0 千想の魔法 2.有翼の案内人 みんなに公開

目次2-1.君が例の旅人だね2-2.新しい視点を見せてあげる2-3.なんでも知ってるよ2-4.その剣術も役に立たないのかい?2-5.この違和感はなんだろう2-6.聞きたいことがあるんだけど2-7.あの一匹狼さんには無理だよ2-8.二人目のイジェンド2-9.いってらっしゃい、いい旅を

2-1.君が例の旅人だね

しばらくして、剣術の練習をする心羽のもとに空色の風が吹く。銀にきらめく羽根が風に乗って心羽の眼前を通過し空へ舞う。思わず目で追う心羽。その視線の先には———宙を舞う人影。逆光に照らされたその影は心羽をひと目見て呼びかける。
「見つけた、君が例の旅人だね」
その声は少年的でありながら、まるで鳥が囀り歌っているような美しい響きで、心羽は思わず心を打たれる。
その美しい声の持ち主は心羽の眼前にさっと降り立ち、その背にある大きな白い翼を畳む。純白の衣を纏い、天使と見紛うかのような風貌の美少年がそこにはいた。
「やあ、ボクはシエル。イジェンドの依頼を受けて、君のことを迎えに来たよ。」

2-2.新しい視点を見せてあげる

心羽はシエルに手を引かれ、シエルと共に宙へ舞う。揚力を全身に浴びながら風に乗り雄大な景色を大空から一望する、人間では決して味わえないその感覚に心羽は心を動かされる。シエルに連れられ向かった先はユール城下街。

2-3.なんでも知ってるよ

城下街に着いたはいいものの、この街で流通している貨幣を持っていないため買い物ができない心羽に、シエルはトレジャーハンターの仕事を勧める。この街でのトレジャーハンターは体力や危険なことに自信がある人向けの言わば何でも屋であり、旅行者がこの街でお金を稼ぐ手段として人気がある。心羽はイジェンドの存在が脳裏をよぎる。
「シエルはなんの仕事をしてるの?」
「ボクは情報屋、そして案内役さ。この街のことはなんでも知ってるよ」

2-4.その剣術も役に立たないのかい?

しかし、街に影魔が出現したことで穏やかな街の空気は一変する。シエルは心羽の手を引いて駆け出し、逃げ惑う人々の流れに逆らって影魔の元へ向かう。現場には複数の影魔とそれを取り囲う自警団のような人々。
「全部で6匹…1匹でも倒せたら君にも報酬がでるよ!」
「む、無茶だよ!生き残るだけでも必死なのに!」
「じゃあ、イジェンドから教わったその剣術も役に立たないのかい?」
「なんでそのことを知ってるの!?」
「えへへ。ボクは情報屋だからね。君ならいけるさ、頑張って!」

心羽はポーチから燃晶石を取り出し、握りしめて呪文を唱える。
「チェンジ・フレイミングドレス!」
指の間から光が溢れ、心羽を包み込む。次の瞬間にはあの黒い外套を羽織り、大きな両手剣を携えた姿———“フレイミングドレス”へと変身を遂げていた。

「身体が軽い、まるで飛んでる時みたい…剣を振るのってこんなに身軽だったっけ?」
「ボクが君の周りの空気を操って身動きをサポートしてるからね。君は戦闘に集中して!」
「そんなこともできるの!?すごい…!」

2-5.この違和感はなんだろう

心羽はシエルの助けを借りながらなんとか1匹を撃退することに成功。他の5匹は自警団と他のトレジャーハンター達が撃退したらしい。倒しきれてはいないためまた襲ってくる可能性を考慮して報酬は半分になったが、それでも宿屋で一晩を明かすには十分な収益になった。
数人がかりでも撃退で精一杯の相手を、イジェンドはたった独りで何匹も倒せるなんて…やっぱりすごく強い人なんだな

心羽はシエルに別れを告げ、得た収入で食事と買い物を満喫した。新しく調達した服装はこの街でよく見かけるブラウスとワンピースの合わせ。少し高かったけど店員さんにおだてられたので勢いで買ってしまった。似合ってるだろうか?

2-6.聞きたいことがあるんだけど

日が暮れて、街灯の明かりが広場にぽつぽつと灯る。宿屋の宿泊手続き(=チェックイン)を済ませた心羽は、夕食の匂いが漂う夜の街をお散歩していた。
ふと顔を上げると、前方のレストランの二階のベランダで、集まった鳥たちに餌をやるシエルの姿が見えた。シエルはこちらを視認すると、朗らかな口調で話しかけてきた。
「やあ、小さき冒険者さん。夜風にあたりに来たのかい?」
相変わらず鳥が囀っているような声。
「ねえ、シエルって情報屋なんだよね?聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ、なんでも聞いてごらん。ただし、お代はきっちり頂くよ」
シエルはそう言うとベランダから飛び降り、心羽の目の前に着地する。
「場所を変えようか。せっかくならこのユールの夜景を楽しんでもらわないとね」
シエルは心羽の手を取り、宙へと舞い上がる。揚力を受けてふわっと浮き上がるこの感覚は心羽の胸を高揚させる。近くの時計塔の屋根の上に飛び乗ると、シエルは腰を下ろして心羽にも座るよう促した。
「座らないのかい?」
「ちょっと、怖いかも…」
足下にすぐ地面がない恐怖に心羽は足が竦む。
「なら、手を繋いでてあげよう。それとも腰に手を添えて欲しい?」
「それはちょっと…」
心羽はシエルが伸ばした手をしっかりと握り、恐る恐る腰をかけ、両脚を宙へ投げ出す。
「シエルに連れられて飛ぶときは怖くないのに、不思議だな…」
背丈は心羽とそう変わらないはずのシエルの背中が、なんとなく大きく見えた。
「どう?ユールの夜景は」
「すごい、綺麗……星空が地に落ちたみたい」

2-7.あの一匹狼さんには無理だよ

ひとしきり夜景を堪能した心羽は、本題となる質問を投げかける。
買い物中に耳にした、影魔の襲撃に対する街の人々の反応が気になった。近くに危険な動物が出没したら恐れて警戒し、対策に務めるのが一般的だと思うのだが、この街の人々はどこか悲観的というか、これからの未来を諦めて絶望しているような反応が多く見受けられた。
もちろん影魔という怪物がこの街に少なくない影響を与えていることは察せていたが、彼らがどういう存在でどのような実害を与えているのかよくわからない以上、知識のある者に尋ねなけばこのモヤモヤは晴らせないだろうと思った。
シエルによれば、数年前まではユール森林を含めこの近辺に影魔は一切いなかったという。ところが数年前、突如として森に影魔が現れて行商の者を襲うようになり、それ以来ユール森林が隣国との貿易ルートとして機能しなくなったため、農業や猟業の盛んな隣国から食材の輸入が困難で、慢性的な食糧難に陥っているという。しかも影魔の生息数も活動範囲もどんどん広がっており、今や森を抜けて隣国に行こうとした者は9割が帰って来なくなるという異様な事態が発生している。未来を憂うこの空気感の原因はおそらくこれだろう。
しかし、シエルによると実は影魔に繁殖能力はないらしい。そもそも影魔とは“影で作った魔物”であり、モノ的に言えば製作者が、生き物的に言えば親が存在するはずだという。昨日街を襲った6匹の影魔も、森で戦った影魔たちも、その1匹1匹を誰かが作為的に生み出したものだということになる。一体誰が、なんのためにそんなことを…
「それは情報屋のシエルでもわからないの?」
「うーんそうだね……推測なら出せるけど、この情報は高くつくよー?」
「いくらぐらい?」
「300万!」
「さ、さすがに高すぎない…?」
「この情報にはボクの命がかかってるからね、そう簡単には話せないさ。代わりと言ったらなんだけど、ユール森林の影魔撲滅は最重要任務として今もっとも高い報酬金がかけられてるよ。この情報はタダであげちゃおう。おそらくイジェンドもそれ狙いだろうね。まあ、一匹狼さんがどれだけ駆け回ったって、独りであの数の影魔を滅ぼす前に彼の方が倒れるだろうさ。」

「逆に聞いてもいい? 君はどうやってあのぶっきらぼうな一匹狼から剣術を習えたんだい?」
「情報代として300万もらえたら話そうかな〜」
「うわぁーんぼったくりだよー」
「ふふ、私も彼に命を救われたからね」

2-8.二人目のイジェンド

宿屋に戻った心羽は次の日の動きを計画していた。
影魔が与えている影響は思った以上に深刻そうだ。もしかすると、影魔を撃退したり倒せたりするのは本当にひと握りの存在だけで、ひとりで何匹も同時に相手して戦えるイジェンドなんかは実はとても貴重な存在なのかも…?
だとしたら、まずやるべき事はイジェンドの護衛だ。いくら彼が強くても、シエルの言う通り彼をひとりで戦わせ続けたら彼の方が先に倒れるのは容易に想像がつく。イジェンドが単独行動する最大の理由である呪いの暴走も、私ならこの燃晶石の耐火性で大事には至らないはず。
そして、私も彼自身から剣術を習って強くなり、二人目のイジェンドになること。イジェンドほどの強さを持つ者が二人いれば、影魔の全滅だって可能になるかもしれない。
まずは明日、森に戻ってイジェンドと合流することからだ。どうやって探そうかな…

2-9.いってらっしゃい、いい旅を

宿屋で一泊した次の朝。再びユール森林へ向かう心羽。行きがけに通った広場の前で、情報屋として仕事中のシエルの姿を目にした。シエルは広場の鳥たちに餌をやりながら商人のような服装の人物と話をしていたが、こちらに気付くと彼はにこやかな笑顔で手を振ってくれた。
「やあ、親愛なる旅の子よ。今日はおでかけ?」
「ユール森林に行こうと思う。報酬金、高いんでしょ?」
「そうだけど、ひとりで行くつもりならおすすめしないな。」
「もちろん、ひとりじゃないよ。森に行ったら仲間がいるから」
「仲間って? ………まさか、あの頑固者を仲間にするつもり!? そっちの方が高難度だよ!」

「イジェンドの場所はわかる?道案内を頼みたいんだけど」
「君も頑固になってきたね。それならこの子を連れていくといい」
そう言うと、シエルは餌を食べている鳥たちの中から1羽を指名して手のひらに乗せると、心羽の前に差し出した。
「セキレイのキラちゃんだよ。この子にイジェンドの場所への案内役を任せよう」
キラちゃんはシエルの方を向くと、なにか伝えるようにチッ、チッ、と鳴く。シエルが大丈夫だよ、と返すとキラちゃんは羽ばいて心羽の肩に乗る。
「すごい、鳥とお話出来るんだ…! よろしくね、キラちゃん」
キラちゃんは心羽の声には微塵も反応しない。
「大丈夫さ、仕事はしっかりしてくれるよ。案内人のこのボクが保証しよう」
心羽の表情が少し不安げになったのを見てシエルがフォローを入れる。
「ありがとう、この子と一緒に頑張ってくるよ」
「いってらっしゃい、いい旅を。あっ、お代は後払いだからね〜」

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