0 【フェヴローニア】 みんなに公開
フェヴローニア (Fevroniya)
500年前、まだ戦乱の時代に栄えていた「炎の王国」の第一皇女。
炎の王国では、皇族が炎の扱いに長けた強大なカルナ使いの血を受け継いでいた。
その天賦を武力として振るい、数多の国との戦争を勝ち抜いてきたが、その力を持つ者はみな例外なく短命で、早くて30代、長くても40代でその生を終えた。
フェヴローニアはこの出自が気に食わなかった。肉親である両親は政に駆り出され、まるで構ってくれない。父上は病もあるのに、平気な顔をして親征に出向いていく。
炎のカルナを持って生まれたせいで、父上も自分も長くは生きられない。
にも関わらず、その生涯は国のために果たさねばならないと、いつもお稽古ごとばかりで遊ぶ時間も短い。
まるで呪いだと思っていた。
こうして不満を抱えていたフェヴローニアは、小さい頃からわがままばかりな王女であった。
「王女様、お武芸の時間です」
「嫌じゃ、武芸など楽しゅうない!」
「ですが、お国のために必要なことなのです」
「…なら、なにか面白いことを言ってみせよ。私を笑わせたら武芸に向かってやろうぞ」
「は、はぁ…ですが…」
「どうした、武芸に行ってやると言っておるのじゃぞ!なぜ誰もやらぬ!」
しかし、幼い心にその過酷さを背負っていることを皆知っているため、誰もフェヴローニアのわがままを咎めることはできなかった。
フェヴローニアの父である当時の王は、16という若さで即位し、速やかに妃を迎え、17で娘フェヴローニアを授かる。
しかし、18で病にかかり、闘病の末に第二子を残せぬまま、28で崩御。
前例のない若さでの崩御だったため、炎のカルナの血を継ぐ者は11歳のフェヴローニアただ1人となってしまった。
皇族の炎のカルナがもたらす武への信仰で成り立っていた炎の帝国は、崩落の危機を迎える。
焦った大臣たちは、皇帝のカルナの能力を継承しているフェヴローニアを女帝として擁立。
またその特異な血筋を失わないため、フェヴローニアに早急な婿取りを、ひいては子作りを迫る。
王亡き今となっては、フェヴローニアが子を産む以外に炎の血を残す方法はない。なんとしても子を身篭ってもらわねばならない。国にとっての最重要課題だった。
大臣たちは優秀な婿候補を必死で探し集めては女王フェヴローニアにお見合いという名の婚前交渉をさせたが、その尽くはフェヴローニアの手で破談となった。
「お前たちはこんな下郎と交われと本気で申すのか!? つまらぬ冗談も大概にしろ!」
大臣たちは婿取りに苦戦した。フェヴローニアはかつてない口調で拒絶し続けた。
どちらにとっても苦しい時期が続いた。
「本当はわかっておる。子を為さねばこの血が途絶え国が滅びることも、私一人が頑張れば幾万の民を守れることも。
だがそれなら……私のことは誰が守ってくれよう?
産まれた時から国のためにとお稽古事ばかりで、女王になったら働き詰め。戦争に駆り出され、矢の飛び交うなか敵軍を灰塵にしてまわる仕事。
そのうえ毎日お見合いをさせられ、毎晩好きでもない男に腹を貸す。
私は女王だぞ? 女王は一番偉いはずであろう?
それなのに、これではまるで、奴隷のようではないか…。」
大臣たちもまだ齢11の子供に対してあまりに酷なことを強いている自覚はあったが、国の存続がかかっているために情を向ける余地はなかった。
それから数ヶ月が経ち、国のために酷使されたフェヴローニアの心は荒んでしまっていた。
「毎日のように犯されておるのだぞ!こんなに苦しい思いを耐えておるのに、なぜいまだに子を身篭れぬ!
もううんざりじゃ!国のためとか、もうどうでもよいではないか…!
私は、こんな呪いを抱えてまで、生まれてきとうなかった…!」
侍女たちの前で散々喚き散らした日の夜、
フェヴローニアはついに城から脱走した。
フードで顔を隠し、女王だとバレない装いに着替え、寝静まった夜の街を駆け抜ける。
ひとりでは街の歩き方もわからぬ。
それでもただひたすら遠くへ走った。
苦しい日々から逃げるように。
翌日、城中は大混乱に陥っていた。
なにせ国を揺るがす超重要人物なので、家出なんかより誘拐の可能性の方が極めて高い。
早朝には捜索隊が編成され、国をあげての大捜索がはじまった。
捜索隊の気配を察知したフェヴローニアは街から離れ、森の中に逃げ込んでいた。
しかし、夜中から散々走ったうえに食糧もない。疲れと飢えがフェヴローニアを襲う。
さらには森の中で方角を見失い、帰る方向もわからない。
なにもかもが嫌になりかけた時、近くを通りかかった山菜取りの男が座り込んでいるフェヴローニアを見つけた。
「おや、お嬢さん大丈夫かい?きっと親御さんが心配しているよ」
男はお腹を空かせたフェヴローニアに生食できる山菜と水を与えて事情を訊ねる。
フェヴローニアは素性を誤魔化しながらも両親が居ないことや帰りたくないことを伝える。
家出を察した男は、森は危険だと判断してフェヴローニアを自宅へ避難させる。
「しかしまあ、この燃えるような赤い髪に紅い瞳、どっかで見たような…」
その後、女王が城から居なくなったという騒ぎは男の耳にも届いた。嫌な予感が的中する。
だが女王といえど、まだ11の子供だ。
その身に余りあるものを背負ってきたのだろう。家出してしまうのも無理はない。
「君、本当は女王様なんだろう?
いま国中が君のことを探しているよ。
でも君は多分、つらいことから逃げてきたんだよね。
なら僕は、君が帰りたくなるまで君を城へ差し出したりはしない。
どんなことがあったのか聞かせて欲しい」
かつて、ここまで寄り添ってくれた者は居ただろうか?
フェヴローニアは男に心を許した。生まれてはじめて誰かに優しくされたように思えた。
この男に救いを求めるような思いで、置かれている立場の苦しみを溢れ出る思いのままに全て打ち明けた。
話を聞いた男はあまりの凄絶さに目眩がした。
これはちょっとした親子喧嘩などの話ではない。
かける言葉が出てこない。
「それは、つらかったよね…」
炎の血筋はもはや国の財産とでも言うべき貴重な資産になってしまっているが、それを残すためにここまで残酷な手段を取らなければならないとは。
他に方法がないとはいえ、この子がこんなにも嫌がっていることを強要するのは納得がいかない。
男は、フェヴローニアが帰りたがらない限りこの家に匿うことを約束した。
「大丈夫。君のことは僕が守ろう」
庶民のベッドは硬いし、食事もおいしくない。
それでも、ここには強要されない自由があり、自分の気持ちや選択が尊重されている。城での生活よりずっと居心地がよかった。
数日後。買い物から帰ってきた男は家の前の人だかりに驚愕する。
その中心からは抵抗するフェヴローニアの声。
人混みをかき分けて見れば、おそらく捜索隊の者だろう軍服の男たちがフェヴローニアを連れ帰ろうとしていた。
目には涙が浮かんでいる。
フェヴローニアは炎を繰り出してまで抵抗し、誰ひとり寄せ付けないでいた。
「触れるな! 離れよ! 私はもう、女王などではない!
ここで庶民として暮らすのじゃ!」
なぜここがバレた!?
状況がわからない。焼け焦げて倒れている人もいる。でもフェヴローニアがピンチだ。助けに入らねば…!
「フェヴローニア!!!」
差し伸べられた男の手に気付いたフェヴローニアは、必死で男の手をたぐり寄せようとする。
「たっ、助けて! 助けて…!! 連れてかれる…!
もう嫌なのに! 女王なんか、やりたくないのに…!!」
しかし、フェヴローニアが気を逸らした一瞬の隙に、軍服の男がフェヴローニアを気絶させ、城へ連行されてしまう。
また、女王を匿っていた男も拘束された。
留置所で、男はフェヴローニアのことばかり考えていた。
彼女は無事だろうか。あの子はこれからどうなる?
またあの奴隷のような生活に身を投じるのか?
男は軍の者から事情聴取を受けた。男は起きたことの全てを話し、国中で捜していることを知りながら匿ったことも話した。
この男の行動は誘拐ではなく、またフェヴローニア自身の意に反するものでもなかったが、いまこの王国にとって、女王の喪失は国そのものの喪失を意味する。そんな国をゆるがす超重要人物を内緒で匿い続けるという行為は国家転覆罪とみなされ、死罪に処されてしまった。
一方、捕まったフェヴローニアはもう二度と女王になんか戻らないという気概で抵抗を続けていた。大臣たちは嫌がる女王に拘束具をつけ、無理やりにでも子供を残そうと躍起になっていた。
しかし、かの男が死罪になったという情報が入ると、まるで人形のように大人しくなってしまった。
その日の晩、炎の王国はたった一夜にして滅亡した。
とあるエクリプスが、フェヴローニアに接触したのだ。
「女王をやめる手段なら、もうその手にあるだろう」
エクリプスが放った、そのひとことがきっかけだった。
フェヴローニアは炎のカルナを惜しげもなく使い、城を焼き、家臣たちを焼き、逃げ惑う民を焼き、迎え撃つ兵たちを焼いた。一国家を担えるほどの炎は、誰にも止められない。またたく間に国全体が炎で包まれ、王国は滅亡した。
全てを焼き尽くし、瓦礫の上で佇む孤独の少女は、エクリプスに拾われた。
「望むほど人は醜くなる」
絶望の賜主の理念に、フェヴローニアは共感していた。
人間という種族から、欲望などという汚い感情を取り除けるなら、エクリプスに協力したっていい。
エクリプスはフェヴローニアが持つ炎のカルナと短命な特性を研究し、「溢れ出る炎のカルナをエネルギー源にして生命力を修復する鎧」を作り、それをフェヴローニアに渡した。
その後、フェヴローニアのところへウェルトというエクリプスが派遣され、絶望の養殖場を作る計画が伝えられた。
計画の概要は、ユール大森林のなかに小さな街をいくつか作り、それらを森と影魔発生装置で仕切って閉じ込め、ある程度街が育ったら影魔や炎のカルナで災厄をもたらして絶望を回収するというものだ。成功すれば、人間たちの文明レベルを引き上げないまま永続的に回すことができる。
やがて、この養殖場のなかで生活する人たちのなかでは「炎の魔女」の噂が立つようになる。
基本的には影魔発生装置によって隣町へは行けないが、その中をなんとかくぐり抜けられる者などによって、各所に災厄をもたらす炎の魔女という話は広がっていく。
エクリプス側の計算では、戦争においては一騎当千の戦力となり、一夜で発展した国ひとつを焼き滅ぼせる実力のあるフェヴローニアであれば、一人で養殖場のトラブルに対処できるだろうという見立てだったため、運用計画の実行と管理はウェルトが、トラブル対処はフェヴローニアがそれぞれ担うという少ない人員で回されていた。
そして、300年前に新しい街(現在のユール城下町)を興そうとして森を焼いて平地を作った際に、転生前のシエルを家族もろとも焼き払い、恨みを買っていた。
また、20年ほど前に、とある妊婦に自身の力の一部を他者に植え付ける実験を行った。この時、妊婦は実験対象にされていたことには気付いていない。これはフェヴローニアと同じ力を持って生まれたものは、自身と同じように破滅の道を辿り、やがてエクリプスの仲間になってくれるのかという興味本位だった。結果として燃焼のカルナを持った少年が生まれ、その力で家族を失う不幸に見舞われ、孤独に生きていたが、フェヴローニアの仲間にはならず、敵討ちの相手として認識されてしまった。
また、10年前には絶望を回収するために隣町で災厄の大火災を放ったが、その時にカルナ使いの少女の恨みを買ってしまっていた。
3人のカルナを使うイレギュラーが同じ街に揃い、全員に恨みを買われている上、なにより完全なイレギュラーである魔法使いの燎星心羽が彼らと同じ町に現れたことが運命の分かれ目だった。4人の反乱分子による、思いやりと怒りとで結ばれた絆は、一国を滅ぼすほどの炎を乗り越え、フェヴローニアの討伐に成功する。
そして、この経緯の断片を、心羽は彼女の星座を介して知ることになる。
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