10.5.食卓と贖い version 4
10.5
「今のが貴様の回答か?こちらにはまだ戦力が残っている」
蹴り飛ばされた悪魔が健人を強く睨んで言った。
「あの小僧を屠るなど造作もない。秘宝を渡せ!貴様自身の意志で!」
激昂する悪魔の言葉に、健人は顔をしかめる。この期に及んでハッタリではないと、ネーゲルがその意識共有を以て健人にそう直感させた。
先の三分間に対しても、悪魔は時間を稼いでいた節があった。そんな奴がここで稚拙な手段に出るとは思えない。だが同時にネーゲルは健人にその先を示した。
"健人、左手出してこのまま歩け。合図したら全力で力をーーカルナを出せ"
"何する気だ?"
"連れてってやる。初樹の下へ"
沈黙を終えてその通りに歩き出した。そして健人は左手を差し出すように前に出す。悪魔が手を左耳に相当する部位に運んだ。一瞬の沈黙。そして次の瞬間ネーゲルが叫んだ。
"今じゃ!!"
「殺れ!!」
ブレスレットを通じて自身の内の力を解き放つ。直後にエヴルアの怒号を聞いたが、その次には健人の目の前に囚われた初樹がいた。そこに迫るは影魔達の攻撃。即座にブレスレットで障壁を張る。そして初樹の身体の拘束を解いた時、健人の内にネーゲルの声が今一度響いた。
"もう一回じゃ!カルナを!!"
そうして再度転移する瞬間、輝くブレスレットの光に照らされた初樹の頬には、涙の跡が見えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
してやられた。怒りに身を震わせるも、しかしまだ追えるやも知れぬ。故にエヴルアが駆け出そうとした瞬間、ガラスの砕かれた5階の窓から声が響いた。
「事と彼の力を私物化せんとした裏切り。また我々の存在を暴露。全く狂的に過ぎるな、エヴルア」
「俺を殺りに来たなら後にしろ」
老いた男の声に、エヴルアが舌打ち交じりに言葉を返す。それと同時に闇色の靄が4つ、窓の砕けた夜空から5階に入り込んできた。やがて4つの靄は人の形を象り、バベル、ゾルドー、アゼリア、ゼンの姿となってエヴルアを囲むように現れる。
「ところで彼のような極端を言う性質は、この星の人間の言葉で何と言ったかな?ゾルドー」
「ヒステリーだ」
「ああそうだ、そうだった。ヒステリー…実に君のためのような言葉だな、エヴルア」
直後、エヴルアは最上階の影魔4体と包帯姿ーー深化前の影魔を自身の周りに喚び出し、バベルらにこう告げた。
「口上はいい。そこを退け、言葉遊びをしている暇はない!」
「いや何、こうした言葉遊びは嗤えるものでね。実に無意味でーー」
「邪魔だと言っている!!」
エヴルアは最上階の影魔4体を喚び出すと共に、そのまま窓際のバベルへと斬りかかる。
「訂正しよう。激昂に任せただけの刃こそ無意味だ」
擬態を解いたバベルは、金色の竜を思わせる姿となり、槍を防ぐと低く唸るように言った。他の4人も4体の影魔と対峙する。だがエヴルアはそれに目もくれず、その膂力を以て自分ごとバベルを窓から押し出し、地上へと落下していった。
「馬鹿なエヴ、役者としては三流以下ね」
それだけ言ったアゼリアの呟きは、誰に聞かれることなく、戦闘の音に搔き消えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
気づいたときには初樹を抱え、健人は中央塔の外に降り立っていた。暗闇を照らす街頭が辺りを照す中、一台の軽自動車がこちらに向かってくるのが見える。
「蓉子さん…」
やがて健人たちの前に停まった車には、上坂蓉子が乗っていた。彼女は慌てて車のドアを開け、健人たちに駆け寄った。
「何があったの!?」
彼女の言葉を変身した自分のボロボロの姿を指したものだと送れて気づく。
「ああ…えっと、何て言ったらいいのか」
「とにかく乗って、話はそれからーー」
そう促された蓉子な厚意に、初樹を車の後部座席に乗せた、その時。
「行かせると思うか?」
追ってきた悪魔が黒炎を放つ。すぐに健人がそれを剣で弾くも、直後には十字槍が振り下ろされる。衝撃的光景に蓉子が叫び声を上げた。
「蓉子さん、ハッサン連れて早く行って!」
「そんな…」
「早く!」
悪魔と健人が槍と剣を打ち合う。蓉子は苦悶の表情を浮かべながらも車に乗り込んだ。そしてアクセルを全力で踏み込むと、初樹と共に中央塔を後にした。
「貴様は殺す」
「こっちの台詞だ」
悪魔の怒気に応酬するが、膂力はこちらが劣り、消耗は敵の方が軽微。勝ち目は薄い。しかしーー。
「念仏でもほざけや」
健人は既に我を失っていた。そのある種の無我を以て、右顔貌は甲虫を思わせる異形の面に変わる。そして無我の面は、悪魔の槍の三手先を見据えていた。
健人は既に我を失っていた。そのある種の無我を以て、左顔貌と口元は甲虫を思わせる異形の面に変わる。そして無我の面は、悪魔の槍の三手先を見据えていた。
「それで強くなったとでも…!!」
故に悪魔がそう言ったと同時に、健人の剣は彼の身の核を鋭く貫いた。
「貴様…!」
そして左手でカルナを放出して悪魔の胸に見舞う。仕留めた。健人は悪魔の身を吹き飛ばす瞬間、口角を小さく吊り上げた。
「まあ、少しはな」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
桧山初樹はある悪夢を見ていた。妹の由希が絶望という暗闇に沈む姿が見える。微笑む姿、そして話す言葉の一つ一つが愛らしい妹だった。そんな由希が表情を苦痛に歪ませ、やがて心が無為へと堕ちていく。
必死に伸ばす手も届かず、怒りに震えるまま、悲しみに叫ぶ自分がいた。
「今のが貴様の回答か?こちらにはまだ戦力が残っている」
蹴り飛ばされた悪魔が健人を強く睨んで言った。
「あの小僧を屠るなど造作もない。秘宝を渡せ!貴様自身の意志で!」
激昂する悪魔の言葉に、健人は顔をしかめる。この期に及んでハッタリではないと、ネーゲルがその意識共有を以て健人にそう直感させた。
先の三分間に対しても、悪魔は時間を稼いでいた節があった。そんな奴がここで稚拙な手段に出るとは思えない。だが同時にネーゲルは健人にその先を示した。
"健人、左手出してこのまま歩け。合図したら全力で力をーーカルナを出せ"
"何する気だ?"
"連れてってやる。初樹の下へ"
沈黙を終えてその通りに歩き出した。そして健人は左手を差し出すように前に出す。悪魔が手を左耳に相当する部位に運んだ。一瞬の沈黙。そして次の瞬間ネーゲルが叫んだ。
"今じゃ!!"
「殺れ!!」
ブレスレットを通じて自身の内の力を解き放つ。直後にエヴルアの怒号を聞いたが、その次には健人の目の前に囚われた初樹がいた。そこに迫るは影魔達の攻撃。即座にブレスレットで障壁を張る。そして初樹の身体の拘束を解いた時、健人の内にネーゲルの声が今一度響いた。
"もう一回じゃ!カルナを!!"
そうして再度転移する瞬間、輝くブレスレットの光に照らされた初樹の頬には、涙の跡が見えた。
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してやられた。怒りに身を震わせるも、しかしまだ追えるやも知れぬ。故にエヴルアが駆け出そうとした瞬間、ガラスの砕かれた5階の窓から声が響いた。
「事と彼の力を私物化せんとした裏切り。また我々の存在を暴露。全く狂的に過ぎるな、エヴルア」
「俺を殺りに来たなら後にしろ」
老いた男の声に、エヴルアが舌打ち交じりに言葉を返す。それと同時に闇色の靄が4つ、窓の砕けた夜空から5階に入り込んできた。やがて4つの靄は人の形を象り、バベル、ゾルドー、アゼリア、ゼンの姿となってエヴルアを囲むように現れる。
「ところで彼のような極端を言う性質は、この星の人間の言葉で何と言ったかな?ゾルドー」
「ヒステリーだ」
「ああそうだ、そうだった。ヒステリー…実に君のためのような言葉だな、エヴルア」
直後、エヴルアは最上階の影魔4体と包帯姿ーー深化前の影魔を自身の周りに喚び出し、バベルらにこう告げた。
「口上はいい。そこを退け、言葉遊びをしている暇はない!」
「いや何、こうした言葉遊びは嗤えるものでね。実に無意味でーー」
「邪魔だと言っている!!」
エヴルアは最上階の影魔4体を喚び出すと共に、そのまま窓際のバベルへと斬りかかる。
「訂正しよう。激昂に任せただけの刃こそ無意味だ」
擬態を解いたバベルは、金色の竜を思わせる姿となり、槍を防ぐと低く唸るように言った。他の4人も4体の影魔と対峙する。だがエヴルアはそれに目もくれず、その膂力を以て自分ごとバベルを窓から押し出し、地上へと落下していった。
「馬鹿なエヴ、役者としては三流以下ね」
それだけ言ったアゼリアの呟きは、誰に聞かれることなく、戦闘の音に搔き消えた。
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気づいたときには初樹を抱え、健人は中央塔の外に降り立っていた。暗闇を照らす街頭が辺りを照す中、一台の軽自動車がこちらに向かってくるのが見える。
「蓉子さん…」
やがて健人たちの前に停まった車には、上坂蓉子が乗っていた。彼女は慌てて車のドアを開け、健人たちに駆け寄った。
「何があったの!?」
彼女の言葉を変身した自分のボロボロの姿を指したものだと送れて気づく。
「ああ…えっと、何て言ったらいいのか」
「とにかく乗って、話はそれからーー」
そう促された蓉子な厚意に、初樹を車の後部座席に乗せた、その時。
「行かせると思うか?」
追ってきた悪魔が黒炎を放つ。すぐに健人がそれを剣で弾くも、直後には十字槍が振り下ろされる。衝撃的光景に蓉子が叫び声を上げた。
「蓉子さん、ハッサン連れて早く行って!」
「そんな…」
「早く!」
悪魔と健人が槍と剣を打ち合う。蓉子は苦悶の表情を浮かべながらも車に乗り込んだ。そしてアクセルを全力で踏み込むと、初樹と共に中央塔を後にした。
「貴様は殺す」
「こっちの台詞だ」
悪魔の怒気に応酬するが、膂力はこちらが劣り、消耗は敵の方が軽微。勝ち目は薄い。しかしーー。
「念仏でもほざけや」
健人は既に我を失っていた。そのある種の無我を以て、左顔貌と口元は甲虫を思わせる異形の面に変わる。そして無我の面は、悪魔の槍の三手先を見据えていた。
「それで強くなったとでも…!!」
故に悪魔がそう言ったと同時に、健人の剣は彼の身の核を鋭く貫いた。
「貴様…!」
そして左手でカルナを放出して悪魔の胸に見舞う。仕留めた。健人は悪魔の身を吹き飛ばす瞬間、口角を小さく吊り上げた。
「まあ、少しはな」
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桧山初樹はある悪夢を見ていた。妹の由希が絶望という暗闇に沈む姿が見える。微笑む姿、そして話す言葉の一つ一つが愛らしい妹だった。そんな由希が表情を苦痛に歪ませ、やがて心が無為へと堕ちていく。
必死に伸ばす手も届かず、怒りに震えるまま、悲しみに叫ぶ自分がいた。