これは私たちが紡いだ希望の物語 No.1 1/2 version 12
流星と焔 No.1 1/2
2021年、4月12日。その日、朝憬市立朝憬英道大学二回生である花森健人は、同大学B棟第2講義室にて行われる人体の機能と構造の講義に出席していた。
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
時間は10時50分。単調な講師の話と昼食までもたない空腹、そして気怠さによって、既に講義に意識を集中させることが難しい。天を仰ぐように軽く首を逸らした後、左目を瞬かせて再度講義を聴くよう努めるが、そこに加わる周囲の学生らの小声の数々が健人の意識をかき乱す。最早聴講することは投げ出して、健人は前方を向いて時間をやり過ごすことだけに注力していた。そんな折、彼の着いている講義室中段の席の一つ前で、男子学生の二人組が小声でとある都市伝説の話が耳に入ってくる。
時間は10時51分。単調な講師の話と昼食までもたない空腹、そして気怠さによって、既に講義に意識を集中させることが難しい。天を仰ぐように軽く首を逸らした後、左目を瞬かせて再度講義を聴くよう努めるが、そこに加わる周囲の学生らの小声の数々が健人の意識をかき乱す。最早聴講することは投げ出して、健人は前方を向いて時間をやり過ごすことだけに注力していた。そんな折、彼の着いている講義室中段の席の一つ前で、男子学生の二人組が小声でとある都市伝説の話が耳に入ってくる。
「また出たって、”赤髪の魔女”」
「お前好きだな、その与太話」
話を振った方の小柄な男子学生が「講義よりは面白いだろ」と渇いた笑みを浮かべて小声で話し続けた。
「それがここから近いんだよ、朝陽町の教会の近くで怪物と争ってたってSNSでさ…」
「お前その感じ、特撮とかそういうもんの延長で見てんだろ。別に否定はしないけど、俺にそれを話されてもさ」
話を聞くガタイのいい男子学生がその大きな肩を竦ませ、呆れた口調で返す。
「なんだよ…なんか、イケてんじゃん。赤髪の魔女」
「多分、お前はダサいけどな…」
ガタイが小柄に毒づくのに共感し、健人は小柄の方を冷ややかに見るものの、気が付けば講義よりもそちらの話ばかりを耳が拾っていた。最終的に講師が講義終了を告げると同時に、健人の胸中には苦い自己嫌悪が広がる。講師と学生らがそれぞれの荷物をまとめて講義室を後にする中、同じゼミに所属する友人である横尾和明が上の空である健人の下にやってきてその肩を叩いた。
「おい、どした花っち」
「うわっ、なんだよカズさん…ビビるだろ」
不意を突かれた健人は驚きに声を上げて和明を「お疲れ、花っち」
「ああ、お疲れカズさん」
「どした?また夜更かしして絵でも描いてたのか?」
心ここに在らず——そんな健人のうだつの上がらない声に、和明は苦笑しながらその理由を問う。
「いや、それが…何て言うかさ…」
「うん、どした?」
「何で俺、この勉強してるんだっけって思ってさ」
話はそこで一瞬間が空いた。和明の口から「…え?」という一音だけがポツリと零れる。
「…とりあえずちょい早いけど、飯行く?」
「行く。腹減った」
怪訝な顔と共に言った和明の一言に即答し、健人は傍らのショルダーバッグを掴んで席を立った。
—————————————————————————————
同日午前11:06、朝憬市中央部駅前の街中。そこに位置する朝憬市市役所の3階中央。やってきたエレベーターに黒コートを羽織った長身の男が入ってきた。既にそこに乗っていた茶髪のスーツ姿の男と鉢合わせると、黒コートは茶髪に一言問う。
「首尾はどうか?」
「問題ない、2階も制圧だ。後は俺たちが上で号令すれば、儀式の第一段階は完了する」
茶髪は問いに応じるとその眉を上げて鼻を鳴らし、嘲笑交じりに言葉を続けた。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
茶髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保つ。茶髪はそんな黒コートを一瞥しながら話し続けた。
「どいつもこいつも、あんたみたいに陰気な面だ。その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がその皮肉を肴に酩酊するわけか」
その一瞥と揶揄に返す刀で差し込まれた黒コートの応答に、茶髪は口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
茶髪のその一連の動作を見向きもせず、黒コートは一言こう告げる。
「話が浅い」
茶髪が黒コートのその言葉を鼻で嗤うと同時に、「4階です」とアナウンスが鳴ってエレベーターのドアが開く。二人がそこを出た時には、市役所ビルの警報が鳴り響いていた。動揺した市役所職員らがエレベーターに向けて駆けてくるも、茶髪はその様に笑みを零し、黒コートはその誰とも目を合わせることはない。
「まあ、細かいことではあるな——」
茶髪がそう独り言ちたその直後、職員らは皆一様に倒れ伏していった。
—————————————————————————————
「なんか最近花っち、ボーっとしてること多いけど…さっき言ったの、深刻なやつ?」
「深刻、なのかな?それもぼんやりしててさ」
英道大学の学食の食堂にて、熱い醤油ラーメンを息で冷ましながら和明が言った。健人は唐揚げ定食に付けあわされたキャベツを貪る合間にそれに応える。応えながら熱い湯気に曇る和明の眼鏡を呆然と見つめていた。
2021年、4月12日。その日、朝憬市立朝憬英道大学二回生である花森健人は、同大学B棟第2講義室にて行われる人体の機能と構造の講義に出席していた。
「…そのためICF、国際生活機能分類では…」
時間は10時51分。単調な講師の話と昼食までもたない空腹、そして気怠さによって、既に講義に意識を集中させることが難しい。天を仰ぐように軽く首を逸らした後、左目を瞬かせて再度講義を聴くよう努めるが、そこに加わる周囲の学生らの小声の数々が健人の意識をかき乱す。最早聴講することは投げ出して、健人は前方を向いて時間をやり過ごすことだけに注力していた。そんな折、彼の着いている講義室中段の席の一つ前で、男子学生の二人組が小声でとある都市伝説の話が耳に入ってくる。
「また出たって、”赤髪の魔女”」
「お前好きだな、その与太話」
話を振った方の小柄な男子学生が「講義よりは面白いだろ」と渇いた笑みを浮かべて小声で話し続けた。
「それがここから近いんだよ、朝陽町の教会の近くで怪物と争ってたってSNSでさ…」
「お前その感じ、特撮とかそういうもんの延長で見てんだろ。別に否定はしないけど、俺にそれを話されてもさ」
話を聞くガタイのいい男子学生がその大きな肩を竦ませ、呆れた口調で返す。
「なんだよ…なんか、イケてんじゃん。赤髪の魔女」
「多分、お前はダサいけどな…」
ガタイが小柄に毒づくのに共感し、健人は小柄の方を冷ややかに見るものの、気が付けば講義よりもそちらの話ばかりを耳が拾っていた。最終的に講師が講義終了を告げると同時に、健人の胸中には苦い自己嫌悪が広がる。講師と学生らがそれぞれの荷物をまとめて講義室を後にする中、同じゼミに所属する友人である横尾和明が上の空である健人の下にやってきてその肩を叩いた。
「お疲れ、花っち」
「ああ、お疲れカズさん」
「どした?また夜更かしして絵でも描いてたのか?」
心ここに在らず——そんな健人のうだつの上がらない声に、和明は苦笑しながらその理由を問う。
「いや、それが…何て言うかさ…」
「うん、どした?」
「何で俺、この勉強してるんだっけって思ってさ」
話はそこで一瞬間が空いた。和明の口から「…え?」という一音だけがポツリと零れる。
「…とりあえずちょい早いけど、飯行く?」
「行く。腹減った」
怪訝な顔と共に言った和明の一言に即答し、健人は傍らのショルダーバッグを掴んで席を立った。
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同日午前11:06、朝憬市中央部駅前の街中。そこに位置する朝憬市市役所の3階中央。やってきたエレベーターに黒コートを羽織った長身の男が入ってきた。既にそこに乗っていた茶髪のスーツ姿の男と鉢合わせると、黒コートは茶髪に一言問う。
「首尾はどうか?」
「問題ない、2階も制圧だ。後は俺たちが上で号令すれば、儀式の第一段階は完了する」
茶髪は問いに応じるとその眉を上げて鼻を鳴らし、嘲笑交じりに言葉を続けた。
「しかし、人間のコミュニティはどこも風通しが悪いが…”ここ”の奴らは特にだな」
茶髪の言葉に何も返すことなく、黒コートはその憮然とした表情を保つ。茶髪はそんな黒コートを一瞥しながら話し続けた。
「どいつもこいつも、あんたみたいに陰気な面だ。その目や意識は仕事と液晶画面ってのとを行ったり来たり…物事や自分に意味を求める割には、随分…薄っぺらい」
「そして、お前のような者がその皮肉を肴に酩酊するわけか」
その一瞥と揶揄に返す刀で差し込まれた黒コートの応答に、茶髪は口角を上げた。
「何が悪い。旨いもんに酔うのは、奴らもやってる。笑って生きるための秘訣だぞ」
茶髪のその一連の動作を見向きもせず、黒コートは一言こう告げる。
「話が浅い」
茶髪が黒コートのその言葉を鼻で嗤うと同時に、「4階です」とアナウンスが鳴ってエレベーターのドアが開く。二人がそこを出た時には、市役所ビルの警報が鳴り響いていた。動揺した市役所職員らがエレベーターに向けて駆けてくるも、茶髪はその様に笑みを零し、黒コートはその誰とも目を合わせることはない。
「まあ、細かいことではあるな——」
茶髪がそう独り言ちたその直後、職員らは皆一様に倒れ伏していった。
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「なんか最近花っち、ボーっとしてること多いけど…さっき言ったの、深刻なやつ?」
「深刻、なのかな?それもぼんやりしててさ」
英道大学の学食の食堂にて、熱い醤油ラーメンを息で冷ましながら和明が言った。健人は唐揚げ定食に付けあわされたキャベツを貪る合間にそれに応える。応えながら熱い湯気に曇る和明の眼鏡を呆然と見つめていた。