4.丁寧と重奏 version 6

2023/03/22 02:32 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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4.丁寧と重奏
「…そうだろうな」
再度沈黙を挟み、佐田が言った。その真剣な眼差しは他でもない花森健人に向けられていた。
「簡単にどうにかなってれば、そこまでなっちゃあいないだろう」
健人はその言葉を受けながらも、佐田を睨みつけていた。
「店長に何が分かるって言うんですか」
「確かに、分かるなんて言えない。ただな、花森ーー」
「説教は…」
「そんなに自分を貶めてたら、本当に死んでしまうぞ」
瞬間、健人は遂に視線を佐田から外した。
「知りませんよ、そんなこと」
言いながら、自嘲した。そもそも自身が壊れかねないことに恐れを抱いていたくせに。
「本当にそれでいいのなら、止めはしないが…お前の判断に、そこは任せる」
末尾は息を吐きながら言ったその言葉を最後に、佐田は自身の仕事の在庫管理に戻った。再びの静寂の中、健人は途方に暮れていた。"佐田の指導は、重箱の隅をつつく程細かいーー"。健人は確かにそう認知しており、今はより強くそう思ったが、丁寧なそれだった。少なくとも捨て鉢な自分より、余程。その彼が先のように告げた。そのことの意味が、わからない訳がない。だがその理解と共に抱く、自身をこうも卑屈にした無力もまた、健人を萎縮させる。そんな二つの狭間に呆然とした意識は、その身を安場佐田から動かさなかった。

――――――――――――――――――――――――

辛うじてシフトの時間を終え、帰路に着く健人の思考は、どうしようもなく先の佐田の指導と、夢だったはずの一連を想起していた。
佐田の言葉に対し、意識に刷り込まれた"逃避する無能な自身"が、否応なしに反応する。
「俺には何も出来ない。逃げてしまう自分が、いつだって醜い。醜いが何も出来ない」
一人で苦悶を追及する自閉的な自我が、状況を打破出来るわけもなく、かつ自嘲を繰り返す。
しかし何より、逃げなければ。あんな人間離れした怪物に太刀打ちなど…そこまで考え、夢とした先の出来事が脳裏を過る。あの影の怪物を倒し、その闇を辛くも祓った感覚。あの時も確かこんな夜ーー。

「私の"影魔"を殺ったのは、お前か」
夜道の向こうからやってきた長身の黒コートの男。通りすぎさま、不意に彼から掛けられた物騒な言葉は、即座に健人を飛び退かせた。
「…えっ、なに…なんですか!?」
「あの場の"カルナ"と絶望を辿ってみれば…」
その言葉と共に、黒コートの体躯は暗い焔に包まれた。驚愕と恐れに自身の飲んだ息の音が聞こえる。
程なく暗い焔から現れたシルエットは、その各部に鬣を想起させる突起を宿し、背には大きな翼、そして十字架を思わせる槍を携えていた。人の形をしながら人としての特徴を大きく逸脱していたその姿に、健人の心身は戦慄に震えた。

現実離れした光景。しかし確かに、目の前の異形は自身に向けて十字の槍を向けて迫り来る。その様はさながら、命を狩りとらんとする悪魔か。
「やめろ…おい…!」
「囀ずるな」
やはり夢などではなかった。息が上がる。身体が縮み、竦み上がった。現実はいつも想定よりも最悪を行く。気がつけば周囲の景色が夜の田舎道から一転、より暗い闇色の靄に包まれていた。悪魔が瞬時に距離を詰め槍を健人の身体に振り下ろしのは、その直後のことだった。
「…見つけた!」
瞬間、そう誰かの声がしたのを最後に、健人は意識を失った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー"煌輪アイギス、アクセス"

"対象生命・魂魄緊急保護"
"意識・精神構造、解析、照"
"当該人物確認"
"回廊展開"
"カルナ解析、照"
"当該人物の保護を確認"

"カルナを媒介とした魂魄誘導チャンネル形成"
"送信情報の圧縮によるリンク状況の安定化"
"強制リンク及び次元移ーー実行"
"繋晶を媒介とした擬似カルナ構築、開始"
"構築及び再現、完了"
"擬似カルナ、送信開始"

途絶したはずの意識、死に至ったはずの魂が、その内に浮かび上がる"情報"を追っていた。
「ここ、どこだ…」
疑問を呈し、発した言葉。周囲は水面の光が反射するような煌めきに満ちていた。対して健人自身は逆光の影を思わせるように暗く朧気な姿となっている。その時、自身の内に先と同様、情報が浮かび上がった。否、これは…情報を送り込まれている?
"星の回廊ーー現実とは空間"
"星の回廊ーー現実世界とは相容れない場所"
「…あ?俺、どうなったんだ?」
"貴方は依然、危機的状況"
"貴方は死ぬ一秒前"
内側に浮かんだイメージは、今にも悪魔に槍を突き立てられんとする自身の姿。
「…何だよそれ、あんたは?」
"回答不能"
"私は貴方の未来を知る者"
「ふざけんなよ」
"異とする"
"---"
淡白な回答に、感情が逆撫でされるのを感じながら問い続けたが、遂に感情が堰を切った。
「訳わかんねえ…死にかけたんだ、こっちはーー!」
"現在も貴方危機的状況"
"今の貴方きている、死んでいない"
「じゃあここに居る朧気な俺は!この状況はどういうんだ!?アイツは何だよ!?訳わかんねえ!!」
絶叫し、捲し立てた。相手が今目の前にいるなら、もっと泣き喚いて掴みかかっているところだ。だが淡白な情報はそれを知ってか知らずかその思いを遮った。
"この危機の可能"
"この状況を破する方法ある"
「はぁっ!?」
"貴方と私の協力で、救助可能"
"槍に貫かれる未来変えられる"
「…どうやって?」
"私達の魂の一時的な共有"
「漫画だな、マジで言ってる?頭おかしいだろ…いや、おかしいのは俺か?」
"双方とも正常。は貴方の救助を希望する"
"どちらも正常。判断は貴方に委ねる"
どの道このまま、この不可解な状況にいるわけにはいかない。本当に死んでしまうわけにもいかない。
"回廊の維持困難、決断を"
"この回廊はもうすぐ消滅する、決断を"
だが人智を超えた事態に、やはり遂に気が触れたかもしれない。未だ迷いに瞳が揺れる。だからだろうかーー
"あなたを、助けたい"
それともその言葉故にか、最後に一つ投げ掛けた。
「これだけは教えてくれ…あんた、名前は?」
"…ネーゲル"
「俺は花森健人。頭ぐちゃぐちゃだけど、ネーゲル…よろしく」
"了承"
"よろ"
そんな互いの承諾を以て、健人の逆光さえ照らす光が、回廊に満ちていった。

"双方とも魂魄シンクロを確認"
"カルナ同調を確認"

"リンク状況送受信共に正常化"
"擬似カルナの響鳴を確認推定許容時間3分"

"カルナ重奏、開始"






      

「…そうだろうな」
再度沈黙を挟み、佐田が言った。その真剣な眼差しは他でもない花森健人に向けられていた。
「簡単にどうにかなってれば、そこまでなっちゃあいないだろう」
健人はその言葉を受けながらも、佐田を睨みつけていた。
「店長に何が分かるって言うんですか」
「確かに、分かるなんて言えない。ただな、花森ーー」
「説教は…」
「そんなに自分を貶めてたら、本当に死んでしまうぞ」
瞬間、健人は遂に視線を佐田から外した。
「知りませんよ、そんなこと」
言いながら、自嘲した。そもそも自身が壊れかねないことに恐れを抱いていたくせに。
「本当にそれでいいのなら、止めはしないが…お前の判断に、そこは任せる」
末尾は息を吐きながら言ったその言葉を最後に、佐田は自身の仕事の在庫管理に戻った。再びの静寂の中、健人は途方に暮れていた。"佐田の指導は、重箱の隅をつつく程細かいーー"。健人は確かにそう認知しており、今はより強くそう思ったが、丁寧なそれだった。少なくとも捨て鉢な自分より、余程。その彼が先のように告げた。そのことの意味が、わからない訳がない。だがその理解と共に抱く、自身をこうも卑屈にした無力もまた、健人を萎縮させる。そんな二つの狭間に呆然とした意識は、その身を安場佐田から動かさなかった。

――――――――――――――――――――――――

辛うじてシフトの時間を終え、帰路に着く健人の思考は、どうしようもなく先の佐田の指導と、夢だったはずの一連を想起していた。
佐田の言葉に対し、意識に刷り込まれた"逃避する無能な自身"が、否応なしに反応する。
「俺には何も出来ない。逃げてしまう自分が、いつだって醜い。醜いが何も出来ない」
一人で苦悶を追及する自閉的な自我が、状況を打破出来るわけもなく、かつ自嘲を繰り返す。
しかし何より、逃げなければ。あんな人間離れした怪物に太刀打ちなど…そこまで考え、夢とした先の出来事が脳裏を過る。あの影の怪物を倒し、その闇を辛くも祓った感覚。あの時も確かこんな夜ーー。

「私の"影魔"を殺ったのは、お前か」
夜道の向こうからやってきた長身の黒コートの男。通りすぎさま、不意に彼から掛けられた物騒な言葉は、即座に健人を飛び退かせた。
「…えっ、なに…なんですか!?」
「あの場の"カルナ"と絶望を辿ってみれば…」
その言葉と共に、黒コートの体躯は暗い焔に包まれた。驚愕と恐れに自身の飲んだ息の音が聞こえる。
程なく暗い焔から現れたシルエットは、その各部に鬣を想起させる突起を宿し、背には大きな翼、そして十字架を思わせる槍を携えていた。人の形をしながら人としての特徴を大きく逸脱していたその姿に、健人の心身は戦慄に震えた。

現実離れした光景。しかし確かに、目の前の異形は自身に向けて十字の槍を向けて迫り来る。その様はさながら、命を狩りとらんとする悪魔か。
「やめろ…おい…!」
「囀ずるな」
やはり夢などではなかった。息が上がる。身体が縮み、竦み上がった。現実はいつも想定よりも最悪を行く。気がつけば周囲の景色が夜の田舎道から一転、より暗い闇色の靄に包まれていた。悪魔が瞬時に距離を詰め槍を健人の身体に振り下ろしのは、その直後のことだった。
「…見つけた!」
瞬間、そう誰かの声がしたのを最後に、健人は意識を失った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー"煌輪アイギス、アクセス"

"星の回廊、展開"
"カルナ解析、照合"
"当該人物の保護を確認"

"繋晶を媒介とした擬似カルナの構築、開始"
"構築及び再現、完了"
"擬似カルナ、送信開始"

途絶したはずの意識、死に至ったはずの魂が、その内に浮かび上がる"情報"を追っていた。
「ここ、どこだ…」
疑問を呈し、発した言葉。周囲は水面の光が反射するような煌めきに満ちていた。対して健人自身は逆光の影を思わせるように暗く朧気な姿となっている。その時、自身の内に先と同様、情報が浮かび上がった。否、これは…情報を送り込まれている?
"星の回廊ーー現実世界とは相容れない場所"
「…あ?俺、どうなったんだ?」
"貴方は死ぬ一秒前"
内側に浮かんだイメージは、今にも悪魔に槍を突き立てられんとする自身の姿。
「…何だよそれ、あんたは?」
"私は貴方の未来を知る者"
「ふざけんなよ」
"---"
淡白な回答に、感情が逆撫でされるのを感じながら問い続けたが、遂に感情が堰を切った。
「訳わかんねえ…死にかけたんだ、こっちはーー!」
"今の貴方は生きている、死んではいない"
「じゃあここに居る朧気な俺は!この状況はどういうんだ!?アイツは何だよ!?訳わかんねえ!!」
絶叫し、捲し立てた。相手が今目の前にいるなら、もっと泣き喚いて掴みかかっているところだ。だが淡白な情報はそれを知ってか知らずかその思いを遮った。
"この状況を打破する方法はある"
「はぁっ!?」
"槍に貫かれる未来は変えられる"
「…どうやって?」
"私達の魂の一時的な共有"
「漫画だな、マジで言ってる?頭おかしいだろ…いや、おかしいのは俺か?」
"どちらも正常。判断は貴方に委ねる"
どの道このまま、この不可解な状況にいるわけにはいかない。本当に死んでしまうわけにもいかない。
"この回廊はもうすぐ消滅する、決断を"
だが人智を超えた事態に、やはり遂に気が触れたかもしれない。未だ迷いに瞳が揺れる。だからだろうかーー
"あなたを、助けたい"
それともその言葉故にか、最後に一つ投げ掛けた。
「これだけは教えてくれ…あんた、名前は?」
"…ネーゲル"
「俺は花森健人。頭ぐちゃぐちゃだけど、ネーゲル…よろしく」
"よろしく"
そんな互いの承諾を以て、健人の逆光さえ照らす光が、回廊に満ちていった。

"カルナの同調を確認"

"擬似カルナの響鳴を確認、推定許容時間3分"

"カルナ重奏、開始"