0 第7話 光環の狩人

ユール城下町の集会所。
広間ではたくさんの人々が思い思いに談笑を楽しんでいる。
そんな広間の隅にある二人席で、シエルが飲み物を片手に椅子へ深く腰を下ろし、すっかりくつろいでいた。
行き交う人々も、そこにいる翼の少年になんの違和感も持っていない。

そこへひとりの少女が入ってくる。
少女は広間を見回し、翼を持つ端正な少年の姿を見つけると、そちらへ歩いていった。
「……あなたが、シエル?」
シエルが顔を上げる。
「やあ、キミがエイミーだね。」
「……!」
エイミーは思わず目を開いた。
「ようこそ、ユール城下町へ。」
シエルはにこやかに告げる。
「どうして私の名前を?」
シエルはニヤリと笑った。
「それはボクが情報屋だからさ。」
「なるほど。噂どおりね」
エイミーは向かいの椅子を引き、腰を下ろした。

「じゃあ、私が捜してる人物のことも知ってるのかしら」
シエルは杯を置いた。
「だいたいの見当はついてるよ。金貨五十枚でどうかな」
「……は?」
エイミーの眉間に、わずかに皺が寄った。
「高すぎるわ。」
「そうかな?」
「冗談じゃない。そんなに払えるわけないでしょう」
シエルは肩をすくめた。
「おや、そうかい。じゃあこうしよう」
指を一本立てる。
「核心には触れない。目撃情報だけ話す。それでよければ、銀貨三枚でどう?」
「……ずいぶん下がったわね」
「商談っていうのは、そういうものさ」
シエルはにっこりと笑った。
エイミーは少し考え、懐から銀貨を三枚取り出して机の上に置いた。
「いいわ。」
「毎度あり」
シエルは銀貨を受け取った。

「それじゃあ、キミが捜してる人物だけど……この辺りの森によく出入りしているみたいだね」
「森に?」
「影魔を狩ってる。腕もかなり立つらしい」
エイミーがシエルを見る。
「……それで?」
シエルは杯を手に取った。
「赤い髪をひとつに結んでいて、服装は全身黒」
「連れは?」
「いないね。いつもひとりで行動してる。」
しばらく、エイミーとシエルのやり取りが続いた。

「……そう。森に出入りして、影魔にも関わっている、少し変わった魔法を使う子もいるのね」
エイミーは黙ってシエルを見つめた。
「……その二人、知り合い?」
「さあね」
シエルは杯を傾ける。
「そこから先は、もう少しお代をもらわないと教えられないかな」
「……ちゃっかりしてる」
「えへ。そういう商売なのさ」
シエルはそう言って、また飲み物を口にした。

︎︎⟡

影魔を追い払ったあと、心羽は街へ戻る通りを歩いていた。
胸の奥には、まだ戦いの熱が残っている。
「……そういえば、なんであんな姿に変身できたんだろう?」
イジェンドのようなあの姿は、戦いが終わるといつの間にか元に戻っていた。

心羽は赤い星形の結晶を取り出し、目の高さまで持ち上げる。
この結晶が赤く光っていた時、変身することができた。
「これのおかげ…?」
そういえば、まだ名前すらつけていない。
「星座の結晶だから……星晶?」
口にしてみる。
「うん。星晶って呼ぼう。これなら分かりやすいし。」

心羽は星晶を両手で握りしめた。
「……うーん、やっぱり何も起きない」
星晶は、静かに赤く輝いているだけだった。
「あの時みたいに、光ってないと変身できないのかな?」
星晶をじっと見つめる。
「イジェンドを思い浮かべてみる……?」
目を閉じる。

昨日見た背中。赤い髪。
燃えるような炎。大きな剣。
そして、影魔から街の人たちを守っていた姿。
「イジェンドみたいになりたい。」
心羽は、もう一度心の中で願う。
「イジェンドみたいな姿になりたい……。」
その時、手の中にほんのりとした温かさを感じた。
心羽は星晶を見つめる。
「光ってはいない。けど……」
イジェンドになりたいと思うことが変身の鍵かもしれない。

その時だった。
「すみません!」
少し離れたところから、慌てた声が聞こえた。
心羽が振り返る。
一人の女性が、息を切らしながら通りを走っていた。
「うちの子を見ませんでしたか!?」
女性は道行く人に、必死に尋ねている。
「小さな男の子なんです! このくらいの背で……!」
女性が両手で高さを示す。
けれど、誰も心当たりがないらしい。

心羽は女性のもとへ駆け寄った。
「どうしたんですか?」
女性が振り返る。
「うちの子が迷子になっちゃって……!」
こういう時こそ、情報屋のシエルが頼りになるはず。
「私も手伝います!」

︎︎⟡

前方を飛ぶ小鳥を追いながら、心羽は木々の間を駆け抜ける。
男の子はこの森の中にいるらしい。
さっきシエルから聞いた言葉が、頭の中によみがえる。
『迷子の男の子なら、さっき報告があったところだよ』
『本当!?』
シエルが一羽の小鳥を呼び寄せた。
『この子が知ってる。案内してもらうといい』
『……ありがとう、シエル!』
小鳥は森の奥へ向かって飛んでいく。そのあとを追って、心羽も走った。

やがて、木の陰に小さな子どもの姿が見えた。
「見つけた!」
「おねえちゃん……!」
泣き腫らした目でこちらを見ている。
よく見ると、片方の足を怪我していた。
これでは動けなかったのだろう。
「大丈夫……!?」
心羽が駆け寄ろうとしたその時。
子どもの背後に、黒い影が見えた。

「危ないっ!」
心羽はとっさに子どもの前へ飛び出し、星晶を右手で掲げた。
あの姿を、もう一度イメージする。
「私だってもう、戦えるんだ……!」
星晶が熱を帯びた。
眼前に星座が浮かび上がる。
心羽は星座に手を伸ばし、その輝きに触れた。
「変身!」
赤い光が弾ける。眩しいほどの輝きが心羽を包み込む。
黒い外套を纏う。
ロングブーツ。グローブ。首元には翡翠のネックレス。
心羽は再び、イジェンドの姿をまとっていた。
「やった、変身できた!」

けれど、影魔は待ってくれない。
ぐっと距離を詰めてくる。
「……!」
心羽は咄嗟に両手を構えた。
炎が両手へ集まっていく。
「えいっ――!」
炎を炸裂させようとして、思わず手を止めた。
すぐ後ろに、子どもがいる。
炎を放てば、この子まで巻き込んでしまう。
「だったら……!」
心羽は炎の中から大剣を取り出した。
炎を消し、両手で柄を握る。

影魔が飛びかかってくる。
「やぁっ!」
大剣を振るう。やっぱり重い。身体ごと持っていかれそうになる。それでも、なんとか振り抜いた。
影魔が身をかわす。
「もう一回!」
振り上げる。けれど、遅い。
影魔が横へ跳んだ。
「当たらない……!」
剣を構え直す。
思えばイジェンドも、人との距離が近い時は、炎を出していなかった。きっと、今の私と同じだ。
「だったら……!」
もう一度、踏み込む。大剣が影魔を追う。
しかし、影魔の腕が大剣をすり抜けた。
「――!」
避けきれない。
次の瞬間。

ドンッ!
肩に、凄まじい衝撃が叩き込まれた。
「きゃあっ!」
身体が弾き飛ばされる。
地面を転がり、心羽は息を詰まらせた。
「う、ぐ……っ」
肩が、痛い。
ずきん、と奥まで突き刺されるような痛みが走る。
「いた……い……!」
涙が滲む。腕に力が入らない。起き上がれない。
それでも、なんとか顔を上げる。

影魔が見えた。――近い。
もう、眼前まで迫っている。
「……!」
今にも爪が振り下ろされる。
咄嗟に、動く方の腕を構える。
「――っ!」
鋭い爪に腕を引き裂かれた。遅れて、熱い痛みが走る。
心羽は腕を見る。赤い線がいくつも走り、その隙間から血が滲んでいた。
「……血……」
手が震える。
「おねえちゃん……!」
子どもが叫んでいる。
「っ……!」
心羽は歯を食いしばる。
痛い。立てない……。
でも、ここで動けなくなったら、この子が――。
その時だった。

ヒュンッ!
ドスッ!
一本の矢が、影魔の腕を撃ち抜いた。
「……!?」
影魔が動きを止める。
矢はその甲殻を抉り、黒い身体から鱗の破片が散った。
心羽は、呆然と矢の飛んできた方向を見る。
森の木々の向こう。
そこに、一人の女性が立っていた。

「ちょっと、もう、無茶苦茶よ!」
少し慌てたような声が響く。彼女は弓を構えている。
心羽が戸惑っている間にも、彼女は次の矢をつがえた。
「伏せてて!」
「……!」
心羽は慌てて伏せる。
その瞬間。
ヒュンッ!
二本目の矢が飛ぶ。
今度は影魔の脚へ突き刺さった。
「ギィッ!」
影魔がよろめく。彼女は間髪入れず、さらに弓を引く。
矢尻のすぐ前に、淡い光の輪が浮かび上がった。
「……?」
弦が放たれる。矢は光の輪をくぐり、勢いを増して飛んでいく。

「すごい……。」
彼女は戦いながらもこちらを見やる。
「すごいのはあなたの傷よ、もう……。」
そう言いながらも、彼女は弓を引く。
また一射。さらに一射。
矢が影魔の身体を次々と捉えていく。
重たい音を立て、影魔の装甲を次々に剥がしていく。
最後の一本が、脆くなった影魔の胴体を貫いた。
「――!」
影魔の身体が大きく揺らぎ、そのまま霧散するように崩れていった。

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