2 千想の魔法 4.執筆中…… みんなに公開

目次尾行対峙広場交錯

尾行

まだ薄く霧のかかった、朝の森。木々の間を、一人の青年が歩いている。その後ろを、エイミーがひっそりと追っていた。木の陰に身を隠しながら、一定の距離を保つ。
前を歩くのは、先ほどシエルに教えてもらった男――イジェンド。
まだ日も出ていない頃、エイミーは時計塔でシエルと合流した。
「彼がイジェンドだよ」
シエルが指した先で、イジェンドは街を抜け、森へ向かっていった。
エイミーはその背中を追い、今も気付かれないまま尾行を続けている。
「……」
不意にイジェンドが足を止めた。その先に、影魔がいる。
一体、二体――。エイミーは数えていたが、八体目を数えたところで諦めた。
多すぎる。調査団なら、数人で行動していたとしても即座に撤退する数だ。
けれど、イジェンドは剣を抜いた。次の瞬間、炎が走った。
「……!」
エイミーの身体が強張る。
何体もの影魔をまとめて呑み込んでしまいそうなほどの炎が、あっという間に広がる。
影魔の群れが、炎に包まれた。その中を、剣の軌跡が舞う。黒い身体が次々と灼き斬られ、炎の向こうへ消えていく。
あれだけいた影魔が、ほんのわずかな時間で片付いていく。
エイミーは目を離せなかった。
「……やっぱり」
小さく呟く。
カルナの使い手は、そもそも数が少ない。その中で炎のカルナを使う者といえば、もう二人といないだろう。昨日は彼の姿に変身できるカルナ使いがいて惑わされたけど、今度こそ間違いない。
「……」
エイミーは弓に手を添えた。目の前の青年を、じっと見つめる。彼は既に、あれだけいた影魔の群れを片付けて剣をしまい直している。
圧倒的な強さ。あの数を相手に、ひとりで、無傷で渡り合える。そんな強さはほかに類例がない。疑念が確信に変わるには十分だった。
――見つけた。

対峙

影魔の群れを片付けたイジェンドは、剣を鞘へ収めた。
その時だった。木々の間から、淡い光の輪が飛んできた。
「……!」
イジェンドは身を引いた。
しかし、光の輪は地面すれすれを追いかけるように動き、左足首のあたりを囲んだ。
「……なんだ、これ」
足を引こうとする。だが、左足が異様に重い。
少しずつなら動かせるものの、踏み出そうとすると、まるで足だけに重りをつけられたような感覚があった。
「やっと見つけたわ、炎の魔女」
木の陰から、エイミーが姿を現す。
「炎の魔女?」
イジェンドはエイミーを見る。
「ええ。その呼び名に、聞き覚えがないとは言わせないわよ」
「なんのことだ」
「とぼけないで」
「知らん」
イジェンドはそれだけ言うと、輪から足を引き抜こうとする。やはり、思うように動かない。
「簡単に逃げられると思わないことね。その光環は、ものの“速度”を変えられるの。どう?そこから動けないでしょう」
「……これがお前のカルナか」
エイミーは弓を構えたまま、じわじわと距離を詰める。
「私はあなたに聞きたいことがあるの。そのためにここまで来たのよ」
イジェンドは黙ったままだった。
「……十年前、私は家族を失った。」
エイミーの声が震える。
イジェンドは思わず動きを止めた。
「お前……」
「どうして……」
エイミーが唇を噛む。
「どうして、あんなことをしたの!」
声が、森の中に響いた。
「家族も、友達も……みんな、あの炎に焼かれたのよ!」
「……」
エイミーは荒い息を吐く。
しばらくして、少しだけ声を落とした。
「……十年間、ずっとあなたを探してた。」
弓を握る手に、力がこもる。
「……答えて。どうしてあんなことをしたの。」
エイミーがイジェンドを鋭く見つめる。その目には涙が滲んでいた。
しばらくの沈黙。
やがて、イジェンドが静かに口を開いた。
「……お前のことは知らない。」
エイミーの表情が強張る。
「お前に何があったのかも知らん。」
「……」
「だが、俺には関係ない。」
「なっ……!」
エイミーの目が大きく見開かれる。
「私にはあるの!」
エイミーが声を張る。
「あなたが、なにもかも奪ったんだから!」
「……」
エイミーは弓を握り直した。
「あなたを許さない……!」
「……そうか」
イジェンドはもう一度足下の光の輪を見ると、剣を抜いた。
「えっ――」
振り下ろされた剣が、光の輪を叩きつける。
甲高い音が響き、輪が砕けるように消えた。
「……!」
イジェンドは剣を収める。そして、そのまま森の奥へ歩き出した。
「ちょっと、待ちなさい!」
エイミーが弓を引く。しかし、矢ではなかった。代わりに握られているのは、淡い光の輪。
エイミーが弓を引き絞る。矢ではなく、光環が放たれた。前方に現れたもうひとつの光環を通り抜け、一気に加速した光環がイジェンドへ迫った。
「……!」
イジェンドは身をかわそうとする。しかし、光環は右足を捉えた。
「……やめろ」
「逃げようとするからでしょう!」
イジェンドは足元へ剣を振り下ろし、光環を破壊する。
エイミーが次の光環を放つ。
イジェンドは身をかわし、飛んできた光環を剣で弾いた。
「……しつこいぞ」
「しつこくもなるわよ!」
イジェンドが剣を構える。
エイミーも弓を引き絞る。
ふと、イジェンドの手が止まった。
「……お前」
「なによ」
「エイミーか」
「……え?」
イジェンドは剣を下ろさない。
「弓と光環を使う女だと聞いている」
エイミーの表情が変わる。
「……知ってたのね」
そして、涙を拭う。
「そうよ。私はエイミー。炎の魔女の復讐者よ!」

広場

朝の広場はたくさんの人で賑わっていた。人の声があちこちから聞こえてくるのが、心羽には心地よかった。
「じゃあ、はいこれ」
シエルが手のひらを差し出した。その上には、金貨が一枚と銀貨が三枚載っている。
「これは?」
「昨日、キミが影魔を追い払ってくれた分の報酬だよ。」
「ありがとう」
心羽は、怪我をしていない方の手で硬貨を受け取った。

「それにしても、施療院では休むように言われたんだろう? 出かけてきてよかったのかい?」
「だって、一人でいると寂しいんだもん。ちょっと散歩するくらいなら、いいかなって」
心羽がそう言うと、シエルは呆れたように肩をすくめた。
「ははっ、なるほどね。キミの言う『休む』は、ずいぶんと広いらしい」
シエルは軽く笑った。

「これって、何に使えるの?」
心羽は手のひらに載せた硬貨を見つめながら、首を傾げる。
「お店で、いろんなものと交換できるよ。食べ物や道具を買うこともできるし、誰かに何かを頼む時にも使える。たとえば、ボクなら情報と交換してあげられる」
「へぇー。情報とも交換できるんだ」
心羽は感心したように呟いた。
「じゃあさ、カルナってなに?」
「お、さっそく情報のご注文だね」
シエルは心羽の手のひらから、銀貨を一枚回収した。

「カルナねえ。ざっくり言うと、その人だけが使える力のことだよ」
「その人だけが?」
「うん。たとえば、イジェンドなら燃焼のカルナ。エイミーなら光環のカルナ。ボクも風のカルナを使う。それぞれ、できることが違うんだ」
「じゃあ、みんな何かしらのカルナを使える?」
「ううん。カルナ使いはすごく珍しい。でもそれは、カルナを使える人が限られているって意味じゃないんだ」
「どういうこと?」
「カルナは、生まれつき使える人もいれば、後から使えるようになる人もいる。今は使えない人だって、まだカルナを使えるようになっていないだけかもしれない」
「じゃあ、誰でもカルナ使いになれる?」
「可能性はもちろんある。ただ、目覚めるカルナは人それぞれなんだ。同じカルナを持つ人は、基本的に二人といないよ」

心羽は首を傾げた。
自分も、イジェンドと同じ力を使ったはず。
「あれ? じゃあ私のカルナって……」
「いや、キミはカルナ使いじゃないよ」
「え? 違うの?」
心羽が目を丸くする。
「カルナ使いが力を使えば、その後には痕跡が残る。でも、キミにはそれがないからね」
「じゃあ、私の力は何なの?」
「それは、ボクに聞くことなのかい。」
「えっ」
「キミ自身がそう言ってたじゃない? “魔法”って」

「ピィ!」
その時、一羽の小鳥が、上空から勢いよく飛んできた。
シエルが腕を差し出すと、小鳥はそこへ止まった。
「おや。どうしたんだい?」
「ピィ、ピィ!」
小鳥は忙しなく羽を震わせながら、シエルに何かを伝えている。
「……なるほどね。伝えてくれてありがとう。」
小鳥はひとしきり鳴くとすぐに飛び立った。
シエルはその姿を見送ると、表情を引き締めた。
「心羽、ごめん。ちょっと急用ができた。またあとで!」
シエルが立ち去ろうとした、その時だった。
「待って。イジェンドとエイミーが大変なんでしょ? 私も行く!」
心羽がそう言うと、シエルは驚いたように目を見開いた。
「……どうしてわかったんだい?」
「お金なら払う! 連れてって!」
シエルは困ったように笑い、それから小さくため息をついた。
「もう、しょうがないなぁ。怪我してるってこと、もっと自覚してね?」
シエルは心羽の体を抱きあげ、そのまま森へ向かって飛び立った。

交錯

「待って!」
森の中に、心羽の声が響いた。
イジェンドとエイミーの間に、心羽が割って入ってくる。
「二人とも、どうして戦ってるの!?」
イジェンドは一瞬、心羽を見る。
その後ろに、シエルの姿を捉えた。

「シエル!」
低い声が飛ぶ。
「こいつに余計なこと吹き込んだだろ! どうにかしてくれ!」
「吹き込む? なんのこと?」
シエルはいつもの調子で答えた。
「ボクは案内をこなしただけだよ」
「……はぁ。もういい」
イジェンドは剣を下ろした。
心羽越しにエイミーを一瞥すると、そのまま森の奥へ歩き出す。

「あっ、ちょっと! 待ちなさい!」
エイミーがすぐに後を追おうとする。
その手を、心羽が掴んだ。
「待って! 何があったのか聞かせて?」
エイミーは驚いたように心羽を見る。
「離して!」
「でも、ケンカしないで!」
「これはケンカなんかじゃ……!」
エイミーは言いかけて、心羽の顔を見る。
「……っ、分かったわ。」
エイミーは小さく息を吐き、弓を下ろした。
心羽も手を離す。
二人は前を歩くイジェンドを少し後から追い始めた。

「先に聞いてもいいかな。どうして戦ってたの?」
エイミーは一瞬、言葉を探した。
「……イジェンドに、聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
「ええ。でも、話してくれなくて」
エイミーは前を歩くイジェンドへ目を向ける。
「何度か聞こうとしたんだけど……うまくいかなかったわ」
「それで、戦いになったの?」
「……そういうこと」
心羽は少し考える。
「じゃあ、私から聞いてみるよ」
「え?」
「イジェンドに聞けばいいんだよね?」
エイミーは驚いたように心羽を見る。
「ううん。あなたが聞くことじゃないわ」
エイミーは首を振った。前方で揺れる赤髪を見つめる。
「これは、私とあいつの問題だから」

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