0 9.協力と狂力(追って修正) みんなに公開

「…わかった。まず私が持つ情報と見立てとしては…」
上坂蓉子はそう言うと、スマートフォンを取り出した。そして打ち込んだメモをネーゲルに向けて見せる。
"あなたを追跡しているというのは、恐らく公安か嘱託機関"
やはりそうか。どういう経緯かは不明瞭だが、蓉子が自分達の下に取引を持ち込みに来たように、然るべき者達がこちらを把握していない道理はない。
「だが疑問がある。連中、直接的な行動には移っていない」
"どうやら現場の人間にそこまでの権限は与えられていないみたいね。彼らのような人が静観し、動かないというのは、そう見るのが自然かな"
花森健人の口を通じたネーゲルの疑問に、蓉子は引き続きメモでそう答えた。
「なんでそう言える?事に関して言えば、見えないだけで関わっている人間も少なくない」
"官僚制ってそういう性質だから。でも恐らく記録はかなり正確にされている。だから出来ればメモで話してもらった方がいい…探られたくはないでしょう?"
メモを記したスマートフォンを差し出しつつ蓉子の整った眉が上がり、その目がネーゲルをジッと見る。その注意にはネーゲルもスマートフォンを取り出し、返答を打ち込んだ。
"しかしその前提で考えるなら、連中の上層部は俺たちを放逐してるわけだ…なぜだ?"
"そこまでは私も掴んでいない。あなた達がどう動くのかを見極めているのか、或いは超常現象の扱いに迷って議論でもしているのかーー。でもこれ以上の推測は論理の飛躍だわ"
"確かにそれは否めんが、ならいっそこちらから協力を呼び掛けるというのはどうだろうか"
ネーゲルの申し出に、蓉子は眉根を寄せてすぐにメモで返答する。
"正気?場合によってはその変身する特異体質を、人体実験にでもかけられるのがオチよ。助けを求められたこっちも、それは夢見が悪い"
"親切だな、蓉子さん。その忠告に従うよ…今回なら黒コートの奴に関して何か知らないか?例えばその行動パターンや傾向、何でもいい"
"申し訳ないけど、その個体については私もあなた達以上にはわからない。ただ、事件に関する彼ら全体の行動パターンを見たとき、一つ言えることがある"
"それって、何だ?"
健人の眼を見開き、ネーゲルが食い付く。情報は一つでも欲しい。本音を言えば、いっそこの際、推察だって構わないのだ。
"あなた達が今日まで、不自然なほど襲われていないということ。彼らが健人くんや初樹くんを襲うタイミングは、これまでにいくらでもあった。この一ヶ月は特に"
"どういう意味だ?俺は一ヶ月前に襲われた。それはこの場合どうなる?"
"それに関しては何とも言えない。でもそれ以降、つまりあなたが変身してからは、あなた達があの黒コートの関係で交戦することはあっても、他の個体はあなた達に手を出していない"
"それって…"
"今言った他の個体も、あなた達を静観しているってこと"
不可解に過ぎる。泳がされているとでもいうのか、或いはーー。その事実は、得体の知れない違和感をネーゲルと健人の内に刻んだ。

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戦力を増やす必要があった。以前の戦いでの消耗こそ回復したが、それだけでは足りない。実際のプロテクトの存在はかつて喰らった"記憶"に伴う想定を凌駕し、エヴルアの内に更なる力の渇望を刻んでいた。
そして同時に確信する。彼の秘宝を己が手中に得たなら、この身のしがらみ全てから脱することも不可能ではない。イレギュラー達の勢いは減衰している。"内通者"の影魔から確かに読み取ったその情報は、エヴルアを事に踏み切らせた。携えた石の力を呼び起こし、現れたる13体の影魔達に印を与える。そしてこう語りかけた。
「"協定"も含めて他の領など構わん。我が号令までただ喰らい、侵し、貪り、屠れ。俺が赦し、そして命ず…では散れ」
影魔達が四方に散り、それを見届けたエヴルアはやがて踵を返す。そして虜囚となって昏倒している桧山初樹を一瞥すると、彼の絶望の香りを嗅いだ。無知、焦燥、責任、代償、そして妹。
「滑稽だな。何を気取ったところで、取り戻せるはずなどないだろうに」

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午後19時41分。上坂蓉子のスマートフォンに報せが入った。それを見た瞬間、蓉子の表情が驚愕に変わる。
「蓉子さん?」
ネーゲルが蓉子を見遣ると、彼女は一瞬目を泳がせるも、ネーゲルの方に報せの画面を見せた。
"朝憬市全域で多発的に住民が襲撃される事件が発生。各現場周辺には奇怪な有害鳥獣の目撃証言ありーー"
健人の身体に戦慄が走る。気付いた時には「一番近い場所は!?」と蓉子に聞いていた。
だが彼女も不意だったのか、一瞬返事に詰まる。
「蓉子さん!」
周辺の人間の注意がこちらに向くが、構わなかった。初樹の危機、そして敵が大きく動いた今、ネーゲルも、花森健人も動かないわけにはいかない。
「この近くの繁華街にいる」
「蓉子さんはすぐに逃げて」
「健人くん、本気!?」
その声に応える前に、駆け出していた。最早脚を動かすのは健人かネーゲルか、或いは両者か。二者ともに、その違いさえ忘れていた。初樹が危ない。奴らの思い通りにはさせない。どちらの思いもない交ぜになったまま、ただ街のアスファルトを蹴るように今は走る。
"健人!聞こえるか!"
"ああ、さっきから起きてる!"
"こりゃデカい戦いになる…初樹を助けたいなら協力せい!奴らを止める!"
"協力!?奴らを止めるって、街に出た奴と戦う余裕なんてない!それにそんなことしたらハッサンがーー!"
冗談ではない。初樹が奴らの手に掛かり、その命を丸ごと喰われてしまう可能性なんて、想像するだけで怖気が立った。
"前後を考えれば、この状況を引き起こしとるのは恐らくあの黒コートじゃ!だが交渉が成立していない今、まだ初樹が手にかかることはない!"
"でも…"
"けど未だにその居場所もわからん。ならこれ以上誰かが死ぬ前に行かにゃならん!"
早口にそう告げるネーゲルに苛立つも、健人はすぐに返答が出来なかった。息が上がる。頭が酷く痛い。状況は最早、完全に自身の手に余るもので、だが下手をすれば友が死ぬ。このままでも誰かが死ぬ。俺の無力で。
「なんで俺が、こんなーー」
"健人!"
そう思った瞬間強く吐き気がしてーー。パニックになったまま、半狂乱で叫びだす自分がいた。
"狂うとる場合か!!"
「うるせえ!!てめえごと皆殺しにしてやる!!消されるまで俺に寄越せ、この役立たずが!!」
そうしてブレスレットを光らせながら絶叫した悲鳴の真意など、この時誰も汲み取ることなど出来なかった。ネーゲルも、周囲の人々も、誰も。

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やがて見えてきた繁華街は、事態に気付いて逃げ去る者達とそうでない者達とが半々という様相だった。
「ヤバいのがいる!速く逃げろ!」
「何…何?」
「騒ぎでも起きたか?何か…うあぁ!!」
また一人、影魔であろう異形の手にかかった。それは襲撃を受けた壮年の男性も認識するかしないかだっただろう。瞬く間に胸を貫かれ、近くにいた者達が悲鳴を上げる中でその一人である少女に向けてイタチを思わせる影魔がその大鎌を振るった。しかしそれが少女の身を裂くことはなかった。大鎌を防いだのは、変身した健人の剣。そしてそのままイタチの身を強く蹴り上げ殴り付けた。
「死ねや、このクソボケがぁ!!」
狂乱と共に振るう暴力、叫ぶ声に怒りと殺意が宿る。そこに在ったのは黒と青で着飾っただけの、悪鬼であった。
「おら、消えろ!早く失せろや!!ああ!?」
不意を突かれ、浴びせられる苛烈な攻撃にイタチは体勢を崩して倒れ込む。そこに健人は剣を逆手に持ち、そのままイタチの身に突き立てる。一回、二回。
「お前らのせいだ!お前らみたいな脅かすのがいるから!!」
"落ち着け、健人!もう死んどるコイツは!!"
三回突き刺した時、ようやくネーゲルの声が健人の意識に聞こえた。そしてその時には、もうイタチの身体は暗い靄となって虚空に消えていた。そして周辺にいた人間が、こちらを何か恐ろしいものでも見るような目で見ていた。自分が大鎌から庇った、先の少女でさえも。その意味は理解していた。故に辛うじて保っていた理性でもって、健人はその場を後にする。何も言わず、何も発することなく、ただ今一度駆け出した。

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アゼリアはとあるホテルの一室で溜め息を吐いていた。エヴルアが起こしたであろう大規模攻撃は、閣下も既に知るところだろう。"事前に彼を抑えることが叶わなかった自分達"にも咎が及ぶことも明白。全く面倒に過ぎる。その時彼女の下に、ゾルドーからの"連絡"が届いた。左手で髪を掻き揚げつつ、耳元まで手を当ててそれに応じる。
「アゼリア、事は察知しているな?我々も合流だ」
「閣下様からの御達し?」
「協定の事実上の管理者は、この事態を放逐出来んだろう」
「でしょうね。エヴもやってくれるわ、ホント」
そう伝えると、アゼリアはホテルの窓からパトカーのサイレンが聞こえた方角を見つつ視線を落とす。
「そっちはどう?彼は見つかった?」
「いや、只の狂戦士かと思えば…その実知恵も回るようだ。貴殿はどうかね?」
「こっちも部分的な足取りは掴めたけど、今現在の居場所は分からない」
抜け目がない。事に踏み切ったエヴルアは、アゼリアの追跡を完全に振り切っていた。それを察知した時点で彼女自身、エヴルアの影魔を殺したが、既に後手。
「全く、本当にーー」
苛立つ。計算通りには行かぬ手合いであることは察知こそしていたというのに。しかしそんな彼女の感情は、ゾルドーからの引き続きの伝達によって遮られた。
「例の地点で合流する。早急にな」
「わかった、こちらにも策がある」
「…ほう、策が」
「あなたと彼には承諾頂くわ。現地で」
このままではおかない。アゼリアはそれだけ告げると、窓から離れて部屋の外へ出た。

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上坂蓉子は夜の繁華街に小型の暗視カメラを向けていた。パニックに陥った人々と、襲撃あった現場周囲を封鎖する警官隊。そして街の惨状をフィルムに納める。フラッシュはほぼ豆電球程度しか焚けず、また付近の建物から遠巻きにこれらを撮影することしかできない。警官達に制止され、そこから圧力を掛けられかねないリスクや、撮影データなどを検閲される可能性などは容易に想像できた。それ故の妥協案、苦肉の策だった。
だが本来なら確認できるだろう、倒れ伏した人の遺体が現場に見られない。それはこの妥協案やカメラの画素、画質などに因るものではないことを、蓉子は既に把握していた。そしてそれで犠牲者がゼロと言えるほど、気楽な話では到底ないことも。皆、苦痛と共にその生命を絶たれた。
遺体すら残らない彼らの存在の消失は、かえって言い様のない怖気を蓉子に抱かせる。
あの青年、花森健人は無事だろうか。あの場から飛び出していってしまった彼に、追い付くことは敵わなかった。今はせめてーー。
街で破壊行為が行われた物理的痕跡は多々見られた。ガラスの破片やコンクリートの瓦礫、アスファルトの陥没。そして災禍を逃れた目撃者たち。せめて残ったものだけも掬い上げる。そんな思いで彼女はシャッターを続けて切ったその時、ヘリコプターの羽根の音が頭上に響いた。カメラの接写モードで上空を凝視すれば、要人輸送用のヘリが朝憬市中央塔に向けて飛んでいる。
「この状況で、どうして…」
抱いた異質な印象、不可解な事実。それ故に自身の口からこぼれ出た言葉は、蓉子を中央塔へと駆り立てた。

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