0 No.1 3 / 4 (Update) みんなに公開

自分の内側が塗り換わるような悍ましい感覚。疼くように鼓動が鳴り響く。拡がっていくその陰りは急速に勢いを増していった。一方でそれと比例するように、何も感じない自分も大きくなっていく。だからだろうか…状況が違うとわかりながらも、ふと思ったことがあった。
”そういえば、何であそこを目指したんだっけ?”
涙と共に見開かれた瞳が、一瞬だけ展望台の淡い光を映す。あの光が見えるまでは、それこそ闇雲に自転車を漕いでいただけだった。あの光が見えてからは、無意識に、惹かれるようにあの光を目指したけれど…
"ああ、そうだ。そういえば、あれは―――"
それは、彼がそれまでの全てを棄て去った瞬間。あの光の向こうに捨てたものを思い出す意味で、あそこに行こうとしていたのだろう。けれど…
"あの光を見ながら終わるなら、まあいいか…"
”俺はあの場所で出会った”あの子”に、何かしてあげられたならいいんだけど…”
そう思ったのを最後に、思考が投げ出されようとしていたその時、健人の脳裏にある一つの言葉が過り、その無意識に反響した。

「それじゃあ私は、なんのために生まれてきたの?」

胸のネックレスに付けたキーホルダーを、咄嗟に右手が掴む。わからない。わからないが泣きながら問いかけられたその言葉に、本当はどう返答すれば良かったのか…”あの時手渡された”キーホルダーが答えを知っているような気がしたが、それがわからないうちはまだ死にきれない…!
瞬間、健人の胸は光が宿ったように輝きだした。その輝きは汚濁を祓い、やがて彼の全身を包む。
「―――っ!こいつ…」
烏は健人の顔を掴んでいた左腕を引っ込めた。だが想定外の事態に動じながらも、沈んでいた太刀を引き抜いて体勢を立て直そうとする。瞬時に光る剣人の右腕が引き抜かれようとしていた太刀を掴み、その動きを制した。
「まダだ…殺サレて終われルか…」
そうして光の中から、烏の現身かのように白銀の烏がもう一体現れた。
「…何者だ?お前…」
力を込めて太刀の刀身を握る右腕は、未だ震えていた———

太刀を挟んで白銀の淡く光る眼と烏の赤目とが睨み合う。両者の眼光は、互いを射貫くかのように鋭い。
太刀を巡って力を掛け合う二体の異形。その膂力が拮抗しているこの状況において、一瞬でも力の掛け方を間違えば即座に隙が生じ、相手に得物を与えてしまうことになる。強化されたその身体能力での衝突において、それは致命的な事態だ。その恐れに駆り立てられながら十秒ほど続いたその拮抗は、一瞬にして崩れた。とうとう力が掛け違ったことで生じた一瞬。
「…はぁっ!」
その一瞬の虚を突いた白銀の右足が、烏の身を掃うように蹴り飛ばし、自身の胸に沈んでいた太刀を奪取した。白銀は沈んでいた太刀を自身から引き抜き、順手に持ち変える。そうして右手で握ったその柄から自身の念を込めた。それに呼応するかのように、太刀は刀身の色をそれまでの漆黒から輝く銀へと変える。その様を烏が憎々しげに見つめていた。
「あの光は何だ?お前は一体…」
「……」
烏からの問いに応えることはなく、白銀は瞬時に距離を詰める。超人的な身体能力による高速移動。その速度は先程まで生命の危機にあった健人の無力を置き去りにしていた。そのまま烏に斬りかからんと、白銀は太刀を振り上げる。しかし烏はその身を即座に翻し、振り下ろされる一太刀を躱した。そして予備の得物としての二振りの短刀を構え、再度告げる。
「応える気はない、か…」
「……」
白銀はただ黙って烏を見据える。そこから読み取れる意味はただ…敵意と殺意。それならばなんだ。なんてことはない…殺すだけだ。
「ならば…」
死ね。両者に共通する言葉はそれだけだった。理不尽な暴力で殺されるくらいなら、殺す。ただ眼前に現れた脅威を、屠る。単純な構図。人ならざる者たちが踊るように、叫ぶようにその偉大な力を振りかざすのみ。そんなどこかで見た特撮のような、幼稚な話。両者は駆けだし、ただ闘争の舞踏に酔う———。

刀と短剣の閃きが交錯する。白と黒、烏たちが回り、跳び、駆ける。生と死が肉薄する狭間。そこにあってこの二者の異形の相貌は、人間の表情とは異なりその機微を如実に反映させることはない。都合がいい。ふとそう思う。相手の苦痛に歪む顔など、見てしまったところで何にもならないから…ただ怒りのまま、ただ抵抗するまま、一息にやる。どうせただそれだけなのだから。
烏の二振りが白銀に迫る。一合、二合と打ち合い、三合目で振り下ろされた太刀と×字に組み合わされた二振りが鍔迫り合いとなった。今や白銀の得物となった太刀が、先ほどまで主だった烏にじりじりと迫る。
「……ちっ!」
ここまでの打ち合いの中で、烏は一つの確信を抱いた。少なくとも持っていた力の半分が奪われている。種はあの光か…拮抗していた膂力に加え、本来の得物である太刀が奪われた今、烏としては持てる技量を尽くして白銀との差を埋めている状況だった。先の太刀を巡った引き合いにおいて生じた一瞬の隙。あれは力を奪われたことが発覚するのが遅れたためのもの。
―――不覚を取った…だが…!その膂力に任せた直線的な突進を、烏は既のところで右に去なして躱す。同時に勢い余った白銀の身体とすれ違いざまになる刹那、合わせるようにその体躯を回転させる烏。その左手にある短剣の閃きが白銀の背に傷を負わせ、一瞬よろめかせる。
「…ぐっ!」
ほぼ同時に響く白銀の呻く声、攻勢の機会。烏の聴覚と赤い目は、それらを逃さなかった。一気に踏み込み、切り抜かんとする烏の二振りが白銀を襲う。”獲った―――”
奴の膂力と俺の技量。勝ったのは俺だ。烏はそう確信した…はずだった。
「―――っ!!」
瞬間、烏の黒い身体に太刀の一閃が横一文字に刻まれていた。
”何が起きた…?まさか―――!”
白銀は加速した。烏の二振りが、その斬撃の挙動を終えるよりも前に、それを上回る速度へと加速することで反撃に転じたのである。白銀の太刀は烏の胴を抜き、その姿は既に烏の後ろで一連の動作を終えていた。

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