0 厨二病が転生したら移植用 みんなに公開
序章 十話までに終わらせる。ガチダークな感じで。
主人公 田舎のとある街 帽子を被って人として生きる 七歳ごろ バレる。母サキュバス 磔刑 村の一人ずつ家を回って斧で惨殺。後に逃亡→第一
十三歳頃 とある山に流れ着く イノシシ用の罠に掛かる 藻掻くが逃げられん 夕方頃 諦めかけた時 おんなノコくる 悪魔を知らない少女に助けてもらう。
無理やり連行 足の怪我もあり、まともに逃げられない。女の子の良心、怪我で主人公を保護。→二
半年。この辺は充実したスローライフを。→三
さらに一年。女の子が村に遊びに行って、父と主人公を自慢。ソレを知った父、母激怒。主人公宥めるも、女の子家出。→四
女の子、俯いて小陰、魔物遭遇、覚えたての魔法で善戦するも、押さえつけられ、主人公参上魔物殺し、女の子から思いを寄せられる。→五
女の子の自慢が街中に広がり、騒ぎ。家に悪魔狩り。なんとか隠れきるも、ここにいてはきけんだと、主人公は家を出る。→六
2年後、雨ヤバい。なんかへんな悪寒。空を飛んでた。天候を司る天使、ウェザエル。天使、悪魔嫌い。殺しにかかる。主人公魔法で応戦も歯が立たず、逃走。息を潜めてなんとか、天使たちの目的を聞いた主人公。天使と戦うことに。→七、八
1年後街を放浪中、同い年くらいの黒髪。糸杉参戦。利害の一致で一時的にタッグ。仲悪く。→九
協力して戦い、仲良く&同行→十
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セミがなく夏の昼下がり。入道雲が道の端に影を落とし、去っていく夏の太陽の下。
白い光の中を揺れるのは、美しい母の姿だった。母は白いワンピースをまとって、つばの大きな帽子を被って、揺れていた。
そして、少年は愛おしいたった一人の母の手を、たった一人の肉親の手を、力強く握っていた。そんな少年もまた、つばの広い帽子を深く、深く被っていた。
「アレス。今晩は、何を食べたい?」
母は少年の名を呼び、言った。アレスと呼ばれた少年は、帽子のつばが作った陰に顔を沈めて、考えた。
「……僕、決められない……。だから……お母さんが決めていいよ」
少年はそう、口にした。
少年は母の料理が本当に、本当に大好きだった。だから、母の料理が食べられるのなら、なんでもいいと思った。
少年がそう口にしたのは、そんな理由。
そして理由は、もう一つ。
少年は単純に、そうすることが好きだったのだ。
「今日、母は何を作ってくれるんだろう……」「今夜、母はどんな物を食べさせてくれるんだろう……」
少年はそう考えて、ただ単にワクワクすることが好きだった。
「……そうね」
母は少年の言葉にそう漏らし、帽子のつばから覗くずっと、ずっと青い空を、静かに見上げた。
少年はそんな母を見て、同じように青い空を見上げてみた。
この、どこまでも広がる無限の青は、きっとどんな名画よりも綺麗で、美しいだろう。少年にとって、その空はそんな風に映った。
母と見上げた空の色、雲の形。母と感じた風の風味に、土の香り。少年は、そんな素晴らしいものを見上げて、感じて、心の底から幸せだ……と。そう思った。
けれど、少年にとってのそんな空は、母にとってのそれとは違ったのかもしれない。
だって少年が見た母の背中は、どこか小さいような気がして、とても自分と同じことを思っているようには、とてもそんな風には見えなかったから。
少年は思う。母にはこの空が、一体何に見えているんだろう……と。
「それじゃあ……今日は……」
少年がそうしていると、母は言い出した。
「やめて!!」
そして少年は、咄嗟に割って入った。母は割って入った少年の声に驚き、青い空から目を逸らす。だけど、そんな母の瞳にあったのは、驚きだけじゃなかったような気がする。
「……ど、どうしたの?」
母は少年に訊いた。声色にはほんの少しだけ、動揺が混じっていた。少年はそんな母を少し心配に思いながらも目を合わせ、頬を膨らませ、答えた。
「お料理は晩ごはんまでのお楽しみにするの!! だから言っちゃダメ!!」
母は少年の、年相応な小さなわがままの言葉を聞き、安堵を浮かべた。少年はそんな母の様子を見て少し不思議に思ったが、相も変わらず、母に向かって頬を膨らませていた。
「……そう……そうよね……。……わかったわ。じゃあ、夜が来るまで……楽しみにしていてね」
母は何かをふと思い出したかのような反応をしつつしゃがみ、少年に向かって自らの小指を差し出した。
「うん! 夜まで……楽しみにしてるね!」
少年はワクワクで胸をいっぱいにして、母と小指を交わした。しゃがみ込んだ母は穏やかにはにかみ、少年を一度抱きしめた。
「さあ、行きましょう? 家まではまだ長いわよ」
「うん! お母さん!」
母は少年の手を引いて行く。土の道を照らす太陽はどんどん傾き、やがて地平線の向こうに潜り込もうとする。その頃、少年は母と共に、町外れの小さな家に辿り着いた。
扉が唸り、ゆっくりと開く。扉から入る光が二人の影を、向こう側の壁まで長く伸ばしていった。
『ファイア……』
母は指を立て、魔法の言葉を唱えた。すると指先に炎の玉が、小さな渦を巻いて現れた。
母は部屋に置かれたランプに火を灯し、暗かった室内に光を満たしていった。そんな母を、少年は不満げな眼差しで見つめた。
「ねえお母さん……」
少年は母に話しかけた。
「なに?」
母は答えた。
「どうして、僕らは外で帽子を取っちゃダメなの? 他のみんなは取ってたし、僕暑かったよ? それに、どうして僕は他の子と遊んじゃダメなの?」
少年は母に不満を叫んだ。
少年はこの屋敷に帰り着くまで、楽しそうに遊ぶ子どもを何度か見てきた。
ずるい。
少年はそう思った。彼は他の子どもたちと一緒に遊びたかったのだ。だけど、母は理由も言わずにそれを禁止し、遊ばせてくれなかった。
少年はそれが不満で、不満で、ならなかった。
「帽子を取っちゃ駄目なのは……そうね……。……太陽の強い光から、自分の体を守るためよ」
「雨の日も被らされてる……」
「それは雨を避けるため。帽子を被ってれば、濡れるのは帽子だけで済むわ」
「曇りの日もだよ? 太陽もないし、雨もないのに……おかしいよ?」
「それは……それはね……? ……んーと……。……あ……曇りの日には空から鳥の大きな魔物が狙ってくるからよ。だから食べられないように、帽子を被って身を守るの」
「本当に……?」
「うん。本当よ」
少年は納得いかなかった。だって太陽の光は母が言うほど強くなかったし、雨だって帽子よりも傘を差した方がいいに決まってる。それに、鳥の魔物なんか曇りの日でもそれ以外でも、一度も見たことがなかったから。
だけど少年には、それ以上に納得いかないことが、一つだけあった。
「……でも……どうして他の子と遊んじゃいけないの? なんで僕だけ? それ……おかしいよ」
少年は泣きそうな声で、俯いて言った。母はそんな少年の様子を見て、声を聞いて、少し心を痛めた。
「……ごめんね」
母は、無意識の内に謝っていた。溜まりに溜まってはち切れそうなくらいの申し訳ない気持ちが、この瞬間に少しだけ漏れ出した。
「……アレスは周りと違うの。特別なの。だから周りの子と、遊んじゃ駄目」
周りと違う。特別。少年は母のそんな言葉に、一つだけ心当たりがあった。
「……これのせい?」
少年は頭に手を触れた。そこには固くて小さな、突起物があった。
「ねえ、どうなの? これのせいなの?」
少年は重ねて訊いた。しかし母はそんな声に、言葉を返してはくれなかった。でも、ただ一言。
「ごめんね……」
と。そうとだけ呟いた。
「ねえ、謝ってばっかりじゃわかんないよ。どうして僕は、外で他の子と遊んじゃ駄目なの?」
少年の言葉が静寂を引き裂く。母はいつにもなく暗い背中で俯き、苦い表情を滲ませて考えた。そして母は、決心を固める。
「……あなたが……あなたが私にとって……何よりも、何よりも……本当に、本当に大切な人だから……」
「大切な人……?」
少年は首を傾げ、疑問を浮かべた。
「お母さんの大切な人だと、他の子と遊んじゃ駄目なの?」
そんな言葉を皮切りに、部屋に沈黙が流れた。母の背中は小さく、小刻みに震えていて、少年の目にはそんな母が、とても小さく映った。
「ごめん……。本当に……本当にごめんね……」
そんな母の謝罪の声は泣いていた。どうして泣いているのか、少年にはちっともわからなかったが、母の何かを傷つけてしまったということだけ、それだけは理解できていた。
少年は大好きな母を傷つけてしまったんだ……と、泣きそうになった。そんな時だった。
――パチン……。
母が手を叩いた。そして。
「さあ! 切り替えて行きましょう! アレスちゃん、今晩のご飯は何なのか、楽しみに待ってくれていたわよね! 作ってるところ見せてあげるから、当ててみなさい!」
と。そう言った。
母から吐き出された気丈な言葉は、明らかに苦し紛れだった。泣きそうなことが、少年のような小さな子供にさえわかってしまうほど、あからさまに取り繕われた物だった。
だけど少年には、やるせなくもどうすることもできなかった。
「……うん」
こう答える他……なかった。
母はかまどに小さな鍋を置き、火を点けた。鍋には魔法で水を注ぎ、大きめに刻んだ肉を入れた。
次に母は玉ねぎの皮を剥き始めた。
「……お母さん……。僕もやるよ……」
少年はやるせなさから、そう申し出た。
「そう、じゃあお願いするわね」
母の声は、もういつも通りに戻っていた。もう苦し紛れじゃなかった。もう取り繕っていなかった。少し気持ちが前向きになった少年は。
「うん!」
強く、大きく頷いた。
拙い手つきで、少年は玉ねぎの薄皮を剥いていく。汁が目に入ったせいか、目に少し涙が滲んできた。少年は涙を拭って手の甲を湿し、残りの玉ねぎの皮に指を掛けた。
「お母さん。できたよ」
皮を剥き終えた少年は目に走る軽い痛みと滲む涙を堪え、拭いつつ、皮が剥けて艷やかな黄緑色になった玉ねぎを手渡した。
「ありがとうね」
母は玉ねぎをまな板の上に置き、刃を通した。切れ味が悪いみたいで、断面はあまりきれいじゃなかった。そして玉ねぎの汁は母にも牙を剥いたみたいで、母は玉ねぎを刻んでいる途中、何度か煩わしげに目を擦っていた。
母は刻み終えた玉ねぎを鍋に入れて蓋を閉じ、少年に訊いた。
「さあ、何の料理か、わかった?」
「うん!!」
少年は頷いた。
「シチューだよね! お母さん!」
少年が大きな声で言うと、母ははにかんだ笑顔で答えた。
「正解!」
少年は母とそんな言葉を交わし、席についた。しばらくは体を揺らして、ご機嫌にシチューが机に敷かれたマットの上にくるのを待っていた。だんだんと、部屋に、美味しそうな匂いが立ち込めてきた。
母がシチューの蓋を開けた。湯気が天井まで一気に昇り、空気に馴染むように消えていった。母がスプーンを手に取り、味見をする。
「お母さん! できたー?」
「うん。できたわよ。今行くわね」
母が小さな鍋を持ち、机に向かって歩いた。少年は机の下で足を揺らし、その到着を心待ちにした。
敷かれたマットの上に鍋が置かれた。少年は目を輝かせて、鍋の中を覗き込んだ。温かい湯気が鼻の中を、喉の奥を湿す。
具材は肉と玉ねぎ。たったそれだけ。彩りもないし、味付けだって塩がほんの少しだけだった。だけど少年の目にはそんなシチューが、本当に美味しそうに映った。だってそのシチューには、母の愛情が籠もっているような気がしたから。
少年がそうしている間にも、母は台所の戸棚から木のボウルを二つ、コップを二つ持って机に近づいた。
それに気がついた少年は椅子から飛び降り、戸棚に走った。軽く跳ね、素早くスプーン二つとレードルをその手に握った。そして今度は、戸棚に向かって走った道を、そのまま引き返した。
少年は母にレードルを渡した。
「ありがとう」
母は少年からレードルを受け取り、木のボウルにシチューを流し込み始めた。そんな中、少年は椅子に飛び乗ってバランスを崩したりもしつつ、机の上に二人分のスプーンを並べた。
少年が再び席につき、ほぼ同時に母も席についた。
「いただきます!!」
「はい。いただきます」
少年は元気よく、母は落ち着いた声でそう言った。
少年はシチューを啜る。口の中には質素ながらも素敵な薄っすらとした塩の風味と、玉ねぎの優しい甘みが広がった。
少年は肉を食む。薄かったけれど塩味が滲みていて、美味しかった。
少年は次から次へとシチューを口に運んだ。すると、あれよあれよという間に、鍋は空になってしまった。
「……もうない……」
少年は残念そうに呟いた。
「ねえお母さん。また作れない?」
「……そうね……。明日になったら、また一緒に作ろうね」
「明日……」
少年は楽しみに呟いた。その途端、少年からあくびが漏れる。
「お母さん、僕、今日はもう寝るね」
「……うん。おやすみなさい」
母は食器を洗いながら、そう返した。
「おやすみなさーい」
少年は眠たくなって更にあくびをした。目から少し、涙が滲んだ。
少年は背伸びをして扉を開け、ベッドに急いだ。少年の足を急かしたのは早く寝たいという気持ちが半分、それと、明日が楽しみな気持ち半分だった。
少年は掛け布団を捲り、そこへ潜り込んで暗い夜の天井を見上げた。少年はそのまま、夜闇に溶けるように目を閉じた。そっとそっと、明日に思いを馳せるように、目を閉じた。
……。
……。
――ピピピ……。
そして少年が目を覚ました。寝起きの少年は目をこすり、自分を起こした窓際の小鳥に目をやった。茶色い小さな鳥だった。少年は鳥に手を伸ばす。
あとちょっと。もう少しで触れられる。そんな時、鳥は羽ばたき、淡い朝霧の向こうへと消えていった。
「アレス? ごはんよー?」
「あ! はーい! お母さん!!」
少年はベッドから飛び降り、昨晩のように背伸びして扉を開けた。母が包丁でまな板を叩く音が聞こえる。机の上には皿が二つ並べられていた。
少年は、今朝のご飯はなんだろう、というワクワクに胸を膨らませながら、机に駆け寄った。椅子を引いて、その上によじ登った。
目玉焼きだった。下にはベーコンが敷かれていた。皿の縁には葉野菜が、彩りとして添えられていた。
「お母さん! 食べてもいい!?」
少年は待ちきれず、訊いた。
「ええ。いいわよ」
少年はその言葉を聞くなり、すぐにスプーンを手に取った。黄身と白身をスプーンの先で切り分け、白身から先に口に放り込む。黄身は最後のお楽しみ。
一分と少し経って、少年は白身を平らげた。そして少年は、黄身に向かってスプーンを向けた。切って食べたりはしない。トロトロとした中身が溢れると勿体ないし、食器洗いも少し大変になるから。
少年は黄身を口に入れた。半熟のトロトロが、口いっぱいに広がった。少年はそんな黄身の風味を楽しみながら、一度、二度、と分けて、黄身のトロトロを飲み込んだ。
最後に葉野菜を放り込んで口直し。後に水で流し込んだ。
少年はコップを皿の上に重ね、台所へと運んだ。そして母へと目をやった。母はもう半分くらい食べていた。多分、あと少しで食べ終わるだろう。
それからしばらくして母も朝食を食べ終わり、台所へ皿を運んできた。母は魔法で出した水を使い、皿を洗浄する。少年は洗い終わった皿を拭き、足場を使って戸棚へと戻した。
皿を片付け終えた二人は、次に掃除を始めた。少年は背伸びをしながら埃をはたき落とす。母はそうして床に落ちた埃を回収し、窓から外に捨てた。
「お母さん、まだ?」
とある棚の埃をはたき終わった少年は部屋を見渡し、はたき残しがないか確認した後、母に言った。
「もう少しだけ待ってちょうだいね」
「……早くしてね」
母の答えを聞いた少年は、残念そうに言った。
なぜか。それは少年が母との買い出しを、何より、誰よりも日々の楽しみにしているからだ。
そんな日々の楽しみが、ほんの少しであっても延期されてしまった。少年にとってそのことは、この上なく……とまではいかずとも、かなり残念なことだった。
少年は待った。窓から外の景色を見て、待った。玄関から、母がほうきでゴミをはく音がきこえる。
鳥が、青い空に細い線を引っ張るように飛んでいた。白い、小さな鳥だった。
そんな自由に飛ぶ鳥を見て少年は、いつか自分にもあんなふうに空を飛べるんじゃないかな、と。そんな気がした。
気がした、というよりは、確信に近かったかもしれない。どうしてか、羽ばたけば飛べるような気がしたのだった。
鳥が屋根の縁の向こう側に隠れ、消えた。それと時を同じくして、母が鳴らしていたほうきの音も止んだ。
「ねえお母さん。お掃除終わった?」
「うん。終わったわ」
その言葉を聞き、少年は目を輝かせる。
「やった! じゃあさじゃあさ。今日も行こうよ! お買い物!」
「うん。いいわよ。じゃあ、お買い物に行く準備をしましょうね」
少年は満面の笑みを浮かべて。
「はい!! 行ってきます!」
元気よく返事をした。
少年が走り出す。母は財布を取り、昨日と同じ白い帽子をかぶった。大きな籠を持ち、スカートを軽くはたいた。
「お母さん! 準備できたよ!」
少年が母に駆け寄り、言った。しかし、母はそんな少年の声に首を横に振った。
そして少年の頭に、深く、深く帽子を被せ。
「うん。これで完ぺきよ」
そう言って、母は微笑んで見せた。しかし、それとは対照的に少年は不満げだった。
しばらくして家の扉が開き、そこから元気よく少年が駆け出した。さっきまでの不満げな顔なんて、もうウソみたいだった。
少年は庭先の戸まで走り、跳びはねて母の方へ振り返る。そして手を振り。
「お母さーん! はーやーくー!!」
母に叫んだ。
「はいはい。そんなに急がなくても大丈夫よ」
母はそう言いながら少年の所へ向かい、戸を開けた。
少年は母のワンピースのスカートを握り、母と並んで、戸の外へ踏み出した。
雲の影が作る並木を通り、少年は母と歩いた。
「見て! あの雲、お魚みたいな形をしてるよ!」
少年は空に浮かぶ雲の一つを指さした。
「うん。そうね」
母は静かに微笑んで言葉を返し、歩き続けた。そして数十分歩き、ようやく街の端が見えてきた……そんな時だった。
少年の目に、露店の、赤い表紙のとある本がはたと止まった。少年は、その本のことが気になって、吸い寄せられるかのように母のスカートから手を放した。
「あ! ちょ、ちょっとアレス!? どこ行くの!?」
母が少年を呼び止めた。それからしばらくして、少年は露店の前で立ち止まった。
露天には年うつらうつらとした老いた老女が座っていた。
「ちょっとアレス……。いきなり駆け出したりしてどうしたの? さあ、早く先に行きましょう?」
少年に追いついた母が困ったように言ったが、少年には届いていないようだった。
「ねぇおばさん……」
少年が露店の老女に声をかけた。しかし、老女はまだ目をつむり、うつらうつらとしていた。
「おばさん!!」
少年が始めよりいくらか大きく言うと、老女はゆっくりだったが、やっと目を開けた。
「おやぁ? 子どもかい? 珍しいお客だねぇ……」
老女は気味の悪い笑みを浮かべ、言った。少年は、ほんの少しだけ息を詰まらせながらも、老女に対して言葉を吐く。
「ねぇこれ……」
少年は赤い表紙の本を指さした。すると母はどうしてか、見て取れてしまうほどの嫌悪感を顕にした。
「これっていくら? 僕、これ欲しい……」
そう言ってその本に手を伸ばそうとした少年の肩を、母は強く制止した。
「……? お母さん? どうしたの?」
少年は母のことを見上げた。白い帽子の下、見上げた母の表情は、なぜかとても引き攣っていた。まるで、心のなかで何かと戦ってるみたいだった。
そんな母を見て、少年は不安を感じた。もしかしたら、僕が言ったこと、実はまずかったんじゃないだろうか……。僕がやったこと、実は良くないことだったんじゃないだろうか……、と。
母が黙れば黙るほど、少年の不安は増していった。そしてその不安が臨界に達しかけた頃、母が遂に言葉を発した。
「……ご、ごめんなさいね。この子ったら、本を買うお金なんてどこにもないっていうのに、急に走り出しちゃって……さあ、行くわよ。アレス……」
「う、うん……」
声は普段通りの母の声だった。しかし、その顔は未だに嫌悪感がうっすらと滲んでいた。
少年はよく分からなかったが、自分が何か母にとってよくないことをしてしまったのだということだけはわかった。
お母さん……ごめん……。
だから、少年はそう言おうと思って、口を開きかけた。そんな時だった。
「ケケケ……」
老女が笑った。あまりに不気味な声だったからか、母も、少年も、一緒になって振り返ってしまった。
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