霹天の弓 ー1章ー【第2話】 version 10

2019/02/24 14:27 by sagitta_luminis sagitta_luminis
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霹天の弓 ー1章ー 【第2話】 1節
 その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———

七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向け、言葉を発する。「こっちゃん…なの?」
「うん、私も何が何だか…」心羽にも状況が飲みこめない。自分があんな怪物を吹き飛ばせるなんて…「でも大丈夫」やることはさっき決めた。〝やりたい(守りたい)ようにやる(守る)だけ〟だ。
「みんな、離れてて」———

「離れてって…君はどうするんだ!?」
広夢がそう問うた瞬間、影魔が心羽たちの下に突撃してくる。
瞬間、心羽の脳裏に〝声〟から伝えられるイメージが浮かんだ。そのイメージの通りに、彼女は左手を胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして弧を描くように結ばれた炎の軌跡が、弓の形に形成されると、火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取った。柄の部分を振るい、影魔から放たれる爪の一閃を受け止める。
「こいつの目的は私なの、だから早く」
「くそっ!」
団員を守ることのできない悔しさを、広夢が声と表情に滲ませる。遥香の心中も、迫りくる恐怖と、それを親友の献身に背負わせた安堵と罪悪感に塗りたくられる。しかし走る脚を止めることはできなかった。二人は離れていた集会所玄関前の楽団員たちと合流するが、心羽一人を残す戸惑いを見せる彼らに、遥香が一呼吸してはっきり告げる。
「…離れてるしかできなくても、私、せめてこっちゃんを見てます!」
その言葉に、広夢や楽団員たちも頷いた。

影魔の爪と鍔迫り合いとなる心羽の弓。しかし爪の一撃を堪えた弓もじりじりと迫る圧力は心羽に焦燥を抱かせる。対して優位性を見せる影魔はそのどす黒い声を響かせた。
「そう、元より本命はお前のカルナだ、羽の使者…他は所詮、雑味でしかない」
「どういうこと⁉なんでこんなこと…」
辛うじて迫る爪の圧を往なしたものの、瞬時に影魔の動作は次の攻撃に移ってくる。一合、二合、三合。心羽は弓の柄でそれをどうにか往なし、問う。
「私は争う気なんてない…こんなことやめて!」
「〝贄〟の分際で…囀るな」
撥ね付けられたその返答と共に、弓を弾き飛ばした影魔は、瞬時に身体を回転させ、その捻りを加えた尻尾と蹴りで心羽を薙ぎ払う。だがカルナの解放により向上した動体視力と身体能力で、心羽はそれを寸でのところで後方に跳んで避けた。しかし着地の際の脚が地面に着くか否か———影魔はそのタイミングを逃さない。瞬間、爪を正面に翳したまま影魔は突っ込んでくる。心羽は弓の柄で繰り出される斬撃を防ぐも…その衝撃までは防ぎきれない。
「きゃあっ!」心羽は悲鳴を上げながら集会所玄関前まで吹き飛ばされる。このままじゃやられちゃう…心羽に底知れない恐怖と不安がよみがえる。こわい...足が竦み、座り込んだまま立ち上がれない。影魔はゆっくりと距離を詰め、心羽の焦りは一層強くなり、精神的に追いつめられる...
「こっちゃん!」
後ろから響く遥香の声に、心羽は思わず振り返る。
そこには遥香だけでなく、楽団員のみんながこちらを見ていた。
「見てるだけだけど...応援してるよ!」遥香はそう言いながら、胸元に置いた右手を、ギュッと結んだ。
あの手の動きは...『信じてるよ』の合図。公演前の緊張してる時にも、気持ちが通じなくて喧嘩した時にも、その合図でふたりは励まされ、仲直りしてきた。
そんな遥香が、みんなが後ろにいる。誰ひとり巻き込むわけにはいかない...もうやるしかない。たとえ異形でも、生きているものを傷つけるのは抵抗あったけど、それも言っていられない。体勢を立て直した心羽は反撃に転じるべく、刀を中段に構えるように、両手で弓を持ちなおした。
「がんばって!」遥香や団員たちの声が聞こえてくる。
「戯れ言もそこまでにしておけ」
影魔が心羽を飛び越え、アレグロの団員たちに手を出そうとしたその瞬間、心羽は大きく飛びあがり、弓の中ほどを影魔に当て、そのまま叩き落とした。
...その背中には一対の白い翼が生え、心羽の跳躍を手助けしていた。...その背中には一瞬、大きな翼が輝いて心羽の並外れた跳躍を可能にしていた。      

その時、私は歩み出した。引き返すことの許されない道を———

七色の光の中から薄紅の羽衣を纏った心羽の姿が現れるとともに、止まっていた時が動き出す。振り上げられた怪物———影魔の爪。それをいなすように心羽の左腕が翳される。それと同時に突き出されるように放たれた右腕の掌底。その一陣の衝撃が、眼前の敵を確かに捉え、不意を突く形で一撃を与えた。どうなってる⁉その場にいた誰もがその光景に目を疑う。先の瞬間まで無力に打ちひしがれ、理不尽な暴力にさらされそうになっていた少女が、あまりに急激に姿を変化させ、理不尽に反抗する力を行使している。彼らが知っている現実において、基本的にあり得ないものだったその事象は、絶体絶命のこの状況において、驚愕に値するものだった。心羽が遥香を始めアレグロの面々を見やると、遥香が見開いた瞳を心羽に向け、言葉を発する。「こっちゃん…なの?」
「うん、私も何が何だか…」心羽にも状況が飲みこめない。自分があんな怪物を吹き飛ばせるなんて…「でも大丈夫」やることはさっき決めた。〝やりたい(守りたい)ようにやる(守る)だけ〟だ。
「みんな、離れてて」———

「離れてって…君はどうするんだ!?」
広夢がそう問うた瞬間、影魔が心羽たちの下に突撃してくる。
瞬間、心羽の脳裏に〝声〟から伝えられるイメージが浮かんだ。そのイメージの通りに、彼女は左手を胸から左肩の方へ、虚空を切り払うように勢いよく振りかざす。そうして弧を描くように結ばれた炎の軌跡が、弓の形に形成されると、火の粉が舞う中、心羽は右手でその弓を取った。柄の部分を振るい、影魔から放たれる爪の一閃を受け止める。
「こいつの目的は私なの、だから早く」
「くそっ!」
団員を守ることのできない悔しさを、広夢が声と表情に滲ませる。遥香の心中も、迫りくる恐怖と、それを親友の献身に背負わせた安堵と罪悪感に塗りたくられる。しかし走る脚を止めることはできなかった。二人は離れていた集会所玄関前の楽団員たちと合流するが、心羽一人を残す戸惑いを見せる彼らに、遥香が一呼吸してはっきり告げる。
「…離れてるしかできなくても、私、せめてこっちゃんを見てます!」
その言葉に、広夢や楽団員たちも頷いた。

影魔の爪と鍔迫り合いとなる心羽の弓。しかし爪の一撃を堪えた弓もじりじりと迫る圧力は心羽に焦燥を抱かせる。対して優位性を見せる影魔はそのどす黒い声を響かせた。
「そう、元より本命はお前のカルナだ、羽の使者…他は所詮、雑味でしかない」
「どういうこと⁉なんでこんなこと…」
辛うじて迫る爪の圧を往なしたものの、瞬時に影魔の動作は次の攻撃に移ってくる。一合、二合、三合。心羽は弓の柄でそれをどうにか往なし、問う。
「私は争う気なんてない…こんなことやめて!」
「〝贄〟の分際で…囀るな」
撥ね付けられたその返答と共に、弓を弾き飛ばした影魔は、瞬時に身体を回転させ、その捻りを加えた尻尾と蹴りで心羽を薙ぎ払う。だがカルナの解放により向上した動体視力と身体能力で、心羽はそれを寸でのところで後方に跳んで避けた。しかし着地の際の脚が地面に着くか否か———影魔はそのタイミングを逃さない。瞬間、爪を正面に翳したまま影魔は突っ込んでくる。心羽は弓の柄で繰り出される斬撃を防ぐも…その衝撃までは防ぎきれない。
「きゃあっ!」心羽は悲鳴を上げながら集会所玄関前まで吹き飛ばされる。このままじゃやられちゃう…心羽に底知れない恐怖と不安がよみがえる。こわい...足が竦み、座り込んだまま立ち上がれない。影魔はゆっくりと距離を詰め、心羽の焦りは一層強くなり、精神的に追いつめられる...
「こっちゃん!」
後ろから響く遥香の声に、心羽は思わず振り返る。
そこには遥香だけでなく、楽団員のみんながこちらを見ていた。
「見てるだけだけど...応援してるよ!」遥香はそう言いながら、胸元に置いた右手を、ギュッと結んだ。
あの手の動きは...『信じてるよ』の合図。公演前の緊張してる時にも、気持ちが通じなくて喧嘩した時にも、その合図でふたりは励まされ、仲直りしてきた。
そんな遥香が、みんなが後ろにいる。誰ひとり巻き込むわけにはいかない...もうやるしかない。たとえ異形でも、生きているものを傷つけるのは抵抗あったけど、それも言っていられない。体勢を立て直した心羽は反撃に転じるべく、刀を中段に構えるように、両手で弓を持ちなおした。
「がんばって!」遥香や団員たちの声が聞こえてくる。
「戯れ言もそこまでにしておけ」
影魔が心羽を飛び越え、アレグロの団員たちに手を出そうとしたその瞬間、心羽は大きく飛びあがり、弓の中ほどを影魔に当て、そのまま叩き落とした。
...その背中には一瞬、大きな翼が輝いて心羽の並外れた跳躍を可能にしていた。