千想の魔法 3.光環の狩人 version 6
千想の魔法 プロット
時系列では[青年との出会い](https://mimemo.io/m/xn0Yd4ZEwBly7v6)から数年が経ち、[影と星灯り](https://mimemo.io/m/z2XWn4vKv8GYApm)の数ヶ月ほど前にあたる、本編の前日譚。
※文章中、斜体になっている部分は本文のイメージ。
@[TOC]
#### 1話
##### 1-1
*目を開けると森の中にいた燎星心羽。
新緑が風に揺れて木漏れ日がキラキラと瞼を撫でる。
また、新しい場所だ…*
森の風の音の中に動物の気配を感じ、警戒している心羽の視線の先に黒い魔物が姿を現した。四足歩行で動物然とした体格だが、まるで影に溶け込むような暗い体色でその全貌は窺い知れない。
この魔物に襲われそうになった心羽だが、すんでのところで黒い剣士に助けられる。
剣士は長身で黒い外套に身を包み、赤い髪に翠色の目をしている。外見年齢は20代前半。
「この森は危険だ。早く立ち去れ」
剣士は心羽と魔物との間に割って入り、自分の頭身ほどもある大きな両手剣を振るって魔物を一刀両断する。
さらに、炎を帯びた刀身で樹の陰から飛び出してきた魔物たちを次々に斬り伏せると、突然のことに驚いて固まっていた心羽に声をかける。
「なぜ動かない? 方角がわからないのか」
心羽はその剣士に礼を言い、あれこれと質問を持ちかける。
*「ありがとう、剣士さん。」
「礼は要らない。お前を助けるためにやったわけじゃない」
「街の方角がわからないなら案内してやる。わかるなら俺はこれで」
「待って、せめてお名前だけでも…」
「俺はイジェンド。ただのトレジャーハンターだ」
「私は燎星心羽。心羽って呼んで。」
「心羽……聞き慣れない名だな。どこから来た」
「前は日本にいた。」
「日本?聞いたことがないな」
「世界中を旅してるの」
「旅の者……。そうか。なら、地図くらいは持ってるよな。方角を教えるから早く行くんだ」
「待って、さっきの怪物のことを教えて」
「あれは“影魔”だ」
「どんなやつなの?」
「詳しいことはわかっていない。やつらは最近になって急に森のあちこちへ出現し、人を見つけては殺して喰っている。被害はわかっているだけで30件以上」
「この森は危険ってそういうこと…」
「ああ。だからお前も喰われないうちにここを立ち去れ」
「イジェンドは来ないの?」
「俺は用事があってここにいる。離れるわけにはいかない」
「こんな危険なところに用事って…?」
「影魔の調査と制圧だ。一般人には不可能だからな」
「ついて行っていい?」
「お前、今の話を聞いてなかったのか?死ぬぞ」
「でもイジェンドは優しくて強いから、イジェンドの近くにいれば安全だよね」
「……フン、好きにしろ。言っておくが、俺はわざわざお前を守ったりしないぞ」
「あれ、もっと優しい人かと思ってた」
「そもそも俺は優しくないし、お前を守る動機も義理もない。…それに、できない約束もしない」
「……そっか、わかった。自分の身は自分で守るよ。」
「…おかしな奴だ」*
心羽はしばらくイジェンドの後についていき、イジェンドを質問責めにして様々な情報を得た。まず、この森は“ユール王国”という国の領土であり、この森は“ユール森林”、近くにある街は“ユール城下街”と呼ばれていること。そして、
*「ねえ、イジェンドはなんで影魔の調査をしているの?一般人には不可能だから?」
「ああ。」
「でもどうして?動機も義理もなさそうだけど?」
「別にどうだっていいだろう。なぜ知りたがる」
「だって、気になるじゃん」
「勝手に気にしてろ」*
##### 1-2
しばらく行動を共にしていると、再び影魔の群れと遭遇する。心羽は影魔に食われないよう必死で逃げ回る。一方でイジェンドは両手剣に炎を宿すと、熱した刃で影魔の装甲を融かすように両断し、燃え盛る両手剣を豪快に薙ぎ払いながら群れを一掃した。
*「……怪我はないか。」
「心配してくれるの?やっぱり本当は優しいんだ。見ての通り無傷だよ!イジェンドのおかげでね」
「ならいい。日が暮れる前に先へ急ごう」
「そういえば、剣が燃えてたのはどうやってるの?魔法?」
「魔法などという都合のいい力ではない。あれはただの呪いだ」
「呪い…。それってどんな?」
「触れたものを燃焼させる。昔と比べれば今はある程度制御できるが、それでも“事故”はある……」
(事故…イジェンドの過去にいったい何が…)
「お前は怖くなかったのか」
「別に? 影魔は怖いけど、イジェンドを怖いとは思わなかったよ。どうして?」
「やっぱりおかしな奴だな、お前。普通の奴はこんな異常現象を目にしたら気味悪がって逃げ出すものだ」
「旅人だからね、そういうのには慣れてるよ。それより、イジェンドのこと聞かせてよ。どうして独りで影魔の調査をしてるの?」
「なぜそんなに俺の事を知りたがるんだ。知っても面白くないだろう」*
##### 1-3
しばらく進むと再び影魔の群れに遭遇する。しかし、その群れはこれまでと比較にならないほどの大群だった。
「また影魔…!」
「俺たちは影魔の発生源に向かって進んでいるから、影魔と遭遇するのは必然だ。が、さすがに今回は数が多い…。いいか、自分の身は自分で守れ」
炎を灯した両手剣を手に、イジェンドは襲いかかる影魔を振り払う。心羽は逃げ回りながら星石の入ったポーチを開け、その中に星光結晶がないか漁る。
「この状況をなんとかできそうな結晶があればいいんだけど…」
しかし星光結晶はひとつもなく、あるのは星石ばかり。イジェンドの助けも得られないため、早々に影魔に追い付かれた心羽。咄嗟に身を守ろうと両手を振りかざしたその時、その手に握られた星石が光を放ち、心羽に触れた影魔の体が急に燃えだした。と同時に、心羽の手から零れ落ちた星石が淡く紅い輝きを纏い星光結晶———“燃晶石”に変化した。
「この結晶って……」
心羽は燃晶石を拾い上げ、魔法の言葉をかけて秘められた迸る力を解き放つ。その身に燃晶石の力を宿して“変身”を遂げた心羽は黒い外套に身を包み、ひと回り小さな両手剣を構えていた。
心羽は剣の重さによろけながらも大きく振りかぶり、向かってきた影魔の頭上に振り下ろす。しかし、影魔は若干ふらつきながらもその斬撃を受け止める。
「あれっ、効かない!?」
心羽は剣に魔力を注ぎ込んで刀身を燃やす。影魔の装甲を熔かして斬ろうとしたが、勢いあまって爆発し、剣ごと砕け散ってしまう。心羽は再び逃げに転じるが、2本目の両手剣を生成し、剣に重心を奪われながらも再び抗戦する。
イジェンドが影魔を倒し切るまでの間、心羽は変身のおかげでなんとか生き永らえることができた。
*「お前、その力……まさか俺の呪いが移ったのか!?」
「ごめん、心配掛けちゃったね。言ってなかったけど、私は魔法使いでもあるの。今のはイジェンドの呪いじゃなくて、私の魔法。」
「魔法使い……今のがお前の魔法だって言うのか。にしては、随分と俺の呪いに似ていたじゃないか。それとその格好も」
「私の魔法は、この結晶が記憶した概念を纏うことでしか行使できないの。だからこの結晶はきっと、“イジェンド”の概念を記憶してたってことだと思う」
「………変わった魔法だな。要するに、俺の真似事をしてたってことか?」
「まあ、そんな感じかな」
「フン、笑わせてくれる。あのフラフラなへなちょこ攻撃が俺の概念だって?」
「み、見られてたんだ…」
「見た目だけ真似しても、剣術までは模倣できなかったみたいだな。そんなことで俺の真似事をした気でいるとは、俺も随分と甘く見られたもんだ」
「そこまで言うなら、剣術も教えてよ……」
「どうかな。お前に両手剣の才能はなさそうに見えるが」
「やってみないとわかんないじゃん!」*
#### 2話
##### 2-1
日が暮れ始め、イジェンドと心羽は野営の支度を始める。
「こんなところで野宿するの?」
「ああ。薪を多めに持ってきてくれ。夜は冷えるからな」
「獣とか影魔に襲われたりしない?」
「影魔は夜に活動しない。理由はわかっていないが。それと最近は影魔の影響か、獣たちの姿を見かけることも滅多になくなった。その心配はいらない」
「うーん…」
「安心しろ。現に俺はこの森で数日に渡って野宿してきた」
薪を組み上げて火をくべ、夜の暖をとりながら炊事を終えた二人は、キャンプファイヤーの篝火を眺めながら軽い雑談をしていた。
*「今日はありがとう、イジェンド。いっぱいお世話になっちゃったね」
「……別に。お前のためじゃ…」
「わかってるよ。でも、イジェンドのおかげで今も生き延びてるから、ありがとう」
「……………」*
*「……さっきお前が言ってた“日本”って、どんな場所なんだ」
「日本は、誰もが魔法を使えて、遠く離れててもお喋りができるの。それと、優しい人もいる。すごくいい場所だよ」*
*「お前、魔法使いなんだろ。魔法使いで困ったことって、ないのか」
「うーん、素性を明かせないことかな。普通の人として過ごさないと、大抵の人からは怖がられて、除け者にされる」
「そうなのか……」
「どうして?」
「いや。お前のように快活な者でも、魔法ありきでは人の輪に馴染めないのだなと。俺に明かしたのはよかったのか?」
「イジェンドからは、似た者同士の気配を感じたの」
「フン、なんだそれ」*
*「イジェンドはその……魔法のこと、呪いって呼ぶのはどうして?」
「俺のこの力は、他害することしかできない。この炎は憎むべき敵も、守るべき仲間も、一様に燃やして命を奪う。」
「でも、さっきは私のこと守ってくれたよね?」
「今はある程度コントロールしているが、基本的には制御できないものだ。さっきだって、急に暴発してお前を殺してしまってもおかしくなかった」
「その炎で、誰かを失ったことがあるの…?」
「もう数え切れないほど。俺の近くにいた者は例外なく呪いに焼かれて命を落とすか、呪いを恐れて離れていった。」
「そんな…」
「」*
*「」*
##### 2-2
雑談の後、イジェンドは不意に両手剣を取ると、心羽の前に差し出す。
「持ってみろ」
心羽は言われるがままに剣を持ち、見よう見まねで構えをとる。
「この剣、おっも…」
「両手でしっかり持て。もっと重心を低く。腰を使い、上半身全体で武器を振るうイメージだ」
イジェンドはエアーで実演してみせる。心羽は言われた通りに剣を振るう。
「剣の重さを上手く使え。重力や遠心力などの慣性力を利用すれば、少ない力で大きな威力が出せる。」
「うう、難しい…」
*これって…剣術を教えてくれてるのかな…?
口調はぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なんだ…
「ありがとう、イジェンド」*
夜空の下、パチパチと爆ぜる篝火の傍で並び立ち、共に剣を振るう二つの赤髪があった。
##### 2-3
心羽はイジェンドから剣術の基礎の基礎を教わり、鍛錬している途中で疲れて寝てしまった。翌朝、目を覚ますとイジェンドの姿はない。枕の代わりにしていた荷物の隣に、置き手紙が残されていた。
*“やはり、ここから先はお前を連れて行けないと判断した。この場所は比較的安全だから、ここで大人しく待っていろ。街に迎えの要請をしたから、暫くすれば案内役が迎えに来るだろう。”*
「置いていかれちゃった…。やっぱり足手まといだったかな。昨夜の鍛錬で才能ないって見限られた…?」
ため息をつき、燃晶石を眺める。誰かと過ごす時間はいつだって唐突に終わりを迎える。たとえ今孤独じゃなかったとしても、5秒後に孤独でない保証はどこにもない。イジェンドと過ごしたことを証明するものは、あの手紙と燃晶石だけ。
「やっぱり私には、独りがお似合いなのかな…」
心羽はしばらく悶々としていたが、気を取り直して立ち上がり、燃晶石から剣を取り出す。昨晩教わった構えを思い出しながら剣を振る。そのネガティブな思考を振り払うように。
*昨日の教えを———イジェンドの優しさを無駄にしたくはないし、弱いと思われて見限られたのなら、もっと強くなりたいし。*
##### 2-4
しばらくして、剣術の練習をする心羽のもとに空色の風が吹く。銀にきらめく羽根が風に乗って心羽の眼前を通過し空へ舞う。思わず目で追う心羽。その視線の先には———宙を舞う人影。逆光に照らされたその影は心羽をひと目見て呼びかける。
「見つけた、君が例の旅人だね」
その声は少年的でありながら、まるで鳥が囀り歌っているような美しい響きで、心羽は思わず心を打たれる。
その美しい声の持ち主は心羽の眼前にさっと降り立ち、その背にある大きな白い翼を畳む。純白の衣を纏い、天使と見紛うかのような風貌の美少年がそこにはいた。
「やあ、ボクはシエル。イジェンドからのお願いで、君のことを迎えに来たよ。」
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#### 3話
##### 3-1
心羽はシエルに手を引かれ、シエルと共に宙へ舞う。揚力を全身に浴びながら風に乗り雄大な景色を大空から一望する、人間では決して味わえないその感覚に心羽は心を動かされる。シエルに連れられ向かった先はユール城下街。
##### 3-2
城下街に着いたはいいものの、この街で流通している貨幣を持っていないため買い物ができない心羽に、シエルはトレジャーハンターの仕事を勧める。この街でのトレジャーハンターは体力や危険なことに自信がある人向けの言わば何でも屋であり、旅行者がこの街でお金を稼ぐ手段として人気がある。心羽はイジェンドの存在が脳裏をよぎる。
*「シエルはなんの仕事をしてるの?」
「ボクは情報屋、そして案内役さ。この街のことはなんでも知ってるよ」*
##### 3-3
しかし、街に影魔が出現したことで穏やかな街の空気は一変する。シエルは心羽の手を引いて駆け出し、逃げ惑う人々の流れに逆らって影魔の元へ向かう。現場には複数の影魔とそれを取り囲う自警団のような人々。
*「全部で6匹…1匹でも倒せたら君にも報酬がでるよ。頑張って!」
「む、無茶だよ!生き残るだけでも必死なのに!」
「じゃあ昨晩から練習してたその剣術も役に立たないのかい?」
「どうしてそれを知ってるの!?」*
「どうしてそれを知ってるの!?」
「えへへ。ボクは情報屋だからね。」*
*「身体が軽い、まるで飛んでる時みたいな…剣を振るのってこんなに身軽だったっけ?」
「ボクが君の周りの空気を操って動きを補助するから、君は戦闘に集中して」
「ボクが君の周りの空気を操って動きを補助するから、君は戦闘に集中して!」
「そんなこともできるの!?すごい…!」*
##### 3-4
心羽はシエルの助けを借りながらなんとか1匹を撃退することに成功。他の5匹は自警団と他のトレジャーハンター達が撃退したらしい。倒しきれてはいないためまた襲ってくる可能性を考慮して報酬は半分になったが、それでも宿屋で一晩を明かすには十分な収益になった。
*数人がかりでも撃退で精一杯の相手を、イジェンドはたった独りで何匹も倒せるなんて…やっぱりすごく強い人なんだな*
心羽はシエルに別れを告げ、得た収入で食事と買い物を満喫した。新しく調達した服装はこの街でよく見かけるブラウスとワンピースの合わせ。少し高かったけど店員さんにおだてられたので勢いで買ってしまった。似合ってるだろうか?
#### 4話
##### 4-1
宿屋で一泊した次の朝。
宿屋で一泊した次の朝。建前上ではトレジャーハンターとして稼ぎに、本音ではイジェンドが心配で様子を見に、再びユール森林へ向かう心羽。行きがけに通った広場の前で、情報屋として仕事中のシエルの姿を目にした。こちらに気付いた彼はにこやかな笑顔で手を振ってくれた。
昨晩、シエルから影魔についていろいろと訊ねたことを反芻する。影魔がここ最近になって森での目撃例が増えたのは事実だけど、それ以前からも度々姿を現していたという。森で繁殖した様に見えるが影魔に繁殖能力はないらしい。そもそも影魔とは“影で作った魔物”であり、モノ的に言えば製作者が、生き物的に言えば親が存在するはずだという。昨日街を襲った6匹の影魔も、森で戦った影魔たちも、その1匹1匹を誰かが作為的に生み出したものだということになる。一体誰が、なんのために…
*「それは情報屋のシエルでもわからないの?」
「んー…推測なら出せるけど、この情報は高くつくよー?」
「いくらぐらい?」
「300万!」
「さ、さすがに高すぎない…?」
「この情報にはボクの命がかかってるからね。そう簡単には話せないさ。代わりと言ったらなんだけど、ユール森林は……………………だよ。この情報はタダであげちゃおう」*
##### 4-2 弓
##### 4-3 小屋
##### 4-4 探し人
#### 5話
##### 5-1
時系列では青年との出会いから数年が経ち、影と星灯りの数ヶ月ほど前にあたる、本編の前日譚。
※文章中、斜体になっている部分は本文のイメージ。
目次1話1-11-21-32話2-12-22-32-43話3-13-23-33-44話4-14-2 弓4-3 小屋4-4 探し人5話5-1
1話
1-1
目を開けると森の中にいた燎星心羽。
新緑が風に揺れて木漏れ日がキラキラと瞼を撫でる。
また、新しい場所だ…
森の風の音の中に動物の気配を感じ、警戒している心羽の視線の先に黒い魔物が姿を現した。四足歩行で動物然とした体格だが、まるで影に溶け込むような暗い体色でその全貌は窺い知れない。
この魔物に襲われそうになった心羽だが、すんでのところで黒い剣士に助けられる。
剣士は長身で黒い外套に身を包み、赤い髪に翠色の目をしている。外見年齢は20代前半。
「この森は危険だ。早く立ち去れ」
剣士は心羽と魔物との間に割って入り、自分の頭身ほどもある大きな両手剣を振るって魔物を一刀両断する。
さらに、炎を帯びた刀身で樹の陰から飛び出してきた魔物たちを次々に斬り伏せると、突然のことに驚いて固まっていた心羽に声をかける。
「なぜ動かない? 方角がわからないのか」
心羽はその剣士に礼を言い、あれこれと質問を持ちかける。
「ありがとう、剣士さん。」
「礼は要らない。お前を助けるためにやったわけじゃない」
「街の方角がわからないなら案内してやる。わかるなら俺はこれで」
「待って、せめてお名前だけでも…」
「俺はイジェンド。ただのトレジャーハンターだ」
「私は燎星心羽。心羽って呼んで。」
「心羽……聞き慣れない名だな。どこから来た」
「前は日本にいた。」
「日本?聞いたことがないな」
「世界中を旅してるの」
「旅の者……。そうか。なら、地図くらいは持ってるよな。方角を教えるから早く行くんだ」
「待って、さっきの怪物のことを教えて」
「あれは“影魔”だ」
「どんなやつなの?」
「詳しいことはわかっていない。やつらは最近になって急に森のあちこちへ出現し、人を見つけては殺して喰っている。被害はわかっているだけで30件以上」
「この森は危険ってそういうこと…」
「ああ。だからお前も喰われないうちにここを立ち去れ」
「イジェンドは来ないの?」
「俺は用事があってここにいる。離れるわけにはいかない」
「こんな危険なところに用事って…?」
「影魔の調査と制圧だ。一般人には不可能だからな」
「ついて行っていい?」
「お前、今の話を聞いてなかったのか?死ぬぞ」
「でもイジェンドは優しくて強いから、イジェンドの近くにいれば安全だよね」
「……フン、好きにしろ。言っておくが、俺はわざわざお前を守ったりしないぞ」
「あれ、もっと優しい人かと思ってた」
「そもそも俺は優しくないし、お前を守る動機も義理もない。…それに、できない約束もしない」
「……そっか、わかった。自分の身は自分で守るよ。」
「…おかしな奴だ」
心羽はしばらくイジェンドの後についていき、イジェンドを質問責めにして様々な情報を得た。まず、この森は“ユール王国”という国の領土であり、この森は“ユール森林”、近くにある街は“ユール城下街”と呼ばれていること。そして、
「ねえ、イジェンドはなんで影魔の調査をしているの?一般人には不可能だから?」
「ああ。」
「でもどうして?動機も義理もなさそうだけど?」
「別にどうだっていいだろう。なぜ知りたがる」
「だって、気になるじゃん」
「勝手に気にしてろ」
1-2
しばらく行動を共にしていると、再び影魔の群れと遭遇する。心羽は影魔に食われないよう必死で逃げ回る。一方でイジェンドは両手剣に炎を宿すと、熱した刃で影魔の装甲を融かすように両断し、燃え盛る両手剣を豪快に薙ぎ払いながら群れを一掃した。
「……怪我はないか。」
「心配してくれるの?やっぱり本当は優しいんだ。見ての通り無傷だよ!イジェンドのおかげでね」
「ならいい。日が暮れる前に先へ急ごう」
「そういえば、剣が燃えてたのはどうやってるの?魔法?」
「魔法などという都合のいい力ではない。あれはただの呪いだ」
「呪い…。それってどんな?」
「触れたものを燃焼させる。昔と比べれば今はある程度制御できるが、それでも“事故”はある……」
(事故…イジェンドの過去にいったい何が…)
「お前は怖くなかったのか」
「別に? 影魔は怖いけど、イジェンドを怖いとは思わなかったよ。どうして?」
「やっぱりおかしな奴だな、お前。普通の奴はこんな異常現象を目にしたら気味悪がって逃げ出すものだ」
「旅人だからね、そういうのには慣れてるよ。それより、イジェンドのこと聞かせてよ。どうして独りで影魔の調査をしてるの?」
「なぜそんなに俺の事を知りたがるんだ。知っても面白くないだろう」
1-3
しばらく進むと再び影魔の群れに遭遇する。しかし、その群れはこれまでと比較にならないほどの大群だった。
「また影魔…!」
「俺たちは影魔の発生源に向かって進んでいるから、影魔と遭遇するのは必然だ。が、さすがに今回は数が多い…。いいか、自分の身は自分で守れ」
炎を灯した両手剣を手に、イジェンドは襲いかかる影魔を振り払う。心羽は逃げ回りながら星石の入ったポーチを開け、その中に星光結晶がないか漁る。
「この状況をなんとかできそうな結晶があればいいんだけど…」
しかし星光結晶はひとつもなく、あるのは星石ばかり。イジェンドの助けも得られないため、早々に影魔に追い付かれた心羽。咄嗟に身を守ろうと両手を振りかざしたその時、その手に握られた星石が光を放ち、心羽に触れた影魔の体が急に燃えだした。と同時に、心羽の手から零れ落ちた星石が淡く紅い輝きを纏い星光結晶———“燃晶石”に変化した。
「この結晶って……」
心羽は燃晶石を拾い上げ、魔法の言葉をかけて秘められた迸る力を解き放つ。その身に燃晶石の力を宿して“変身”を遂げた心羽は黒い外套に身を包み、ひと回り小さな両手剣を構えていた。
心羽は剣の重さによろけながらも大きく振りかぶり、向かってきた影魔の頭上に振り下ろす。しかし、影魔は若干ふらつきながらもその斬撃を受け止める。
「あれっ、効かない!?」
心羽は剣に魔力を注ぎ込んで刀身を燃やす。影魔の装甲を熔かして斬ろうとしたが、勢いあまって爆発し、剣ごと砕け散ってしまう。心羽は再び逃げに転じるが、2本目の両手剣を生成し、剣に重心を奪われながらも再び抗戦する。
イジェンドが影魔を倒し切るまでの間、心羽は変身のおかげでなんとか生き永らえることができた。
「お前、その力……まさか俺の呪いが移ったのか!?」
「ごめん、心配掛けちゃったね。言ってなかったけど、私は魔法使いでもあるの。今のはイジェンドの呪いじゃなくて、私の魔法。」
「魔法使い……今のがお前の魔法だって言うのか。にしては、随分と俺の呪いに似ていたじゃないか。それとその格好も」
「私の魔法は、この結晶が記憶した概念を纏うことでしか行使できないの。だからこの結晶はきっと、“イジェンド”の概念を記憶してたってことだと思う」
「………変わった魔法だな。要するに、俺の真似事をしてたってことか?」
「まあ、そんな感じかな」
「フン、笑わせてくれる。あのフラフラなへなちょこ攻撃が俺の概念だって?」
「み、見られてたんだ…」
「見た目だけ真似しても、剣術までは模倣できなかったみたいだな。そんなことで俺の真似事をした気でいるとは、俺も随分と甘く見られたもんだ」
「そこまで言うなら、剣術も教えてよ……」
「どうかな。お前に両手剣の才能はなさそうに見えるが」
「やってみないとわかんないじゃん!」
2話
2-1
日が暮れ始め、イジェンドと心羽は野営の支度を始める。
「こんなところで野宿するの?」
「ああ。薪を多めに持ってきてくれ。夜は冷えるからな」
「獣とか影魔に襲われたりしない?」
「影魔は夜に活動しない。理由はわかっていないが。それと最近は影魔の影響か、獣たちの姿を見かけることも滅多になくなった。その心配はいらない」
「うーん…」
「安心しろ。現に俺はこの森で数日に渡って野宿してきた」
薪を組み上げて火をくべ、夜の暖をとりながら炊事を終えた二人は、キャンプファイヤーの篝火を眺めながら軽い雑談をしていた。
「今日はありがとう、イジェンド。いっぱいお世話になっちゃったね」
「……別に。お前のためじゃ…」
「わかってるよ。でも、イジェンドのおかげで今も生き延びてるから、ありがとう」
「……………」
「……さっきお前が言ってた“日本”って、どんな場所なんだ」
「日本は、誰もが魔法を使えて、遠く離れててもお喋りができるの。それと、優しい人もいる。すごくいい場所だよ」
「お前、魔法使いなんだろ。魔法使いで困ったことって、ないのか」
「うーん、素性を明かせないことかな。普通の人として過ごさないと、大抵の人からは怖がられて、除け者にされる」
「そうなのか……」
「どうして?」
「いや。お前のように快活な者でも、魔法ありきでは人の輪に馴染めないのだなと。俺に明かしたのはよかったのか?」
「イジェンドからは、似た者同士の気配を感じたの」
「フン、なんだそれ」
「イジェンドはその……魔法のこと、呪いって呼ぶのはどうして?」
「俺のこの力は、他害することしかできない。この炎は憎むべき敵も、守るべき仲間も、一様に燃やして命を奪う。」
「でも、さっきは私のこと守ってくれたよね?」
「今はある程度コントロールしているが、基本的には制御できないものだ。さっきだって、急に暴発してお前を殺してしまってもおかしくなかった」
「その炎で、誰かを失ったことがあるの…?」
「もう数え切れないほど。俺の近くにいた者は例外なく呪いに焼かれて命を落とすか、呪いを恐れて離れていった。」
「そんな…」
「」
「」
2-2
雑談の後、イジェンドは不意に両手剣を取ると、心羽の前に差し出す。
「持ってみろ」
心羽は言われるがままに剣を持ち、見よう見まねで構えをとる。
「この剣、おっも…」
「両手でしっかり持て。もっと重心を低く。腰を使い、上半身全体で武器を振るうイメージだ」
イジェンドはエアーで実演してみせる。心羽は言われた通りに剣を振るう。
「剣の重さを上手く使え。重力や遠心力などの慣性力を利用すれば、少ない力で大きな威力が出せる。」
「うう、難しい…」
これって…剣術を教えてくれてるのかな…?
口調はぶっきらぼうだけど、本当は優しい人なんだ…
「ありがとう、イジェンド」
夜空の下、パチパチと爆ぜる篝火の傍で並び立ち、共に剣を振るう二つの赤髪があった。
2-3
心羽はイジェンドから剣術の基礎の基礎を教わり、鍛錬している途中で疲れて寝てしまった。翌朝、目を覚ますとイジェンドの姿はない。枕の代わりにしていた荷物の隣に、置き手紙が残されていた。
“やはり、ここから先はお前を連れて行けないと判断した。この場所は比較的安全だから、ここで大人しく待っていろ。街に迎えの要請をしたから、暫くすれば案内役が迎えに来るだろう。”
「置いていかれちゃった…。やっぱり足手まといだったかな。昨夜の鍛錬で才能ないって見限られた…?」
ため息をつき、燃晶石を眺める。誰かと過ごす時間はいつだって唐突に終わりを迎える。たとえ今孤独じゃなかったとしても、5秒後に孤独でない保証はどこにもない。イジェンドと過ごしたことを証明するものは、あの手紙と燃晶石だけ。
「やっぱり私には、独りがお似合いなのかな…」
心羽はしばらく悶々としていたが、気を取り直して立ち上がり、燃晶石から剣を取り出す。昨晩教わった構えを思い出しながら剣を振る。そのネガティブな思考を振り払うように。
昨日の教えを———イジェンドの優しさを無駄にしたくはないし、弱いと思われて見限られたのなら、もっと強くなりたいし。
2-4
しばらくして、剣術の練習をする心羽のもとに空色の風が吹く。銀にきらめく羽根が風に乗って心羽の眼前を通過し空へ舞う。思わず目で追う心羽。その視線の先には———宙を舞う人影。逆光に照らされたその影は心羽をひと目見て呼びかける。
「見つけた、君が例の旅人だね」
その声は少年的でありながら、まるで鳥が囀り歌っているような美しい響きで、心羽は思わず心を打たれる。
その美しい声の持ち主は心羽の眼前にさっと降り立ち、その背にある大きな白い翼を畳む。純白の衣を纏い、天使と見紛うかのような風貌の美少年がそこにはいた。
「やあ、ボクはシエル。イジェンドからのお願いで、君のことを迎えに来たよ。」
3話
3-1
心羽はシエルに手を引かれ、シエルと共に宙へ舞う。揚力を全身に浴びながら風に乗り雄大な景色を大空から一望する、人間では決して味わえないその感覚に心羽は心を動かされる。シエルに連れられ向かった先はユール城下街。
3-2
城下街に着いたはいいものの、この街で流通している貨幣を持っていないため買い物ができない心羽に、シエルはトレジャーハンターの仕事を勧める。この街でのトレジャーハンターは体力や危険なことに自信がある人向けの言わば何でも屋であり、旅行者がこの街でお金を稼ぐ手段として人気がある。心羽はイジェンドの存在が脳裏をよぎる。
「シエルはなんの仕事をしてるの?」
「ボクは情報屋、そして案内役さ。この街のことはなんでも知ってるよ」
3-3
しかし、街に影魔が出現したことで穏やかな街の空気は一変する。シエルは心羽の手を引いて駆け出し、逃げ惑う人々の流れに逆らって影魔の元へ向かう。現場には複数の影魔とそれを取り囲う自警団のような人々。
「全部で6匹…1匹でも倒せたら君にも報酬がでるよ。頑張って!」
「む、無茶だよ!生き残るだけでも必死なのに!」
「じゃあ昨晩から練習してたその剣術も役に立たないのかい?」
「どうしてそれを知ってるの!?」
「えへへ。ボクは情報屋だからね。」
「身体が軽い、まるで飛んでる時みたいな…剣を振るのってこんなに身軽だったっけ?」
「ボクが君の周りの空気を操って動きを補助するから、君は戦闘に集中して!」
「そんなこともできるの!?すごい…!」
3-4
心羽はシエルの助けを借りながらなんとか1匹を撃退することに成功。他の5匹は自警団と他のトレジャーハンター達が撃退したらしい。倒しきれてはいないためまた襲ってくる可能性を考慮して報酬は半分になったが、それでも宿屋で一晩を明かすには十分な収益になった。
数人がかりでも撃退で精一杯の相手を、イジェンドはたった独りで何匹も倒せるなんて…やっぱりすごく強い人なんだな
心羽はシエルに別れを告げ、得た収入で食事と買い物を満喫した。新しく調達した服装はこの街でよく見かけるブラウスとワンピースの合わせ。少し高かったけど店員さんにおだてられたので勢いで買ってしまった。似合ってるだろうか?
4話
4-1
宿屋で一泊した次の朝。建前上ではトレジャーハンターとして稼ぎに、本音ではイジェンドが心配で様子を見に、再びユール森林へ向かう心羽。行きがけに通った広場の前で、情報屋として仕事中のシエルの姿を目にした。こちらに気付いた彼はにこやかな笑顔で手を振ってくれた。
昨晩、シエルから影魔についていろいろと訊ねたことを反芻する。影魔がここ最近になって森での目撃例が増えたのは事実だけど、それ以前からも度々姿を現していたという。森で繁殖した様に見えるが影魔に繁殖能力はないらしい。そもそも影魔とは“影で作った魔物”であり、モノ的に言えば製作者が、生き物的に言えば親が存在するはずだという。昨日街を襲った6匹の影魔も、森で戦った影魔たちも、その1匹1匹を誰かが作為的に生み出したものだということになる。一体誰が、なんのために…
「それは情報屋のシエルでもわからないの?」
「んー…推測なら出せるけど、この情報は高くつくよー?」
「いくらぐらい?」
「300万!」
「さ、さすがに高すぎない…?」
「この情報にはボクの命がかかってるからね。そう簡単には話せないさ。代わりと言ったらなんだけど、ユール森林は……………………だよ。この情報はタダであげちゃおう」
4-2 弓
4-3 小屋
4-4 探し人
5話
5-1