0 心羽サイド1 みんなに公開

授業終わりのチャイムが鳴り響く。
賑やかになる教室。
各々がお弁当を持ち寄ってあちこちに人だかりが形成される。
学級委員の燎星心羽は席を立ち、数式で埋められた黒板を綺麗に消して戻る。
ここは朝憬市立望海中学校。海を望むと書くように、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界付近にあるこの町は大きな山を背にして急斜面のただなかにあり、町のどこへ行っても南側に広がる太平洋を一望できる。
その地形から暖かい日はいつもさわやかな海風が町を吹き抜け、今日も教室のカーテンを揺らす。教卓の書類も風に煽られはためいていたが、文鎮の姿をした熊が短い前足で必死に押さえていた。

「こっちゃん一緒行こ!」
そう声をかけてきたのは隣のクラスの安純日菜。彼女とは去年は同じクラスだったのだが、今年になって離れてしまった。
それでも昼休みぐらいは一緒に過ごそうと、こうして手の空いた方から相手のクラスへ呼びに来る。
日菜は淡いオレンジ色のお弁当包みを手に、教室のドアから顔を覗かせている。
「おっけー今行く!」
心羽は机の上に散らばる勉強道具をささっと片付け、カバンからお弁当の包みを掴んで教室を出る。
「あれ、今日かほちゃん休み?」
普段なら一緒にいるはずの中川香穂がいない。彼女とも去年同じクラスで、いつも3人一緒だった。
「体調不良だってー」
「そっかぁ、帰りにお見舞い行く?」
「賛成!」
そうこうしてるうちに二人はホームルーム棟西側の屋上に着く。
いつも昼食はここでとっている。ほかの生徒の姿もちらほら見かけるが、屋上が広いのであまり気にならない。
「あ!その春巻きちょーだい!」
心羽の膝上に乗っているお弁当の包みを開き、中の具材を指さす日菜。
「じゃあその玉子焼きもらお〜!」
二人はお互いの弁当箱に箸をつっこみ、おかずを交換する。
心羽の春巻きを頬張り、満足気に笑みを浮かべる日菜。
心羽も笑って返す。
暖かい春の風が屋上を吹き抜ける。
ふと外に目を向けると、新緑の豊かな朝憬市の街並みが眼下に広がる。その向こうには日差しが反射して煌く海と、澄んで晴れ渡った空が水平線で繋がっている。
心羽は今この何気ない日常が、とても幸せで大切な時間だった。

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放課後、香穂のお見舞いに向かう日菜と心羽。
香穂の家は校門から続く坂道を下り、パン屋の角で曲がって少し進んだところにある。
日菜がインターホンを鳴らす。
「元気だといいな…」
少しして、香穂の母が玄関から顔を出した。
「あら、日菜ちゃんに心羽ちゃん。香穂のお見舞いに来てくれたの?」
香穂の母は少し表情を曇らせる。
「今日来るのはまずかったですか…?」
その表情をみて不安になる心羽。
「それが、さっき出かけていって留守なのよ…」
「えっ?!」
予想外の答えに驚く二人。
「出かけていった…ってことは、もう回復して元気になったのかな」
少し安堵する心羽。
「ええ、今朝は具合悪そうだったけど、昼過ぎにはよくなったみたいで」
「せっかくのところごめんね、2人が来てくれたことは私から伝えておくから」

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日菜と心羽は香穂の家を後にするが、すぐに帰るのも惜しいので近くの公園へ寄り道していく。
「なーんだ。結局留守だったじゃん」
少しガッカリ気味の日菜。
「でも明日からまた学校で会えるよ!」
心羽がすかさずフォローを入れる。
「そうだよね!元気になったんだし」
「うん!」
日菜はカバンの中を漁り、パンの袋を取り出す。
「じゃあさ、これどうする?」
「あ…」
袋の中には先ほど買ったクリームパンが入っていた。香穂の大好物で、本当ならお見舞いに持っていく予定だった。
消費期限は今日。明日に回すのは難しい。
「2人で食べちゃおっか」
「そうしよ!」
日菜はクリームパンを袋から半分ほど出し、片方を袋の上から掴んで半分にちぎる。
「はいどーぞ!」
袋に入った方を心羽に渡す日菜。
「ありがとう!」
ベンチに座り、並んで食べる二人。
ふと日菜の方を見て、心羽はくすっと笑う。
「ん?どしたの?」
首を傾げる日菜。
「ふふっ、だって、顔にクリームがついてるんだもん」
「えっ!うそー」
「ほら、ふふふっ」
ティッシュで日菜の頬についたクリームを拭き取る心羽。
「あはは、ほんとだー漫画みたい!」
心羽につらされ日菜まで笑ってしまう。
「でしょー?もうおかしくって」
笑っていた日菜だが、なにか思い出したようでハッとする。
「まずい!このあと塾ある!」
「えっ今から!?」
もう陽は半分ほど沈んでいる。
日菜が塾に通っていることは心羽も知っていたが、この日は完全に忘れてしまっていた。
「うわあああ間に合わないよおおお」
バタバタと荷をまとめる日菜。
「急げー!」
「こっちゃんごめんね!またあした!」
「うん!またねー」
日菜は猛ダッシュで公園を去っていった。

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静寂は突然に訪れる。
心羽も帰路につき、街灯の付き始めた街並みを独り歩く。
友だちと別れるのは寂しいけど、その程度のことで寂しがれるなんて、幸せ者になったなぁとも思う。
そんなエモーショナルな気分に浸っていると、その鳴き声は聞こえてきた。
「ホーッ、ホーッ」
その声の主は、心羽が飼っているフクロウのエウィグ。両翼を広げ、前方からふわっと滑空してくる。心羽は左腕を伸ばし、拳の上にエウィグを留める。ひとり暮らしの心羽にとって、エウィグは唯一の家族のような存在。
こんなところまで迎えに来てくれたのだろうか。
「ただいまーエウィグ。どうしたの?」
そう言いながら、エウィグの頭から羽にかけてを指で撫でる。
エウィグは一瞬だけ心地よさそうにククッと鳴くが、またすぐに顔色を変え心羽に訴えるように鳴き始める。
「ホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
「なになに…えっ!?」
エウィグの様子から何かを読み取った心羽。
「わかった、案内して!」
そう言って心羽はエウィグを宙に放ち、北東へバサバサと飛んでいくエウィグをダッシュで追いかけた。

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心羽は走りながら、カバンについている星のキーホルダーに触れる。すると、キーホルダーはくるくると姿を変えながらカバンから外れ、心羽の手に収まった時には懐中電灯の姿になった。
心羽は前方を飛ぶエウィグを見失わないよう、その懐中電灯で照らしながら進む。
全力で走ると、現場には比較的すぐについた。

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夜でも賑やかなはずの広場が、この時は緊張感に包まれて物々しい雰囲気になっていた。
エウィグは案内を終え、路地裏に隠れる。
心羽は怯えながら広場の方の様子を窺う人だかりを見つけ、その中に混ざって尋ねる。
「なにかあったんですか?」
「あれを見ろ…ほら、星のモニュメントの傍に…」
そう話す男性が指さす先には、体長2mはありそうな黒い怪物の影…それが逃げ惑う人々を襲っていた。
心羽はその姿に見覚えがあった。あれは欲しがり族…たしか、正しい名をエクリプス。もう二度と遭うことはないと思っていたのに。どうしてこんな場所に…
「おい、懐中電灯で照らすのはよせ。気付かれたらどうする」
別の男性が心羽に注意する。
この広場は観光地なだけあって街灯も多く、夜でもその姿を捉えられる明るさがあった。
心羽は懐中電灯をカバンにしまい、そっと周囲の様子を窺う。
欲しがり族は、人の弱い心につけ込んで苗床にし、極限までエネルギーを吸い取って数を増やす。簡単に言ってしまえば人類の敵。
成長したエクリプスは騒ぎを起こさないよう静かに繁殖行動を取るらしいので、この個体はまだ誕生して間もないようだ。辺りに倒れている人も複数見受けられる。
しかしその中に、心羽にとって馴染み深い存在が倒れていた。
「かほちゃん!!!!!!!」
心羽は思わず駆け寄っていき、香穂の身体を確かめる。
よかった、脈はある。それに外傷もない。ただ気絶しているだけ。一瞬でも最悪の事態を想像してしまい、心臓がきゅっとなった。
しかし、その声で心羽はエクリプスに見つかってしまう。
「お前、そいつの知り合いか?」
欲しがり特有の、くぐもっていながらドスの効いた声。
こちらに向きを変え、じわじわと寄ってくる。
「か、かほちゃんに何したの…!」
心羽はその姿に怖気付くが、気迫に押されてはいけない。弱い心を晒せばすぐ餌食にされる。
それに、この欲しがりからは聞き出さないといけないことが沢山ある。
「ああ、そいつか。そいつの絶望はちっぽけだったな。味に深みがない。勉強を邪魔しただけですぐに折れる」
心羽はその言葉を聞いて理解した。香穂はただの通行人じゃない。欲しがりの苗床にされてたんだ。香穂の弱い心につけ込み、香穂の生命力を吸って育った。許せない。
「ひどい!かほちゃんは必死に頑張ってたのに!」
香穂は同じ部活の先輩を慕っていた。二つ上の先輩で、市内でもトップクラスの名門校に進学していった。告白する勇気が出せず想いを伝えられなかったから、絶対に後を追って今度こそ告白するんだ、という話を心羽と日菜だけに聞かせてくれた。それから香穂は一層勉強に力を入れるようになった。昼休みすらも勉強時間に回していたのを覚えている。
「いっぱい努力してたのに、邪魔したりして…!」
「あぁ?お前煩いな。死にたいのか」
突然エクリプスに横腹を蹴られる。人並み外れた怪力に、心羽は大きく吹っ飛ばされる。
地面にぶつかり、その衝撃で全身が痛む。
まずい、このままだとやられる。
それに、この欲しがりを絶対に許すわけにはいかない。
心羽は横腹を押さえながら立ち上がった。
「ん?何のつもりだ」
心羽の鋭い視線に睨まれ、欲しがりは若干引き気味になる。
「私はあなたを許さない。絶対に。」

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心羽は目を閉じ、頭のなかに転成魔法をイメージする。自らの姿を変質させて、戦うための魔法。
この日に備え、何年もかけて習得した。実践するのは初めて。
発動のコツは、“魔法と結びつけたキーワード…“呪文”を唱えること”。

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心羽の足元から光が溢れ出し、全身を包み込む。
次の瞬間には、心羽は違う姿になっていた。
「なっ…!?お前、何者だ」
エクリプスは驚きながらも心羽に接近する。
「私はこ…」
“心羽”と言いそうになったが、人前で名がバレるのはまずい。
「私はリュミエ。あなたにも聞きたいことがある」
咄嗟に違う名前を使い、正体を隠す。
「リュミエ?知らない名前だ。やはり敵か」
エクリプスは瞬時に味方ではないと判断し、リュミエを潰しにかかる。
リュミエは掌に火球を作り出し、バチバチと燃え盛るそれをぶつけて応戦する。
しかし、エクリプスの強固な皮膚には通用しなかった。
「そんな…!」
「ふん、その程度か魔法使い。」
エクリプスはリュミエの炎を平気で受け流し、懐に潜り込んで腹部を蹴飛ばす。
ドスっというくぐもった音が響く。
声にならない悲鳴をあげるリュミエ。
変身したリュミエの身体は非常に軽く、その一撃で宙に打ち上げられ、近くの屋根の上に落ちる。
エクリプスはぐったりとして動かなくなったリュミエを確認すると、興味を失くしたかのように向きを変え、その様子を影でこっそり見ていた人々に狙いをつける。
エクリプスに睨まれ、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す人々。
手当り次第に襲おうとした次の瞬間。
目の前に炎の壁が出現し、エクリプスの進路を絶った。
「この炎は、まさか…」
エクリプスはもう倒したはずのリュミエの方に視線を向ける。
しかし、その方角からは既に次の火球が放たれており、エクリプスが向き直ったときにはもう目の前まで来ていた。
「なっ」
ボフッ。
避ける隙もなく、火球を顔面に浴びてよろけるエクリプス。
「その人たちにも手出しはさせない!」
その向こうには、腹部を押さえ再び立ち上がるリュミエの姿があった。
「あいつらはただの野次馬だ。お前に関係ないだろう!」
エクリプスには、リュミエが家族ですらない他人のために立ち上がろうとする理由がわからなかった。
「関係なくない!」
頭部にならダメージが通ることに気付いたリュミエは、屋根の上からエクリプスの頭を狙う。
「あの人たちだって、私の幸せな日常を支えてくれる、大切な人なんだから!」
リュミエにとって、人々を守るために戦うのは他ではない自分のためだった。
「この何気ない日常を、あなたなんかに壊されたくない!」
的確に顔目掛けて飛んでくる火球をなんとか避けながら、エクリプスはリュミエに反撃できる隙を窺っていた。
しかし、気が付くと炎の壁で囲まれていて退路がない。
「しまった…!」
エクリプスは身動きが取れなくなり、避けようのない火球を咄嗟に両腕で受け止める。
しかし、既に屋根の上にリュミエの姿はなかった。
「どこに行った…?!」
エクリプスは焦って辺りを見回す。
リュミエは高く跳躍し、既にエクリプスの真上に来ていた。
「だから私は、あなたを今ここで倒す!」
リュミエは両掌に火球を生成したまま指を組み、掌の中に限界まで魔力を溜め込む。今のリュミエが出せる、全身全霊を込めた一撃。拳が合わさってひとつとなった火球は音を立てて燃え上がり、激しさを増していく。落下する勢いに乗せ、エクリプスの頭目掛けて大きく振りかぶる。

「やぁぁぁあああ!!!!」

大きな火球が尾を引いて落ちるその様子は、さながら流れ星のようだった。

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一瞬、閃光が走ったように明るくなる広場。
黒い怪物を中心に巨大な爆炎が巻き起こる。
魔法使いの少女はその爆風に吹き飛ばされ、星のモニュメントに背中を打ち付けて気絶している。

しばらくしてサイレンとともに消防車や救急車が現れ、隊員が怪我人を運び込み消火活動にあたる。

怪物が居なくなったことで、次第に広場は人の流れが再開した。もちろんまだ消防車両も活動しているが、もう何事も無かったかのように観光や買い物を楽しむ人々もちらほらと現れだした。
あの少女の言っていた「日常」は、たしかに戻ってきていた。

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「………ますかー?」
「大丈夫ですかー?」
誰かが呼ぶ声。
心羽はハッとして目を覚ます。
救急隊員らしき服装の男性が心羽に呼びかけていた。
心羽は辺りを見回して状況を確認する。
かつての賑わいを取り戻した広場に、物騒な消防車両が数台。
それでも、もうそこに欲しがりの黒い影はなかった。
ひとまず安堵する心羽。
「お名前わかりますかー?」
救急隊員が心羽の意識状態を確認している。
「あっはい!えと、その…ごめんなさい!失礼します!」
心羽はそう言い残し、その場を走って立ち去る。
かなりまずい対応かもしれないが、搬送された先で色々訊かれても答えられない。
それに心羽はあの中では軽傷な方だし、魔法も使える。
自分よりもっと優先して救助しないといけない人は多いはずだ。
心羽は人目の少ない路地裏を通って自宅へと向かう。
「ホーッ、ホー」
エウィグが心羽のもとに飛んでくる。その声色から不安そうな感情が読み取れる。
「ありがとうエウィグ、心配してくれてたんだね」
心羽に頭を撫でられ、クルクルと鳴くエウィグ。
そんなエウィグを見ていると、心羽も緊張が解れてくる。
「大丈夫、私はこうして元気だから…」
しかしその言葉とは裏腹に、心羽のお腹を激痛が襲う。
「うぅ…っ!」
その場でうずくまる心羽。欲しがりに二度も蹴られた心羽のお腹は、今もなおダメージを引きずっていた。
でもそれは、緊張の糸が緩んでちゃんと正常な痛覚が戻ってきたことの証でもあった。

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その後、なんとか家に帰りついた心羽。
途中に寄った薬局でもらった痛み止めを飲み、最後の力を振り絞って明日の学校の準備をする。
自然治癒力を高める魔法を全身にかけたが、心羽はこの類の魔法が特段下手でほとんど効果はなく、正直気休めにしかならない。
エウィグに餌をやり、心羽も昨日作り置きしていたシチューを温めなおして飲む。
「そういえば、かほちゃんあのあとどうなったんだろ…」
幸い心羽は熱を扱う魔法を熟達しており、どんなに疲弊していても好みの温度でシチューを飲むことができる。
「ホーッ、ホルルル…」
心羽の独り言を聞いていたエウィグが、香穂のその後を教えてくれた。
そのまま他の人たちと一緒に病院に運ばれていったらしい。
「そっか…」
ひとまず安全な場所にいるとわかりホッとする。
軽くシャワーを浴びて汚れを洗い流し、熱魔法で瞬時に髪を乾かす。
そのまま寝巻きで布団に潜り、速やかに眠りにつく。
「かほちゃん元気になるといいな…」

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あれから数日が過ぎた。
毎日痛み止めを飲んでいると次第にお腹の痛みはなくなっていき、至る所にあった擦り傷も自然治癒力のおかげで治っていた。その間、心羽の周りでは特になにも起きなかったが、欲しがり族の目撃情報は絶えていない上、新たに“欲しがりと同じ力を持ち異形に変身する人間”という未知の存在も現れたため、気を抜くことはできない。

そしてようやく香穂が退院し、久々に3人揃っての昼休みとなった。
香穂を間に挟み、3人で屋上のベンチに座る。
香穂は自分が欲しがりの宿主になっていたことには全く気付いていない様子で、「なんか勉強をしようとすると上手くいかないんだよね」というふうなことを言っていた。でも当時は入院が必要なほどに生命力を失っていたことから、「変なものに憑かれてたのかも」とも言っている。
「あーあ。また勉強遅れちゃった…」
香穂は学校を休んでいた間のことを一番気にしているようだった。
「とりあえず無事に退院できて何よりだよ!」
日菜は香穂の肩をポン、と叩き明るくフォローする。
「じゃあさ、今度から一緒に勉強会する?」
ふと心羽が提案する。
「みんなでやればきっと捗るよ!」
「あっそれいいね!私もあんまり勉強進まなくてさー」
乗り気な日菜。
「かほちゃんはどう?」
…あれ?
香穂は俯いたまま反応がない。
「かほちゃん…?」
すると、香穂は小声で呟いた。
「……ほんとに、いいの…?」
その声は少し震えていた。心羽はふと、2人と遊ぶ時間を削って独りぼっちで勉強するのはきっと辛かっただろうな、という思いがよぎった。
「うん、もちろん!」
「協力するよ!」
日菜もうんうん、と頷いている。
香穂は俯いた顔をあげ、心羽に向き直る。その目は涙ぐんでいた。
「ありがとうこっちゃん〜〜!!」
感極まって心羽に泣きすがる香穂。
香穂が勉強にどれだけの後悔と寂しさを抱えて取り組んでいたのか、あの欲しがりにどんな苦しみを与えられたのか、心羽にはわからない。
それでもこうして、その苦しみを少しでも減らせるのなら。
「これからは一緒にがんばろうね」
心羽は香穂の背中をさすってなだめる。
「うん…」
香穂は身体を起こし、涙を拭いながら日菜にも向き直る。
「ひなちゃんも、ありがとね」
「いえいえ〜!さ、お弁当食べよ!」
心羽はお弁当のことをすっかり忘れていた。
「そうだね!」
そして心羽はもうひとつ忘れていることを思い出した。
「あ、それと…」
カバンの中をゴソゴソする心羽。
「ん?どしたの?」
「はいこれ!かほちゃんの退院祝い!」
そう言って心羽は星のキーホルダーを取り出す。
「わぁありがとう!こっちゃんのと色違いで綺麗!」
香穂の退院に間に合うように、空いた時間を上手く利用して数日でなんとか完成させた。
「よかったじゃんかほちゃん!」
笑顔で見守る日菜。
「ひなちゃんにもあるよ!」
心羽は2人と色違いのキーホルダーを日菜の膝上に置く。
「えっ私にも!?ありがとう〜!」
日菜はさっそくカバンにつけている。
「このキーホルダーはね、太陽の光を浴びると暗いところで綺麗に光るの」
そして、たくさん光を貯めたキーホルダーは闇を祓う力を持つらしい。
これを身につけていれば、いつかまた欲しがりが現れても、きっと2人には手出しできない。
このプレゼントには、日常を奪わせないという心羽の強い意思がこもっていた。
「へぇ〜素敵!」
「ロマンチックだね〜」
「ふふ、どうしても渡したくって。さ、食べよっか」
気付けば昼休みはもう半分も残っていない。
ようやく食べ始める3人だが、それでもお喋りは止まらない。
次の授業に間に合うかな?と少し時間を気にする。
それでも、今のこの瞬間が心羽にとっての幸せで、何より大切なものだった。

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