0 第8話 弓手の送還
森に静けさが戻る。
女性は弓を下ろし、こちらへ駆け寄ってきた。
「怪我は?」
そう言うと、彼女は心羽ではなく、まず子どもの方へ向かった。
「痛いところ、見せて」
子どもは怪我をした右足を差し出す。
彼女はしゃがみ込み、傷の具合を確かめた。
「擦り傷くらいね。怖かったでしょう」
「……うん」
彼女は持っていた布を取り出し、小さな傷を丁寧に拭う。
その様子を、心羽は地に伏したまま見つめていた。
「これで大丈夫だから。どう? 歩けそう?」
子どもはゆっくりと立ち上がる。
「……うん」
「そう。よかった。」
彼女は子どもの頭をぽんぽんと撫でた。
「次はあなたよ。」
彼女が心羽の方へ振り返る。
「私?」
「そう。ちょっと見せて」
彼女は心羽の腕を取ると、傷口を確かめた。
「……傷が浅くてよかったわ」
布を当て、血を拭っていく。
「もう、危ないところだったのよ?」
「そうなの?」
「そうなの」
少し強い口調だった。けれど、傷を拭う手つきは丁寧だった。心羽はその手元をじっと見つめていた。
「……ありがとう。」
「ほんと、無茶するわよね……。」
そう言って、彼女は包帯代わりの布を巻き終える。
巻き終えると、今度は肩へ視線を向けた。
「こっちは?」
「肩?」
「痛むでしょう」
心羽は言われて初めて、肩を動かそうとする。
「うっ……!」
その瞬間、鋭い痛みが走った。思わず顔をしかめる。
「無理に動かさないで」
彼女は肩へ手を伸ばしかけ――触れる寸前で止めた。
そして傷の様子を確かめるように、少し離れたところから肩を見る。
「……打ったみたいね。ここは私じゃ判断できないわ。街に戻って、ちゃんと診てもらいましょう」
「うん」
心羽は素直に頷いた。
「歩ける?」
「たぶん……」
「無理そうなら言って。支えるから」
「大丈夫!」
心羽は肩を押さえながら立ち上がった。
まだ痛むけれど、なんとか歩くことはできそうだ。
「じゃあ、行きましょう。施療院まで案内するわ」
女性が歩き出す。心羽も男の子の手を取って、その後を追った。
︎︎⟡
「ねえ。あなた、なんていうの?」
「私? エイミーよ。」
「エイミー!」
心羽は嬉しそうに、その名前を口にする。
「なによ、どうしてそんなこと聞くの?」
「ちゃんと名前で呼びたかったんだもん。」
「エイミーは、どうして助けてくれたの?」
エイミーは一瞬だけ戸惑い、視線を逸らしてから答えた。
「……だって、見てられなかったんだもの。」
「優しいんだね!」
「そういうつもりはないんだけど……」
「でも、怪我した男の子を助けて、私の怪我まで手当てしてくれたよ?」
「それは、あなたが無茶をしすぎるからでしょう。放っておいたら、もっと酷くなってたわよ」
「うぅ……ごめんなさい。」
「分かればいいの。」
「でも、それってやっぱり優しいことだよね?」
「あの状況なら誰だってそうするわ。」
「そうなのかな……。」
心羽は首を傾げる。
誰にでもできることじゃないと思うけど……。
「そういえば、さっきの戦いで使ってた、あの輪っか!」
「ああ、あれ?」
「うん。ふわふわ浮いてたやつ。はじめてみた!」
心羽が両手で輪を描くようにする。
「あれは光環っていうの。私のカルナよ。」
出た、カルナ。前にイジェンドも燃やす能力のことをカルナと言っていた。
「それって、どうやって使うの?」
「光環をくぐった物体を加速させるの。……まあ、それだけの地味な能力よ」
「へぇー、すごい! それって、なんでも速く飛ばせるの?」
「なんでも、ってわけじゃないわよ。まだカルナのコントロールが難しいから」
「じゃあ、練習すればできるようになる?」
「うーん……どうかしら。そう簡単にはいかないと思う」
「そっかぁ」
心羽は少し残念そうにする。でもすぐに顔を上げた。
「でも、すごかったよ!」
「……そう?」
「矢がビュンって飛んで、ズドン、って!」
「擬音ばっかりね」
「だって、本当にそんな感じだったもん!」
エイミーは心羽をちらりと見た。屈託のない笑顔。
今はまだ、断定しきれない。
「……まあ、役には立ってるかな」
「うん!」
心羽は嬉しそうに頷いた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
「私は、燎星心羽。」
「……かがりぼし?」
「心羽、って呼んで!」
「わかった、心羽ね」
エイミーはその名前を繰り返す。
「それじゃあ、もう一つ聞いてもいい?」
「うん!」
「さっきまでと服装が違うのは、どうして?」
「あっ」
心羽は自分の服を見る。いつの間にか変身は解けていた。
「えーっとね……。さっきは、イジェンドの姿になってたんだ」
「イジェンドって?」
その名前に反応したのは、エイミーより先に隣の男の子だった。
「イジェンドなら、ぼくも知ってるよ」
「えっ、本当!?」
心羽が男の子へ振り向く。
「炎の剣で戦ってるのを見たんだ。かっこよかったなぁ」
「格好いいよね!」
心羽の顔がぱっと明るくなる。
「イジェンドはすっごく強くて、それに、優しいことができる人なの!」
「へぇ……」
エイミーが心羽を見る。
「そんなに好きなの?」
「うん! 私も、あんな風になりたいの」
「なるほどね。」
エイミーは小さく頷いた。
「それで、そのイジェンドって何をしてる人なの?」
「いつもは影魔狩りをしてるよ。たぶん今も、森のどこかで影魔をやっつけて回ってるよ」
「影魔狩りかぁ」
エイミーは前を向いた。
「じゃあ、あなたたちはどうして森に入ったの?」
「私は、迷子になってるって聞いて、助けになりたくて探しに来たの」
「そうだったのね」
エイミーは男の子を見る。
「あなたは?」
「ぼくは……お母さんとケンカして」
男の子が俯く。
「それで、飛び出してきちゃった」
「そっか」
エイミーは少し困ったように息を吐く。
「お母さん、きっと心配してるわよ」
「……うん」
「ちゃんと謝るのよ?」
「うん」
男の子が小さく頷いた。
そんな二人のやり取りを見ていた心羽が、今度はエイミーに尋ねる。
「エイミーは、どうしてここにいたの?」
「私は、影魔の調査をしてるの。この辺り、影魔が多いでしょう?」
「へぇー。だから森に入ってたんだ」
「そういうこと」
「じゃあ、手当てに慣れてたのも、そのおかげ?」
「まあ、そうね。影魔を調べてると、怪我をした人に出会うことも多いから」
「なるほど……」
心羽は感心したように頷く。
エイミーは、私たちを影魔から助けてくれただけじゃない。怪我の手当てまでしてくれた。それも、普段からやってる当たり前なことのように。
やっぱり、この人も――
「エイミーって、すごいね!」
「……あなた、本当にそればっかりね」
心羽は嬉しそうに笑う。
エイミーはそんな心羽を一度だけ横目で見た。そして、すぐに前へ視線を戻す。
三人の歩く先に、森の木々の隙間からユール城下町の建物が見え始めていた。
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