0 No.2 2 / 2 みんなに公開

その太刀を挟んで白銀の淡く光る眼と烏の赤目とが睨み合う。二組の眼光は、互いを射貫くかのように鋭い。
太刀を巡って力を掛け合う両者。その膂力が拮抗しているこの状況において、一瞬でも力の掛け方を間違えば即座に隙が生じ、相手に得物を与えてしまうことになる。強化された異形の身体能力での衝突において、それは致命的な事態だ。その脅威に駆り立てられながら十秒ほど続いたその拮抗は、一瞬にして崩れた。とうとう力が掛け違ったことで生じた一瞬。
「…はぁっ!」
その一瞬の虚を突いた白銀の右足が、烏の身を掃うように蹴り飛ばし、自身の胸に沈んでいた太刀を奪取したのである。白銀は沈んでいた太刀を自身から引き抜き、順手に持ち変える。そうして右手で握ったその柄から自身の念を込めた。それに呼応するかのように、太刀は刀身の色をそれまでの漆黒から輝く銀へと変える。その様を烏が憎々しげに見つめていた。
「あの光は何だ?お前は一体…」
「……」
烏からの問いに応えることはなく、白銀は瞬時に距離を詰める。超人的な身体能力による高速移動。その速度は先程まで生命的な危機にあった剣人の無力を置き去りにしていた。そのまま烏に斬りかからんと、白銀は太刀を振り上げる。しかし烏はその身を即座に翻し、振り下ろされる一太刀を躱した。そして予備の得物としての二振りの短刀を構え、再度告げる。
「応える気はない、か…」
「……」
白銀はただ黙って烏を見据える。そこから読み取れる意味はただ…敵意と殺意。それならばなんだ。なんてことはない…殺すだけだ。
「ならば…」
死ね。両者に共通する言葉はそれだけだった。理不尽な暴力で殺されるくらいなら、殺す。ただ眼前の敵を、屠る。単純な構図。異形の者たちが踊るように、叫ぶようにその偉大な力を振りかざすのみ。そんなどこかで見た特撮のような、幼稚な話。両者は駆けだし、ただ闘争の舞踏に酔う―――

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刀と短剣の閃きが交錯する。白と黒、異形の烏たちが回り、跳び、駆ける。生と死が肉薄する狭間。そこにあってこの二者の異形の相貌は、人間の表情とは異なりその機微を反映させることはない。都合がいい。ふとそう思う。相手の苦痛に歪む顔など、見てしまったところで何にもならないから…ただ怒りのまま、ただ我欲のまま、一息にやる。どうせただそれだけなのだから。
烏の二振りが白銀に迫る。一合、二合と打ち合い、三合目で振り下ろされた太刀と十字に組み合わされた二振りが鍔迫り合いとなった。今や白銀の得物となった太刀が、先ほどまで主だった烏にじりじりと迫る。
「……ちっ!」
ここまでの打ち合いの中で、烏は一つの確信を抱いた。少なくとも持っていた力の半分が奪われている。種はあの光か…拮抗していた膂力に加え、本来の得物である太刀が奪われた今、烏としては持てる技量を尽くして白銀との差を埋めている状況だった。先の太刀を巡った引き合いにおいて生じた一瞬の隙。あれは力を奪われたことが発覚するのが遅れたためのものだった。
―――不覚を取った…だが…!その膂力に任せた直線的な突進を、烏は既(すんで)のところで右に去なし(いなし)て躱す。同時に勢い余った白銀の身体とすれ違いざまになる刹那、合わせるように回転する烏。その左手にある短剣の閃きが白銀の背に傷を負わせ、一瞬よろめかせる。
「…ぐっ!」
続いて響く白銀の呻く声、攻勢の機会。烏の聴覚と赤い目は、それらを逃さなかった。一気に踏み込み、切り抜かんとする烏の二振りが白銀を襲う。
”獲った―――”
奴の膂力と俺の技量。勝ったのは俺だ。烏はそう確信した…はずだった。
「―――!!」
瞬間、烏の黒い身体に太刀の一閃が横一文字に刻まれていた。
”何が起きた…?まさか―――!”
白銀は加速した。烏の二振りが、その斬撃の挙動を終えるよりも前に、それを上回る速度へと加速することで反撃に転じたのである。白銀の太刀は烏の胴を抜き、その姿は既に烏の後ろで一連の動作を終えていた。”疾雷(しつらい)”―――エクリプスの身体における特殊な神経、筋肉の活動電流を一時的に増加させることで、反応速度、運動量等を飛躍的に上昇する技である。だが身体的負担は大きく、この危険性を孕んだ能力のコントロールが可能なのは、雷の属性が宿ったエクリプスの核を有した者のみのはずだった。即ち使用できる者は、本来この烏をおいて他にいない。
「……はぁっ、はぁっ…」
白銀の荒い息遣いが辺りに響く。しかし肩を揺らしながらもその白い身体は反転し、烏に更なる攻撃を加えようとしていた。
「……あぁぁ!」
斬りかかってくる白銀の太刀に、声を上げながら尚も烏は応戦するも、深手を負った烏の力ない二振りでは既に抵抗しきれず、やがてのその身は崩れるように仰向けに倒れこんだ。ここまでか…嗚呼、間抜けな話だ―――他者の絶望を食らい生きる亡者と堕ち、獲物とするはずの命に返り討ちに遭って死ぬとは…くだらない末路だ。そのまま白銀は烏に馬乗りになった。太刀を逆手に持ち替え、その黒い身体に突き立てんとする。しかしその刹那、太刀が突き立てられることは無かった。白銀の動きは止まっており、その淡い光の眼は烏の赤目と再度合う。
”シネヤ、コロシテヤル、クソガ、ウルサインダヨ、イタイダロウガ―――!”
”だめだよ…ころしたり、きずつけたりなんて…やめよう…うらみつらみでいきるのは―――!”

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異形としての面には、依然変化こそ見られないが、どういうわけか互いの視線には先程のような怜悧な鋭さは無かった。烏の視線の先、白銀の面は微動だにしないが、太刀を持った逆手は震えていた。
”食らうために垣間見たこの魂は、虚無と苦悶に満ちていた。ある種俺と変わりはしない”
そのような魂など何度も葬ってきたが、何を今さらこんなことを考えているのか…烏は自身を自嘲の笑みを零す。瞬間、白銀は堰を切ったように叫び声を上げ、烏の頭部を掠めるように太刀を突き立てた。
「アああアアぁァぁぁ!!」
脳裏に移ったのは、恨みで生きたくないと伝えようとしても、冷たく嗤われた子供の記憶。その怒りのまま、烏を踏みつけて立ち上がり蹴りつける。胸に在った光は失せ、白銀だった姿は剣人のそれに戻っていた。
「嗤ウな!ワラうなァ!虫唾が走ル!失セろヤ!なぁ!」
狂乱しながら叫び、泣き喚きながら烏を蹴りつける。本来の自分ではない誰かがやっていることだと思いたい。だがそうしているのは白銀ではない自分―――ほかの誰でもない花森剣人だった。その時、その狂った叫びに、距離が多少離れているとはいえ辺りに住む住民が気付いたのだろう。人の気配を感じた。そこで思考が半ば強制的に働く。逃げなければ…狂乱に引きつった表情のまま、一方でそんな自己防衛的な思考が働いた自分を滑稽にさえ感じながら、剣人はその場から逃れようと立ち去った。

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走る。ただ泣きながら走る。”何がどうというわけじゃない…ただ、全てから逃げ出したい―――”花森剣人を突き動かすのは、その感情だけだった。自分に何があったかなんて、思考する余裕すらない。ただ、いつもそうだ。いつも逃げてる。逃げることからさえも逃げてる。だけど、何処へ…?行きつく先は、狂気?虚無?嘲笑?病院?保護室のトイレ?幻覚?妄想?もうどこでも良かった。ただ”ここ”が嫌だった。ここが―――”自分が居る場所”が常に嫌で仕方ない。脚がもつれそうになる。しかしよろけながらも走ることはやめられない。止まれば、追いつかれる。現実に…自分自身に…
あの白銀の姿に変身している間は無我夢中で、それを忘れられた。自分の無力、無価値、無意味さを置いていくことができた。あの烏に襲われて、自己防衛として戦ったのはそうだ。殺されて死ぬくらいなら、殺そうとさえ思った。変身して戦っていた時、寧ろ自身にあったのはその思いだけだった。だが徐々に自我が戻り、変身が解け、花森剣人に戻った時…現実に引き戻され、泣き叫んでいる自分が居た。殺意に染まっている方が、まだマシだったかもしれないとさえ、思う。あの灯台の光に置いていったものを、思い出すことは、今はできなかった。

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