No.1 3/4 (Update) version 3

2021/10/16 15:26 by someone
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No.1 3/4 (Update)
 ペダルを漕ぐ足が止まったら、自分の呼吸まで止まってしまうような気がして、健人は自転車を漕ぎ続けていた。しかしやがて自転車の速度は緩み、ペダルやタイヤと連動していたライトは消える。周囲の景色は夜空の闇に包まれ、木々や林の影が目立っていた。辺りに人は誰もいない。だが街の北東、郊外からおおよそ5キロほど離れた場所に位置する展望台から、淡い光が発せられている。最後にあの光を目指したのはいつだったろうか…その時のことを考えると、不思議と自身を呪う思考は鳴りを潜めた。肩で息をしたままではあるが、再度ペダルを漕ぐ足に力を籠め視線を前方に戻す。その時———

目の前に、異形がいた。
「その虚ろ、頂こうか…」

 不意に眼前に迫る異形の人型。闇夜の中、薄ぼんやりとした街灯の明かりが、烏を想起させるその黒い相貌を浮かばせる。人間のそれではない赤い眼が、健人を捉えて離さない。
「…えっ」
息を飲みながら不意に口から転げ出たのは、そんな呆気ない言葉だった。脳が恐怖を理解するよりも前に、身が竦み上がる。次の瞬間には烏に握られた太刀が健人の胸に突き刺さっていた———否、沈み込んでいた。
 健人はその異質な感覚に視線を胸元に下す。胸は血が噴き出ることはなく、また皮膚を貫かれたわけでもない。代わりに胸には沈み込んだ太刀を中心として闇色の汚濁が溢れた。それは渦となり、奔流となってそれこそ返り血のように噴きあがる。叫びだす瞬間、口を塞ぐように顔から掴み上げられた。烏の腕を引きはがそうと藻掻くように自身の手が動くも、その凄まじい力には及ばない。つま先立ちになった足元に自転車が倒れる。
生命の恐怖。ついに止まりそうになる呼吸。焦点を失った健人の目からは涙がこぼれる。
”―――何で俺なんだ”
溢れ出る汚濁の奔流を浴びる烏は、その様をただ憮然として見つめていた。

 自分の内側が塗り換わるような悍ましい感覚。疼くように鼓動が鳴り響く。塗り替わっていくその陰りは急速に拡がり肥大していった。一方でそれと比例するように、何も感じない自分も大きくなっていく。だからだろうか…状況が違うとわかりながらも、ふと思ったことがあった。
”そういえば、何であそこを目指したんだっけ?”
涙と共に見開かれた瞳が、一瞬だけ展望台の淡い光を映す。あの光が見えるまでは、それこそ闇雲に自転車を漕いでいただけだった。あの光が見えてからは、無意識に、惹かれるようにあの光を目指したけれど…
"ああ、そうだ。そういえば、あれは―――"
それは、彼がそれまでの全てを棄て去った瞬間。あの光の向こうに捨てたものを思い出す意味で、あそこに行こうとしていたのだろう。けれど…
"あの光を見ながら終わるなら、まあいいか…"
そう思ったのを最後に、思考が投げ出されようとしていたその時、健人の脳裏にある一つの言葉が過り、その無意識に反響した。

「そ…じゃ……たしは…な……ため…うま…て…たの?」

胸のネックレスに付けたキーホルダーを、咄嗟に右手が掴む。わからない。わからないが泣きながら問いかけられたその言葉に、本当はどう返答すれば良かったのか…それがわからないうちは死にたいが、死ねない。その瞬間、健人の胸は光が宿ったように輝きだした。その輝きは汚濁を祓い、やがて彼の全身を包む。
「―――っ!こいつ…」
烏は健人の顔を掴んでいた左腕を引っ込めた。だが想定外の事態に動じながらも、沈んでいた太刀を引き抜いて体勢を立て直そうとする。瞬時に光る剣人の右腕が引き抜かれようとしていた太刀を掴み、その動きを制した。
「まダだ…殺サレて終われルか…」
そうして光の中から、烏の現身かのように白銀の烏がもう一体現れた。
「…何者だ?お前…」
力を込めて太刀の刀身を握る右腕は、未だ震えていた———力を込めて太刀の刀身を握る右腕は、未だ震えていた———
      

ペダルを漕ぐ足が止まったら、自分の呼吸まで止まってしまうような気がして、健人は自転車を漕ぎ続けていた。しかしやがて自転車の速度は緩み、ペダルやタイヤと連動していたライトは消える。周囲の景色は夜空の闇に包まれ、木々や林の影が目立っていた。辺りに人は誰もいない。だが街の北東、郊外からおおよそ5キロほど離れた場所に位置する展望台から、淡い光が発せられている。最後にあの光を目指したのはいつだったろうか…その時のことを考えると、不思議と自身を呪う思考は鳴りを潜めた。肩で息をしたままではあるが、再度ペダルを漕ぐ足に力を籠め視線を前方に戻す。その時———

目の前に、異形がいた。
「その虚ろ、頂こうか…」

不意に眼前に迫る異形の人型。闇夜の中、薄ぼんやりとした街灯の明かりが、烏を想起させるその黒い相貌を浮かばせる。人間のそれではない赤い眼が、健人を捉えて離さない。
「…えっ」
息を飲みながら不意に口から転げ出たのは、そんな呆気ない言葉だった。脳が恐怖を理解するよりも前に、身が竦み上がる。次の瞬間には烏に握られた太刀が健人の胸に突き刺さっていた———否、沈み込んでいた。
 健人はその異質な感覚に視線を胸元に下す。胸は血が噴き出ることはなく、また皮膚を貫かれたわけでもない。代わりに胸には沈み込んだ太刀を中心として闇色の汚濁が溢れた。それは渦となり、奔流となってそれこそ返り血のように噴きあがる。叫びだす瞬間、口を塞ぐように顔から掴み上げられた。烏の腕を引きはがそうと藻掻くように自身の手が動くも、その凄まじい力には及ばない。つま先立ちになった足元に自転車が倒れる。
生命の恐怖。ついに止まりそうになる呼吸。焦点を失った健人の目からは涙がこぼれる。
”―――何で俺なんだ”
溢れ出る汚濁の奔流を浴びる烏は、その様をただ憮然として見つめていた。

自分の内側が塗り換わるような悍ましい感覚。疼くように鼓動が鳴り響く。塗り替わっていくその陰りは急速に拡がり肥大していった。一方でそれと比例するように、何も感じない自分も大きくなっていく。だからだろうか…状況が違うとわかりながらも、ふと思ったことがあった。
”そういえば、何であそこを目指したんだっけ?”
涙と共に見開かれた瞳が、一瞬だけ展望台の淡い光を映す。あの光が見えるまでは、それこそ闇雲に自転車を漕いでいただけだった。あの光が見えてからは、無意識に、惹かれるようにあの光を目指したけれど…
"ああ、そうだ。そういえば、あれは―――"
それは、彼がそれまでの全てを棄て去った瞬間。あの光の向こうに捨てたものを思い出す意味で、あそこに行こうとしていたのだろう。けれど…
"あの光を見ながら終わるなら、まあいいか…"
そう思ったのを最後に、思考が投げ出されようとしていたその時、健人の脳裏にある一つの言葉が過り、その無意識に反響した。

「そ…じゃ……たしは…な……ため…うま…て…たの?」

胸のネックレスに付けたキーホルダーを、咄嗟に右手が掴む。わからない。わからないが泣きながら問いかけられたその言葉に、本当はどう返答すれば良かったのか…それがわからないうちは死にたいが、死ねない。その瞬間、健人の胸は光が宿ったように輝きだした。その輝きは汚濁を祓い、やがて彼の全身を包む。
「―――っ!こいつ…」
烏は健人の顔を掴んでいた左腕を引っ込めた。だが想定外の事態に動じながらも、沈んでいた太刀を引き抜いて体勢を立て直そうとする。瞬時に光る剣人の右腕が引き抜かれようとしていた太刀を掴み、その動きを制した。
「まダだ…殺サレて終われルか…」
そうして光の中から、烏の現身かのように白銀の烏がもう一体現れた。
「…何者だ?お前…」
力を込めて太刀の刀身を握る右腕は、未だ震えていた———