0 第10話 炎の復讐者

夕方の広場には、仕事を終えた人々が集まり、肩の力を抜いて談笑していた。
シエルは大きな広葉樹の枝の上に座り込み、その様子を満足げに眺めていた。

「シエル」
足下から声をかけられ、シエルが視線を落とした。
「おや、エイミー」
「あなたに聞きたいことがあるの」
「そうだろうと思ったよ。」
シエルは木から飛び降りる。ふわりと石畳に着地した。
「きょう一日、調べてみてどうだった?」
「え?」
「つけてたんだろう? 彼女のことを。」
「本当に全部お見通しね……。ええ、そうよ。最初は、炎が見えたから行ってみたの」
「うん」
「そしたら、あなたが言ってた通りの格好の子がいて、影魔と戦ってた。見つけた、って思った。」
エイミーは、その時のことを思い出すように目を細める。
「ほう」
「それからずっと、尾行……っていうと言い方悪いけどさ。ほら、どんなやつか気になるじゃない? そしたら、影魔を追い払ったと思ったら街に戻るし、街に戻ったと思ったら、今度は困ってる人を見つけて助けようとするし……」
「へぇ」
「それで、また森に入っていって」
エイミーは呆れたように息を吐く。
「今度は迷子の男の子を助けようとして、影魔と戦って……怪我までして」
「あらら。」
「もう、見ていられなくて、思わず助けに入っちゃったのよ」
少し気まずそうに、エイミーは笑った。
「なるほどね。」
「そんなつもりはなかったのよ?」
シエルは頬杖をつきながら、エイミーを見る。
「それで? 一日見ていて、どう思った?」
「どうって……」
「あの子だと思う?」
エイミーはまた少し考える。
「……分からない。炎を使うのは間違いないし、影魔とも戦えるから……最初は、本当にそうかもしれないって思った」
エイミーは目を伏せる。
「でも……なんか違う気がするのよね」
「それは……直感で?」
「うん。」
「キミらしいねぇ」
シエルは小さく笑った。

「……あ、そうだった、聞きたいことがあったのよ。」
「……今思い出した?」
「うん」
エイミーは少し照れたように笑う。
「イジェンドって名前、知ってるわよね」
「もちろんさ。」
「その人に直接会いたいの。家を教えてくれる?」
シエルは困ったように眉を上げた。
「おっと、それはできないお願いだ」
「どうして? 知ってるんでしょ?」
「彼にだってプライバシーがあるからね。」
「ああ、そっか…」
「でも、会いたいってことなら、叶えてあげられるよ」
「ほんとう?」
「明日の朝、北の時計塔に来て。彼の仕事場に案内しよう」
「分かった。明日の朝ね」
エイミーは頷いた。

︎︎⟡

まだ薄く霧のかかった、朝の森。木々の間を、一人の青年が歩いている。その後ろを、エイミーがひっそりと追っていた。木の陰に身を隠しながら、一定の距離を保つ。
前を歩くのは、先ほどシエルに教えてもらった男――イジェンド。

まだ日も出ていない頃、エイミーは時計塔でシエルと合流した。
「彼がイジェンドだよ」
シエルが指した先で、イジェンドは街を抜け、森へ向かっていった。
エイミーはその背中を追い、今も気付かれないまま尾行を続けている。

︎︎⟡

「……」
不意にイジェンドが足を止めた。その先に、影魔がいる。
一体、二体――。エイミーは数えていたが、八体目を数えたところで諦めた。
多すぎる。調査団なら、数人で行動していたとしても即座に撤退する数だ。

けれど、イジェンドは剣を抜いた。次の瞬間、炎が走った。
「……!」
エイミーの身体が強張る。
何体もの影魔をまとめて呑み込んでしまいそうなほどの炎が、あっという間に広がる。

影魔の群れが、炎に包まれた。その中を、剣の軌跡が舞う。黒い身体が次々と灼き斬られ、炎の向こうへ消えていく。
あれだけいた影魔が、ほんのわずかな時間で片付いていく。
エイミーは目を離せなかった。

「……やっぱり」
小さく呟く。
カルナの使い手は、そもそも数が少ない。その中で炎のカルナを使う者といえば、もう二人といないだろう。昨日は彼の姿に変身できるカルナ使いがいて惑わされたけど、今度こそ間違いない。

「……」
エイミーは弓に手を添えた。目の前の青年を、じっと見つめる。彼は既に、あれだけいた影魔の群れを片付けて剣をしまい直している。
圧倒的な強さ。あの数を相手に、ひとりで、無傷で渡り合える。そんな強さはほかに類例がない。疑念が確信に変わるには十分だった。

――見つけた。

︎︎⟡

影魔の群れを片付けたイジェンドは、剣を鞘へ収めた。

その時だった。木々の間から、淡い光の輪が飛んできた。
「……!」
イジェンドは身を引いた。
しかし、光の輪は地面すれすれを追いかけるように動き、左足首のあたりを囲んだ。
「……なんだ、これ」
足を引こうとする。だが、左足が異様に重い。
少しずつなら動かせるものの、踏み出そうとすると、まるで足だけに重りをつけられたような感覚があった。

「やっと見つけたわ、炎の魔女」
木の陰から、エイミーが姿を現す。
「炎の魔女?」
イジェンドはエイミーを見る。
「ええ。その呼び名に、聞き覚えがないとは言わせないわよ」
「なんのことだ」
「とぼけないで」
「知らん」
イジェンドはそれだけ言うと、輪から足を引き抜こうとする。やはり、思うように動かない。
「簡単に逃げられると思わないことね。その光環は、ものの“速度”を変えられるの。どう?そこから動けないでしょう」
「……これがお前のカルナか」
エイミーは弓を構えたまま、じわじわと距離を詰める。
「私はあなたに聞きたいことがあるの。そのためにここまで来たのよ」
イジェンドは黙ったままだった。
「……十年前、私は家族を失った。」
エイミーの声が震える。
イジェンドは思わず動きを止めた。
「お前……」
「どうして……」
エイミーが唇を噛む。
「どうして、あんなことをしたの!」
声が、森の中に響いた。
「家族も、友達も……みんな、あの炎に焼かれたのよ!」
「……」
エイミーは荒い息を吐く。
しばらくして、少しだけ声を落とした。
「……十年間、ずっとあなたを探してた。」
弓を握る手に、力がこもる。
「……答えて。どうしてあんなことをしたの。」
エイミーがイジェンドを鋭く見つめる。その目には涙が滲んでいた。
しばらくの沈黙。
やがて、イジェンドが静かに口を開いた。
「……お前のことは知らない。」
エイミーの表情が強張る。
「お前に何があったのかも知らん。」
「……」
「だが、俺には関係ない。」
「なっ……!」
エイミーの目が大きく見開かれる。
「私にはあるの!」
エイミーが声を張る。
「あなたが、なにもかも奪ったんだから!」
「……」
エイミーは弓を握り直した。
「あなたを許さない……!」
「……そうか」
イジェンドはもう一度足下の光の輪を見ると、剣を抜いた。
「えっ――」
振り下ろされた剣が、光の輪を叩きつける。
甲高い音が響き、輪が砕けるように消えた。
「……!」
イジェンドは剣を収める。そして、そのまま森の奥へ歩き出した。
「ちょっと、待ちなさい!」
エイミーが弓を引く。しかし、矢ではなかった。代わりに握られているのは、淡い光の輪。
エイミーが弓を引き絞る。矢ではなく、光環が放たれた。前方に現れたもうひとつの光環を通り抜け、一気に加速した光環がイジェンドへ迫った。
「……!」
イジェンドは身をかわそうとする。しかし、光環は右足を捉えた。
「……やめろ」
「逃げようとするからでしょう!」
イジェンドは足元へ剣を振り下ろし、光環を破壊する。
エイミーが次の光環を放つ。
イジェンドは身をかわし、飛んできた光環を剣で弾いた。
「……しつこいぞ」
「しつこくもなるわよ!」
イジェンドが剣を構える。
エイミーも弓を引き絞る。
ふと、イジェンドの手が止まった。

「……お前」
「なによ」
「エイミーか」
「……え?」
イジェンドは剣を下ろさない。
「弓と光環を使う女だと聞いている」
エイミーの表情が変わる。
「……知ってたのね」
そして、涙を拭う。
「そうよ。私はエイミー。炎の魔女の復讐者よ!」

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