた親友の安純日菜と中川香穂の二人が、心羽の様子を窺いながら言った小声に、「ううん、大丈夫」と返す。しかし周囲の生徒の注目を浴びつつ、嘘をつかねばならぬ状況を心羽は恨めしく思って俯いた。飯山の目にはそれがどう映っただろうか。

——————————————————————————————
//すごいいい感じ!健人と和明の距離感も、心羽とエウィグの描写も違和感なしです。以下、気になるポイントをいくつか。①朝陽町という地名は朝憬市と文字も意味も似ていて紛らわしいため、特に理由がなければ他の何かに変更したく。②公立の中学校に化学Iの授業はないため、理科で代用しました。③心羽の“気は張っていた”というのは2年前から戦ってきた心羽には特別不思議な事ではないので、“いつも気を張っている”に表現を変更しました。もし何かの伏線で、この日に何か起こることを心羽が予知していたことの描写であればごめん、戻して…。これから各項目の最後にこんな感じでそのメモに関してだけをやり取りできる空間を設けようと思う。あくまでやり取りの場なので、読んで双方が合意したものは順次消していくつもり。どうかな?//