0 禁忌の魔法 2.星喰いの月 みんなに公開

目次2-1.2-2.2-3.2-4.2-5.2-6.2-7.2-8.2-9.2-10.2-11.2-12.

2-1.

リュミエ王女は気が付くとルクスカーデン王国に帰還していた。前回の旅で強烈なトラウマを植え付けられたため次元旅行への意欲がすっかり消え失せ、様変わりした様子にエドウィン王だけでなくグレイス王妃も異変に気付いて声をかける。しかしリュミエ王女は言葉を返す元気もなく、ただ呆然自失としているだけだった。

2-2.

心配になった王と王妃は王女のためお守りを用意することに。
ブレスレットの形をしたお守りはあらゆる危険を防げる防護魔法がかけられ、1度限りだがあらゆる不可能を超越し実行対象を全世界に指定できる“究極の魔法”が備わった無敵のお守りを錬成する。
リュミエ王女は両親からのプレゼントなので受け取って身につけるが、もう旅行に出る気にはならなかった。
リュミエ王女は旅先でたくさんの友達を作ってしまったことを後悔し、彼らがエクリプスに蹂躙されるかもしれない恐怖に震えながらも、もうなにも出来ない、関わらない方がいいと諦めてしまっていた。

2-3.

翌朝。エドウィン王は異次元からの来訪者———エクリプスがルクスカーデン内に侵入していることを確認。数は一体のみ。リュミエ王女と同じ「星渡り」の能力持ち。そのエクリプスはリュミエ王女が持つ星渡りの能力をはじめとした様々な超技術の原理を調査しにきた。ルクスカーデンの住民から聴取を行い、その能力は“魔法”と呼ばれ、王族のみが持つ力で何かしらの技術を用いているわけではないらしいことを知る。そのため、そのエクリプスは自身の「星渡り」のように、王族からエクリプスを生み出すことで自分たちの技術に取り込むことを計画した。
まずはエドウィン王をおびき出すため目立つようルクスカーデン住民を襲撃。反応したエドウィン王は即座に駆け付けて防衛するも、そのエクリプスの実力は高く、近隣住民を護りながら戦うエドウィン王はなかなかとどめを刺せず、長期戦の末にエクリプスを仕留める。

2-4.

リュミエ王女は切羽詰まった表情のグレイス王妃に叩き起され、ルクスカーデンにエクリプスが侵入してきたことを知る。数は数千。エドウィン王が倒したはずの個体は星渡りの力で次元跳躍をしており、実体がこの次元にないため実際には倒されておらず、倒す手段もない。かつてリュミエ王女が家族を連れて次元旅行をしたように、星渡りのエクリプスも数千のエクリプスを転移させてルクスカーデンに送りこんできた。
ルクスカーデンを片っ端から侵略し、エドウィン王が対応するも全く歯が立たず、王城にまでその侵攻が及ぼうとしていた。
リュミエ王女は顔が青ざめ、自分が禁忌を犯したせいでルクスカーデン中の人々まで蹂躙されてしまうことの責任と罪悪感に耐えられず、その場で吐いてしまう。
卒倒しそうになるリュミエ王女をグレイス王妃はさっと抱きかかえ、逃げ隠れることを提案する。しかしこのルクスカーデンに外はなく、リュミエ王女はここで逃げても生きた心地がしないため、エドウィン王と共にルクスカーデンを守ることを決意。グレイス王妃は王族といえど元は一般人で魔法は使えず、ジェイムス王子はまだ幼いため2人で隠れてもらい、リュミエ王女はブレスレットを手に王城を飛び出した。

2-5.

エドウィン王とリュミエ王女は共闘して次々とエクリプスを撃退し、王城へ侵攻してくるエクリプスを跳ね除けていた。それを見かねて「星渡り」の能力を持ったエクリプスが2人の前に現れる。エドウィン王は前回の戦闘でそのエクリプスを仕留められなかったことを知る。
“我はマーニ・セレーネ。そこの王女の絶望から生まれたエクリプス”
“人々が持つ心の輝きを星と呼ぶのなら、その心喰らい輝きを蝕む我々には『星喰い(エクリプス)』の名こそ相応しい”
エドウィン王はマーニ・セレーネとのやり取りでリュミエ王女を絶望に追い詰めた元凶が彼らであることを理解し、激昂する。
リュミエ王女を上回る実力を持つマーニ・セレーネは激昂したエドウィン王の一撃をひらりと躱し、王城へ侵入。その行動からグレイス王妃とジェイムス王子を狙っていると即座に気付いたエドウィン王は瞬間移動で王妃らの元へ先回りし、逃げ隠れていた2人の前でマーニ・セレーネとの防衛戦を繰り広げる。激しい攻防戦により壁や天井はそこら中に穴があき、床は大きくひび割れ、瞬く間に倒壊する。
リュミエ王女も加わり2対1でマーニ・セレーネを追い込んで無事撃破するも、次の瞬間グレイス王妃の背後で復活したマーニ・セレーネによってグレイス王妃は殺害される。

2-6.

母の亡骸を目の当たりにしたジェイムス王子は顔が青ざめ、さらにその隙を見逃さなかったマーニ・セレーネによりその絶望から新しいエクリプスが誕生してしまう。リュミエ王女も目の前の事実に茫然自失とするが、ブレスレットの加護により苗床化は失敗。
新たなエクリプスはマーニ・セレーネと共に2対2でエドウィン王を追い詰める。王城を全壊し、城下町を制圧してもなおエドウィン王は絶望を微塵も見せず、王の苗床化をはかるエクリプスたちは苦戦する。全てを失ってもなお、エドウィン王には護るべき2人の子供がいる。二人を失わない限り王は決して倒れず、希望の星が輝き続ける。
エクリプスとしては子供のどちらか1人でも落とせれば王の希望を蝕むことができると考えるが、リュミエ王女はブレスレットの加護により一切の攻撃を受け付けず、ジェイムス王子はエドウィン王とリュミエ王女が全力で護っているため攻撃の隙がなく、拮抗した状況が続いていた。

2-7.

エクリプスは策を変え、エドウィン王を徹底的に痛めつけて弱体化させることでジェイムス王子を殺害する隙を作り出そうと目論む。その作戦は数時間にも及び、ルクスカーデン内で生きている者があと王族3人だけになり、エドウィン王の身体中に傷が走り、腹に穴が空き片目を失ってもまだジェイムス王子に手を出せずにいた。しかし、無敵のリュミエ王女は長時間の戦闘で疲弊してしまい手も足も出ず、エドウィン王がその身体を捨てて弟を護る様をただ眺めているしかできなかった。
逃げることもできず、戦いにも参加できず、このまま眺め続ける以外に与えられた選択肢はなく、いつか来るであろう全てを失う時を想像し永遠の孤独と絶望に打ちひしがれる。
やがて満身創痍となったエドウィン王の隙を突いたエクリプスによりジェイムス王子は殺害され、それにより闘志の半分を奪われたエドウィン王はもはや立つこともできず、リュミエ王女に最期の言葉を遺すと、エクリプスに絶望を利用される前に自害を遂げた。

2-8.

残るはリュミエ王女ただひとり。ルクスカーデンの人々はエドウィン王の希望を僅かでも残さないため一人残さず惨殺され、建物は全て倒壊し、人の気配のない瓦礫の山が辺り一面を覆う。
エクリプスはリュミエ王女を苗床にすることを諦め、次第に立ち去って行った。
人のいない、完全な静寂。この世界にリュミエ王女だけが取り残され、他の全てはもう記憶の中にしか存在しない。
自分を愛する人も慕う人ももういない。誰にも必要とされず、誰にも呼ばれないのなら、もはやリュミエでも王女でもない。
何者でもなく、存在していることの証明すら誰にも出来はしない。
別次元の存在であるエクリプスによって因果律が崩され、あらゆる未来が消滅したルクスカーデンはやがてその存在も閉じられてゆく。
次第に消えゆく景色、遠ざかる視界、無音の耳鳴りすらももう聞こえない。これが禁忌を犯した世界の末路…。王女はこのルクスカーデンと共に消滅するのだと、絶望の先にある諦念を迎え入れていた———

2-9.

しかし、ブレスレットがそうはさせなかった。
気が付くとリュミエ王女は名前も知らない空間にいた。人や文明の気配はなく、ただ荒野の広がる夜。
ブレスレットがリュミエ王女の自我を最寄りの星へ次元跳躍させていた。その星には何もなく、ルクスカーデンと同じ“無”が広がる。
ルクスカーデンと共に死ぬと思っていたリュミエ王女はこの状況に困惑する。もう誰も巻き込まないために、旅などしないと決めていたのに。
リュミエ王女はその時思い出す。このブレスレットは1度だけ、究極の魔法が使えることを。それはリュミエの魔法でなければならないが、その影響範囲は世界全体に及ぶ。
しかし、今は全てを失った後。リュミエ王女といえど時間を巻き戻す魔法など知らない。それに、巻き戻せたとしてもエクリプスに滅ぼされる未来を変えることはできないだろう。今のリュミエ王女にはもはや守るものなど…

———ないと思っていた。旅先で出会った友達は…もしかしたら、私を覚えていることで不幸な目に遭うかもしれない。だとしたら、今後関わることのないように、もう忘れてもらわなければ。
初めから私のことなんか知らなければみんな平和だったし、エクリプスだってこんなことをしなかった。究極の魔法の使い道はこれしかない。

“世界から、私の記憶がなくなりますように———”

2-10.

究極の魔法は実行された。記憶の改竄によりリュミエ王女が旅したことを知る者はいなくなり、「星渡り」のエクリプスでさえもその力の由来を忘れ、ルクスカーデンを訪れたことも、そもそもそんな場所があったことすらも、リュミエ王女の存在から連なる記憶の全てがなくなった。

リュミエ王女は今度こそ、自分を手にかけようとする。自分が生きている限り、世界は禁忌に犯され続ける。自分はもう誰とも関われない、関わってはいけない。そんな孤独ともここでお別れだ。ここで死ねば、いよいよリュミエ王女が生きた事実をなかったことにできる。この世界から因果を乱すものは居なくなる。ブレスレットを外し、自分へかけられた加護を外したリュミエ王女は、魔法で取り出したナイフをその胸に突き立てる———

2-11.

気付くと、リュミエ王女は生きていた。胸に刺したはずのナイフはなく、ブレスレットも左手に戻っている。
時が戻ったかのような錯覚を受けるが、すぐにそうではないことに気付く。旅先でつけた傷は帰ってくると治り、旅先で死んでもルクスカーデンに戻されるだけだということを思い出したから。しかし、今いる場所は旅先のどこかのようだ。少なくともルクスカーデンではない。そもそも、ルクスカーデンは消滅してるので帰る場所はないはずで…。
……つまり、今のリュミエ王女は、本当の肉体のある元の世界に帰れないまま、魂だけが投影された身体とともに跳躍先の次元に置き去りになり、死を以て人生から解放されることすら許されない、永遠に孤独のなかで生き続けなければならない状況に置かれていることになる。

“もう死んでしまいたい。本当はみんなに会いたい。誰も巻き込みたくない。できることなら全てやり直したい。この後悔から解放されたい。ひとりぼっちは嫌だ。…———”

長考と深い絶望と永遠の孤独の果てに、リュミエ王女が辿りついた答えはとてもシンプルだった。
自分自身が、自分のことを忘れてしまえばいいのだ。
家族を失った悲しみも、元から家族の記憶がなければ苦しむことはない。友達を巻き込んでしまったが故の罪悪感だって、忘れてしまえば楽になれる。人の温かさだって、知っているから寂しいものを、最初から知らなければ孤独感もないだろう。習得した魔法だって忘れれば使うことはできなくなり、魔法が禁忌を乱すこともないはずだ。それと、名前も忘れて新しい名前をつけよう。もう“リュミエ王女”はこの世界に存在してはいけないのだから。

自分自身にかける忘却の魔法。死すら許されないリュミエ王女の喪失は、忘却を以て遂げられる。

2-12.

“誕生日おめでとう、燎星心羽”

手元にある紙に、短い一文が綴られていた。
頬を伝った涙の痕が、乾いてヒリついている。
祝いの言葉とは裏腹に、寂しい、悲しいという感情だけが脳裏に染み込んでいる。
私はここで、何をしていたんだろうか。

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